第四十四章 24

 平和な町で一日過ごした後、傭兵達は車で戦場へと移動することになる。


「ここから戦場までさらに一日かかるみたいだわ」


 傭兵達を前にして、新居が告げた。


「得物は毎度お馴染み傭兵学校サポートの死の商人様が、指定の場所に届けてくれているから、まずそっちを取りに行かないとな」

「あんたのおかげでこっちも大助かりだ」


 真が最初の戦場で組んだアランが、新居に向かって言う。傭兵学校十一期主席班の五人以外にも、常に二十人から三十人程の傭兵がついてきている。移動の度に何人かは入れ替わるが、ずっとついてきている者達もいる。アランもその一人だ。


 まず武器を取りに行ってから、戦場へと向かう一行。


 翌日、目的地へと到着する。町一つまるごと戦場となっており、初日に訪れた町とはまるで違う。天国から地獄へ来たと真は思った。


 車を降りて街中を歩く。

 そこかしこの建物が爆撃で半壊し、町を行き交う人の目には光が無い。笑顔も見受けられない。そのうえ傭兵達に向けられる視線も穏やかなものではない。


「うわあ、嫌なもの見ちまった……」

「どうしたんだ?」


 顔をしかめる李磊に、ジョニーが尋ねる。


「あれだ。あ、……やっぱ見なくていい」

「自分で言っておいてなんだよ……」


 指を指してから引っ込める李磊だが、真とジョニーは構わず見る。

 漢字で書かれた看板や外装からして、中国人が経営していたと思われる店の廃墟だ。


「凄く壊されてるな」


 他にも破壊された建物は幾つもあるが、その店の破壊のされ方は、他とは異なるように真には見えた。中にある椅子や机や棚も壊されまくっている。


「住民の怒りを買ったんだろうね。二十一世紀初頭からうちの国がアフリカに進出し、いろいろやらかしまくった。アフリカの国々の政府には金をバラまく一方で、環境破壊しまくり、資源を乱獲しまくり、雑貨品の輸出をしまくって市場経済をかき乱しまくり、産業の成長を止めまくり、失業率を高めまくり、犯罪者も大量に送りまくり、そこら中にゴミを捨てまくり、アフリカの現地の人間からは反感を買いまくった。欧米からも新しい形での植民地支配を行っていると非難されまくるし、中国嫌悪シノフォビアが世界中に蔓延しちゃったのよ」


 げんなりした顔で李磊は語る。


「米中大戦が起こった時、俺は小学生だったけどね。金をばらまかれた国の政府は中国を支持しても、その国民は皆アメリカ頑張れの一色だったって、後から知ったよ。国内でネットも含めて情報操作されていたから、知りようが無かった」

「そっかー……」


 ジョニーが李磊に同情の視線を向ける。


「この分だと、俺が中国人てバレたら何されるかわからんから、日本人てことにしておいてね……」

「ああ……」

「おう……」


 真とジョニーが躊躇いがちに頷いたその時だった。


「あんた中国人?」


 険悪な響きの片言の英語で問われ、李磊はぎくりとしたが、声をかけられたのは李磊ではなかった。少し離れた場所で、新居が現地人達に詰め寄られている。


「そんなわけねーだろ。日本人だ。中国人はあいつだ」

「んごっ!」


 安堵しかけた李磊だが、新居が真っ直ぐ自分を指してきたので、変な呻き声をあげてしまった。


「新居は本当死んでいいよ……」

 がっくりと肩を落とす李磊。


「うちの親父はお前らのおかげで苦労して早死にした。お前達のように、自分さえよければ周りはどうでもいいとして、人から奪うだけの輩に、二度とこの国の地を踏んでほしくない」

「どうもすみません……」


 現地人達が李磊を取り囲み、嫌悪感たっぷりに文句を言う。無用な争いを起こしたくないので、李磊は言い返さずに謝っておく。


「待てよ。謝ることはねーよ。むしろこいつが許せねーなー」


 新居が李磊と現地人の間に割って入ると、毅然たる面持ちで現地人を睨みつける。


「あんたの家族やこの辺の人間に迷惑かけた中国人と、こいつは別人だろ? 悪い奴はどこにだっている。あんたらの国にだっているだろ。一緒くたにして人種差別するな。その悪い奴だけ差別するなりぶっ殺すなりしろよ。こいつは俺達の仲間だし、悪い奴でもなければ、あんたらに迷惑をかけたわけでもない」

「う……そ、そうだな。悪かったよ……」


 新居の堂々たる物言いと理路整然とした正論に押され、現地人達はすまなさそうに謝罪し、その場を立ち去っていった。


「ふっ、また勝ってしまった。敗北を知りたい。ていうか今の俺、最高に格好よかったよなー。控えめに言っても男の鑑だよなー。李磊も俺に助けてもらって俺を見直しッふぁっ!?」

「言わなくてもいい余計なことを言う悪い口は、この口かな? それとも頭の方をどうにかした方がいいかな? ん?」

「はひゃはふひゃひはっ」


 新居が得意げに喋っている最中に、李磊が新居の口の中に両手の人差し指を突き入れ、おもいっきり横に伸ばしてから捻り上げる。


「悪い奴はどこにだっている――か。まあ、今まで出会った日本人の中で、最悪なのはあいつだがな」


 李磊にヘッドロックをかけられる新居を見て、ジョニーが笑いながら言った。


 その時、砲撃の音が響く。


「おっ、始まったね」

 李磊が新居を解放する。


「市街地戦は初めてだ」


 傭兵のうちの一人が呟く。それは真にとっても同様だ。先日の中東での戦いも一応は市街地戦だろうが、あまり戦争しているという感じがしなかった。


「つーかドンパチしてるのさあ、俺達がこれから向かおうとしていた、解放軍の駐屯地だぞ?」


 李磊が新居の方を見て苦笑いを浮かべて言う。


「我々が行く前にドンパチを始めるとは、元気があってよろしい!」

「もうそれはいいから……」

「じゃあ……我々の到着をドンパチで歓迎してくれる、この粋な計らいに感謝! 我々も銃火でもってこれに応えよう!」


 シャルルに突っ込まれ、新居は元気いっぱいに叫ぶ。

 どうもこの新居という男は、不謹慎な冗談が好きでたまらないらしいが、真には全く笑いどころが理解できない。


 銃声のする方に駆け足で向かう。人々が戦闘の起こっている方向から逃げてくるため、その流れに逆らう形での移動となり、傭兵達は若干ばらばらになる。


 戦場に着くと、これから向かう予定だった駐屯地が襲撃されていた。

 三方向を包囲され、装甲車に取り付けられたヘビーマシンガンなどで、激しく撃たれ続けている白い建物。その周囲には兵士の死体が幾つも転がっている。囲んでいる方も死傷者は出ているのが見受けられたが、今は攻撃が一方的になっているようだ。


「よし、丁寧に挨拶してやるんだぞ」


 新居に言われ、傭兵達が取り囲むようにしてこっそりと展開し、遮蔽物に隠れ、三方向の敵のそれぞれのバックを取ったのが確認できた所で、銃を撃ち始める。


 無防備な後ろから一斉射撃を受けて、建物を攻撃していた兵士達は仰天とした。そして一方的に次々とやられていった。

 それを察知して、建物の中からも反撃が始まった。前後を挟まれた襲撃者達は、成す術なく、あっという間に全滅する。傭兵達には負傷者すら出ていない。


「話は聞いている。君達が傭兵学校十一期主席班だな。よく来てくれた」


 建物の中から将校と思われる人物が出てきて、礼を述べる。


 傭兵達は司令部の建物の中へと招かれ、一息つく。


「奴等は元解放軍で、今は侮蔑と怒りを込めてこう呼ばれている。賊軍とな。賊軍は政府軍よりずっとタチが悪い。政府軍は女子供老人といった非戦闘員まで殺そうとはしないが、賊軍は見境無く殺しにかかってくる。NGOも襲われる」


 ここの指揮官である将校が状況を説明する。


「何で元解放軍がそこまで凶暴化しているんだ?」

 サイモンが質問する。


「賊軍の頭目である男――ブババのせいだ。あいつはダイヤモンド鉱山や金鉱山やカカオ畑を掌中に収めている。賊軍はそのおこぼれでいい生活ができるうえに、武器を与えられ、殺し、奪い、犯せと命じられている。賊軍は贅沢ができる身分にも関わらずそんなことをしているのは、奴等にとって、ムスリムの政府軍もクリスチャンの解放軍も、どちらも敵だからだ。賊軍にいる者の多くは、争いで家族を失った者達だ。そのせいで、憎悪を煽られて破壊的になっている。さらには薬物を打たれて、憎悪を増幅させられているという噂さえある」


 指揮官の説明を聞いて、またとんでもない悪党が敵だと知り、真は嬉しささえ感じてしまった。殺しても心が痛まないどころか、すっとしそうな敵だ。


「ブババは貸切油田屋のエージェントという噂さえあるな。で、戦火拡大の戦争ビジネスをしている、と」

「軍産複合体という豚を肥え太らせるため、豚の餌を製造している業者みたいなもんか」


 新居と李磊が皮肉げに言う。


「賊軍のような存在は他にもいる。有名なのは『ロスト・パラダイム』だろう。今は弱体化したようだが、一時期の勢いは凄かったな。この国に来なくて助かった」

 と、指揮官。


「ロスト・パラダイムはその賊軍とやらより格段にタチが悪いし、比べものにならんだろ……」

「そうかもな」


 やや呆れ気味に言う新居に、指揮官は曖昧な笑みを浮かべていた。

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