fragment.01 『Class Zero』


 状況を整理しなくてはならない。

 正午を告げる鐘の音によって二度寝から起きてみると、とんでもないことを自分が知っていた。ような気がする。

 半信半疑、いや夢うつつの状態でぼんやりと考えていると、なんだか自分がおかしくなってしまったんじゃないかと思えてきた。実際、おかしくなっているのだろう。何らかの異変があって、何かが狂ってしまっているのだ。


「だからといって、無視するわけにはいかんよなぁ?」


 鈍い頭を何とか覚醒させようと左右に振って、のっそりと布団から出る。

 そして、しわになったシャツを、手で払って何とか伸ばそうとする。当然無駄な行為だけれども。

 何やってるんだろうな、本当に。

 服まで着替えておきながらなぜ二度寝などするのか自分は。

 シャツがしわになることを考えなかったのか。

 考えなかったのだろう。とにかく眠かったのだ。早起きしすぎた。そして暇だった。故に寝るしかない。そんな短絡的な三段論法で完結してた。


「無様というか、うん、無様だよな?」


 それ以外に言葉が浮かばない。

 息を吐き、ふと視線を上に上げた時、机の上の携帯電話が目に入った。

 迷うまでもなく僕――黒瀬幸孝には、こういう時に掛ける相手は一人しかいない。

 ――刹那、どこかの誰か、選択肢の存在したもう一人の自分をうらやましく思ったりして。

 着信履歴を読み出して、一番上に表示された名前を選択し、掛ける。

 コールは五回、だった。


「ハロゥ、ミオ」


 陽気に声を掛ける。


『こんにちは、ユキ。幸孝。嬉しいわ。貴方からの電話なんて、どれくらい振りでしょう?』


 妙に芝居がかった丁寧な口調で、電話の向こうの主、碧凪ミオは応える。

 どれくらいぶりも何も、僕から電話をするのはこれが初めてのような気がする。いつも用件があるのはミオの方で、僕は妙に遠慮する気分もあって、自分から掛けることはなかった。

 遠慮。何だろうね、そんな気分って。

 女の子に電話をするって、それだけでなんだかひどく気恥ずかしい気分になる。別に恥ずかしいことではないはずなのに。つまりは結論から言ってしまえば、自意識過剰にして、エロいって事なんだろう。当然、僕が。


「うん、ミオ。ひょっとすると初めてかもしれないね」

『そうね。貴方からの電話を、私はこんなにも待ってるというのに。寂しいわ』

「ごめん。けどな、女の子に電話掛けるって行為は、どんな用件にしろ緊張を強いるものなんだ」

『あら、どうしてかしら。電話では取って食われる事はないわ』

「電話以外だと取って食われることがあるみたいな言い方だな」

『当然です。私はいつも、貴方を取って食おうをしているんですから。性的な意味で』

「……おい」


 なぜかミオは非常に陽気でノリが良かった。傍で誰か聞いてる人がいやしないか他人事ながら心配になってくる。


『あ……』

「……? どうした?」

『いえ、隣の男の人がいきなりコーラ吹き出したから……』


 貴方が原因です。ミオさん。


「今、どこに居るんだ?」

『駅前のハンバーガーショップ』


 普通に外だった。

 ……ホントに大丈夫かこの人?


「ええと、ミオ。暇だったらでいいんだけど、相談したいことがあるんでこれから会えないか?」


 ひどく調子を狂わされる思いを味わいながら、既視感デジャヴなセリフを口にする。


『実はこれから友達とショッピングの予定なんだけど……』

「ああ、それならまた今度で……」

『今から断りの電話を入れて、貴方と逢うわ』

「いやいやいやいや、そこまでしてもらう必要ないから」

『待ち合わせは、神崎町の『白い木馬』の二〇三号室でいい? 露天風呂に入りたいの』

「さらりと公衆の面前でラブホの名前を出すんじゃない!」

『ええーっ! どうせいつも最後は行くんだからいいじゃない!』

「貴方とはまだ一度もそういう所に行ったことはありません!」

『……幸孝って、童貞よね?』

「何暴露してるんだよ!」

『大丈夫よ。実は私も処女だから』

「君に羞恥心はないのですかっ!」

『そろそろお互いいい年だし、これを機に一緒に大人の階段を登りませんか?』

「もういい。頼むから黙ってろ!」

『生理前で子宮が疼くの』

「うわあっ」


 なんだか泣きそうになってきた。どうして僕はこんなわけわからない人と親友をやってるんだろう?

 そして、なぜこの人が未だに処女なのだろう。けっこう美人なのに。かわいいのに。ああ、頭が大変だからだな。色々な意味で。かわいそうに。


『冗談はともかく、遊ぶ予定だった友達からドタキャンされたんだ。暇だから逢わない?』


 どこからどこまでが冗談だったのだろう?


「うぃ。わかったけど……今、駅前?」

『うん。ハンバーガー食べてる』


 ……それは本当だったのか。


「じゃあ、今から行く。『アットプラザ』で待ってて」


 駅前にあるカフェの名前を挙げる。


『うん、ええと『アントベッド』ね』


 返ってきた名前はまたもやラブホテルの名前だった。


「いや、もうそれはいいって」


 なんでそんなにラブホの名前に詳しいんだ?

 そして、なぜ僕もそれが理解できる?

 ともあれ、どこぞやの並行世界とは違って、僕は碧凪ミオと逢うことになった。

 色々と心配だ。大丈夫だろうか。僕の貞操。






 アットプラザに行くと、幸いなことにミオが居た。

 良かった。本当にラブホに行ってたらどうしようかと思った。

 シンプルな紺のワンピースを着たミオは、アイスコーヒーを右手で握ったストローで掻き混ぜながら、ぼんやりと左手で文庫本を捲っている。

 眼鏡。黒髪。文庫本。シンプルなワンピース。そんなミオを形作る造型は、彼女に楚々とした雰囲気を与えている。完璧な清純女子学生だ。

 中身はドエロだというのに。

 はっきり言って詐欺である。


「待たせたね」


 声を掛けながら正面の席に座ると、ミオは深くため息を付いた。


「そんなに待ってないけど、もう、ユキ。幸孝。タイミングが悪い」

「何が?」

「本。ちょうどクライマックスだったの」

「ああ、悪いな。邪魔しないから読んでなよ」

「……別にもう良いわよ。萎えちゃったから。折角ヒロインがあと少しで絶頂を迎えるところだったのに!」

「官能小説かよっ!」


 ツッコミを入れたところで、注文を訊きに来たウェイトレスにアイスコーヒーを注文する。

 その間はミオも大人しく、さすがに文庫本は閉じてバックの中に入れていたが、澄まし顔でスマホを取り出して何やら弄り始めた。

 そしてウェイトレスが去ると同時に、どこか不敵な目付きで僕を見るのだった。


「ふっふっふ。私を官能小説だけの女と思わないでくださいよ」

「そんなこと、元から思ってねぇよっ!」

「最近のスマホは容量も多いくて、エロ動画もたくさん保存できて、余裕でさくさく再生できて、良いよね! 通学途中の満員電車の中で、音楽聞く振りしながらこっそりとスマホで見るエロ動画、大好き!」

「やめろよっ、ここで流すなよ、絶対に流すなよ!」

「それって振りよね? もう、ユキも好きなんだから」

「ちがあああああうっ!」


 丁度アイスコーヒーを持ってきたウェイトレスがびくりと震えた。トレイに載せられたガラスのコップがカタンと音を立てて揺れる。幸い、中身が零れ落ちることはなかったのだが、危ないところだったのだろう。ウェイトレスの表情は強張っていた。


「あ、ごめんなさい。騒がしくて申し訳ない」

「……いいえ、ごゆっくり」


 ウェイトレスはアイスコーヒーを僕の前に置いて、逃げるように去っていった。

 その間ミオはずっと、くすくすと、口元に手を当てて妙に上品に笑っていた。――その表情と言い仕草と言い、完璧にお嬢様だった。詐欺だ。


「何がしたいんだお前は」

「幸孝とエロ会話。興奮するかしないかの微妙な感覚のエロ会話って楽しくて好き」


 全く邪気のない笑顔を向けてきた。

 ……頭が痛い。本当に何なんだこの娘は。


「今度一緒にピンク映画見に行かない?」

「一人で行ってこい!」

「あんまり大声出すと、追い出されるわよ?」

「出させてるのは誰だよ……」

「へっへっへ。良い声で鳴くじゃねぇか」

「……何のセリフだっ!」

「あ、この女の子、かわいい。幸孝の好みね」

「会話のキャッチボールをしようよっ!」


 そうしてミオが見せてきたスマホの写真は素敵エロ動画や素敵エロ画像ではなく、ごく普通のありふれた制服を着た女の子の写真だった。そう見えて、エロ系女優の紹介ページなのかもしれないと僕は警戒する。たぶん、ありふれているように見えるのは表面のページだけで、深く潜っていくとエロに溢れているに違いないと確信している。

 慣れた手つきで次々とページを変えるミオ。僕は呆れながら眺めていたのだが、ふと、その写真をどこかで見た事あるような気がして、思わずミオの手を握って止めた。


「ひゃうっ! な、なに? その気になったの?」

「……ちょっと前のページに戻ってくれる?」


 ミオの戯れ言は相手にせず、僕は真剣に頼んで、ミオの手を離した。

 訝しげに首を傾げながらミオはページを前に戻して、一枚の写真を表示させる。

 どこかの高校の制服らしきブレザーを着た、金髪碧眼の女の子だった。日常生活を撮られたのだろう。どこにでもあるような自然な態度で道を歩いていた。


「びっくりした。本当に気に入ったの? おかずにする?」

「いや、この子、どこかで見た事あるような……」


 ルーラ・アルノルト。


 名前が、脳裏に浮かんできた。


「知り合い? 白人なんで、見間違えているだけじゃない?」

「いや、知り合い、ではないんだけど……」


 少なくとも、この僕、黒瀬幸孝の知り合いではない。

 見間違いなのだろうか?

 そうかもしれない、けれども。

 異世界の同一人物。

 そんな言葉が、頭の中に浮かんできた。


「……? どうしたの? 幽霊を見たような顔しちゃって」


 幽霊ではない。けれども。見るはずのないものを見たという感覚は、似たようなものかもしれない。

 ミオに話してみよう。前世界のメイウは『ミオは関与していない』と言ったが、それでも何かわかる可能性はある。この世界の僕に、メイウという存在に対応する知り合いはいない。どこかにいて、これから知り合うのかもしれないけれども、少なくとも今はわからない。


「あのさ、ミオ。今朝、浅香がうちに来てさ」


 あれ?

 僕は何を訊いてるんだろう?


「ほう? 白崎さん? 愛の告白でもされた?」

「いや、そういうんじゃないんだけど……いや、そうなのかな?」


 今朝の浅香の様子は変だった。

 いや、ある意味いつも通りだったとも言える。


「冗談で『結婚しよう』とか言ってみたんだけど『離婚しよう』と言ったら断られたんだ」

「……意味わかんないけど、うん。ユキにしてはなかなか鋭いんじゃないかな?」

「……やっぱり、そうなのか?」

「自意識過剰……と言いたいところだけど、多分正解ね。白崎さんはユキに惚れている。時々私に向けてくる嫉妬の視線が尋常じゃないもの」

「そうなんだ……」


 どうすればいいんだろう。


「白崎さん、綺麗だもんね。初体験できるかもよ? 私への対抗意識を煽れば一発で堕ちるわね。羨ましい。私より先に大人の階段を登るなんて。ユキの癖に生意気な。憎らしい」

「……本音漏れてますよ」

「おめでとうユキ! 貴方の幸せを心から祝福するわ!」


 白々しいにもほどがあった。表情こそにこやかだが目が笑っていない。

 怖い。

 嫉妬に近い気持ちが込められているようだが、それは浅香に向けられたものではなく、幸孝に直接ぶつけられたものだった。故に怖い。


「悩む事なんてないじゃないのよ? 白崎さんはいい人よ? それほど接点なくてよく知らないけど。少なくとも、悪い評判は聞いたことがない」

「それは知ってるけれども……てか、聞きたいことはそんなことじゃないんだ」

「はあ?」


 唐突な話題の切り上げ方に、流石にミオも不審な声を上げる。


「最近、夢見が悪くて……」

「何? 白崎さんの夢でも見るの? 付き合ってもないのに、振られる夢とか」

「いや、つか、浅香が出てきたことはない――と思うけれども、ミオに相当する人物なら何度か出てきた、と思う」

「私が? ……何それ?」

「うん。例えば、キャスティングは全く同じなんだけど、舞台も演じる役も全く違う。そんな物語の一部分だけを継ぎ接ぎのように延々と見せ続けられるとしたら、どう思う?」

「何かの謎かけ? 言ってる意味がよくわからないわ」

「いや……、うーん。……単なる事実、かな?」


 言ってる意味がわからない。

 ミオのその言葉は、素直な言葉だったのだろう。意味がわからないから、何かの喩えか冗談のように聞こえるのだ。

 けれども僕は真剣なのだ。ずっと困惑はしているけれども。自分自身でも完全に理解しているとは言い難いのだけれども。

 それでも少しは何かが伝わったのだろうか。

 冗談でもなく、喩えでもないってことが。

 ミオは次第に呆れるような、からかうような、困惑の表情を消していき、真面目な表情を作る。


「そうね……」


 考えるようにミオは宙に視線を彷徨わせた。


「それは何? 整合性のない、矛盾と混沌に満ちた夢なの?」

「違う。しっかりと、どこかの人生の一場面とわかる、完成された世界の一部――それも、おそらくは有り触れた日常を切り取ったものだと思う」

「それぞれの舞台で、貴方はその舞台の貴方を演じているのね?」

「演じるって感覚はないね。普通に、生きているだけ。世界に疑問を抱くことはあっても」

「なら、普通にすればいいのよ。この世界で、貴方が私と生きているように」

「……だよね?」


 それ以外に結論はないように思えた。例えそれが夢にすぎないとしても、そこに生きている自分にとっては自分の世界でしかないのだから。それぞれの世界で、それぞれに出来ることを行い過ごして生きて。


「でも、その『夢を移動していると感じている僕』の意識は――。それぞれの世界に留まることを許されない、この僕の意識はそれぞれの世界でどう感じて、どう生きるべきなのだろう?」

「……え?」

「確かにそれぞれの世界の僕にとってみれば、それぞれの世界は確かに自分の世界だ。けれども、今この世界を渡っている僕にとって、この世界は『通過する世界』にすぎない。この世界は『黒瀬幸孝』の世界であって、この『僕』の世界ではない」

「え……っと?」

「僕の世界は何処にあるのだろう? 僕はどこから来たのだろう? 何処へ行くのだろう? どう行動すればいいのだろう? その手段はあるのか?」


 ミオは困惑していた。

 今の自分が、ミオにどう映るのか、自覚はしている。

 いきなりおかしなことを言い始めた、変な人に見えるのだろう。


「わあ、幸孝がくる……おかしくなった!」

「ひでぇっ!」

「いいかげん良い歳でしょうに、幼稚な夢を見て妄言吐かないで? しっかりしなさい」


 ぐさり、と言葉が刃となり胸に突き刺さる。


「いや、まあ、その通りなんだろうけどさ」


 そこまで言われるとは思わなかった。落ち込む。


「まあ、冗談は置いておくとして」


 いきなりからりと明るい口調でミオは微笑む。


「一つ確認があるわ」

「何?」

「夢の中で『私に相当する人に会った』って言ってたわね? 舞台も登場人物の役柄も違うその世界で、私と貴方の関係は何だったの?」


 幸孝は、その言葉に誇りを持って応えることが出来る。


「もちろん、親友だよ。どんな世界でどんな状況にあっても、君と僕は親友でありそれ以上でもそれ以下でもない」


 ミオは微笑んだ。お互いに、それは誇り。


「さすが私ね。この場合は、さすが、と言うべきかしら? 大好きよ」


 面と向かって言われるとさすがに照れる。

 言葉に詰まってしまった幸孝を、ミオは楽しそうに見る。一瞬の心地よい沈黙。その後、ミオは小さく頷いて言った。


「なら、何も言うことはないわ。わかってるんでしょう?」

「……まあね」

「私の保証が欲しかったの? 本当は、そんなこと必要ない癖に」

「多分、日常の実感が欲しかったのだと思う」

「ユキは間違っていない。そして、貴方もね。どんな世界に於いても、私と貴方が私と貴方である限り、やることは変わらない。『夢を渡るという世界』を生きている貴方も、その世界で貴方として動けばいい」


 結局の所、それしかないし。何も変わらない。

 どんな時、どんな状況、どんな世界であれ。

 世界は世界。自分は自分。ミオはミオ。そして、お互いの関係はその中で、珠玉の宝石のように輝いて、消えることはない。

 ならば、それぞれの世界でそれぞれとして生きるように、その渡る世界に於いても自分自身として生きればいい。


「……なんとかやってみるか」


 どこかの世界でメイウと相談して、ある程度の行動の指針を出した後で。それでもミオに相談をしたのは、それが幸孝に――いや、幸孝という役割を持った存在――ユキにとって、それが確かな物、どんな状況に於いても不動であると、自信を持って言える物だったからなのだろう。


「ありがとう。ミオなら、そう言ってくれると思った」

「どういたしまして。ところで。行動を始める前に一つ提案が、というかして欲しいことがあるんだけどいいかしら?」

「うん? 僕に出来ることなら、何でもするよ」


 それを口にした瞬間、にやりと歪んだミオの唇は、まるで魔女の舌なめずりのように厭らしく、邪悪な気配を纏っているように思われた。ぞくりと、背筋を冷気が走る。


「行動――白崎さんからの告白に応える前に、私と初体験を済ましておきましょう? さすがに、つきあい始めた後にするのは倫理的に問題あるからね」

「そっちかよ! てか、今までの僕の相談は完全に無視かっ!」

「そうと決まったらさっさとここを出て、ホテルに行きましょう。それとも幸孝はカフェで周囲にばれないように声を殺しながら致す、ってシチュエーションが好みかしら? だったら趣味合うわね」

「さりげなく性癖を暴露!?」

「ちなみに以前、路地裏でスマホのエロ動画見ながら一人でシたことあります」

「何をだっ!」

「いやねぇ。詳しく聞きたいだなんて、幸孝もエッチなんだから」

「そんなこと言ってないっ! なんでそんな話になってるんだ!」

「だって、付き合ったら白崎さんとするでしょう? その時、童貞の幸孝が失敗しちゃわないかって、親友として心配なのよ。だから貴方のために、文字通り一肌脱いで練習台になってあげる。ああ、友情って素晴らしいわ! 青春って感じ」

「そんな爛れた青春があるかっ!」


 もちろんそれは、冗談なのだろう。けたけたと楽しそうにミオは笑う。


「……まったく。色んな世界にミオがいたけど、間違いなく一番エロいのは君だよ」


 溜め息を吐くと、ミオは笑みからからかいの表情を消す。


「ありがとう」

「褒めてねぇよ!」

「でも残念ね」


 少し寂しそうに、ミオはうつむいた。


「セックスフレンドという友情形態にも興味があったんだけど、当面は諦めざるを得ないわ」

「当面ってなんだ! つか最初からそんな可能性は微塵も無い!」

「えぇ? わからないわよ? 白崎さんで女の体を知った幸孝が、彼女と別れた後、我慢できなくなって、身近にいるやらせてくれそうな女、つまりこの私に、流されるまま手を出すという可能性は――」


 異常にリアリティのある厭な妄想だった。


「もういいっ! 喋るな!」


 本当に何なんだろうミオは。

 何のつもりなんだろう。掛け値無しの本気なんだろうけれども。

 朝の妹の台詞を思い出す。

 こんなミオとの関係の、何が素敵だというのか。

 同時に脳裏に白崎浅香の顔が浮かび、僕は本気でミオと距離を置こうかどうか、溜め息を吐きながら考えるのだった。

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