第四十六章 13
ようやく百合から電話がかかってきたので、白金太郎は歓喜の表情でバーチャフォンを取った。
『貴方……いつになったらこちらに来られるのかしら? 側にいないと、いちいち貴方にまた説明しなおす手間が増えてしまいますのよ。罰が必要のようですね』
「ず、ずびばぜんっ。うっかり道に迷ってしまって……嗚呼、電波も通じなく……」
半泣きで弁解している途中、通話が途切れる。
「あ、切れた。ううう、参ったなあ……」
百合がいつものように意地悪をしているのは承知しているし、それでこそ百合だとわかってはいるが、一人だけ迷子状態というのは、どうにも白金太郎の好まざるシチュエーションである。幼い頃にもそんなことがあって、トラウマになっている。
「ん? どうしたんですか? 君はここの村の者じゃないよね?」
眼鏡をかけた気さくそうな小柄な男性が、白金太郎に声をかける。
「貴方も違う気がするけど」
「僕は日本中の隠れ里を行き来して商売している業者だよ」
「ああ、俺の里にも昔そういう人が来てたなー」
「へえ。君も隠れ里に住んでいたんだね。うん、僕の知らない隠れ里も当然、いっぱいあるだろうしね。あ、僕は七久世笹彦と言います」
「斉藤白金太郎です。実は……迷子なんでずぅ。祠の場所を知っていたら連れていってください……」
「いいよ」
いい歳こいて半べそをかいてる白金太郎に、七久世はにこやかに頷いた。
***
白金太郎が祠へと向かいだした頃、百合は祠を離れ、祠前には輝明と修と千石とアリスイとツツジの五名が残っていた。
「もう一度村人達を集めて、まだ明かしていない真相を暴露しよう。怖いけど……今まで逃げ続けていたツケだ」
そう言って千石が電話をかける。バーチャフォンどころか、かなり旧式の指先携帯電話だ。
「頑張れ卑怯者」
「こら、テル」
茶化す輝明を軽く叱る修。
「で、その後はどうすんだ?」
「村人達の争いが収まらないようであれば、星炭の口利きで、お国に訴えてほしい。いや、訴えると皆の前でまず言って欲しい。それと、村にデビルという脅威が入り込んでいる。それを排除してもらいたい」
調子のいい話だと、千石の要望を聞いて思った輝明と修であるが、それが最良であることも理解していた。
(いい歳こいて優柔不断だからな、この天狗の爺さんは。はっきりと決定してくれただけでもよしとするか。いや……こっちに不服がある決定を飲み込ませるために、先に優柔不断を装っていたのかもしれねーな)
老獪というかセコいというか、例え後者が正解であろうとなかろうと、どちらにしても輝明の千石への悪印象は変わらない
「なあ、テル。あの白い女の人に惚れたの?」
他の三人もいる前で、ストレートに尋ねる修。
「おうよ。あんなに何もかも俺の好みの人が実在するなんて、これは絶対運命の導きだぜ。へへへ。絶対に口説き落としてやる」
輝明がやんちゃな笑みを広げて、胸を張って宣言する。
「悪いけど僕は、あの人は信じられない。勘だけど、邪な輩だと感じる」
「私も修さんに同感です。彼女の纏う気は、途轍もなく暗く、死そのものを帯びているようにも感じられました」
修とツツジが続け様に否定的なことを口にしたので、輝明はカチンときた。
「ケッ、ふざけんなよてめーら。そりゃ死霊術師なんだから、そういうオーラあんのは当然だろーが。人様の恋路に茶々入れしてんじゃねーよ。童貞! 処女!」
「お前も童貞だろ」
「明日卒業してやるわっ。いや、今日卒業してやるから見とけよ、ばーかばーかっ」
「また無茶言い出す」
「今度こそ俺はまともに恋愛成就してやるんだ。その邪魔をすんなっ」
「邪魔をしたいわけではありませんけど……」
ツツジが言葉を濁す。ツツジは修以上に、百合を危険視していた。
「ケッ、てめーらになあ、好きになった女に彼氏がいたうえに、ハメ撮り動画が流出してるのをうっかり見つけちまって、それを見て泣きながら抜いた俺の気持ちがわかるってのかよ!? 今度は……今度こそは、俺はちゃんと彼女を作るッ!」
「おお……わかりたくもないですけど、応援したくなりますねっ、これはっ」
半泣きで語る輝明を大いに哀れむアリスイ。
「いいか、俺は二度連続で物凄くひどい失恋をしてるんだ。三度目の正直ってことで、神様も流石にかなえてくれるに違いないし、二度あることは三度あるとかされたら、俺はもう絶対に立ち直れなくなるし、神様だってそれはわかったうえで、手心加えてくれるはずだ」
「まあ好きにしたらいいけど、仕事の方を優先でなー」
唾を飛ばして力説する輝明に、修は説得する気を失くし、好きにやらせることにした。
「では……私は村中の人形を集めつつ、村人達に声をかけて、また集まるように言ってくるよ」
「待てよ。一緒に行くわ」
祠から離れようとした千石を輝明が呼び止める。
「えっとさ、単独行動はよした方がいいかもなー。あんたも結構できるみてーだが、デビルと睦月ってのに不意打ちされる可能性もある。イーコの亜空間トンネル借りるって手もあるが、まあ俺と修と千石さん三人で行動して、アリスイとツツジにはこっそりついてきてもらおうぜ」
「わかった」
「承知しました」
「合点ですっ」
輝明の方針に、千石、ツツジ、アリスイが頷いた。
(テルは千石さんのこと信じてないから、側にいて監視したいんだな)
輝明の考えを見抜き、修は微笑んでいた。
***
輝明達と別れた百合は、しばらく歩いた所で立ち止まり、鞄の中から人形を取りだす。中には霊が封じられている代物だ。
「んん? 何してるの? ママ」
「まあ見ていなさい」
訝る亜希子に微笑むと、百合は呪文を唱える。
人形から霊気が噴き出てくるのが、亜希子にもはっきりとわかった。凍りつくような、同時に燃え盛るような怨念を伴って、苦悶に満ちた形相の怨霊が太陽の下で堂々と姿を現す。
「ママ、それは……」
蠢く怨霊を怖そうに見る亜希子だが、その後に別の意味でもっと怖いものを見てしまった。怨霊を眺めつつ、おかしそうに笑う百合だ。
「村のあちこちに置いてある人形の中には、霊魂が宿っているものもあると仰っていたでしょう? あの話を聞く前に、私は霊魂の入った人形を一つ見つけて、持ち歩いていましたの」
「外に出してどうするの?」
苦しみ悶える顔の霊を怖そうに見ながら、亜希子が尋ねる。
「ひとまず私の管理下に収めますわ。そして、同様に霊が封じられている人形を幾つか集め、キープしておきましょう」
「そんなことしてどうするの? ママ得意の嫌がらせ?」
「あの天狗の言うことを鵜呑みにはできないでしょう? 最初から輝明を騙していたのですよ?」
「そっかあ、言われてみればそうだねえ」
「そんなわけで、保険をキープしておきましょう。何かの役に立つかもしれませんわ」
そう言って百合は、霊に向かってさらに術をかける。
「それとさー、ママ。あのピアスだらけのハリネズミ頭の小さい子、ママに惚れてるように見えたんだけど……」
「どうやらそのようですわね。私は男に好かれても、嬉しくなどないのですけどね」
亜希子に言われ、百合はせせら笑う。
(純子萌えガチ百合だもんね~。って言えば怒るから言わないけどぉ~)
口の中で呟く亜希子。
「当然振るに決まっていますが、振るにしても、ただ振るだけでは面白くありませんわね。いかにしてあの子の心に深い傷を刻んで振るか、それを今のうちに真面目に考えておかないと。あの子の顔、絶望した時どんな顔になるのか、楽しみですわ。ふふふふ」
「やっぱりママはママだった……」
サディスティックな笑みを広げる百合を見て、亜希子は苦笑いを浮かべていた。
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