第四十七章 7
動きが止まった三人。射撃訓練場の空気がさらに張り詰める。
位置的にはエンジェルが不利だ。アドニスとクリシュナの間にいる。二人がかりで挟まれて攻撃されてしまう。
「アドニスさん、単純に動きだけ見ても、実力的にこの三人の中では一番上だね。そのうえでアドニスさんが場を支配している」
来夢が克彦の耳元で囁く。
「ああ。アドニスさんにかき回されて、二人共踊らされている感じ」
克彦が同意する。克彦はかつてアドニスと戦ったことがある。その際は運にも助けられた格好で勝利できたものの、克彦も重傷を負った。次に戦ったら勝てる気がしないし、できれば戦いたくもないと克彦は思う。
最初に動いたのはエンジェルだった。
アドニスを狙うのではなく、クリシュナに向かって銃口を向けるエンジェル。
クリシュナは特に動じた様子を見せず、素早くステップを踏んで回避するも、エンジェルは撃たない。フェイントで留めた。クリシュナも撃とうとしない。
だがアドニスはクリシュナを撃った。回避直後を狙って撃った。
アドニスの銃撃に反応してクリシュナは、脚をもつれさせるようにして、さらに回避を試みた。一応全員コンセントは服用しているが、殺気をあてにはできないので、実戦より回避行動がおろそかになる。かなり際どいタイミングであったが、何とか避ける事に成功できた。
しかし立て続けの回避行動の後、クリシュナが隙を晒す。
エンジェルとしてはアドニスに脱落してほしかったが、明らかにチャンスである。これを見逃すことはできない。
エンジェルがクリシュナを撃ち、クリシュナも撃ち返す。
思わぬ反撃だった。エンジェルはクリシュナの銃口を見て、慌てて体を大きくかがめて回避したが、この避け方は不味いと、自分でもわかっていた。
直後――アドニスがエンジェルの肩口に、ペイント弾を直撃させていた。
(しまった……)
愕然とするエンジェル。自分の銃弾はクリシュナにはかわされている。クリシュナは明らかにわざと隙を誘ったのだ。
(つまりこれは、天使の計略。アドニスはクリシュナをあえて攻撃することで、俺の目をクリシュナに向けようとした。クリシュナはそれを利用して、隙を見せて俺に攻撃するよう促す一方で、アドニスに俺を攻撃するようにも仕向けていたと)
本当にそれが真実かどうかは定かではないが、エンジェルとしてはその結論で正解だろうと見ている。
これで三つ巴の構図は崩れた。そしてアドニスは残弾3、クリシュナは残弾2。
このゲームは残弾が少なくなればなるほど、急激に余裕が無くなってくる。三つ巴の状況では特にそれが顕著であったが、一対一の構図になった今となっては、多少は余裕が出来た。
三つ巴では無くなったと言っても、残り少ない残弾で決着をつけないといけないルールは、依然として変わらない。
「天使が設けたこの遊戯。ある意味実戦よりもハードだな」
エンジェルがその場から立ち退こうと、ゆっくり歩きながら呟く。裏通りにおける銃撃戦は、遮蔽物の有無もあるが、手持ちの弾が尽きるまでの撃ち合いなど、滅多に発生しない。仮にもしそうなりそうになったら、撤退する。
そもそも裏通りの戦闘は、二発から三発続けて撃つのが基本だ。それもフェイントやら行動予測先やらを読んで行う。六発しか与えられない三つ巴の戦いの時点で、それは不可能だった。そして今も、一度に二発三発と弾を吐き出すのは、よほどの勝機があるか、あるいはやぶれかぶれのいちかばちかの賭けとなる。
アドニスが駆け出す。しかし撃つ気配は無い。
クリシュナは撃たなかった。残弾が少ない分、撃つにしてもカウンターを取る形で撃ちたいと考えていたからだ。
しかし、その目論見があだとなった。
アドニスがエンジェルのいる場所まで1メートルにまで迫った時点で、クリシュナがアドニスの狙いに気付いた。
「なっ!?」
エンジェルが驚きの声をあげる。ゲームに脱落した自分をヒューマン・シールドとして使い、クリシュナめがけて残り三発、立て続けに撃ったのである。
クリシュナは動揺していた。正直やられたと思った。敗者を盾にしてはいけないというルールは無い。
撃ち返す事もできないまま、クリシュナは一発を胸に受けていた。
「エンジェル・シールドとは……」
呆然と呻くエンジェル。
「完敗です。もっと早くに気付くべき事でした。あの人達だったら対応していたでしょうが」
クリシュナが淡々とした口調で敗北を認める。
「あの人達?」
「昔、行動を共にした、私が知る中で最も優秀な傭兵達です」
怜奈が怪訝な声をあげると、クリシュナが言う。
「特にエンジェルがそうだったが、残弾にこだわりすぎているように見えたぞ。気にしなくてはならないのは確かだが、もっと思考の枠を広げた方がいいな」
「フッ、返す言葉も無い」
アドニスに指摘され、エンジェルは苦笑しながら肩をすくめた。
「エンジェルは残念だったけど、いいゲームだった」
「ですねー」
「カバディカバディカバディカバディ」
微笑む来夢の感想に、怜奈とカバディマンが同意する。
(俺とやった時もこの人はそうだった。最善の手を即座に見極める――そういう人なんだ)
アドニスを見つつ、克彦は改めて彼の強さを認識した。
***
純子とみどりはオアンネス二人を連れて、アジ・ダハーカへと戻った。
人を襲うことで話題になっているヒューマノイドを、手懐けて従えて歩く純子の姿は、かなり目立った。完全に注目の的となっていた。
「お、おい、何の冗談だよ、そりゃ」
酒場に戻ったら、凶次や客達にも仰天された。その反応を見て、純子はくすくすと、みどりはにやにやと笑う。
オアンネスは純子に助けてもらったことを理解しているようで、落ち着いている。
「まずは意思の疎通を図りたい所だねえ」
「実験台にはしないんだな」
真が確認する。
「私と敵対したわけじゃないしねえ。たとえ敵対していたとしても、この場合、味方にして情報を得る方がいいと思うんだよー」
純子が己の考えを述べる。
「人造の人外ではなく、アルラウネのような本当の意味での人外――知的生命体かもしれませんからね」
基本は妖怪の接し方と似たようなものだと、累は思う。
「しかもふみゅーちゃん曰く、文明さえあるっていう話だから、知的水準も高いと思うんだ」
それならば意思の疎通を図ることも当然できると、純子は確信していた。
「味方にしなくても、みどりの力で頭の中を探ればいいのではありませんか?」
と、累。
「ふえぇ~……御先祖様、言わないでおいてほしかったのにぃ~。誰かの頭の中覗くのって、みどりは好きでやってるんじゃないんだぜィ」
みどりが累に向かって文句をぶつける。これは以前から何度もみどりが口にしていたのに、それでも堂々とその方法を挙げる累に、若干苛立っていた。
「頭の中を覗かなくても、テレパシーで意思の疎通を図れれば、それで十分だろう?」
真が助け舟のつもりで言った。
「イェア、あたしはそのつもりでいたけど、そいつを言い出す前に、御先祖様が余計なこと言ったんだわさ」
「すみません」
なおも文句を口にするみどりに、累は素直に謝った。
そんなわけで、みどりはオアンネスと精神感応で意思の疎通を図る。
みどりはしばらく無言で、オアンネスの一人と向かい合っいた。
「うっひゃあ、こりゃすげえ。いや、この人の許可貰って、どういう所に住んでいるのか、記憶の映像で見せてもらったんだよね。そうしたら……」
みどりがそこで言葉を区切って溜めを作り、純子は目を輝かせる。
「海底のさらに地下で生きているんだよ、この人達。そこに都市がある」
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