第四十五章 23
セグロアミアの外で、そしてネット上で、事態は進んでいた。
各メディアとネットで、政府軍の悪事を米軍になすりつけて、米軍叩きの風潮が出来てしまっていた。
もちろんアメリカも反論するが、幾度か誤爆で市民を何人も殺しているのは事実であるし、それも拡大報道されていたので、世論がいまいち振るわない。
そこに反戦平和主義者達が乗っかってきて、米軍は撤退すべきと絶叫しだしたのだ。アメリカ本国でも、反戦主義者達がここぞとばかりにデモ行進をしている。
アメリカ以外でも、その手の人種らが大喜びで反戦平和を謡って、米軍のセグロアミア撤退デモを行っていた。そして世界の潮流が作られていく。
新居、サイモン、シャルル、李磊、アンドリュー、真の傭兵達のいつもの面々と、ミルコ、オリガ、イグナーツ、トマシュの四名が、校長室に集まってプチ会議を行っていた。
「誤射があったからといっても、その後、米軍が必死に信用回復に努めていたことは、まるで知られていない。政府軍の方がよっぽど容赦なく、市民巻き添えの攻撃を繰り返していたってのに……」
虚しげな口調でミルコが言う。ミルコの家族も、空爆の巻き添えで死んでいるが、彼はもう恨んではいない。
「日頃からチキンの代名詞と叩かれている、弱気で風見鶏で平和主義者の現アメリカ大統領は、まだはっきりと撤退を口にしてはいないが、時間の問題と見られている」
サイモンが申し訳無さそうに言った。サイモンは自国の現大統領が大嫌いである。世界中で馬鹿にされていることも知っているし、情けなく思う。かといってバリバリのタカ派のトップも、それはそれで困りものであるが。
「米軍の基地が一つ爆破された件も響いているな」
と、李磊。
「反政府サイドからすれば、米軍頼りだった部分は大きいだろう。ただでさえ最近怪しい流れだったのに、ここでアメリカさんに撤退されちまったら……かなり厳しいことになるぞ。米軍という強力な後ろ盾があったからこそ、反政府軍は今までもっていたんだからな」
新居の言葉は、ミルコ達に特に重くのしかかる。
「そうなれば、負ける目も見えてくる。政府軍とロスト・パラダイムが勢いづき、より人が多く殺される。笑えるな。糞ったれの平和主義者さん達の腐れ平和オナニーのために、平和とは真逆の事態が引き起こされるんだぜ? へーわだいすきーせんそーはんたーいと言った結果、この国の独裁者が余計に調子づいて、国民の命が脅かされるという、ウンコオブウンコな構図だ」
新居が皮肉げに笑うが、その瞳には怒りの火が宿っている。
「ふざけないでよっ! そんな奴等の自己満足のためにっ……!」
机を拳で叩き、悔しそうに叫ぶオリガ。
「こっちも情報戦で対抗しよう。言わせっぱなしでは駄目だよ」
トマシュが主張した。
「ネットで主張するのか? まあ何もしないよりはマシだが、この潮流を変えるのは並大抵のことじゃ無理だぞ」
李磊が渋面で釘を刺す。
「わかってる。でもやるんだ。でも戦うんだ。米軍に頼らなくちゃならないのは情けないことではあるが、僕等だけではどうにもならないのもまた事実。綺麗事は言っていられない。どんなことをしてでも勝たないといけない。そうだろう?」
「トマシュのくせに熱いな。ま、俺は乗るぜ。出来る事は何でもやろう」
真摯な口調で訴えるトマシュに、イグナーツが微笑みながら真っ先に名乗り出た。
「反対する人はいないでしょう。やっとここにネットも繋がったことですし、手の空いている時間帯は、ネットでの訴えをしてみます」
クリシュナがおっとりとした口調で申し出た。
「つーか、こっちは傭兵全員にそれやらせるわ。ミルコも皆にネットでアピールやらせろ」
「了解」
新居に言われ、ミルコがにっこりと笑って頷く。
早速ネットを開く面々。ミルコと新居は放送室へと向かおうとする。
「ちょっと待て、二人。これを見ろ」
ミルコと新居を、真が止めた。
真がホログラフィー・ディスプレイを巨大投影すると、そこには、ロスト・パラダイムと政府軍があっさりと和解したという記事と、トルコ、そしてイラン等の複数の中東諸国が政府側に支持表明し、支援を約束すると発表する記事が映し出された。
「一気に事が動き出したわね~」
「むむむ……これをずっと待っていたわけか。米軍撤退とも上手いことタイミングを合わせてきた。いや、計算ずくということか」
アンドリューとトマシュが呻く。
「温存していた精鋭部隊も繰り出してくるだろうし、新兵達にもまともな武器が支給される事になる――か」
ミルコが必死に平静を保ちながら言った。
(大体新居の予想通りになったな)
口に出さずにサイモンが思う。
「今が最後のチャンスかもしれないぞ」
新居が冷静に告げる。
「今? 最後? どういうこと?」
オリガが新居に問う。
「米軍はまだ撤退したわけではないし、支援による武器兵器もまだ届いていないかもしれない。今のうちにいちかばちかで一斉攻撃がいいと思うが、どうせやりゃしねーだろうな」
「いや、具申してよ……。ていうか何でしないのよ……」
新居の諦めたような物言いに、オリガは啞然とする。
「傭兵が具申するにしては大きすぎる話だ。それにさ、最良の手とわかっていても、立場的にはやりたがらないだろうよ。いちかばちかの賭けでもあるし、失敗したら全てがおじゃんになりかねねーもん」
と、新居。
「うちの父さんはそんなことない。下の人間の言うこともちゃんと耳を傾けるよっ」
語気を荒くするオリガ。
「はいはい、そうでちゅねー。オリガちゃんのパパでちゅもんねー」
「ああ、もうこの人本当ムカつく~。こないだは、仲良くしろ大事にしろみたいな説教してたくせに、今はこんなこと言ってるし~」
オリガが呆れと怒りが混ざった声をあげ、新居は小さく息を吐く。
「わーったよ。オリガの名前も出して申し出てみるさ。でも期待するなよ」
「私の名前なんて出さなくていいよっ」
「真面目な話だ。その方が効果ある。利用できるもんは何でも利用するぜ。それに俺はその気が無かったのに、オリガが吐いた言葉に従う形なんだからさ」
「う~……わ、わかったわ。本っ当嫌な男っ」
そっぽを向いて悪態をつくオリガを見て、ミルコはイグナーツの言葉が正しかったと確信し、こっそりと肩を落としていた。
***
翌日、反政府軍の拠点の一つに、反政府軍の将校達と、米軍将校、各自警団のリーダー達が集まる緊急会議が執り行われた。
新居はミルコと真の二人だけを連れてきた
「米軍はほぼ撤退の流れだ。まだ決定はしていないが、時間の問題だ」
セグロアミアに派遣された米軍最高責任者である、トミー・ノートン少佐が告げる。スチュアート曹長も隣で渋い顔をしている。
「こんな中途半端な撤退は我々としても遺憾だが……」
「上の決定には逆らえんよな」
新居がフォローする。それはどこでも同じことだ。
「んでさー、米軍が戻る前に、そして連中の体制が整う前に、もう今すぐにでも、さっさと総攻撃かけるのが、一番いいと言っておくわ。どーせやらねーだろうけどー。オリガがさー、親父さんならさー、俺風情の具申でも受け入れてくれるとか言ってたけどー」
物凄く投げやりな口調で言う新居に、ミルコと真は呆れる。
「私もそれしか無いと考えていた」
オリガの父親であるドミトリー・ペトロフ大将が、静かに告げた。
「ほらなー。って……ええ?」
意外そうな目でペトロフを見る新居。
「ところでうちの娘がそんなことを君に勧めたのかね?」
「ああ、あんたの娘は明らかにあんたのことを誇りに思ってるぜ」
「その言葉……信じたい所だ」
新居の台詞を聞いて、ペトロフが微苦笑をこぼす。
「今夜の深夜に決行を見据えて、今から作戦を煮詰めていこう」
ペトロフが告げる。反対する者は一人も出ず、皆表情を引き締めていた。
(新居の読みが珍しく外れたか。結果、その方がいいことなんだけど)
と、真は思う。
「そっちもちゃんと参加するんだよな?」
「ああ、まだ撤退命令は出ていないからな」
新居がノートンに確認すると、ノートンは笑顔で頷いた。
「うまいこと行けば、あの腐れチキンの似非平和主義日和見大統領に、戦果の手土産をくれてやることができるなあ」
ノートン少佐に視線を向け、皮肉たっぷりに言う新居に、ミルコははらはらする。
「おい、言葉を慎め」
台詞だけ見れば怒っているかのようなノートン少佐だが、実際は笑っていた。彼等も現在の自国の大統領が嫌いであることが見受けられる。
***
学校に留守番中の李磊、シャルル、クリシュナ、サイモンは、ネット工作をしながら会話を交わしていた。クリシュナは真面目に取り組んでいたが、他の面々はかなりこの作業にうんざりしている。アンドリューに至ってはすでに放棄している。
「ミルコはわかるけど、何で真まで連れていったのかしら~?」
「勉強させるためだろ。新居はあいつに、自分と似たような才を見出しているようだ」
アンドリューの疑問に、サイモンが答えた。
「え~? あんな横暴で下品で威張りんぼうでデリカシー皆無で無神経なリーダーと、同じになっちゃうの~? 駄目よ駄目よ。それは絶対阻止しないと~。この宇宙にあんなのが二人もいたらたいへ~ん」
「真が新居化することはないだろうさ」
李磊が笑って言うものの、後々になって、この時このような台詞を口にしていた自分は甘かったと、思い知ることになる。多少ではあるが、確実に新居の悪影響を受けてしまっていたからだ。
と、そこに新居達が帰ってくる。
「ネットでアピール活動はもういらねーぞ。不毛で無為な時間お疲れさままま。今夜、すぐに総力戦をおっぱじめることになった」
新居が不敵な笑みを広げて報告すると、傭兵達にも伝染するかのように、一斉に不敵な笑みが浮かんだ。
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