第四十七章 6

 腕試しゲームをするエンジェル、アドニス、クリシュナと、見学する側になった来夢、克彦、怜奈、カバディマンは、射撃場へと移動した。


 三人が模擬銃を手にし、正三角形の頂点の位置取りで向かい合う。見学組は邪魔にならないよう壁の側にいる。


「六発の弾を撃ちつくした際に、他に生き残りがいたら即座に負け。そのルールで三つ巴バトルってことは、三人残っている状態だと、最後の一発は撃てないってことか」


 克彦は計算する。三人残った状態では、五発まで撃てるが、しかし五発撃ってしまえば、その人間が徹底して狙われてしまう可能性が高い。五発の時点で、もう後が無い状態で、防戦一方になるからだ。そんな不利な状態になった一人を、残り二人が見逃すはずがない。

 銃弾は攻撃の手段の数字であると同時に、ライフポイントでもある。これはそういうゲームだ。


(撃てるボーダーラインは四発までなんじゃないか? いや、残り二発まで減らすのも結構厳しい。その時点でさらに減らして追い込む形になる。俺が参加していたら、どうにかして残りの弾が二発になるまでの間に、一人を減らしておきたい。残り二発の状態で三人健在の時点でヤバい。そこがボーダーラインだな)


 一対一で六発の弾という制限の中で弾の消費を気にするのと、三人入り乱れた戦いで弾の消費を気にするのでは、全く話が違ってくると、克彦は考える。


「出だしが肝心。弾の数の温存なんか気にして、ぜんまいを悠長に巻いていたら駄目。スタートダッシュをかけた人が有利になり、遅れた人が不利になる可能性が高い」


 来夢が三人にも聞こえる声で言った。


(我が天使よ。その読みは当たっている。出遅れた者が、最初に二人がかりで襲われる展開になってしまう可能性が高い。このゲームはさっさと一人排除した方が、楽になれるという面もあるからな。ただし、タイミングが重なりすぎると、最初に狙いを定めた者に合わせようとして、実は二人がかりで狙われているのは自分――という展開もある。故に、出だしで悠長にいくわけにはいかない)


 来夢の言葉を聞かずとも、他の二人も同様のことを考えているであろうと、エンジェルは思う。

 ゲームがスタートしたら、あれこれ考える暇は無くなる。瞬間的に判断しなくてはならない。たとえ何も考えずとも本能でもって、最も有利なポジションを取ろうとして体が動いてしまうが、それすら利用される可能性もある。


「エンジェル、超常の力の使用は無しね。使っても他の人にはわからないだろうけど、俺の目は誤魔化せない」


 来夢が念押しする。


「天使の視線の厳しさを誤魔化せるとは思っていない。それに、公正なゲームでないと意味が無い」


 エンジェルがそう言って親指を立ててみせる。


「ゲームと思えないくらい、皆熱くなってる」


 静かな緊張感と闘志を漂わす三人を見て、来夢が微笑む。


「ゲームは真剣にやってこそ面白いし、玩具とはいえれっきとした銃撃戦だ。上に立ちたいという矜持はあるに決まっている」


 来夢の言葉に反応したアドニスが、大真面目な口調で言い切る。


「じゃあ合図は俺が出すよ。スタートって言ったらスタートね」


 克彦が言い、三人が無言で頷いた。


「では……スタート!」


 ほぼ間を置かずに合図を出す克彦。わざわざこれ以上勿体ぶって間を開けずとも、三人は十二分にいつでもいける体勢になっていた。


 三人の中で、エンジェルとクリシュナがほぼ同時に銃口を上げる。

 エンジェルの狙いはアドニス。クリシュナの狙いはエンジェルだった。

 アドニスだけは誰にも狙いをつけていない。二人の動きだけを注視している。


(わざと動かなかった? 天使の休日か?)


 アドニスを見て少し驚くエンジェル。一人タイミングをズラして様子見し、出だしを遅らせるという戦法と思われた。想定していなかったわけではないが、実際にやるとは思っていなかった。

 アドニスがあえて後出しすれば、後出ししてアドニスに狙いをつけられた者が、アドニスの標的にされなかった者にも狙われる構図になりかねない。そしてアドニスに狙われなかったもう一人とアドニスによって、その後も二体一の戦闘を継続してしまう可能性が大だ。

 ただの三つ巴勝負であれば、その行動は理にかなっている。さらに一時的に組んでいる者に対して、裏のかきあいもある。しかし、残弾が尽きれば敗北というルールが、ここで問題となってくる。その問題とは――


 エンジェルもクリシュナも、移動しながらほぼ同時に撃っていた。クリシュナの弾は当たらず、エンジェルの弾もアドニスはかわしていた。

 アドニスは撃とうとすらしなかった。体勢が崩れた直後を狙って撃ってくるかと思いきや、それすらない。そしてこうなるとますますやることは一つとなる。


 クリシュナとエンジェルがまたほぼ同時に動く。二人の銃口がアドニスへと向けられる。


 最初に様子見するという行為をした時点でも同様のことが言えるが、残弾がライフでもあるこのゲームにおいて、三対三が維持されている状態であれば、残弾が一人だけ多くある状態だと、どうしても狙われる。

 三対三の均衡が崩れた際を考えれば、残った敵一人の残弾は、自分より少ない方が理想であるし、せいぜい同じ程度に留めておきたい。自分より残弾の多い者は残したくはない。故に狙える状況であれば、残弾が多い者から狙っていく。

 逆に一人だけ弾が減った場合も狙われる。それは弱った者としての認識で、さっさと脱落させたいという気持ちが働くからだ。

 へこんでいても、出っ張っていても、それぞれ異なる理由で二人がかりの標的になってしまう。


 エンジェルがまず撃つ。クリシュナも微妙にタイミングを遅らせて、アドニスの行動先を予測したうえで撃つ。

 アドニスは二人の攻撃を、余裕をもって回避した。そして自らは未だ撃とうとしない。


 これでクリシュナとエンジェルはそれぞれ残弾四発。アドニスは六発そのまま残している計算になる。こうなるともう、アドニスに対しての、二人がかりによる攻撃が維持し続けることになる。


(彼とてそれがわからなかったわけでもないだろうに。何を狙っているんだ?)


 自ら窮地に追い込むような真似をしたアドニスを、怪訝に思うエンジェル。


 アドニスがエンジェルの横側へ回りこむように駆けつつ、ここでようやく撃ってきた。狙いはエンジェルの右脚だ。

 反射的にエンジェルは左側に飛んでしまう。アドニスは回りこむ動きから、エンジェルと向かって水平に移動する。


(しまった……。この位置は天使も吸い込む、地獄の入り口となった)


 エンジェルは三人の位置を見て、アドニスの狙いを理解した。アドニスが撃ったのは、エンジェルを動かすため。そしてアドニスも位置取りをするために動いていた。

 アドニスとクリシュナの丁度真ん中に、エンジェルが位置する格好となる。こうなると残弾以前に、二人かがりでエンジェルを狙った方が効率的だ。


 クリシュナがエンジェルを撃つ。アドニスも撃ってくると見越して、撃つと同時に横に動いている。

 しかしアドニスは撃たなかった。ただ横に移動しただけだ。


(今の絶好のチャンスも見送るとは、何を考えている。弾の温存という以外に何がある?)


 アドニスの狙いが、エンジェルにはさっぱりわからない。おそらくクリシュナも困惑しているだろうと見なす。


(俺が考案したゲームだというのに、俺が手玉に取られてしまっているのか?)


 アドニスの不可解な動きを意識しつつ、エンジェルは皮肉げに思う。


 これで残弾は、クリシュナ3、エンジェル4、アドニス5となった。クリシュナはかなり後が無い。さらに一発撃てば、残り二発という極めて余裕の無い状況となる。

 こうなるとますます二人がかりでアドニスを狙うしかない。少なくともクリシュナはアドニスを仕留めたいであろう。


 申し合わせたかのように、三人の動きがぴたりと止まった。三人共が、敵二人の動きに神経を尖らせながら、それぞれ高速で頭を巡らせている。


(クリシュナにとっての最大の理想は、自分はもう弾を撃たず、俺がアドニスを仕留めてくれることだろうけどな。そうすれば残弾三発同士による、一対一となる)


 エンジェルはそう判断する一方で、クリシュナという人物の性格も考えていた。わずか十数秒の撃ち合いをしただけでわかる。この男は性格上、自分もちゃんと参戦して、二人がかりでアドニスを仕留めにかかるのではないかと。

 しかしいくら性格がそうであろうと、クリシュナはせいぜいあと一発までが限界だろうと、エンジェルは見る。例えアドニスを倒しても、自分と対峙した際に、残弾一発という形にするのは厳しいであろう。

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