第四十六章 12

 百合、輝明、千石の三名が待つこと数分。亜希子、修、アリスイ、ツツジの四名が亜空間トンネルの中から姿を現し、合流した。


「おやおや、まさかイーコがいるとは。これまた珍しいですわね」

「よろしくですっ」

「はじめまして。ツツジと申します」


 アリスイとツツジに向かって腰をかがめて、にっこりと微笑む百合。アリスイは元気よく、ツツジはどこか躊躇いがちに自己紹介します。


「雨岸百合と申します。うちの亜希子がお世話になりましたわね。で――」

 百合が亜希子を見る。


「睦月をおかしくしている子に、貴女は心当たりがあるようですし、この方々の前で、話しておあげなさいな」

「えっとねー……真と純子から聞いたんだけど……」


 そう前置きして、亜希子はデビルという存在について話した。


「純子達と知り合いなのか?」

 修が亜希子に尋ねる。


「うん、雪岡研究所には、よく戦闘訓練しに行ってるよ」

「そっかー。僕もたまに行くけど、すれちがってて会わなかったみたいだな」

「顔合わせた時にはお手合わせよろしく~」


 亜希子と修が微笑みあう。


「貴方達は純子とどういう関係ですの?」


 百合が輝明と修の方を向いて尋ねた。


「小さい頃から知り合いだよ。ニーニー経由……俺の親代わりの人の幼馴染経由で知り合った」


 輝明が言う。そのわりには自分のチェックには引っかからなかったので、あまり親密というわけでもなさそうだと、百合は判断する。純子の活動や交友関係は、純子と別れた後に監視し続けていた百合であるが、全て把握するほど監視しっぱなしだったというわけでもない。


「そのデビルって奴、純子からはもう死んだって聞いていたけどね。純子の目も欺いて生きていたってことになるね」

 と、亜希子。


「デビルねえ。すげーシンプルなネーミングだが、やってることはそのまんま悪魔気取りっつーか、黒幕気取りっつーか。トリックスターのつもりか何かかよ」


 皮肉げに輝明が笑い飛ばす。


「まるでママの劣化みたいね~」

「亜希子……私を引き合いに出さないでくださいな」


 にやにやと笑う亜希子に、百合は小さく息を吐く。実の所百合自身も、話を聞いていてそのように感じられた。

 その何気ない亜希子の台詞が気になった者が二人いた。修とツツジだ。


「デビルってのが、事態をかき回している張本人みたいだな。んで、そっちの身内までも巻き込んでいるようだし、共通の敵っていう認識でいいよな?」

「構いませんことよ」


 確認する輝明に、優雅に微笑む百合。


(おおう……この笑顔、すげえいい……)

 その百合の微笑に見とれる輝明。


(んん……? まさかこの子、ママに気があるの?)

(やっぱりテル、この人に……)


 輝明の露骨すぎる反応に、亜希子と修が同時に同じ疑念を抱く。


「それで千石さんよ。俺達は無那引様とやらをぶっ殺して、そいつを村人に示せばいいのか? で、黒之期なんていう糞イベントは、もうやめろと言えばいいのか? 改革派の暴走から村を守るって依頼のままでいいのか?」


 輝明が千石の方に話を振るが、千石は例によってすぐには答えようとはせず、思案モードに入る。


「黒之期をやめさせたければ、新たな呪いを村にかけるというのも手ですわよ。黒之期やそれに似た行為を働いた場合、呪いの効果で災厄が降り注ぐようにすれば、それで解決ではなくて?」

「さっすがママ悪賢いっ」

「いい手だと思うぜっ。最高っ」


 からかうように言う百合に、さらに茶化す亜希子であったが、輝明は本気で賛同していた。


「千石さんには明確な決定をしてほしいね」


 そんな輝明を尻目に、いつまでも黙っている千石に声をかける修。


「僕とテルを騙していた時点で、依頼は取り下げてもいいくらいだけど、テルは何だかんだいってお人好しだから、千石さんの気持ちも酌んで付き合うだろうさ。――にしても、今や事態が大きく変化したから、騒ぎを収めろとか、抽象的な依頼内容だけで済みそうにないぜ。はっきりしてくれよ」

「う、うむ……」


 修に厳しい口調で促されて、千石は苦しそうにただ頷く。


「デビルという者が何者か知らないが、この村を荒らそうとしているなら、止めてほしい。そして……黒之期の真相を、皆の前で明かしてほしい」

「デビルはともかく、黒之期の真相を明かすのは、てめーでやれよ……」


 千石を睨み、思いっきり不機嫌そうな声を発する輝明。いい加減頭にきている。


「責任を被ろうと思えばできるはずだろ。気に入らねーよ。真相も知っているし、村人達を抑える力もある。なのに自分でやろうとはせず、外部から俺達を呼んで……」

「まあまあテル、それは言い過ぎだよ。千石さんだって十分苦しんでる。それも何百年もさ。ていうか、さっき七久世という人が来て真相は暴露したよ」

「そうか……七久世さんが来たのか」


 千石が乾いた笑みを浮かべた。


「確かに私は卑怯だ。村人達に私が村をこのようにしたと知られたくなくて、解決を他人任せにしている。それは自覚しているよ。しかしね……もう私の心は折れてしまっている。怖いんだよ。私が解決にのりだしても、余計にまたおかしな結果になるのが怖い。村人達から恨まれるのも怖い」


 自嘲しながら千石は吐露する。


「数百年かけて、どうしょうもない過ちを犯した身とあっては、そこでまた自分の手で修正する気にはなれないということですわね。そして……心も老い、枯れ果てる寸前ですか」


 百合が柔らかな声で言った。亜希子は驚いたように百合を見る。


「優しい人なんだな……あんた」


 そんな百合を尊敬の眼差しで見る輝明を見て、亜希子は思いっきり顔をしかめる。


(確かにママはいつになく優しいけど、この子、超誤解してるって~)


 百合の正体を知ったら、輝明はどうなるのかと、心配してしまう亜希子であった。


「優しいというか、私はこういう人を何人も見てきましたわ。何百年も生きた結果、心が歪になってしまった人をね。それに……私も同じなのですよ。かなわぬ願いを追い求め、結局かなわず、心が折れてしまいましたからね」

(純子とのこと言ってるのね)


 寂しげな笑みをこぼして語る百合を見ながら、亜希子は思った。


「テル、気に入らない一方で、この人の気持ちもわかっているんだろ? それに、依頼は依頼だぜ」

「ケッ、人をお人好し扱いしやがるお前こそ、いつからそんなお人好しになったんだ?」


 修にたしなめられ、輝明は常人より尖って目立つ八重歯を見せて笑う。


「で、黒之期の呪縛を解くために、無那引様とやらの霊を浄化するには、村中の人形壊せばいいのか?」

「それでは怨霊を解き放つだけになってしまう。幾つかの人形に留まっているのだから」


 確認する輝明に、千石が言った。


「全部の人形じゃないんだ」

 と、修。


「人形を一度全て集めて、また御柱に戻し、一度無那引様を復活させてから、怨念を全て吐き出させるのがよいと思いましてよ」


 百合の提案に驚く千石。


「怨念といっても限りがありますわ。私は効率よく怨念の浄化を促す術を知っていますし、それを用いるには、一度元の姿に戻してみるのが、最適な方法と考えましたの」

(本当かな~……? ママ、何かヤバいこと企んでいるんじゃないかなあ?)


 いつになく親切な対応を行う百合を見て、亜希子は疑っていた。


「百合さんの方法がいいと思うぜ。本気で解決を計りたいのならな」

 輝明も百合に同調する。


(凄く嫌な予感がします……)

(本当にそんなことしていいのか?)


 ツツジと修も、百合の申し出には懐疑的だった。


「それができるのなら、お願いする」

 千石が頭を下げる。


「集める以外にも復活の条件があるんだろう?」

「条件は……今は言えない。集めてから話す」


 輝明の問いに、苦しげにそう答える千石。


「あのさあ……」

「申し訳ないと思っている」


 この期に及んで言えない秘密などと口にする千石に、思いっきり不機嫌そうな声を発する輝明。そして深々と頭を下げる千石。


「輝明さんも仰ってましたが、事態の解決を計るには、やっぱり千石さんが村人に真相を告げるしかないと思います」

「僕もそう思うね」


 ツツジが発言し、修も同意した。


「そうだな……。無那引様の正体を告げれば、きっと落胆するだろうが……。そして私は恨まれるだろうな。結局、それが怖くて、自分だけでは動けなかった」


 千石が沈んだ声と面持ちで言い訳を口にする。


「私達は睦月を取り返さなくっちゃね。そっちを優先させてよ、ママ」

「わかっていますわ。それはそうと、白金太郎は一体何をしているのかしら」


 念押しするように訴える亜希子に、百合は頷くと、白金太郎に電話をかけた。


***


 廃屋へと戻ったデビルは、睦月と間近で向かい合う。


 綺麗な顔だと思い、デビルは目を細める。心酔していたシリアルキラーの一人が、こんなに美しい少年だという事に、何故か誇らしさのような感情が沸きおこる。同時に、神秘的だとすら感じる。


 嬉しい。いろいろなことがとても嬉しい。凄く嬉しい。愉悦が迸る。恍惚が駆け巡る。優越感で満たされる。今こそが人生の絶頂だ。憧れていた存在が人形となって自分の前にいる。手に入れた。自分の物だ。こんなに美しい素敵な人形を手に入れた。

 天より与えられた素晴らしいサプライズ。有り得ないギフト。思いもしなかった幸福の到来。


 デビルは今が人生で一番幸せな時間と信じている。これ以上の幸福は無いと。これ以上のサプライズは無いと。

 いや、そう信じていた。


 デビルはその時、気付いてしまった。先程の戦闘で睦月の学ランが乱れ、その下のシャツも乱れ、さほど大きくは無い胸の膨らみが、しかしはっきりと確認できてしまった。

 そしてデビルは思い出す。年頃の少女だけ狙った八つ裂き魔は、性的暴行の跡も無く、女性ではないかという説があったことを。

 そしてその説は事実だった。


 緊張と興奮に震える黒い手が伸びる。恐る恐る、手が学ランにかかり、ボタンをぎこちない動作で、ゆっくりと外していく。さらには下のワイシャツのボタンも外していく。

 ブラジャーが、白く滑らかな肌が、男性には無い隆起が露になり、デビルは興奮の余り、己の心臓が止まるかとすらおもった。


 憧れのヒーローは、女神だった。そして美しい女神は今、自分だけの生きた人形だ。

 畏れ多いという感情が強く沸き起こる。一方で、畏れ多いからこそ、それを踏みにじる禁断の行為に対する、背徳への興奮もある。


 下着にも手をかける。生唾を飲む。ゆっくりとずらしていき、小ぶりだが形のいい乳房と、程よい大きさと膨らみの乳首が露になったのを見て、動悸がさらに激しくなる。

 家族以外で生の女性の乳房を直に見るなど、初めてであった。しかし興奮している理由はそこではない。

 それが――自分が神の如く崇拝する殺人鬼のものだと意識することで、デビルは昂っている。


 可憐で柔らかそうな塊に手を伸ばし、表面をゆっくりと撫でる。その感触の素晴らしさに、デビルは陶酔した。感触の心地好さももちろんのこと、女神の乳房に触れていると強く意識する事で、禁忌を犯した背徳の悦びに打ち震えている。

 行為はさらにエスカレートし、揉みしだき、舐めまわし、吸いと、リビドーに従ってやりたいことをやる。乳房だけでは飽き足らず、その頬にも存分に舌を這わせ、唇に唇を押し当てる。


 そこでデビルは、睦月の目を見て、心臓が凍りつくような想いを味わった。

 睦月は間近で目を見開いたまま、この世のどこも見ていなかった。

 これは――反応の無いお人形さん遊び。デビルはそう意識する。


 最後の一線を越えるに至らず、デビルのリビドーは凍りついてしまい、それ以上の行為には踏み切れなかった。


 しかし理由はそれだけではない。正気に戻った瞬間、別のことも意識してしまった。

 そのまま弄ぶことができなかったのは、決して良心の呵責などではない。そこまでやってしまった瞬間、自分の中で神聖視して憧れていたものが、神聖ではなくなってしまうのではないか――そんな恐怖を強く感じたからだ。

 意思を失くしたお人形であろうと、女神が自分の側にいて言いなりになっている。それだけでも十分満たされている。この幸福が壊れるかもしれない行為に及ぶなど、とんでもない話だ。


 クールダウンしたデビルの中に、別の欲求が生じていた。


 もっと彼女のことを知りたい。彼女はどうして殺人鬼になったのか。どうして突然姿を消したのか。彼女の全てを知りたい。

 知ることはできる。人形に喋らせることができるからだ。彼女の声で直に聞きたい。全てを知りたい。デビルはそう思い、睦月に新たな暗示をかけた。

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