第2話

 そうね、確かに大荷物だったし、急いでいたし。いつもなら上手くいくことも、ついつい失敗しちゃうこともあるわよね。


「それで空から墜落してきたってわけかっ! 魔女のお嬢ちゃんは箒乗りが下手くそなんだな」

「つ・い! つい失敗したの!」

『完全に重量オーバーだったよねぇ』

「ああっ! やっぱりおまえを置いていけばよかったんだわっ!」

「まあ、墜落したのが俺の荷馬車近くでラッキーだったよ。お嬢ちゃん」


 ぽっきり根本まで折れた箒を抱えて、途方に暮れていた私を親切にも馬車に乗せてくれた御者のおじさまが言うには、わたしの目的地――ブランネーヴェまで馬車で2日はかかるのだそう。しかも馬車との乗り継ぎがスムーズにいかないと、さらに長くかかるらしい。

 だから、同じ目的地のおじさまに会えたのは本当に幸運だった。


「かくいう俺もここまで6日目かけてやって来たわけさ」

「まぁ6日も。ポプリがいくつ出来るかしら……おじさまはブランネーヴェまで何しに行くの?」

「そりゃあ建国祭に決まっているさ!」

『あー……そういえばもうそんな時期なんだねぇ』

「ブランネーヴェの建国祭っていやぁ、近隣の国という国の物や人が一気に集まって、7日7晩飲めや騒げやの祭りさね」


 北の大国と呼ばれるブランネーヴェは、近くの国を自身の支配下に置く代わりに、安定した食糧や職の供給を行っている。

 そこに国力の差はなく、どんな小さな国にも目を配るブランネーヴェ。かの建国祭の盛況ぶりは、近隣諸国に慕われている証拠なのだと、おじさまは誇らしげに語る。


「ふぅん? 食べて飲んで……それだけ?」

「あぁいや、それだけってわけでもねぇが……」

「他にもなにかご用事が?」

『イデア、彼にも事情があるんだ。あまり根掘り葉掘り聞くのは感心しないよ』

「なるほど、ごめんなさい。さきほどの質問は忘れて」


 がたごと、と車輪がリズミカルな音を立てる。わたしは真っ二つに折れた箒の残骸を脇に寄せて、鞄から羊皮紙を取り出した。

 閉じたり開いたりして、皺が目立つそれは、わたしの宝物のひとつ。

 いつか誰かにもらった地図。時折開いては指で辿った空想の旅路。

 お隣の国だけれども、それは確かにわたしの旅には違いなかった。


「ふふ、これが役に立つ日がくるなんて。夢みたい」

「こりゃ、ずいぶん古い地図だな」


 いつの間にか口ごもるのを止めたおじさまが、地図を物珍しげに眺める。


「かなり詳しい地図だが、今はない国も書かれてんな……20年は前のもんか。どっちにしろ貴重なもんだ」


 「ほら、ここ」とおじさまが指差したのはブランネーヴェと隣り合う2国。そこは今ブランネーヴェの国土となっているらしい。

 ひとつは戦に負けて、ひとつは戦に勝つためにブランネーヴェに下ったのだという。


「争いの火種はなくなりゃしねぇが、それでもブランネーヴェの傘の下なら安心安全ってやつさ」


 お嬢ちゃんの生まれる前の話さ、と一笑するおじさまは馬に鞭をやってから鼻歌を歌い出す。

 それはブランネーヴェに古くから伝わる童謡だ。

 それも、わたしは聞いたことがあった。

 いつか誰かの唇が紡いだそれをなぞるように、わたしもまぶたの裏に思い出を探す。

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