第二章 参集(サンシュウ)

第二章 参集(サンシュウ)  1 優梨

 先日陽花に指摘されたときには否定したものの、優梨は自分でも二面性のある性格だと思っていた。もちろん、性格を占うようなときに登場する『二重人格』程度のもので、無論『解離性同一性障害』ではない。『この人には表の顔と裏の顔がある』程度の意味合いで、だ。

 表向きには、医者一家の令嬢で成績優秀で真面目、清楚で上品、優しくて世話好き、奥手などと形容されたりすることが多いようだし、実際一部は当てはまっているだろう。しかし、裏側の一面としては、時間に束縛されるのが嫌い、好きなものや人に対してはとことん積極的になり貪欲どんよくである、熱しやすく冷めにくい、人並みに異性や性交にも関心はある、実は決して奥手ではない、必要があれば危険なところでも首を突っ込もうとするきらいがある、しかし最低限の世間体は気にしたりするなど、と自分の性格を分析していた。これがAB型だからそういう性格なのだ、という陽花の意見はまったく信じていない。非科学的な根拠は基本的に信用しない性分だった。

 だからと言って、この恋心を科学的に説明することは難しかった。

 風岡からの連絡を、首を長くして待っていた。

 

 火曜日の夜、風岡から連絡が来た。風岡は影浦とよく会っていると思っていたので、少々連絡が遅いような気もしたが、交代人格にも確認したとのことで連絡が遅れたようだった。風岡は交代人格の一人一人を呼び出して、全員の許可を得たのだろうか。ちょっと悔しいが、改めて風岡の偉大さを痛感した。幸い、影浦のホスト人格も交代人格も、優梨と会うことを承諾してくれたようだ。「海の日が祝日なので、大城の予定はどうだ?」と風岡は言ってきた。

 有頂天になって、年甲斐もなく部屋のベッドで跳ねたりしては、歓喜の声を枕に押し付けて声を殺していたが、メッセージをよく見ると、そこには風岡も立ち会うことが条件として記されていた。はじめはしゃくぜんとしなかったが、確かに『夕夜』と呼ばれる人格が登場したときに、自分ひとりで制御しきれるだろうか。ただでさえ異性の経験値が少ないのに、一人で複数の人格を共有するというかなり特殊なケースなだけに、懸念がよぎる。風岡の突き付けた条件は、真っ当であった。しかし、ふと思った。優梨自身もひとりで大丈夫だろうか。いざ、影浦と風岡を目の前にして、何を話したら良いか分からず沈黙が続いた場合どうだろう。千載一遇せんざいいちぐうの好機を前にして優梨がじけついてしまった場合、風岡以外に場を盛り立ててくれる、優梨サイドの味方が必要と感じた。

 無意識のうちに、優梨は河原陽花に電話をかけていた。


 海の日のランチタイム。

 場所は名古屋の中心街として有名なさかえであった。陽花も含めて定期券で移動できる場所という、安直な理由による選択であった。

 しかし陽花は不満げだ。

「ホント! 今日だけだからね! あんな爆竹みたいな男、アタシすごく抵抗あるわ。優梨が本当に好きになってるとは思わなかったし。あいつのどこが良いのか分からないし。でも他ならぬ優梨だから特別なんだからね!」

「ありがとう! でもここはどうしても陽花が必要なんだよ」

「分かったから! スターバックスで三杯分はごちそうしてもらわなきゃ」

「三杯でも十杯でも構わないわ!」

「十杯でもって! ほ、本当に、好きになっちゃったのね……彼のこと」

 陽花は、不思議で仕方がないというような表情を見せていた。

 

 陽花は、今回の会合に何の意気込みもないはずなので当然であるが、ごく普通の常識的にオシャレな格好(栄を普段歩くようなファッション)であった。白地に鮮やかな花柄のTシャツに細身のデニムのパンツ。髪はポニーテールで、夏らしくサンダルを履いていた。カジュアルと言っても、陽花は長身で引き締まったモデル体型のお嬢様なので、女子高生らしからぬとてもあか抜けた印象を漂わせていた。ナンパされるには充分なレベルだと思った。

 一方で、優梨は本当に気合いを入れこんでいた。陽花と合流した時、陽花に最初優梨だとは分かってもらえず、驚嘆の声をあげられた。パール色のレースで仕立てられた、軽やかで清涼感ある、ショート丈の半袖ワンピースを選んだ。タイト気味で脚や腰回りはとても細身でありながら、さりげなくふくよかな胸の大きさが強調されているおかげで、女の陽花が目のやり場に困っているのが分かった。でも、我ながら決してみだらすぎるわけではなく、清楚さも兼ね備えた上品なシルエットで、これは結婚式の二次会でも人目を引くほどの逸品だと、優梨は思っている。そしてエレガントでありながらナチュラルなメイクで、髪型は編み込みをあしらった、セレブ風の気品溢れるアップスタイル。今日のために美容情報誌を何冊か購入してまで、何度もメイクと髪型を検討し研究し練習した。さらに派手すぎないネックレスにブレスレットに指環をはめて、ブランド物の鞄を持ち、そして極めつけの白いハイヒールのサンダルを履けば、身長は長身の陽花と大差ないようであった。プロのモデルと張り合っても、まったくそんしょくのないとレベルと思えるくらいの自負があった。優梨の自信作だった。

「長年付き合ってきたけど、優梨のこんな服見たことなかったよ。まさかこのために、わざわざ買い揃えたとか? これじゃあ却って優梨が浮いちゃうよ!」と、陽花に心配されてしまったほどであった。


 栄の駅構内の電光掲示板では、名古屋市内で女性が相次いで襲われており、注意を促していた。待ち合わせ場所の栄のクリスタル広場では、何人ものナンパ目的やらスカウトマンやらカメラマンやら詳細不明の数多くの男が、たくさん声をかけてきた。その女性が襲われる事件とはおそらく無縁であろうが、あまり快いものではない。風岡と影浦はちょっと遅れているようだ。

「アタシたちのような美しいレディーを待たせるなんて。紳士的でないわね。もたもたしていないで早く来なさいよ!」

 陽花は彼らに毒づいた。

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