第四十五章 22

 ロスト・パラダイムの兵士達が新市街で暴れ、政府軍と反政府軍双方を敵に回し、敗走してから五日が経った。

 政府軍もロスト・パラダイムも、旧市街地は元より、首都オジロオミオ以外の都市でもぱったりと活動を潜めるようになった。反政府軍が拠点にちょっかいを出しても、反撃すらしない有様だ。


 そのままロスト・パラダイム拠点に、攻め入ってはどうかという案も出たが、見送りになった。罠かもしれないし、何より政府軍内部で揺れている可能性もあったので、無理に突くのは得策ではないとされた。


 政府はかつてない窮地に立たされている。反政府軍潰しに呼び寄せたロスト・パラダイムが造反し、手出し禁止としていた新市街地でも暴れたことが、決定打になった。

 何しろ新市街地はセグロアミア共和国の中枢であり、政府軍はここを戦場にするのを避け続けていた場所だ。新市街の防衛陣は強固であったため、反政府軍も新市街地に攻め入ることは、先日の騒動まで難しい話であったし、それ以前に旧市街にはびこる敵の掃討の方が優先されていた。


 先日、反政府軍サイドが新市街に入れたのは、政府軍がロスト・パラダイムの掃討に反政府軍や自警団を頼ったからである。

 モゴア大統領の支持者と政府軍の兵士達の身内は、全てこの新市街地で暮らしている。いずれはここに攻め込んで、決着をつける必要がある。その時期は近づいている。


「モゴアが死刑は当然として、モゴアの身内も死刑にしてほしい。モゴア一人じゃ罪を償いきれないだろう。うん、そうだろう」


 肯定の片隅にて、トマシュはシャルルを前にして弁を振るっていた。


「聞いた話じゃあ、モゴア大統領の両親は、政治とは一切関わらないようにしてるっていうじゃない。しかも一切金も受け取ってないって。結婚はしていないらしいし、家族は親だけかー」


 トマシュの考えにちょっと引きつつ、シャルルはやんわりとした口調で言う。


「そんなの口だけだと思うし、あんな屑を作った親なら、一緒に責任取ってもらわないと気が済まないよ」

「あのねえ、過激すぎるよー。いや、前時代的で野蛮だよ、その考え方は。中世暗黒時代だよ」

「むう、そ、そうかなあ……んぬぬ……」


 シャルルに否定され、トマシュは口ごもる。


「トマシュさあ、あまり偏った考えを持たないようにしようね。そういう考えするのって、あまりいい人間にならないよー?」


 トマシュはわりと自分の言うことには耳を傾けてくれるようなので、シャルルははっきりと注意することにした。


「それは確かに大変だ。極端に偏った思想を持つ人ってのは、やたらとすぐ興奮しまくるし、攻撃的だし、興奮すると唾飛ばしまくって早口で喋るし、精神の病気なのかって思う。例えば綺麗事大好きな平和主義者達って、本人の言動や振る舞いがやたらと野蛮で攻撃的であるからにして――」

「こらこら、また偏見に満ちた考えぶちまけてるよ。決めつけはよくない。まあ確かにそういう傾向はあるけど、色眼鏡で人を見ちゃ駄目だからね。それが悪化していくと、差別にも繋がっちゃうよ」

「そ、そうか。そういうものなのか。よくわからないけど気をつけなくては」

「もっといろんな人を観察していけば、わかってくるよー。あるいは歴史や事件を見て、考えていけばねー」


 トマシュには、それがわからないまま歳だけとって、心が狭いまま幼いままの人間にはなってほしくないと、シャルルは思う。


「話は変わるけど、そもそもロスト・パラダイムとモゴア大統領は何で対立してしまったんだろうねー?」


 シャルルが疑問を口にした。


「スパイが調査しているけど、不明のままだってさ。政府の者達ですら知らない有様だよ」


 トマシュが口にしたのは、反政府軍経由で入った情報だったが、それはシャルルも知っている。


「五日前のあの戦いで、事態は大きく動くと思うんだけどねえ」

「政府軍とロスト・パラダイム、どちらも敵には変わりない。どちらがより有害であるかは、二日前の戦闘でわかっている。だから最終的に政府軍と反政府軍双方で、ロスト・パラダイムに矛先を絞ったのだろうし。でも共通の敵をダシにして、政府軍と手を取り合うことは考えられない。最低最悪の独裁者モゴア大統領が退陣しない限りは、僕等の戦いは終わらない」


 演説口調で語るトマシュを見て、この子は将来政治家にでもなるつもりなのだろうかと、シャルルはそんなことを考えてしまう。


「トマシュは何で戦いだしたんだい? あんまりそういうタイプには見えないよね」

「あれ? そういうことずけずけと聞いちゃうもんなんだ? 互いの過去は黙して語らずみたいなそういうものかと思ったのに」

「普通は聞かないよー。でも君は知って欲しいんだろ? 君は最初からずっとお喋りで、自分のことをあれこれ語っていたけど、その辺だけは避けていた。つまり君が戦いだした理由って、一番知ってほしいこと、誰かに話したいことだけど、でも喋るのに抵抗がある? なんて思った」


 シャルルが微笑みながら指摘すると、トマシュは咳払いして少し間を開ける。


「……的中。大人って凄い生き物だな。僕はそんなことまで見抜けるような大人になれるのだろうか。それともシャルルが特別凄いのか」

「俺は別にそんな大したもんじゃないよー。こういうのは基本だよ」


 肩をすくめてみせるシャルル。


「うん……僕ね、こう見えても金持ちのぼんぼんなんだよ。でも僕の父親はとても厳格で、僕をろくに甘やかしてくれなかった。僕の話もろくに聞いてくれなくて、それでかな、僕が人にあれこれ話したくてしょうがないタチになったのは。母親もいなかったしね。でも、僕も小さい頃は父親に逆らえなかったけど、十二歳くらいになってから反抗するようになって。父親と何度も喧嘩した。戦争が始まって、父親は政府側につくか反政府側につくか、迷っていた。僕のために……安全を取るなら政府側。でも父親の本心は反政府側だった。だから父親の迷いを吹っ切ってあげるために、自警団の兵士になった。たまには親孝行しようと思ってさ。いや……父親が僕のことを真剣に考えて辛そうにしているのが、僕から見ても辛かったし、同時に嬉しかったから……うん」

「それで、お父さんも反政府側に?」

「うん、父さんも吹っ切れた。僕にはこう言った。『心配かける馬鹿息子だが同時に誇らしい』ってね」


 トマシュが照れくさそうに微笑む。


「シャルルの言うとおり、喋りたいけど喋れなかったのさあ。だって、誰かに知ってほしくても、自慢話ぽいし恥ずかしい。さ、僕が喋ったから、次はシャルルの番だっ」


 びしっとシャルルを指差すトマシュ。


「俺は大した理由じゃないし……。自分の力を試したい。戦いの世界に生きていたい。ただそれだけなんだよねー。子供の頃からバトルものの漫画にばかりハマって、自分もそういう世界で生きることしか考えられなくて、必死に漫画の技の練習ばかりしてたから」


 言いづらそうにシャルルは語る。


「すごく変わってるね……その動機」

「うん、自分でもそう思う。小さい頃から、思い込んだら命がけで目的に向かって突っ走ってたから」


 トマシュに露骨に変な目で見られて苦笑されるも、シャルルはさらりと言ってのけた。


***


 つい半日前より、セグロアミア国立第五学園周辺では、ネットが繋がるようになった。まだ戦時下にあるが、一部ではインフラの回復にも乗り出したらしい。


「見ろよ、これ」


 新居が真と李磊にホログラフィー・ディスプレイを飛ばす。


『セグロアミアの内乱は反政府軍が諸悪の根源だ。最初に内戦を始めたあいつらが悪い』


 SNSの罪ッターで、そんな書き込みがされていた。書き込みは日本語だ。

 それにいいねをつける者もいれば、返信で同意する者も反論する者もいる。


「この日本人は直接この国に来て現場を見たわけでもない。戦場を見たわけでもない。なのに得意げにどっちが悪いと決め付けている。滑稽だな、おい」


 新居が怒りを滲ませて言う。李磊と真から見ても、気分がよくない。


「一方通行のプロバガンダは確かによくないが、何かと逆説ぶりたいヒネくれ者の馬鹿野郎が、一方通行のプロバガンダだと喚くのは、いい迷惑だな。俺はこの手の輩が大嫌いだ。AVでやたら喘ぎ声のうるせー男優より許せねーな。殺しても飽きたらんぜ」


 忌々しげに吐き捨てる新居。


「そんな馬鹿の世迷言よりこっちを見なよ」


 今度は李磊がディスプレイをコピペして二人に飛ばした。


 先日の新市街地での攻防について書き記されたブログだった。有名な戦場ジャーナリストによるものだ。李磊や新居とも知己であり、ジャーナリストにしては珍しく、とても誠実で、気骨のある好感の持てる人物だった。

 政府軍の精鋭部隊を保険として徹底温存するという戦略も、理にかなっていたと、そこでは主張されている。


「俺もこれ同意見」

 李磊が言う。


「李磊好みのやり方だな。結果的にそれが功を奏した。普通ならあれだけの戦力がいるなら、もっと前線に投入してもよさそうなもんだがな……。あるいは、機会が来るまでに、力を抑えているとも考えられる。何か狙っている、と」

 と、新居。


「そこまで先読みが出来るんなら、どうしてロスト・パラダイムみたいなならず者達を、国に呼び寄せたんだよ」


 新居の言葉に矛盾を感じ、真が突っ込む。


「そうするしかないほど、政府軍は弱体化していたんだ。これも理にはかなっている。精鋭部隊を出して対処はしたくなかった。そして代わりに戦ってくれる連中を欲していた。頼みの綱のロシアにも援助を切られちまって、アメリカが直に介入し、それしか手が無かったんだろう。その時はな。しかし――」


 ここで新居は言葉を区切り、少し間を空けた。


「皮肉なことにアメリカが介入したおかげで、ロシアでなくても、他国の援助を取り付ける事もできる目が出てきた。アメリカを嫌っている国はいっぱいいるしな。つまり――」

「その援助の当てが、あるということか」


 新居の言葉を継ぐ形で李磊が言った。


「あくまで推測だがね。まあ、ロスト・パラダイムとの仲違いは、政府軍にとっても予想外の事態だったろうし、支援を取り付ける算段があったとしても、これでプラマイゼロと言える。ロスト・パラダイムと政府軍でさっさと和睦するとなれば、また話は別だがよ」


 まだこの戦いはどうなるかわからないという思いが、三人の脳裏によぎっていた。


***


「ずっと元気無いなー、お前」


 覇気の無いミルコに、遠慮無く告げるイグナーツ。隣にはオリガもいる。


「リーダーとして、新居と自分とを比べてその差を実感し、若干自信喪失気味なんだ。それにこの間の新市街での戦いでは、いろいろと酷かったから……」


 乾いた笑みを浮かべてミルコが言う。


「もう五日も経ってるんだから、いい加減立ち直りなさいよ」

 オリガが励ます。


「今度は新居にホの字っぽなオリガに励まされても、ミルコはキツいと思うぜ」

「ちょっと! あんなのにホの字のわけが……って、え……?」


 イグナーツにからかわれ、ムキになって喚くオリガだが、その後驚いたようにミルコを見た。


「イグナーツの勘違いだよ」


 照れくさそうに笑って、ミルコはそっぽを向く。


 と、そこに無線での連絡が入った。


『ネットに繋がる者はすぐに確認されたし。米軍がセグロアミアより撤退を検討しているとのこと』


 無線より流れた反政府軍からの通達に、三人は言葉を失くして互いに顔を見合わせた。

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