第四十四章 23
ドバイで一週間程休暇を取った後、真達はアフリカの某国へと向かった。
アフリカの国々の国境が直線的なのは、ヨーロッパの国々が植民地支配した際の名残である。地理と歴史はこうして繋がっている。
二十一世紀末、西アフリカの一部、北アフリカと中央アフリカの大半の国々では、未だ紛争の只中にあった。
何故アフリカの多くの国がずっと貧しいままなのか? 何故多くの国が延々と戦争をし続けているのか? 日本人の多くの認識は、『昔欧米人達が植民地化や奴隷狩りをしたから』程度であろう。それはもちろん正しい。あるいはアフリカの人間達が、元々民度が低いからと、差別と侮蔑を込めて言い放つ者もいる。これも実は正しい。
ではどうしてはるか昔の植民地化が、植民地を脱した今に至るまでの戦争を引き起こしているのか?
植民地支配には様々な形式がある。日本の場合は植民地に投資するという形を取ったが、欧米諸国はアジアでもアフリカでも、分割統治という手法を取った。
分割統治とは何か? 簡単に言うと、支配されている者同士で憎しみあわせて争わせ、被支配者の憎悪の矛先が支配者へと向かないようにする、支配運営である。
相対させる方法も実にシンプルだ。特定の部族だけ優遇して格差を設ければよい。優遇した側を支配者層に据えるのも効果的だ。そうやって作られた対立構図は、ヨーロッパの殖民地支配が終わって百年以上経ってもなお、延々と続いている。
ではどうして民度が低いままなのか?
単純明快に教育がなされず、因習や保守的な思想に縛られているが故である。多くの者が即物的で、公徳心を持つ者が少ない。そのために、民の心も貧しいままで、国そのものも発展していかない。
もちろんアフリカの全ての国、全ての人間が、そういうわけではない。
例えばルワンダという国。その国の名を聞いただけで、日本人の多くは虐殺という単語を連想してしまうであろうが、百万人のジェノサイドがあった後、この国がどうなったかといえば、目覚しい経済成長を遂げ、政治家は汚職を働かなくなり、治安の良さは世界でも上位に位置し、アフリカの奇跡と呼ばれるに至った。
虐殺の傷を抱えながらも、国民全員が国を立て直そうという共通意識を抱くことで、非常に国民意識の高い国へと変貌を遂げたのである。分割統治の呪縛によって、フツ族とツチ族が対立し、虐殺へと発展したが、その後は分割統治の呪縛を解いたとも言える。
もちろんこれは稀有な例だが、植民地支配の時代から続く対立構図は、必ずしも延々と続くわけでもなく、その呪縛から脱する可能性も十分に有る。
しかし現実としては未だ、アフリカの多くの国々は紛争に明け暮れているし、植民地支配が終わった後もずっと、先進国が干渉してヘイトを煽り続けている。その狙いは、アフリカに眠る資源の獲得や、武器の輸出販売のためだ。
***
傭兵達は空港から車で移動し、途中で国境を二つほど越え、わりと大きめの都市に辿りつく。
都市といってもビルの類はほとんど建っていない。多くが土かレンガで作られた、せいぜい二階建てでの建物だ。
出来立てほやほやの国の首都の内戦。都市のあちこちに戦禍の爪跡が見受けられたが、この辺ではもう争いは起こっていないという。
「建国三年目にしていきなり内戦勃発とは、元気があってよろしい!」
新居が不謹慎極まりない冗談を飛ばし、兵士たちが笑う。
真のアフリカに対するイメージはあまりいいものではなかった。暑い、貧しい、飢餓、紛争。こんな所だ。
そのイメージは実際にアフリカの町を見て覆された。活気がある。笑顔が多い。特に子供達の笑顔が眩しい。戦時下の国とはとても思えない。
「わりと住人達に活気はあるな」
「貧しくて飢えている先入観あったが、そんなことはない。笑顔が多い」
「ここいらは平和だからだろ。戦地に行けば景色は全然変わる。今までだってそうだったろ」
「しかしインフラは最悪だな。見てみろよ、あれ」
「うわ……あんな汚い川の水飲んでるのか?」
町の様子を見て、傭兵達が口々に喋っている。
「どう見ても平和に見えるな」
真も他の傭兵達と同じ意見だった。
「ああ、戦場から外れて大分経つからだろう。復興も進んでいるようだし。一度平和になればこんなもんさ」
と、サイモン。似たようなパターンは幾つも見ている。
「しかしその裏で、人の心に傷は残っている事もあるから、気をつけろ」
サイモンに忠告されるも、何をどう気をつければいいか、真にはいまいちわからなかった。
この国では、植民地支配からの対立が未だ続いている。建国したはいいが、部族間での露骨な格差と、支配者側にいる部族が被支配者の部族への公約を尽く無視したために、不満が爆発して、あっという間に泥沼の内乱へと発展した。
ところが、解放軍と名乗って蜂起した者達が二分してしまい、その片方は、軍だけではなく、国民まで襲い始めたのである。英雄達は武器を手にして頭数が揃ったら盗賊になった。そして三つ巴の戦いとなってしまっている。
真達は解放軍のまだまともな方に雇われる形となる。すでにかなりの傭兵が、解放軍と共に戦っているらしい。
「解放軍はクリスチャン、政府軍はムスリムなんで、宗教戦争としての側面も強い。経緯を知れば、宗教抜きでも争っていたとわかるがな」
新居が解説する。
「同じ国に異なる宗教をもたらしたのも、欧米人らが対立を煽るために意図的に行ったんだろうな」
「はいはい、ごめんなさいねー。俺達欧米人の先祖がひどいことしまくってー」
李磊の台詞を聞いて、シャルルが髪の毛に隠れがちの奥の目を半眼にして棒読みの声を出す。
それからしばらくの間、傭兵達は町で自由行動となった。
町の子供達は、肌の色の違う異邦人に興味津々で、中には物怖じすることなくまとわりつく者達までいた。そうした子供達と、何人かの傭兵達は童心に返って遊んでいた。
真とジョニーは目抜き通りを歩いてまわり、町の様子を楽しんだ。特に買いたいものは見当たらない。山のように積まれた謎の果実に興味はあったが、買って食べてみるのも何となく怖い。
二人が傭兵達の待ち合わせ場所に戻ると、同じタイミングで新居も戻ってきた。
「おい、真、ジョニーっ、いいもの拾ったぞーっ」
新居が喜色満面で弾んだ声をかける。真とジョニーは猛烈に嫌な予感を覚える。新居は片手を腰に回して、拾った何かを隠している。
「ほらほら、コブラだ。そこに落ちてたんだ」
「うがあぁぁっ! て、てめーっ! ぶっ殺すぞ!」
鼻先に生きたコブラの頭を突きつけられ、ジョニーは仰天した後、怒号を発する。
「あはははっ、今の顔、超傑作。お前らも見たー? 見てなかったら人生損してるわ」
コブラの首を掴んだままおかしそうに爆笑する新居に、傭兵達は思いっきり苦笑いを浮かべていた。
「こ、この野郎……」
「そーれっ! コブラ爆弾!」
「おわぁああぁあ!」
コブラを顔面めがけて投げつけられ、ジョニーは思いっきりのけぞって尻餅をつく。幸いにもコブラはジョニーの横に着地し、逃げ去っていった。
「まるで悪戯っ子がそのまま大きくなったみたいだな」
こっちに来なくてよかったと思いつつ、真が新居を見ながら言った。
「あいつは昔からずっとあんな感じだよ」
真の隣にやってきた李磊が言う。
「お前はサイモンとも新居とも、傭兵になる前は会ってないんだよな?」
「ああ」
李磊に尋ねられ、真が訝りつつ頷く。
「新居とサイモンの知り合いの、雪岡純子とかいうマッドサイエンティストの紹介――か。どんな奴か気になって調べてみたが、中々とんでもない大物みたいだな。人体実験しまくりだとか」
「僕は改造されてないぞ」
探りを入れるかのように話す李磊に、少しだけ不快な気分になる真。
「別に詮索する気は無いけどね」
李磊が微笑みながら肩をすくめる。
「そのわりには調べてみたとか言ってるし、僕の前で話題に出してるじゃないか」
「いやあ……気になるのは、新居とサイモンが、雪岡純子とどういう繋がりなのかだよ。あの二人、傭兵学校に入る前――子供の頃からダチだったらしいしな」
「ここじゃ過去の詮索は御法度だろ?」
真のその言葉に、李磊は困り顔になって無精髭をいじりだす。
「ルールで決まっているわけじゃないさ。何となくの暗黙の了解みたいなもんだ。でもわりと過去の話とかしたがる奴もいるもんだよ」
「じゃあ、李磊は何で傭兵に?」
「うちが軍人の家系なんだよね。小さい頃から軍人になるためにみっちり仕込まれたが、俺はそれに反発するようになったんだよ。俺は自分の国の糞さ加減が、心底嫌になっちまったからね。糞ったれの党員共は、ハリボテの上っ皮を綺麗に飾るだけに腐心して、中身を見ようとはしない。おまけに考え方はいつまでも前時代的と来ている。そんな虚飾にまみれた権威権勢を振りかざす馬鹿共の言いなりになるのが、嫌で嫌で仕方なくて、それで気がついたら国外に飛び出していたってわけ」
「ようするにグレたわけか」
真の台詞に、李磊が破顔する。
「身も蓋も無く言うとそうなるね。お前さんは?」
「強くなるためって言っただろ?」
「目的無く強くなるっていう感じではないな。最強へのロマンや夢ではなく、目的があってそのために強さを求めているタイプと見た」
「守りたい奴がいるし、変えたい奴がいる。そして……」
「復讐か」
先回りして口にした李磊に言葉に、真は驚いた。李磊は無精髭をこすりながら、真を見下ろしてニヤニヤと笑っている。
「何となくそういう空気をお前さんから感じたよ。俺が最初お前を見て気に食わなかった理由の一つは、それもあったんだよね」
「復讐は李磊から見て、悪いことなのか?」
ストレートに問う真。
「悪いことってのも変な言い方だが……うーん……困ったね。何て答えればいいか。使い古された月並みな表現だが、復讐なんて虚しいもんだぞ。復讐でハッピーになった話なんて、マンガやラノベ以外で聞いたことないよ、俺は」
この時の李磊には、ひどく反発心を抱いた真であったが、その後雪岡研究所に訪れる復讐動機の改造志願者達を見て、彼の台詞が正しいものだと、思い知ることになる。
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