第四十七章 4

 尊幻市の酒場アジ・ダハーカにて純子達四人は、店主の凶次から、謎のクリーチャーの話を聞いた。


「死体もあったけど、そんなの保管しておきたくなかったから、業者呼んで処分してもらったわ」

「そっかー、残念」


 口では残念がる純子だが、死体の分析はすでに別口で行われているので、あまり興味は無い。それより生体を手に入れたいと望んでいる。


 目ぼしい情報は得られず、四人は酒場の同じテーブルに座り、雑談をかわしていた。


「ま、ふみゅーちゃんが何してくるか待つしかないね」

 と、純子。


「ふぇ~、ここでずっと待つの? あたしは町の中を見てまわりたいよォ~」

「それなら純子にガイドしてもらうといいですよ。そして二人で遊びに行ってくるといいですよ。そうしましょう。是非そうしましょう」


 みどりが言うと、累が即座に露骨な推薦を行い、真とみどりに白眼視される。


「その音木史愉ってのも、お前達と同じ不老なのか?」

 真が純子に尋ねる。


「もちろん。ていうか、真君だって不老処置してあるし。マウスは大抵してあるし。麗魅ちゃんは忘れてたから、こないだこっそりしておいた」


 純子がそう答えると、真はいろんな意味で嫌な気分になる。知らない間に勝手にそのように体をいじられ、しかもそれに何年も気がつかなかった真である。杏と出会った際に指摘され、そこでようやく自分の年齢が止まっていた事に気がついた。


「そんな勝手なことしたのも酷いけど、不老そのものが、物凄く歪で不自然に思える。僕は普通の体じゃなくされてしまったな」


 これから自分は大人になることもないし、年齢の変化を感じ取ることができない。二十、三十、四十、その先の老人と、様々な年齢の自分があったろうに、それを奪われた感がある。


「私達と一緒にいるために――いうのもあるけど、それ以前に老化という生体プログラム自体が、悪だよ」


 純子は微苦笑を浮かべつつも断言した。


「加藤達弘さんのことは覚えてる?」

「もちろん」


 純子の問いに、真は頷く。

 かつて睦月が所属していた組織、掃き溜めバカンスのボスをしていた殺し屋レジェンドだ。最期は真が引導を渡した。


「あの人の三十年前を知ってるけど、真君が戦った加藤さんとは比べ物にならなかったよ。老いと病で、あんなに弱くなるのかと思って、改めて老いというものへの理不尽さを覚えたよ」


 話している時の純子を見て、真は心臓が高鳴るほど驚いた。哀愁を漂わせた微笑を浮かべていたからだ。純子が滅多に見せない表情だ。


「でも多くの人間は、不老には耐えられないように出来ています。心の老いは止められません。加えて、自分だけ生き続けて、世界が移り変わることにも耐えられないんです。適度に生きたらリセットするように死ななくてはならないんです。そうやって命と魂は循環していきます」


 累が口を挟む。真が目をやると、累も憂いを帯びた面持ちで俯いている。


「同じ命がずっと生きるんじゃあ、駄目なのかな? 同じ命のままだと、可能性の芽も断たれて、世界は濁っちゃうのかなー? 確かに一つの魂からしてみれば、多くの生を堪能した方がいいんだろうけどさ。私にはそれが理解できないんだ。ずっと自分は自分のままでいたい――そういう我の強い人間だけが、心の老いも止め、真の不老を手に入れられる。そして何百年、何千年と生きていける。真君にもその適正はあるよ」


 この世界の法則そのものを理不尽と感じ、抗い続けるマッドサイエンティストは語る。

 みどりはまた別として、純子と累にとっては永遠の命が最早デフォルト化している一方で、他の人間が老いる事にも抵抗を抱いているように、真の目には映った。


「雪岡にとって、あまり触れられたくない話題を出したのかな? そうだったら謝るし、もう言わないようにするよ」

「いやいや、そんなことないよー」


 真の気遣いの言葉を聞いて、純子はにやけ笑いに変わる。


「そんなことより、みどりが散歩に行きたがっているようですから、純子はみどりに付き合って、二人で散歩に行ってきたらどうでしょうか」


 累がしつこく繰り返し、純子のにやけ笑いは固まり、真とみどりは心底呆れ返っていた。


***


 その男が室内に現れた瞬間、空気が変わったように、室内にいた者達――来夢、克彦、怜奈、エンジェル、アドニス、カバディマンには感じられた。その男の存在感が、裏通りの猛者達をも圧倒していた。

 傍らにはおかしな格好のV5が控えているというのに、特におかしな格好もしていないその男の方が、よほど目を惹いてしまう。


(できるな。修羅場も数多く経験しているというわけか。しかしこいつの存在感は、ただ腕っ節から感じられるだけではない)


 ハリーを見て、アドニスは思う。ハリーの後ろにはクリシュナもいた。


(数々のギャング組織やテロ組織を創設運営し、こんな非常識な都市を創りあげた男。そして堅気の仕事においても、経営者として、そしてミュージシャンとしても成功しているが故、か)


 ハリーが天から二物どころではなくいろいろと授かった寵児である事を、アドニスは改めて意識させられていた。


「美香とCMに出てた人が目の前にいる。何だか不思議な感じ。間近にいると美香なんかよりずっと強いオーラ感じるし」


 ハリーを見上げ、来夢が思ったことをそのまま口に出す。


「何だ、ボーイは美香のこと知ってるのか」

 ハリーが来夢を見下ろす。


「美香とは頻繁に顔を合わす。一緒に仕事したこともある仲かな。俺とは口喧嘩ばかりしてる」

「へえ……想像できねーな。美香が年下の男の子と喧嘩するなんてよ」


 ハリーが美香に抱いているイメージとは、いまいち符号しない。


「子供だけど、俺がプルトニウム・ダンディーのボスだよ」

「見くびっちゃいねーよ。俺だって昔子供だった。いや、違う。俺もガキの頃、大人の社会にすでに混じっていたし、そこで子供扱いされるのがムカついてたからな」


 そう言いつつも、ハリーは笑いながら来夢の頭を撫でていたので、その場にいる何人かは笑みをこぼしていた。どう見ても子供扱いだ。


「俺は引退ライブをこの町で行うつもりだ。その日だけ、尊幻市の出入りも自由にする」


 改めて依頼内容を語り始めるハリー。


「しかしそうなると……俺を狙っている奴も呼び込んじまう。暗殺を逃れて日本に来て、そのうえ尊幻市という町まで築いたのに、それも台無しだ。無事ライブを済ませたい。部下は多いが、数だけで質という面で頼れる奴がいまいちでな。ここにいるクリシュナは申し分ねーんだが。もちろんその気になりゃ俺だってドンパチできるが、ライブの方に集中したいんでな」

『美香ちゃんはライブでも戦ってたよー』


 ハリーにだけ見えるケイシーが突っ込んできたので、ハリーは一瞬苦笑いを浮かべた。


「前日に町に入ってくる刺客もいるだろうから、そいつを見つけ次第、処分してくれ。いや、殺さないで、捕獲か病院送りでもいいけどな」

「あんたの部下で使えそうな護衛はその男だけか?」


 アドニスがクリシュナの方に顔を向けて問う。


「腕利きと呼べるのは、残念ながらこいつだけだな。今言ったように、他は雑兵ばかりだよ。だからお前さんらを呼んだ。仕事はここにいるクリシュナと協力しながら頼む」

「わかった」


 ハリーが肩をすくめて言い、アドニスは頷いた。


 その後すぐに、ハリーとV5は始末屋達のいる部屋を後にする。クリシュナだけは残った。


「信用できますか?」


 歩きながら、V5がハリーに声をかける。


「腕は確かだろうさ。評判を見ても、実際に見ても、そう感じた。特にプルトニウム・ダンディーは、ボスを務めているのがあのボーイっていうのが傑作だ」

『うんうん、あの子何だかとっても不思議で素敵。お友達になりたい』


 ケイシーか明るい声をあげてハリーに同意する。ハリーはケイシーを一瞥して微笑む。


「それと、言うことははっきり言うが、余計なことは言わないのも気に入った」

「余計なこと?」

「口が達者な人間てのは信用できないし、軽く見られるものだ。その自覚が無い奴は大抵馬鹿だ。何の取り得も無い奴が、自分を売り込むため、そして守るために舌を回す。それを周囲からも見抜かれちまっている事に、本人だけ気付いてないっつー滑稽な奴、たまにいるだろ? そういう類の奴がいなくてよかったって話」

「なるほど……仰るとおりですな。私もそういう輩は幾度も目にしました」

「おべっかを使う奴も含むぞ。お前も俺の前での発言は気をつけろ。少しそういう傾向があって、前から鼻についていた」

「は、はい」


 ハリーに注意され、V5は萎縮する。


「とはいえ、あと少しの付き合いだがな」


 意味深に笑うハリー。V5はうなだれる。


「俺の人生最後のライブ……俺の命を散らすライブ。メギドボールを越える、最高のスーサイド・ライブをぶちかましてやるまでの付き合いだ。しっかり俺に仕えて尽くせ」

「文字通り、身命を賭します!」


 静かに燃えるハリーに対し、V5は力いっぱい気合いの入った叫び声をあげて誓った。


***


 累が鬱陶しいオーラを出しまくっていたので、純子とみどりは仕方なく散歩に出た。


「御先祖様はそのうちシメてやらないと駄目かなァ」

「でもちょっと厳しく叱っただけで、すぐまた塞ぎ込んじゃって、何日も部屋に引きこもっちゃうから、難しいんだよねー。以前真君が怒る度に、そんな感じだったよ」

「ふぇぇ……御先祖様、どんだけ面倒くせーんだよォ~……」


 純子の話を聞いて、みどりがげんなりしたその時だった。


「出たーっ! 化け物が出たーっ!」

「向こうで襲われてるぞーっ!」


 二人が向かう先で、声があがる。


「ついてるねー。早速げっとできるかもしれない」


 そう言って純子が駆け出し、みどりもその後に続く。


 しばらく進むと、道の真ん中に人だかりが出来ているのが見えた。人だかりをかきわけて中へ進むと、二人の銀色のヒューマノイドが威嚇している。


「うっひゃあ、どっちが襲ってるかわかんねー構図」


 みどりが笑う。ヒューマノイドは凶暴なのかもしれないが、これはいくらなんでも取り囲まれて、多勢に無勢だ。


「いや、誰も襲われてないようだぞ。デマか勘違いだよ」

「あれま、そうなのね」


 取り囲んでいる野次馬の一人が、みどりに向かって言った。


「どうするんだ?」

「さっさと殺しちまったら?」

「いや、相手は威嚇してるけど、こっちを攻撃してくるわけではなさそうだし」

「何言ってるんだよ。もう何人も襲われて殺されてるんだぞ」

「じゃあお前が殺せよ」


 群集があれやこれや言うのを尻目に、純子が人の垣根の中から進み出て、二体のヒューマノイドへと歩み寄っていく。


「雪岡純子だ」

「生け捕りにして研究材料にする気だな」

「そうか、やっぱり殺さなくて正解か」


 純子の動向を見守るモードに入る野次馬達。


 二人のヒューマノイドの間近まで迫ると、純子はにっこりと屈託の無い笑みを広げ、両手を大きく開いて差し伸べてみせる。

 ヒューマノイドの警戒の度合いが弱まったのが、たとえ生物が違っても、ヤジウマ達の目からもはっきりとわかった。そもそも彼等は人間とは大分違う顔つきをしているとはいえ、ちゃんと表情が作れる。

 そして知性がある事も伺えた。純子が敵意の無い仕草を示していたことで、彼等の警戒が弱まったことからしてみても、必ずしも敵対的ではないように見える。


「おお、流石は雪岡純子……」

「あいつら攻撃してこねーッスよ」

「何体も町に潜んでいるが、全部が暴れているわけでもねーのかな……」

「さもなきゃ先に人間の方から攻撃して……とかじゃね?」

「あるある。そういうパターン」


 野次馬達が囁きあったその直後――


「あれー? アニメだとこういう時うまくいくんだけど、いまいちだなあ」


 純子が腕組みしてそんな台詞を口走ったので、ギャラリーに何とも言えないシラけた空気が漂う。


「いや、上手くいってたと思うよォ~。純姉はどんなリアクションが返ってきたら満足だったん?」


 みどりが尋ねる。


「いや、泣き出してハグとか?」

「ぐぴゅう、泣き出すことまで要求するんかーいっ」


 突っ込んだのはみどりではなかった。野次馬を割って中に入ってきた、大きなメガネをかけてブカブカの白衣を着た少女だった。

 現れたその少女を見て、ヒューマノイド二人が憎悪の視線をぶつけて牙を剥いて、これまで以上に威嚇する。


「久しぶりー、ふみゅーちゃん」


 自分をここに呼びつけたマッドサイエンティスト――音木史愉に向かって、純子はいつもの屈託の無い笑みを見せた。

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