第一章 邂逅(カイコウ)
第一章 邂逅(カイコウ) 1 優梨
七月のある梅雨晴れの蒸し暑い木曜日のことであった。蝉の声はまだうるさくなっていなかったが、じりじりと太陽は照りつけており、いよいよ気温は三十度を超えこれから夏真っ盛りを迎えようとしていた。さらに、ここ名古屋市内は湿度も高く、半袖一枚でも汗ばむには充分の気候になりつつあった。
優梨は学校を出て徒歩で最寄りの地下鉄駅に向かっていた。そして、これから高校のクラスメイトで無二の親友である
「今日のテスト、優梨はどうせまた全科目満点なんだよね、いいないいな」
「何言ってるの!? そんなことあるわけないでしょ?? 自信があるのは化学、生物と数学くらいよ」
優梨も陽花も理系科目選択である。
「それが、自信のない科目でも優梨は90点取っちゃうんだからな。本当に脳みそ分けて欲しいくらいだよ。さすがは特待生さん」
「
「
電車の走行音が
「どうしたの?」
「いや、ちょっとエアコンが効きすぎていたかも」
優梨は戸惑いを隠すように続けた。実際のところ、汗ばんだ後での冷気の直撃が却って寒さを感じさせていた。
「私は夏の期間限定のクールライムを飲もうと思っていたけど、車内で身体冷えちゃいそうだからどうしようかな? 夏だしホットで期間限定ものはさすがにないよね」
「本当に、優梨は優等生なのに、期間限定ものに目がないのね。笑えるー」
「成績とそれとは関係ないでしょ!?」
車内で声高に談笑していたそのとき、鋭い視線を感じたその先から、突然男の声で怒号が浴びせられた。
「うるせぇ!! 静かにしねぇと殴り倒すぞ!」
最初は自分たちに対してのものではないかと思ったが、いきなり食って掛かるように学生服を着た
「何よ!」と陽花が、応戦するような返事をした。
「お前らが喧しいんだよ!!」
「お?
「あなたは……あ、もしかして
「まあまあ、影浦、落ち着きなって」と
「誰だ、お前の知り合いか?」すごんだ声で影浦と呼ばれた男は問う。
「そうなんだよ! 小学校のときの同級生なんだよ」
風岡は、笑って答えた。
「本当に久しぶりね、風岡くん。あなたはどこに通ってるの?」
「
「
「そうだったね! さすがは
風岡が介入したおかげで、却って
「知り合いじゃないわよ! あんた何様? 少し
「いや、ホントごめんな。許してくれんか」と、代わりに風岡が謝った。でも陽花も引き下がらなかった。
「あんたじゃなくて、隣のあんたよ。謝りなさいよ!」
陽花は青筋を立てながら、風岡の隣にいる影浦と呼ばれた男を指差した。
影浦と呼ばれた男は、どういうわけか痛そうに頭を抱えていた。その後、顔を上げた表情は別人のように穏やかなものとなっていた。
「あ、お二人ともごめんなさい。大声出してしまって。ビックリさせちゃいましたよね? 風岡くん、仲裁してくれてありがとう」と言って影浦は、風岡に握手を求めようと右手を差し出した。風岡はさりげなく応じた。
「大丈夫だよ。ま、そんなところで。お二人さんとも邪魔して悪かったな! ごめんな! あれ? 大城はここで降りないのか? そっか、じゃあな!」
気付くと電車は
陽花は、
「何? 何? あの人、最後急に態度を変えたね!」
陽花は戸惑いを隠しきれない表情であった。
「そうね、変わった人。謝ってくれたからいいけど……」
「いや、いくら謝ったってあの怒り方はちょっとおかしいわよ。異常よ。ちょっと長身で顔が良いかもしれないけど、アタシはムカつくな」
「確かに、顔はカッコ良かったね……」優梨は素直に感想を述べた。
「あら。優梨にしては、男のルックス褒めるのなんて珍しいわね! でも、あの性格じゃダメよ。あんな爆竹みたいな男、手に余るわ。まだ優梨の知り合いの、カザ……ナントカという男の方がいいわよ。うまいこと仲裁してくれて」
「風岡くんのこと? あの人は小学校時代の同級生で、家が近所だし。クラスも一緒のときはよく学校で遊んだり喧嘩したりしたな。まぁ、ちょこっと変わってるけど、根はいい人だから人気者だった覚えがあるよ。ってか、あれ仲裁っていうのかな? 却って風岡くんが来てからの方が確実にうるさかったよね?」
「確かにそうかも! ひゃはは!」
今度は大声で会話しても、それを
そのような会話を続けているうちに、名古屋駅に到着した。先ほどの出来事を忘れるかのように意気揚々としている陽花や、何事もなかったかのように足早に階段に消え去っていく他の大勢の乗客らとは対照的に、優梨は今の一件で何か深く考えさせられるものがあった。
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