第四十六章 14
若者達が集団で、皆一様に生気にも覇気にも欠けた顔で、村の中を歩いていた。
「無那引様は芋虫うねうね……」
「私は蠱酉の性欲便器……でも蠱酉は今私の道具……」
「村に縛られているこんな糞ったれ人生……誰か幸せな奴と交換したい。幸せ奪って不幸を押し付けてやりたい……」
「誰か……誰か教えてくれ……ランタンとランプとカンテラの違いを……」
「ぐぐれかす……」
「もし……知られたらおしまいだ……。俺がホモだなんてバレたら……。しかも兄貴のケツ見てあんなことしてたと知られたら、おしまいだ……」
それぞれ奇妙なうわごとをぶつぶつと呟き続けているのは、デビルによって負の感情を注入された影響によるものだ。
「ど、どうしたんだ? お前等……」
年配の村人が運悪く、正気を失った改革派の若者達と遭遇してしまった。
若者達は機械的に、ほぼ同じタイミングで足を止め、視線を向けた。その動きを見て、年配の村人は心底ぞっとする。
数秒後、悲鳴が響き渡り、さらに数秒後、年配の村人は血まみれになって痙攣していた。
『ひゃっほーいっ!』
死体を見下ろして同時に笑い、同時に歓喜の叫びを上げ、同時に頭の上に手を突き出して喜びの表現を行う改革派の若者達。
「これはねえ、やっぱり狂ってますよ。この人達は。顔見てみろよ。目は虚ろだし、顔がうすらぽけーっとしてるし、キチガイの顔ですわ」
彼等の勝ち鬨シーンに遭遇した輝明が、犬歯をちらつかせて不敵かつ愛嬌のある笑みを見せながら行った。
「ニーニーの真似しなくていいから」
修が突っ込む。輝明と修が小さい頃、よく新居が口にしていた台詞だ。
「ニーニーだって真似してるんだよ。ニーニーがオリジナルってわけじゃねーよ」
「何ということを……」
輝明が言った直後、遅れてやってきた千石が、死体を見下ろして嘆く。
「ケッ、出来そうなのは何人だ?」
「この村の戦士っていうのかな? 五人いるね」
木槌を持った男と、ランタンを下げた鮫男、万年筆を手にする葉子、炎の鎖を振り回す男、フラフープと共に腰を回し続けている男の五名を指す修。
「数が多いですよっ。逃げた方がいいんじゃないですか? 何故なら数が多いからですっ」
アリスイが亜空間トンネルの中から声をかける。
「問題ねーよ。こういうシチュは今までにも何度もあったし、対処できる」
輝明が不敵な笑みを張り付かせたまま言い放つ。
「さっきは逃げたけど、今回はテルがいるから平気だ。放っておけばまた犠牲者も出るし、頑張ってここで取り押さえるさ」
二人揃っている時点での頼もしさだけではなく、輝明の妖術師の能力も把握したうえで、修は勝利をほぼ確信している。
「皆、正気に返れ!」
千石が一喝する。もちろん何も反応は無い。いや……
「妖力を込めた叫びだな? それでも効果は無いか」
「そのようだ。彼等にかけられている洗脳だか催眠の力の方が上だね」
輝明が指摘すると、千石は残念そうにかぶりを振った。
「デビルとかいう奴に洗脳されたって話だろ? 目を覚ますにはデビルを仕留めるしかないんじゃねーか?」
そう言って輝明が呪文を唱える。
「ていくざっとくらえ」
輝明がオリジナルの術を発動させる。全身長い毛で覆われた身長2メートルを越える巨人が出現し、改革派の者達の中へと突進していく。
修がいる際はあまり使う必要が無い前衛役だが、敵の数が多いうえに、複数の異能力者がいるため、盾兼囮役として呼び寄せておいた。この術を行使している間にも、輝明は別の術を使うこともできる。
「蠱酉ぃぃ! 役に立て!」
葉子が叫び、万年筆で空中に文字を書く。
破裂と光の文字が浮かび上がったあと思うと、光の文字が宙を飛び、毛むくじゃら巨人へと直撃する。すると、毛むくじゃら巨人が文字通り破裂した。
「中々便利な呪物だな」
それを見て修が呟く。光の文字自体は大した速度が無いし、追尾仕様でもないかぎりは余裕を持ってかわせるし、最悪の場合、何か別のものを盾にするだけでも防げそうだ。
木槌を持った男が木槌を振り回す。修は殺気を感じて、後方に跳ぶ。
自分がいた場所に、不可視のエネルギーが駆け抜けるのが、修にはわかった。そして敵の能力も見抜く。
「テル、木槌の奴を先に狙え」
「おうよ」
葉子の万年筆よりも、孫の手と呼ばれる不可視の念動力攻撃を発揮する木槌使いが厄介と判断し、修が輝明に指示を送った。
「斬り逃げシャーク」
湾曲した光の刃が地面から現れ、高速で地面を駆け、改革派の若者達の群れめがけて向かっていく。
光の刃が何名かを直撃した若者が、宙高く舞う。最大威力で行使すると、星炭流最強の奥義とも言われている雷軸の術をも上回る殺傷力を持つが、威力は輝明自身でコントロールできるのが、この術の強みでもある。一応今回も、殺さぬ程度に抑えている。
次々と若者達を跳ね飛ばし、さらには狙いであった木槌男も跳ね飛ばす。直撃を食らった者達は倒れて動けなくなっている。殺さぬ程度の威力ではあるが、骨折くらいはする威力でもある。少なくとも戦闘の継続はとてもできない。
改革派の若者達も黙っておらず、炎の鎖の男が輝明めがけて鎖を振るう。
修が輝明の前へと躍り出て、炎の鎖を木刀で払う。
その修に、鮫男のランタンから三発の炎の玉が飛来する。
修はそれらを木刀で尽く打ち払うつもりでいたが、その必要は無かった。凄まじい突風が吹き荒れたかと思うと、炎の玉は三つとも吹き飛ばされ、かき消された。
「千石さんか」
千石の方を見ずに、敵集団を見据えたまま修が言う。
「私も黙って見ているわけにもいかないからな。そーれっ」
千石がかけ声と共に天狗の団扇を大きく振りかざすと、改革派の若者達の半数近くが大きくよろめいた。
「そーらっ!」
さらに団扇を振ると、他の者達もよろめき、もしくは後退する。
「あのさ……」
それを見て呆然として呟く輝明。
「力抑えてるだろ? もっとフルパワーでやりゃ、あんた一人で全部片付けられるんじゃね?」
「それができたら苦労はしない。力の制御が上手いことできないのだ。もう一段階力を上げると、彼等が死にかねない」
輝明に突っ込まれたが、千石は苦笑して言う。
(さらっと言い切りやがった。つまり、その気になれば一瞬でこいつらを皆殺しにできるってことだろう? 千石さんが何かまだ企んでいて、最悪、俺達の敵に回るとしたら、とんでもなく手強い敵になるってわけだ)
最初に会った時から、相当な力を持つ大妖怪であることはわかっていたが、その力を実際に目の当たりにして、輝明は警戒していた。
「テル、千石さんがひるませている間に、何とかしようぜ」
「わかって……」
修に促されるまでもなく輝明は、突風でひるんでいる敵を光の刃で次々と跳ね飛ばしていたが、その光の刃が突然かき消された。
「フラフープバリアーだっ!」
フラフープ男が声高に叫ぶ。腰で回すフラフープが眩い光を放っている。この男に光の刃が近づいた瞬間、刃が消えた。
千石がさらに団扇を振るって強風を起こす。多くの若者がひるむ中、フラフープを回す男だけは、平然としている。
「フラフープバリアーだと言ってるだろう!」
気合いを込めてフラフープ使いが叫ぶ。
「まずあいつ以外を片付けて、あいつはそれから考えよーぜ」
「そうだね」
輝明が言うと、修は改革派の集団の中へと突っ込んでいき、木刀で片っ端から殴り始めた。
千石がさらに風を吹かせて、相手の動きを止め続ける。もちろん修には風が及ばないように調整している。
「天草之槍」
輝明がさらなる術を唱えると、輝明の足元から十数本に及ぶ光の槍が飛び出し、放物線を描いて改革派の若者達を貫いていった。致命傷にはならないように、足を狙っている。動脈が切断されて出血多量になる可能性もあったが、そこまで考えるのは面倒くさかった。
千石の助力があったおかげで、魔道具使い五人のうちの四人の動きもほぼ封じ、楽に戦闘不能にすることができた。
他の改革派の若者達が全員地に伏している中、たった一人が立っていた。そして腰を振っていた。
「無駄だ! フラフープバリアーだぞっ!」
眩く光るフラフープの魔道具を振り続け、フラフープ使いは叫ぶ。
「攻撃手段は無い防御特化か?」
呆れながら問う輝明。
「否! 攻撃も可能な攻防切り替え可能な魔道具!」
フラフープ使いが叫ぶ。
「ずーっと防御していても埒明かねーだろ? 攻撃に移れよ」
「そうだな! 華々しく回って散ろう! うおおおおーっ!」
輝明に意見されると、フラフープ使いは回転を逆にする。するとフラフープから、回転する光の輪が幾つも出現して、輝明と千石へと飛来する。
不可視のバリアーが解けたと見るや、いつの間にか後ろに回りこんだ修がフラフープ使いの後頭部を木刀で小突き、気絶させた。空中で回転する光の輪も消失する。
「結構凄い力だと思うけど、使い方を失敗している感があったね」
フラフープ使いを見下ろして修が言う。
「こいつらがもっと連携取って襲ってきたら、やばかったと思うけどな。じゃ、呪物や魔道具を取り上げて、ふん縛っておこうぜ。イーコ達も手伝えよ」
「わかりました」
「らじゃーっ!」
輝明に催促され、ツツジとアリスイが亜空間から飛び出してきた。
***
夕方になりかけていた。
デビルは睦月を伴って、祈祷師の家へと向かう。
普段は人目につかないように、平面化して移動しているデビルであったが、睦月まで平面化して長距離の平面移動は流石に疲れるので、自分だけ平面化し、睦月はそのまま徒歩で移動させている。
祈祷師の家に着いた所で、デビルは影の中から姿を現す。
「デビル? どうした? それにその子は……」
家の前で掃除をしていた祈祷師が、デビルと睦月を見て不審げな面持ちになる。睦月がまるで魂の無いような顔をしているのが気になった。
「はうっ!?」
デビルがいきなり祈祷師に首根っこを掴み、負の感情を注入していく。
凶暴な操り人形を増やし、デビルが満足したその時だった。
百合と亜希子が離れた場所から、デビルが祈祷師を人形にする場面を目撃していた。
「睦月を返してもらうよ」
亜希子が火衣を構える。瞳には怒りの炎が宿っている。
デビルはその怒りが自分に向けられている事を知り、心地好さそうに目を細めた。
「あらあら、本当に真っ黒ですのね。まるで影そのものが三次元化したような」
百合がデビルに視線を向けて、優雅に微笑む。
「私の家族を弄んだ罪を贖わせるための仕置き、たっぷりと楽しませていただきますわよ」
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