第三部 『Dreamize』

プロローグ


 世界は閉じられている。

 一定の範囲より、外に出ることが出来ない。

 世界は夢の中に沈んでいる。

 だから発展することもない。

 霧に囚われることないように、浮上しようとする力は様々に存在している。

 それは前へ前へと進む力。

 進歩を望む力。

 ネオフィリアでなくては、いずれ囚われ、沈んでしまう。

 すべてを夢に捕らえようと、常に世界全体に掛かっている力。

 それに抗おうと立ち向かう者たちがいる。

 その力はほぼ拮抗。

 彼らが全力を上げればいくつかの欠片をその力から解き放つことは可能。

 そのことはいくつかの前例から、確認が取れている。

 だが、全力を出し切って、その先力尽きてしまえば、抵抗力を失った世界は瞬く間に夢に霧に囚われてしまうだろう。

 彼らの願いは、すべてのものが夢へと沈む力から解き放たれること。

 けれども、彼らの既知の能力では、その力はあまりにも不足している。


 だから彼らは待った。


 夢という、時間も空間も混乱した世界を利用して、ずっと待った。

 いつの日か、夢の中から、彼らへと続く新たな力が芽生えることを。

 夢は叶えるものだから。

 だから、時間さえ味方すれば、いつかはきっと叶うはずだった。

 新たな力を得て彼らは、夢の牢獄から解き放たれるはずだった。

 彼らの中に、裏切り者さえ出なければ――




 それは本当に裏切りなのだろうか?

 頻繁に悪のロールプレイに徹する【トキ】とは違い、はこれまで、どんな世界でも正義の立場に立っていた。

 たとえ彼女と、他の人々の間で言語による意思疎通ができないとしても、それでも彼女は正義の側の人間だったのだ。

 だと言うのになぜ、今回、彼女は、世界すべてを無に還しかねない行動に出たのか?


 あれから彼女は捉まらない。

 元々、言語を読むことによって世界を広げる【レナ】にとって、言語から外れまくる【メイウ】は相性が悪かったのだ。

 正常な文章にならない【メイウ】を、【レナ】は読み取ることができない。

 だから【レナ】は、【メイウ】を追うことができない。


 そういえば――、と【レナ】は思い出す。

 ユキを追って世界を読んでいる最中に、どうしても読むことができなかった、いや、読んでも理解できなかった本が、あった。

 知らない言語で書かれているわけではない。

 文章は日本語だ。

 それは【レナ】が最も慣れ親しんだ、既知の言語。

 だというのに、どうしても意味が、さっぱりとわからなかったのだ。

 まるで【メイウ】のような本だった。

 そう思い、確かその本には【ユキ】が関わっていたんじゃなかったっけと首を傾げる。

 当事者である【ユキ】の記憶にはおそらく残らなかったであろう夢世界のことなので、あまり意味はないのかもしれないけれども。

 どこに収めたっけと、探し、すぐにその意味のわからない題名の本を見つけ出す。


『イゥエェグラファヴィット・ゴーヴェィ』


 何なんだこのタイトルはと、頭を押さえる。頭痛がしそうになるタイトルだ。さっぱり意味がわからない。きっとたぶん、意味は無いのだろうけれども。

 そうして再度、その本を読み始め――意味はわからず意図もわからないけれども、なんとなく面白く感じて、そんな風に感じる自分はどこかおかしいのだろうかと首を傾げた瞬間に、気付く。


「……あ、彼女、告白している」


 ……というか、ある意味自供だ。

 自白だ。

 そして、助けを求めていた。


 なんで気付かなかったのだろう?


 動機は、その事実に気付いた今をもってしてもさっぱりわからないのだけれども。

 それでも確かなことはひとつ言える。

 彼女は助けを求めていた。


 誰に?


 物語の主人公である【ユキ】に?


 違う。

 この物語は【ユキ】の記憶には残らなかった。

 朝起きて、夢の内容を忘れてしまうように、綺麗さっぱりと。

 その事は彼女もよく知っているはずだ。

 だから彼女が助けを求めたのは【ユキ】ではない。

 ならば誰かと問えば、一人しかいない。

 今、彼女の、その物語を読んでいる【レナ】自身にだ。

 【レナ】と【メイウ】は相性が悪い。だからこれまであまり直接的に関わってきたことはなかった。けれどもそれは、相手を知らないということではない。

 【メイウ】は【レナ】に何ができるのか、よく知っているはずなのだ。

 だから――。


 ああ、しまった。間違えてしまった。

 なぜ今まで気付かなかったのか?

 きっと、【レナ】の中に【メイウ】に対する苦手意識があって、ゆえに無意識の内に避けていたのだろう。

 だからあからさまに犯行を自供して、助けを求めていた【メイウ】に、【レナ】は気付かなかったのだ。

 そして今も、完全にその意図を理解できたとは言えない。

 相変わらず彼女の世界は文章になっていなくて、【レナ】にとって理解し難い存在であることには変わりないのだから。

 けれどもひとつひとつの文章を微分していけば、残った欠片の中に要素が宿り、また要素要素を汲み取り再構成することによって、真実の欠片が見えてくるのだと、気付いたから。

 だから確信を持って言えた。


 彼女は犯行を告白していた。そしてそれを止めようと助けを求めていた。そしてその答えの中心には、その夢世界の主人公である【ユキ】がいる。


 それだけは、確信できた。


 やはり【ユキ】の存在が最終的に解決の鍵となるという自分の予測は正しかったと【レナ】はうなずく。

 だからいずれ【メイウ】は【ユキ】の前に出てくるだろう。


 だったら簡単だ。【ユキ】をマークすれば良い。

 やがて【ユキ】が辿り着く世界。そこに【メイウ】が接触してきた時、きっとすべての物事は解決する。

 自分の出した最初の予想は正しかった。


 【ユキ】の辿り着く世界で決着が付くという予想。


 だから【ユキ】を追いかけなくては。


 今、【ユキ】がいる世界はどこだろう。

 【レナ】は検索して、ヒットしたひとつの世界を手にとって、ページを捲って、硬直した。


 えっ……この世界、【ユキ】候補が一〇〇人近くいるんですけど……。


 ど、どれが本物なの?


 ――【レナ】はめちゃくちゃ動揺した。

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