第一章 邂逅(カイコウ)  3 優梨

 優梨と陽花は滄洋女そうようじょ学園がくえん中学・高等学校という、地元ではかなり名高い中高一貫制の名門女子校に通う高校生である。通称『滄女そうじょ』と呼ばれ、そこに通う女子生徒たちを『滄女生そうじょせい』と呼ぶこともある。名古屋市東部の東山線沿線に位置しており、生徒の多くは地下鉄で通学している。

 学校名にちなんでなのかスクールカラーがブルーであり、制服も青系統の色を使用していた。いま着ている夏服は、白のブラウスと白のサマーベストに鮮やかなはなだいろのリボンが印象的であり、スカートは同じく縹色の美しいチェック柄である。冬は紺藍こんあいの二つボタンのシングルジャケットに白のインナー、同じく紺藍のリボンに、スカートは紺地にピンクのウィンドウペン柄が入っている。そんな上品でオシャレな制服も魅力のうちの『滄女』なのだが、超難関私立中学受験で高い倍率を勝ち抜いた選ばれし優秀な女生徒しか着用することができない、言わば女子中高生たちの憧れの勲章とも呼べる代物であった。

 優梨は、そんな名門中学の入学時から現在高校二年生の途中まで成績はトップクラスであり、一学年に二百人以上いる中で五位以内から逸脱したことがなかった。父は医師で病院を経営、母は看護師という医者・医療従事者一家で、自身も医学部志望であった。しかも、長いまつに大きな二重まぶたの瞳、ミディアムで櫨色はじいろに染まる艶やかな髪、高く通った鼻にシャープな顎、色白で美しい肌、スリムな体型にしなやかな肢体、そして、それらをまったく鼻にかけることのない気さくで明朗な性格。絵に描いたように誰もが憧れる人気者であった。名門女子校の成績優秀者は、おおかた眼鏡をかけ化粧っ気がなく、失礼ながらオシャレからはあまり縁がなさそうな生徒が軒並み揃う中では、かなり異例の存在であった。また仲の良い弟が一人いるためか、面倒見の良さも優梨の魅力の一つであった。

 一方の陽花も、成績は中の上くらいで優梨には及ばないが聡明であり、バレーボール部で身長は高く、運動神経も抜群であった。優梨に勝るくらい明朗快闊めいろうかいかつで、少し男勝りな性格であった。適度にオシャレを好み、こちらも色白の美しい肌で、二重瞼の瞳と弓なりの形の良い眉を携え、身長に不釣り合いなくらいの小顔であった。そして、彼女も間違いなく美人の部類であった。女子高校では少数派の理系クラスという共通点もあって優梨ともかなり気が合った。陽花の父は、一部上場企業に勤務しており、これまた裕福な家庭で育った。

 優梨は地下鉄名城線乗り換えでいつもなら栄で降り、一方の陽花は地下ちか鉄鶴舞線てつつるまいせんに乗り換えのためふし駅で降りる。いつもなら二人とも名古屋駅を通らないので、栄の百貨店で買い物することが多いが、この日は半日で学校が終わったので、足を少し伸ばして名古屋駅におもむいたのであった。


 名古屋駅で一通り地下街や百貨店でショッピングを楽しんだ後、おきまりの女子トークのためカフェへと向かった。地下街では改装工事前の在庫売りつくしセールで平日の昼間なのに人がたくさん集まっていたうえに、さらに献血を大声で呼びかけるスタッフもいて、かなり賑わっていた。『愛血会あいけつかい』と言って、若者の献血への協力を呼びかけているのを雑誌やテレビコマーシャルでよく見かける団体だ。どうやらAB型の血液が不足しているらしい。

「優梨って確かAB型だっけ?」

「そうよ。確か名古屋駅のタワーズにも献血ルームあったよね。あれは赤十字だっけ? まあ、献血で不足していると言われるとちょっと申し訳ない気もするけど、痛いのは苦手だし」

「こら。そこの医学部志望! そんな精神じゃ、患者の痛みが分かる立派なセクシー女医になれんぞ!」陽花は茶化した。

「セクシーは関係ないでしょ? 陽花はB型だけど、献血してきたら良いじゃん」

「嫌よ! せっかくのお茶の時間がもったいないもん。きゃははは」

「何だそれ。でもAB型は9%しかいないから、どこでも不足するんだよね。200ミリリットルなら今でも大丈夫だから、今度社会勉強がてら行ってみようかな」

「さすが! 優梨さまー!」

 献血は、200ミリリットルの全血献血であれば十六歳から可能だ。400ミリリットルで女子の場合、あるいは成分献血では十八歳からとなる。

「そういえば、優梨って天才だし、いかにもAB型っぽいよね?」

 そう。陽花の得意とする話題は血液型占いの話題だ。優梨は、また始まったかと思った。

「血液型占いって科学的根拠がないから、あまり信じないんだよね。でも陽花の自由奔放すぎるところは、間違いなくB型に見える」

「ひっどーい! 私は優梨のこと褒めたのに!」

「あれ? B型って当てられるのは不本意なの?」

「アタシだって、たまには几帳面なA型とか、面倒見の良いO型とか、天才肌のAB型とか言われてみたいわ」

「そっか、そっか、ごめんごめん! 冗談だよ」と、優梨はあまり申し訳なさそうに見えない謝り方をする。

「いいよ。分かってるから。コーヒー一杯で勘弁してあげる。あっ! さっき電車で怒鳴ってきたあの男、絶対AB型だよね?」

 優梨は一瞬どきりとしたが、陽花は続けた。

「だってさ、二面性ありまくりだよね!? ABの変わり者どうし、意外と優梨と馬が合ったりして」

 優梨は動揺しながら言った。

「そ、そんなことないわよ! 私、変わり者じゃないし二面性もないもん」

「きゃはは! 冗談に決まってるでしょ! これでおあいこだよね。あれ? 優梨、何か耳が赤くなってない?」

「何を言ってんの!?」

 優梨は、頑張ってクールを装おうとしても、どうしても表に出てしまうのが欠点であった。

「そう言えば、さっきカッコいいとか言ってたよね! ひょっとして好きになりかけてるとか? ごめん、図星だったかな?」

 おっしゃる通りで間違いなくそう言ったのだが、優梨は必死に嘘をつこうとした。

「言ってない! 言ってない! そして好きになりかけてない! もうやめてよ! 恥ずかしいんだから!」

「言ってた! そういう優梨の純粋で分かりやすいところ好きよ!」

 そう言って、人目をはばからず陽花は優梨に抱きついた。

「暑い! 汗出てきちゃったし!」

「おかしいな。クーラー効いてるはずよ」

「陽花のせいでしょ!」

 まったく、陽花はいつもこうやって私に抱きついてくるから本当はバイセクシャルじゃなかろうか、と優梨は思うことがある。

「優梨はこんな可愛いのに、彼氏の一人も作ったことないんだから笑える」

「もう!」

 優梨はこういう話の展開にはからきし慣れていなかった。陽花に途中からずっとからかわれながら、スターバックスに入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る