第四十七章 5
「マッドサイエンティストが二人っ」
「何が始まるんです?」
「いきなり毒ガス撒いたりとかしないよな」
向かい合う二人の白衣の少女を見て、野次馬達がひそひそと囁きあう。
音木史愉という人物に対するみどりの第一印象は、すこぶる悪かった。口を歪めて人を食ったようなニヤニヤ笑いを浮かべ、眼鏡の奥の目は血走り、髪はまるで手入れをしていない様子。顔立ちそのものは小顔で整っているし、磨けばそれなりに光るだろうが、内面の歪さや、己の見た目への気遣いの無さで、全て台無しにしている感がある。
(それだけじゃないわ。こいつ……あたしや純姉と遜色無いんじゃねーか?)
史愉もオーバーライフであることを一目で見抜く。力だけで言えばステップ2以上――つまりオーバーライフでも格上に属するものだということまで、みどりは看破していた。
「何だ? 隣の細いのは、君のマウスってわけじゃなさそうだが。オーバーライフを累以外にもう一人引き入れたってか? ますます手出しできにくくなったッスねえ。ぐぴゅぴゅ」
史愉もみどりがオーバーライフであることを一目で見抜く。
「できれば具体的な遊び内容も手紙に書いてほしかったなあ」
「ぐっぴゅう。それでも君はあたしのことが気になって、こうして出向いてくれたろー。相変わらず甘っちょろい奴で嬉しいぞ。手紙に書いちゃったら味気ないから、遠まわしに興味をそそらせて、楽しみを作ってやったのよ。ぐぴゅっ」
「尊幻市でこの生物を放したのは、ふみゅーちゃんの仕業ってことだね」
史愉に向かって憎悪の視線を浴びせているヒューマノイド二人を一瞥し、純子が言った。その台詞は、史愉が諸悪の根源であると大勢の野次馬の前で暴露されたようなものだが、史愉は全く動じず、にやにやと笑ったままだ。
「いちいち確認すんなバーカ。頭のいい奴は無駄な会話は省くもんだ。頭の悪い奴の振りしてるのか、隣の奴が馬鹿だから解説してんのか知らねーけどなー」
「へーい、てめーは手当たり次第に噛み付く狂犬か? 上っ等ッ」
みどりが不穏な空気を放ち出すが、史愉はそれを見てもなおへらへらと笑っている。
「こいつらはあたしも未だ研究中なんスよね。一応知的生命体だ。あたし一人じゃあ研究するにも手に余るから、純子にも手伝わせようと思って呼んだぞ」
ヒューマノイドを見て史愉が言った。史愉に対しての彼等の反応からして、相当酷い目に合わされたのだろうと、その場にいた全員が察する。
「決闘するんじゃなかったの?」
「研究を手伝わせながら決闘もするんだよ。あたしならできる。あたしにはやれる。あたしだからできる」
力強く主張する史愉。
「んー……そっかあ。でもふみゅーちゃんがその気でも、私はそんなせわしないの、遠慮したいかなー」
言いつつ純子が、ヒューマノイドと史愉の間に立つような位置へと移動する。史愉から彼等をかばうような形だ。そしてそれをヒューマノイド達にもわからせようとする所存でもある。
「名称はあるの?」
「ぐぴゅぴゅ、やっと聞いてくれたか。オアンネスよ。あたしがつけたっス」
「うっひゃあ、そのまんますぎ~。神話からそのまま取っておいて、あたしがつけたも糞もねーべ」
得意気に喋る史愉に、みどりが突っ込んだ。
「何だと!? このかいわれ大根娘! 髪長すぎて妖怪みてーだぞ! ばーかばーか!」
「かいわれ大根……」
最初から史愉にはいい印象の無かったみどりであったが、今の一言でヘイトがマックスになった。
「解説してやるが、こいつらは海から来たのよ。んで、どうやら文明もちゃんと持っている。魚っぽいのは水かき程度だが、それでもオアンネスが一番格調高いと思ったし、変なウケ狙いしたネーミングより、これが一番いいと直感的に名づけたんだぞ。ぐぴゅっ。つーかオアンネスが駄目なら、何でアルラウネはいいっていう話だぞ」
「なるほど」
史愉の言い草に、ちょっとだけ説得力を感じる純子。
「そいつはサンプルとしてくれてやるぞ。研究所に持ち帰って調べることを許ーす」
横柄な口調で史愉が言う。
「ふみゅーちゃん、何でここにいるの?」
「あたしはゴミ溜めの王とか名乗ってるおっさんに雇われてる身だ。詳しくは言えねーけど、おっさんの引退ライブを成功させるには、あたしの力がいるんだ」
「ふえぇ~、ハリー・ベンジャミンか。あたしの好きなロックンローラーだわさ」
引退ライブの話はみどりもチェックしていた。
「ぐぴゅう。ライブする時にはちゃんとここに来いよ。面白いことが起きるぞ~。ぐっぴゅっぴゅっぴゅっ。オアンネスなんか序の口ッスからー」
そう言い残すと、史愉は立ち去った。
(ふみゅーちゃんが来たおかげで、この人達の信用を得る形にできたねえ。もしかしてその協力をしてくれたのかな?)
背後にいるヒューマノイド――オアンネスを意識し、純子はそう思った。
***
『あたしはあの子とお話したくてもできないから、ハリーが代わりにしてよー』
部屋でギターをいじるハリーに、ケイシーが声をかける。
どうやら来夢のことが気に入ったようだが、中々しんどい注文だった。馴れ馴れしく接して、ハリーが辺に思われそうだ。
「そう言われてもなあ……」
ギターを置き、ハリーはケイシーの方を向いて頭をかく。
『あたしはお友達全然いないまま、ハリーだけといつも一緒だった。寂しくないようで、ちょっと寂しい所もあるんだ』
ハリーが思ってもみなかった言葉が、ケイシーの口から出た。そして納得してしまう。ケイシーは人と接するのがとにかく好きだった。
「俺が代わりに会話しちまったら、ケイシーが話したことにはならないんじゃないか?」
『なるよ。ハリーが喋っている時、あたしも喋っているつもりになるから。あたしが聞きたいことや言いたいことがあったら、ハリーにお願いすればいいだけの話だし』
「はっ、全くかなわねーな……。ケイシーには」
肩をすくめて笑うハリーだが、その表情が急に憂いを帯びる。
『どうしたのー? ハリー』
「いや……いつもずっと考えていて、言えないことがあった。もうすぐ最期だし、言っちまう」
ケイシーから視線を離し、ハリーは話し出した。
「ケイシーが死ぬことがなかったら、どんな大人になったか、どんな人生を歩んでいたか、ちゃんといい男と巡りあって結婚して幸せになれたか、子供を産んだらどんな顔だったかとか、そういうことをいろいろと……そういうの想像できるか? 俺はいつも意識してた」
『んー……わかんない』
話し終えてからハリーがケイシーの方を向くと、ケイシーははにかんでそう言っただけであった。
「お前……俺は結構恥ずかしい想いして、思い切ってこれを口にしたのに、そんなあっさりしたリアクション……」
『恥ずかしいのはあたしだよー。そんなの全然考えられなーい』
それもそうかと、ハリーは寂しげに納得する。ケイシーの時間は止まってしまった。子供の頃に死んで同じ姿のまま、四十年もハリーの前に現れ続けている。
(時間が止まっているのは、俺の中身もだ……。いや、もしかしたら、俺が意識して止めているのか? 体は立派に老いぼれていってるのにな)
ごつごつした己の手を見やり、ハリーはニヒルな笑みを浮かべた。
***
「フッ、暇をもてあます天使達よ。暇つぶしのいい遊び道具を見つけたぞ」
城の中。控えの部屋で待機していた始末屋達とクリシュナに、エンジェルが銃弾の詰まった箱を見せた。
「ペイント弾か。なるほど」
箱の中の弾を確認して、アドニスがエンジェルの意図を読みとる。服に当たっても、一時的に色がつくだけで、すぐに着色料も落ちるタイプのペイントだ。
「互いの力量を推し測る腕試しを兼ねた暇つぶしですか」
「御名答」
クリシュナの言葉を聞いて、エンジェルは満足そうに微笑んだ。
「天使の戯れに参加する者はいないかな?」
「受けて立ちましょう」
エンジェルの呼びかけに、クリシュナが真っ先に応じた。
「面白そうだ。銃だけの勝負でいいんだな?」
アドニスもその気になり、確認する。
「ああ。銃以外は反則ということで」
「それじゃ俺や克彦兄ちゃんには勝ち目無いし、見学かな」
「私もですねー」
エンジェルの言葉を聞いて、来夢と怜奈がつまらなさそうに言う。
「カバディマンさんは?」
「カバディっ」
克彦がカバディマンを見たが、カバディマンは一声あげて首を横に振った。
「ではこの三人の天使で、三つ巴腕試しといこうか」
エンジェルがサングラスを人差し指で押し上げ、不敵に笑う。
「模擬戦とはいえ、少しわくわくするな」
ちっともわくわくしてなさそうなむっつりとした顔で、アドニスが言った。
「当たったら負けですか? 当たる場所にもよりますか?」
クリシュナがエンジェルに問う。
「当たる箇所はどこであろうとアウトにしよう。銃弾は一人六発まで。その間にケリをつけるルールで。六発撃ちきって、誰か一人でも自分以外に生存者が残っていたら、その人間は自動的に負けだ。あっちの射撃訓練場にペイント弾用の銃が幾つも置いてあった」
エンジェルがどんどんルールを決めていくが、特に反対意見は出なかった。
「しかも三つ巴となると、駆け引きが要る」
クリシュナが真顔で呟き、闘志を滾らせる。
「腕と頭の見せどころだな」
アドニスが銃にペイント弾を入れていく。クリシュナの闘気に当てられて、アドニスも自分が静かに燃えてきているのを感じていた。
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