第三章 述懐(ジュッカイ)  4 優梨

 優梨は、すぐさま風岡に電話をかけ足達医師との会話の顛末てんまつを話した。我ながら、気分が高揚しているときは行動が早いと思った。時計はちょうど夜の十時を指していた。

「良かったじゃないか。やっぱり影浦も大城に興味を抱いていたってことか」

「足達先生いわく、そうらしい。でも何で『やっぱり』なの?」

「いや、実は俺も不思議に思っていたことがあってね。最近はあまり『夕夜』の人格って表に出てこないんだ。電車の中で夕夜が出てきたのは、よっぽど会話がうるさくて頭に来たか、影浦が大城たちに興味を抱いていたが奥手な瑛では声をかけられないから代わりにアクションを起こさせるために夕夜を登場させたのか。たぶん俺は後者だと思っている」

「それならそうと、はじめから言ってよ! ずっと嫌われてるんじゃないかって思ったりしたのよ! 私、ひとりで一喜一憂してバカみたいじゃない!」

 優梨は少々いらついた。

「ごめん。でも実は俺の勘違いで、大城に間違った期待持たせてしまってもいけないからな。悪気はないんだ。許してくれ」

「もういいわよ。大丈夫。風岡くんにはいろいろ協力してもらってるし、怒ってはないから。そういうわけで、瑛くんに会わせてくれないかな? できれば一対一で。できたら彼の連絡先を教えて欲しいな。そういえば彼、携帯電話持っているのかな」

 四人で会ったとき、優梨が色仕掛けをして影浦にかわされた後遺症で、彼の連絡先を聞き出すことすら出来なかったのだ。

「彼はバイトを真面目にやっているからな。電話料金は自分でまかなっている。影浦は本当にすごいと思うよ」

「そうね……私なんかよりずっと苦労しているのよね……」

 優梨は気軽に彼の連絡先を聞こうとしたことを恥ずかしく思った。一方の自分は、金銭面では不自由なく暮らしている。児童養護施設とは、これまで優梨と縁のなかった世界だった。

「まあ、念のため影浦に聞いてみてOKなら、連絡先を教えるよ。たぶんこの時間ならバイトも終わっているはずだから」

「ありがとう! 待ってます!」

 優梨は、影浦がまだ寝ていないことを祈った。


 そして、およそ十分後、風岡から優梨のもとにメールが届いた。メールには影浦の電話番号とメールアドレスが記されていた。

 さっそく優梨は、影浦に電話をかけたい衝動にられたが、まずはメールをして、はじめに前回のそうびようと思った。風岡は影浦に今さっき許可を取ってくれたのなら、こちらから連絡を入れるのも早い方がいいだろう。そちらの方が早い返信が期待できるし、それが礼儀というものだ。

 優梨は記されたアドレスからメールの新規作成画面を開いた。


『影浦くんへ

 こんばんは。突然のメールごめんなさい。

 先日は、栄まで来てもらって私のために時間を割いて頂いてありがとうございました。そして、カラオケのとき急にあなたに近付いて、あなたの力になりたいだなんて、おこがましいことも言ってしまって、本当にごめんなさい。

 私は、最初に会ったときから影浦くんのことが今まで忘れられません。精神科医でも臨床心理士でもスピリチュアルカウンセラーでもない私が、あなたのお役に立ちたいとか、そういうことはもう言いません。ただただ、あなたとゆっくりお話がしたいだけなのです。一度だけでも良いからお時間を作ってください。できれば二人きりで会いたいです。いいお返事をお待ちしております。  大城優梨』


 こんな文面でいいだろうか。優梨は何回もスマートフォンの画面をスクロールさせて作成した本文を読み返した。少なくとも誠意は伝わっているか。好きになった人に送る人生初のメッセージだ。優梨はドキドキしながら送信ボタンを押した。

 メールを待っている時間は、十五分くらいであっただろうか。でも実際はひどく長く感じられた。その間、勉強など出来ようはずもなく、優梨は布団に顔を埋めて、なぜか息まで殺して、メールの受信音をただ待ちわびた。

 西野カナの受信音が流れてきたときには、布団から飛び上がった。鼓動は、ドキドキと音が聞こえそうなくらい絶頂だった。ここでもし影浦ではなくて風岡や他の誰かからのメールだったら、スマートフォンを布団に投げつけていたかもしれないが、影浦からの受信であった。

 深呼吸一つしながらメールを開いた。


『大城優梨さんへ

 こんばんは。メールありがとうございます。影浦瑛(アキラ)です。この間は、こちらこそせっかくの厚意を踏みにじるような言動を取ってしまいすみませんでした。心療科の足達先生からお話は聞きました。とても光栄なことです。恥ずかしながら、実は僕もそう思っていました。なにぶんこんな性格ですので、口にはなかなか言い出せませんでしたが。ぜひお時間が合えば、こんな僕で良ければ何とぞお手柔らかにお願い申し上げます。 影浦瑛』


 優梨は歓びのあまり、ベッドで跳ね上がった。思わず声を上げそうになったが、両親や弟に聞かれると困るので、必死で声を飲み込んだ。こんなところ、例えば風岡や陽花に見られたら、どう思われるだろうと思った。

 すぐにいつ会えるか尋ねた。正確には優梨から提案した。明日とかどうだろう。急な要求だと思いつつも、会いたい気持ちは止められなかった。可能なら今からでも会いたい気分だった。

 影浦は、『僕はアルバイトじゃなければ基本的に暇です。明日はアルバイトではありませんので、会うことはまず問題ないと思います。でも門限は二十一時までですのでよろしくお願いします』と返事してきた。

 とりあえず、お昼から会えれば良いだろうか。門限があるので、早めから会うことを提案したところ、影浦から快諾のメールが来た。

 ここに来て急に、自分でも怖いくらい上手く話が行っているような気がした。しっぺ返しが来るのではないかとも思ったが、そんなことは、今は深く考えていられなかった。

 明日はどんな服装で行こうか。どんな会話をしようか。

 それにしても、影浦のメールの律儀さと言えば、度を超えてバカ丁寧なくらいだと優梨は思った。『瑛』にフリガナまで付けてきたくらいだ。第三者から見ればきっと面白いのだろうが、優梨にとってはこれも微笑ましく愛くるしいものであった。優梨は影浦のメールを保護した。そしてニコニコしながら何度も読み返した。

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