第四十六章 25

 集めた人形を持って村人全員で祠前に移動し、いよいよ無那引様の復活の儀式を執り行うことになった。


 祠の前に人形を積み重ねると、千石と七久世の二人がかりで呪文を唱え続ける。

 積み重ねられた人形が蠢き、溶け合い、一つの木の塊になっていく。


「おお……何だか凄い」

「いよいよか……」


 人形の変化を見て、村人達が唸る。


「うーん、流石に何百年も経って、妖力は衰えているなあ。それに、一度ばらばらにしたものを元に戻すというプロセスを取ったから、その分も減点だね」


 歪な木の塊を目にして、七久世が渋面になる。


「あらあら、まるで昔から知っておられるような物言いですね」

「もちろん知っていますよ。無那引様討伐の瞬間もこの目にしているから」


 百合に声をかけられ、七久世は肩をすくめた。


「ひょっとしなくても、あんたが無那引様の御神体を破壊した妖術師なんじゃないか?」

「あ、バレちゃったか」

「何と……」

「そうだったのかー」


 輝明の指摘を七久世はあっさりと認め、村人達は驚いて七久世を見た。


「では……いくぞ」


 依代となってその身に 無那引様を降ろすため、千石が木の塊へと触れる。


「ごおぉおおぉぉぉっ!」


 苦悶に満ちた叫び声が、千石の喉より迸る。その表情も苦痛に歪んでいる。


「うまくいきそうですわね」

 百合が微笑む。


 村人達その他が固唾を呑んで見守る中、木の塊の中にあった力も、複数の怨霊達も、全て千石の中へと移る。

 同時に、千石の体のあちこちから、木の枝が生えてくる。下腹部からは木の幹までもが生え、途中で二つに分かれて、脚のような形となった。足元は当然根になっている。

 幹はどんどん伸びていき、千石は自分の足では地につけなくなっていた。


「これで復活?」

 亜希子が誰ともなしに尋ねる。


「そうなるね」

 七久世が頷く。


「で、これからどうするの?」


 天狗と木が混ざったような無那引様を見上げ、その体から発せられる妖気と邪気に顔をしかめながら、睦月が言った。


「さあて、どうしましょうか?」


 にやにやと笑う百合を見て、修は嫌な予感を覚える。百合のことはずっと信じていなかった修である。


「怨念を効率よく晴らす方法ってのは?」


 修が問う。百合のその申し出があったからこそ、人形を集めて無那引様を蘇らえそうとしているわけだが、百合は一向にその方法とやらに移る気配が無い。


「あれは嘘ですわ。そんなものありませんわ。私は死霊術師として、その邪神が如何なるものか、興味があっただけですの。復活させて、可能であればその力と霊を手に入れたいと考えていただけでしてよ。失敗しても別に失うものはありませんしね。手に負えないものでしたら、放置してお暇するだけのことですわ」

「な、何だとっ!?」

「私達を騙したのかっ!」

「何が目的なの……」

「やっぱりね~……そんなことじゃないかと思った」

「そんな……百合さん……」


 百合の言葉を聞いて、村人達が顔色を変える。亜希子は苦笑いを浮かべ、輝明は愕然としていた。


「まあ、安心なさいな。私が力と霊を回収すれば、結果は同じことでしてよ。成功するかどうかは別問題ですけどね。それに……」


 意味深な笑みをこぼして千石を見る百合。


「騙して裏切ったのは、私だけではないのではありませんか? まあ、私は可能性の一つとして、予測していましたが」


 百合が喋っている途中に、千石が木の足を大きく上げると、近くにいる村人めがけてゆっくりと降ろしていく。


「わわわっ!?」


 村人が慌てて逃げる。村人が逃げた直後、千石の足が速度を増し、村人がいた場所を強く踏みつけた。


「何を……」

「今、千石さん、殺そうとした? そんな……」

「殺気の無い攻撃」


 村人達が慄く一方で、修がぽつりと呟く。

 修、輝明、百合、七久世の四名は見抜いていた。千石が何をやりたいのかを。


 背中から生えた枝の先についた葉が二枚、光り輝く。何人かの村人が光に照らされる。


「ええっ?」

「逃げろ!」


 木の枝葉から放たれた光は点滅していたが、その点滅が次第に速くなり、村人が光から逃げた後、一際強い光が放たれ、それまで村人がいた場所を焼き焦がす。


「どういうつもりなんだ!?」


 白金太郎が千石を見上げて声を荒げる。


「この村の者達を全て殺害し、努麗村に幕を下ろすよ」


 静かな声で宣言する千石。


「こうなったのは君達のせいだよ。私は本当に、この村の平穏を願っていた。黒之期が続く前提でね」


 千石が遠い目で語りだす。


「しかし輝明君や百合さん達が真相に近づきすぎたおかげで、そうも言っていられなくなってしまった。台無しだね。まあ、私が迷って悩んでもたもたしていたせいもある。もう諦めようかとも考えていた。丁度よい機会だし、これで黒之期も終わらせてしまおうかとも考えた。村の呪縛も解いてしまおうかなと」


 輝明は千石の話を聞いて、疑問が氷解した。千石の行動原理をおかしいと感じていた。真相に近づいてほしくないのなら、もっと真剣に防ごうと立ち回るはずだが、千石は自分や百合の側にいて、それを止めようとしなかったからだ。それがずっと不思議だった。


(二つの心が戦っていた。それだけで、この天狗の行動のあやふやさの説明はつくな。いや、それしか説明がつかない。でも……)


 今はもう迷いは無いと輝明は見ている。


「だが……まだ私の中で、憎悪の炎は消えていなかったようだね。私の愛した人と、その間に生まれた娘。二人を犠牲にして安泰を願った者達への憎悪は、憤りは、やはりそう簡単に消えるものじゃないよ。故に、全て滅ぼして御破算にする」

「何それ? あんたの中だけで御破算になるだけで、巻き込まれる方はたまったもんじゃないでしょー?」


 亜希子が呆れながら指摘した。


「そうですよっ。そんなこと許されませんっ」


 亜空間から飛び出てきたツツジが叫ぶ。アリスイも同様に出てくる。突然現れたイーコの存在に、村人達が奇異の視線を投げかける。


「封じられた人形の中には、あんたが好きになった女と、あんたの娘の霊もいるんじゃねーのかよ。それも浄霊しなくていいのか? それも嘘だったのか?」

「ああ、嘘だよ。私が愛した娘――黒川八那とその子の霊は、とっくに解放されている。」


 輝明の問いに、千石が微笑みながら言ってのけた。


「無那引様を一度ばらばらにした際に、八那と子の霊だけは成仏させた。あれは同情を引くためのその場しのぎの作り話だ。今、私に降ろした無那引様は、当時殺されたそれ以外の村人の霊の集合体レギオンが宿っているにすぎない」


 これは作り話ではなく真実だった。しかし――


「私は彼等を許せず、ずっと呪縛していた。その子孫も許せなかった。そのための黒之期だった。黒之期もずっと続けたかった。だが改革派などというものが現れ、黒之期の存続が危うくなった。土地そのものに呪縛をかけ、村人の心に反抗心など沸くことなく、黒之期を続けさせるよう、心まで支配していたのに、その呪縛が解けた。デビルという者が現れ、彼等の心に干渉したおかげだ。改革派を暗殺することも考えたが、失敗する可能性もある。何しろ数が多い。一人でやりきれるとは思えない。それなら外部の者を呼んで、表面上は穏便に済ますことにした。例え失敗しても、外部の者の失敗で済ませられる」


 千石が心情を交えた真相を語るが、輝明達も百合も、その話の半分程度しか信じていない。村人の中にも、それが一部作り話だと気付いていた者がいた。


(少なくとも俺達を暗殺どうこうは嘘だろ……)


 鮫男はそう確信している。本気でそんなことをしようと思うのなら、千石ほどの力を持つ妖怪なら可能であったはずだ。


「私が君達を呼んだ理由は、最初の依頼通りだけどね。君達には、私に代わって、村の騒ぎを収めてほしかった。黒之期をやめさせようとする、改革派の暴走をね。星炭流という権威も大きいし、その辺はスムーズにいくと期待していた」


 千石が輝明と修を見下ろして言う。


「自分の存在をおくびにも出したくなかったわけか。しかし、そうも言ってられなくなったと」


 馬鹿馬鹿しいと思いつつ、一応話を合わせてやる輝明。


「君達はあっさりと真相に近づいてしまった。君達を呼んだことそのものが藪蛇になりそうだった。私も即興で、いろいろと立ち回らないといけなくなった。そして……私自身もずっと迷っていた。だから君達が真相に近づくのを止められなかった。全てを終わらせてしまいたいという気持ちは、今でもあるよ」

(そのためにわざわざラスボス気取りなのでしょう)


 千石の話を聞いて、溜息をつく百合。今の話とて虚実ないまぜだとわかっていたし、そもそも千石の真実など、正直百合にとってどうでもいい。

 それよりも百合には重要なことがある。百合は待っていた。もう一人の役者が現れるのを。


「それどころか村長が殺され、百合やデビル達の来訪で、私の手には負えなくなっていったけどね。運命の導きというものはあるんだな」

「今の時代こそ、縁の大収束地点であると、イーコの長老は口にしていましたしねーっ。それが作用した可能性は大ですっ。大っ」


 アリスイが主張する。


「君達イーコも含めて、だな」


 アリスイとツツジを見下ろし、目を細める千石。


「ちょっと待ってください。千石様、さっきから嘘が多いですよっ」


 葉子がいいかげんうんざりしてきて叫ぶ。


「私達を殺すつもりだったけど、無理そうだから星炭を読んだというのは、後付けの嘘でしょう? そして今、私達を皆殺しにすると言ってるのも嘘」

「だよね。さっきの攻撃、誰にも当ててないよな。千石さん、悪ぶってるけど、実際には村人殺すなんてできないんだろ? いや、する気もないだろ?」


 葉子の言葉に、修も同意したうえで指摘する。


「どうせヒールに徹して、殺されようとか、そんなつもりなんだろーよ」

「ようするに茶番ですわね。諸悪の根源であることがバレて、それでもなお村人達が許してくれたのが気に入らないから、邪神の力を身に宿して、精一杯悪ぶって、ラスボス扱いして殺されたかったのでしょう?」

「ぐっ……」


 輝明と百合にも目論見を見抜かれ、千石は呻く。


 一人の少女が、千石の前に進み出た。


「私、千石様に殺されるなら、それも仕方ないかなって思います。だって私、小さい頃に病気になって、千石様に助けてもらった命ですし」


 十歳程の少女が千石を見上げて、よく通る声で告げた。千石は少女を見下ろして固まる。


「千石様……貴方が村を恨み続けていたことはショックでしたが、貴方は村を何百年も守ってきた方でもある。それは私達全員が知っています」

「千石様、ずっと一人で苦しみを抱えておったんじゃな。おかわいそうに……」

「千石様に滅ぼされるのなら、仕方ないか……」

「私達も決して綺麗な身ではない。たとえ無那引様の呪いとはいえ、黒之期を執り行い、同じ村人を傷つけ続けてきたんだ。天罰を受けても仕方ない」


 口々に訴える村人達。その呪いとて千石の仕業だろうと思った者が何名かいたが、突っ込みはしなかった。


「どうやっても、私を憎んではくれないのか。殺してはくれないのか。私を許すというのか。わかった……もういい」


 千石もそれで心が折れたようで、がっくりとうなだれた。


「ずっと迷っていた。二つの心が戦っていた。村への恨みと、親しみと……そして私は村人達の前でいい顔をしていた裏で、途轍もなく罪深いことをしていた……。輝明君や百合さんの言うとおり、殺されて幕引きにしようと思ったのにな……。いろいろとすまな……」


 千石の謝罪途中に、千石の前に進み出た少女の首が切断され、首を失った胴体が地面に倒れた。

 少女の背後に、黒い少年がいつの間にか現れていた。切断した少女の頭部を手にして、自分の顔へと近づけていくと、黒い口を開いて真っ赤な舌を出し、少女の生首を舐めだした。


「ワタシ、せんごくさまニ殺サレルナラ、ソレモ仕方ナイカナって思イマス。ワタシ、せんごくさまニ殺サレルナラ殺サレルナラ、ワタシ、きれいナミ。天罰ヲ受ケテ、ソレモ仕方ナイカナって思イマス。ワカッタ……モウイイ。わたしハソコマデ言ワレテ、仕方ナイカナって思イ、殺シテハクレナイノカ。ワカッタ……モウイイ。ズット迷ッテイタ。二ツノ心ガ戦ッテイタ。せんごく様ニホロボサレルナラ仕方ナイ。モウイイ。殺サレテ幕引キ」


 娘や村人達、そして千石の台詞を、早口でごちゃごちゃにして繰り返すデビル。


「あら、喋ることができましたの」


 百合が冷めた眼差しでデビルを見る。


 デビルは少女の首を目の前に落とし、地面に落ちる前に、百合めがけてサッカーボールのように蹴り飛ばす。


 自分の顔めがけて飛んできた生首を、百合は冷然と義手で弾き飛ばす。かなり離れた所まで吹っ飛んだ生首が、ワンバウンドしてからころころと地面を転がった。

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