第一章 邂逅(カイコウ)  2 風岡

 風岡と影浦は、地下ちか鉄名てつめいじょうせんに乗り換えようとしていて、栄駅の連絡通路の階段を下りていた。

「いやー、びっくりしたなぁ。あんなところで出くわすなんて」

 風岡はとんきょうな声で言った。

「風岡くんの友達なの?」

「友達っていうほど親密ではないけどな。小学校卒業以来じゃないかな、あいつに会うの。だって俺は地元の中学だけど、あいつは私立中学に入学したからな。だから四年以上ぶりだな」

「そっか。久しぶりに友達に会えて良かったね」

「だから、友達ではないって言っとるだろうが」

「そうだったね。でも、風岡くんの知り合いを非難しちゃいけないかもしれないけど、ちょっとあれはうるさかったよね?」

「車内で何があったんだよ?」

 風岡は、列車のしゃりょう間を移動中に偶然やり取りを目撃したので、事の発端を見ていなかった。

 時期に乗り換えの電車がホームに入ってきた。名城線は環状運転しており、二人は左回りの電車に乗り込んだ。

「あの二人の声が大きかったから。ゆうが注意したの」影浦が説明した。

「夕夜が、か? そりゃ注意ってレベルじゃないな。恫喝どうかつくらいの勢いだろ。はっは。ちょっと、あいつらに申し訳なかったかな」

「夕夜はかなり口調がキツいからね」


 風岡と影浦は名古屋市東部の東山線沿線にある県立とめやしろ高校の普通科に通う高校二年生で同級生である。高校の偏差値としては55くらいの学校であり、全校生徒は一千人くらいだ。制服はブレザーであるが、今は夏なので白のカッターシャツに鈍色にびいろのスラックス、茜色のネクタイという出で立ちであった。

 風岡と影浦は、去年のクラスメイトであった。五十音順で隣だったこともあって、風岡が影浦に声をかけ親しくなった。最初、風岡は影浦に対し、単に内向的な男なのだと思った。しかし、話して打ち解けていくうちに、他方の一面が垣間見られた。それはもうかなり驚愕したが、それがきっと影浦の怒りの感情を具現化するだけのものではなくて、親密な者にだけ見せる姿なのだと認識した。もちろん同時に、ある種の精神障害をも疑った。というか、むしろ確信に近かった。

 しかし、そのことについて風岡は楽観視し、障害などではなくて、彼の独特の個性として捉えた。そういった態度が功を奏してか、影浦がおのれの性格について自覚していることや、それによって友達ができにくいことや、彼にまつわる過去についても話してくれた。残念ながら高校二年生でクラスが分かれてしまったが、もともと引っ込み思案の影浦を風岡がづかい、休み時間や放課後に空いていればできる限り積極的に行動をともにした。風岡が影浦に対して友好的なのは、何よりも彼の優しさゆえであった。内気で少し頼りないが、常に他人を優先して考える、不器用ながらも思いやりに溢れている男だということが分かった。他方の一面が表に出たときでも、短気で乱暴なところもあるが、根本的には仲間や弱者に優しく、正義感のある男であった。それが分かったから、影浦のどちらの側面も好きだった。今ではお互いに心許せる、かけがえのない友達になった。


 今週は夏休み前の期末テスト期間中であり、午前中で帰る日であった。今日は別々に帰っていたが、車内で偶然一緒になったのだ。

「それにしても、大城のやつ。昔から可愛くてかなりモテてたけど、しばらく会わないうちに綺麗になったなぁ」

「風岡くん、タイプなの? たしかにかなりの別嬪べっぴんさんだったね」

「大城は良家のお嬢様だからな。しかもめちゃ頭も良いし。あれこそ才色兼備だ。天は二物も三物も与えている。でも、俺はどっちかと言うと、大城と一緒にいた子の方がタイプだね。大城とは違うタイプの美人だね。ちょっと気が強そうだけど、ハツラツとしていて嫌いじゃない」

「気が強そうだよね。僕は言い負かされちゃうな」

「そうか? 途中まで、いい感じに張り合っとったぞ!」

「だから、あれは夕夜だってば」

 風岡は笑いながら、先刻の口論の戦評を語ったところで、金山かなやま駅に到着した。

「じゃあな、影浦。また明日な」

「じゃあね、またね」

 影浦は右手を振って、電車を降りた。

 地下鉄名城線は金山駅で二股に分かれる。風岡と影浦はそれぞれ別方向の電車に乗らねばいけないので、金山で別れた。まだ昼だし、本当は一緒に昼食をとったりカラオケにでも興じたりしたかったが、明日もテストなので我慢した。

「それにしても……」風岡は小声で独り言を呟きながら考えていた。

 いくら夕夜が短気であっても、車内の会話がうるさいだけで怒るだろうか。ましてや地下鉄の中は走行音でうるさい上に、他にも会話していた乗客はおそらく多かったと思う。しかも、ここ最近はほどのことでなければ、あのような場面ではあきらのままでいるのに、と思い、不思議な感じがしてならなかった。

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