第四十五章 21

 形勢はあっという間に逆転した。


 それまで数と勢いに任せて暴れていたロスト・パラダイムであったが、反政府軍の援軍による強襲を受け、見る見るうちに崩れていった。

 そしてまるでこの機を伺っていたかのように、政府軍からも精鋭部隊を追加で複数投入された。


「まさか奴等と共闘する時が来ようとはね」

「元々とロスト・パラダイムを招いたのもモゴア大統領だから、感謝も感動も無いがな」


 政府軍も果敢に攻めているという話を聞き、ミルコとイグナーツが言う。


『こちら新居。政府軍と共闘してロスト・パラダイム撃退という構図になってるわ。ま、明日からはまた敵同士だろうけどな』


 新居からの報告を、ミルコ達少年兵らは複雑な気持ちで聞いていた。


 それからわずか三十分後に、ロスト・パラダイムは退却を始めた。

 その後、反政府軍は政府軍と争うことなく、新市街地を悠々と撤退していった。その気になれば後ろから追撃もかけられる政府軍であったが、それを行おうという気配を見せず、反政府軍の帰還を見送った。


***


 ロスト・パラダイムの敗走に、首領のV5は特に失意を覚えることは無かった。意外な結果というわけでもなく、撤退は予定通りである。

 暴れるにも限度がある事はわかっていた。暴れる事だけが目的であったため、その目的は十分以上に果たしたと見ている。


「何故貴方は出なかったのだ?」


 拠点に帰還したV5が、拠点でのんびりと茶を飲んでいた上野原馬吉に問う。


「私一人が行った所で、戦の流れが変わるわけでも無し。敗戦は読めていたよん」

「私も勝てるとは思っていなかった。今回は勝敗を決するために出向いたわけではない」

「そうかそうか。ではね、一つ予言してやるよん。このままセグロアミアで戦い続けても勝ち目は無い。この国そのものから速やかに撤退するのが賢明也」

「それができないのも戦争だ。もっと被害が多くならないとな。戦渦で暴虐の限りを尽くすロスト・パラダイムとしては、まだまだこの国は手放すに惜しいと、皆考えている。まだまだしゃぶれるとね」


 仮面の下で自虐的な笑みを浮かべて語るV5。


「組織の頭目であろうと、組織を自由にできるわけではない――か。ならず者ばかり集めた弊害だよん。後ろ向きな姿勢を容易に見せられんとはね」


 馬吉は少しだけV5を見直した。今世紀最悪の非道なならず者集団を率いる者でありながらも、リーダーとしての責務は果たさんとする姿勢を持っている。

 V5は組織と共に死ぬつもりでいるのだ。組織が壊滅する時も、この男は逃げることはない。馬吉はそう見てとった。


(残念ながら、見込み違いだよ。私はこの組織の本当の首領ではないからな)


 しかしV5は自虐的な笑みを張り付かせたまま、口の中で呟いていた。


「貴方は今逃げても構わんぞ」

「なら私ももう少し付き合おう。今回はいつになく楽しめそうな気がするよん」


 V5が告げるが、馬吉は笑顔でそう言ってウインクしてみせた。


***


 学校に戻った少年兵と傭兵達は、ささやかな祝宴を開いていた。


 反政府軍から御馳走も支給された。ただし酒だけは無い。学校にいるのが未成年だからという理由ではない。酔っ払っている所を襲撃されたら洒落にならないという理由でだ。

 死者もかなり出たが、とりあえずは戦勝を祝う。


 真は傭兵達の中ではなく、自然と少年兵達の中に混じっていた。


「ミルコはどうした?」

「祝う気分ではないってさ。あいつは真面目すぎんだよ。死んだ奴の分も楽しまなくっちゃ」


 真の問いに、イグナーツが無邪気に笑いながら答える。


「今のミルコを見ると信じられないかもしれないけどさ。最初はひどかったんだぜ、あいつ。夜になると泣き出して、こんなのはもう嫌だ嫌だ、ママ、ママって喚いてさ。でもある日吹っ切れた。この環境にも順応した」


 イグナーツが、本人がいないのをいいことに、真の前でミルコの過去を暴露する。


「そうだね。これが俺らの日常になっちゃったよ。クヨクヨする理由も無い。ただ、運が悪ければ数秒後にも死ぬかもしれない、そんな日常だけどね」


 オリガが微笑みながら言った。


 言われてみれば彼等は確かに悲観していない。かといって戦争狂になったわけでもない。ただ目の前に今を受け止めて、精一杯生きている。力いっぱい走っている。そう真は感じる。

 ここにいる彼等以外にも、真はセグロアミアで、市街地で戦う同年代の少年少女達を沢山見てきた。死体になって転がる者達も含めて。しかし彼等には悲壮感が感じられなかった。いちいち重苦しい気分で戦っていたら、やっていられないのだろう。オリガの言うとおり、戦場で暮らすことが日常となってしまっているのだから。


「日本は平和なんだろう? 国民は礼儀正しくて規律を重んじるいい国だっていうし。それなのに新居や真みたいに、わざわざ戦いに来る奴もいるんだな」


 イグナーツが真の方を見て言う。

 他人の足を引っ張るのが好きで、全体主義や同調圧力がひどく、日和見傾向で、臭いものには蓋をしたがる等、いろいろと悪い面もいっぱいな国民という事は、せっかく褒められている事だし、黙っておく真であった。


「わざわざ戦争しに来る僕が不快か?」

「まさか。その逆だよ。平和な国を捨てて、わざわざ俺等を助けに来てくれてるんだからさ。尊敬しても軽蔑するわけがない」


 真の言葉を笑い飛ばすイグナーツ。


「でも僕は戦争そのものを楽しんでるよ。こう言っても不快じゃないか?」

「しかし結果的に俺達と一緒に戦ってくれている。助けになってくれている。それが全てじゃねーか」


 正直に述べる真であったが、イグナーツの反応は変わらなかった。


(戦争のおかげで今僕は、充実した時間を過ごせている。死んでいった者達には悪いけど、これが事実だ)


 真は戦争を賛美するつもりは無いし、全面肯定する気も無い。

 しかし戦争がただただ悪いものであるとは、どうしても真には思えない。戦争が否定しか許されない絶対悪であれば、彼等少年兵達は、こんな活き活きとした顔をしていない。サイモンらの傭兵は好んで戦場に行くことも無い。そもそも創作物で戦争物がテーマにされまくっているのは何故なのか? もうその時点で答えは出ている。


 昔、コメンテーターがテレビで馬鹿面を晒して、反戦論をぶっていた事を思い出す。戦争に正義も悪も無いと相対化し、戦争自体が悪いだのとぬかしていた。あの時もいいイメージは無かったが、今思い起こすとさらに醜悪かつ不細工に思える。飽食の国で平和ボケしきった立場で、戦争を出汁にして、空疎な寝言をほざいて金を稼いでいるだけだ。醜悪の極みと映る。

 戦争自体が悪だからやめましょうと言ったら、住民はどんなに弾圧されて、どんなに虐待されても文句を言うなという事になる。目の前で家族を犯され殺されたとしても、黙っていろということだろうか? ロスト・パラダイムの兵士達は、性処理奴隷にした年端もいかぬ少女を蹂躙する様を、自慢げにネットで配信していた。反戦主義者達の狂った主張を通すなら、あれも黙って見過ごしておけということになる。


「僕は……最初は平和を取り戻すつもりで戦っていた。でも今はそんな気分じゃない。今日を生きるためだけに戦っている。他の子はどうか知らないけどね」


 トマシュが肩をすくめて言った。


「俺は平和を取り戻す云々より、あいつらに歴史を作らせたくないんだ」


 イグナーツが静かに語りだす。


「歴史は勝者が作ってしまう。もし反政府軍が負けたら、自国に悪辣な破壊集団を招いて、略奪と殺戮と強姦の限りを尽くさせた、糞ったれのモゴア大統領が正義という事になってしまう。地位と権力の座にしがみついて、民を虐げる悪党が正義扱いだぞ? そして俺達は悪として歴史に記される。俺はそれが絶対に許せないし、耐えられない」

(勝てば官軍、負ければ賊軍か)


 真にもイグナーツが口にする理屈はよくわかった。前世紀の大戦で敗北した日本が正にその、悪名と汚名を着せられた敗戦国だからだ。その後も日本は延々と、精神的に呪縛され続けていた。


 この戦争は何をどう見ても、善悪がわかりきっている。

 真はこの半年で身に染みて理解した事がある。どちらも正義と思って戦っているのが戦争の基本だが、俯瞰してみると、善悪がわりとはっきりしているケースが多いという事だ。


(もちろん、平和ボケした中二病患者が平和地帯からしたり顔でほざくように、どちらが正しいと一概に決められないケースもあるが、僕にはセグロアミアのこの内戦が、どこをどう見ても政府側が正しいとは思えない。思考停止して、どっちもどっちで切り捨てていいとも思えない)


 この半年で傭兵学校十一期主席班と、それについていく傭兵達は、決して悪には加担しなかった。事前に調べて、正しいと思える方に――助けになりたいと思える側に付いていた。はっきり言えば、民衆を脅かす勢力と戦っていた。


 傭兵達は戦争そのものが好きだからこそ、わざわざ戦場へと赴き戦っている。だがその一方で、与する立場が一貫している彼等と共にいる事に、真は安心感と誇らしさのようなものを同時に覚えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る