第四十四章 22
ラシッドの四挺の銃が一斉に火を吹く。
サイモンは溜息をついて、軽くステッブを踏みながら回避していくと、ラシッドに隙が見えたところで銃を撃った。
胸部を撃たれ、のけぞって倒れるラシッド。
「幾つも銃を持ったところで、見て、狙って撃つのは一人だろうが。それならガトリング砲でも持ち歩いた方がよほど脅威だぞ」
サイモンが呆れ気味の口調で言うと、倒れたラシッドに向けてさらに撃つ。今度は頭を狙った。
ラシッドは際どい所で転がって銃弾を避けたが、その転がったラシッドの後頭部を狙い、さらにもう一発撃つサイモン。
首の付け根から喉へと弾が穿ち抜け、ラシッドが血を吐き出す。それで勝負はついたように思われた。
「くごっ……ひょぉ……」
しかしまだラシッドは完全に死んではいない。最後の力を振り絞り、腰につるした手榴弾に手をかける。
サイモンはその動きもちゃんと見ていた。手榴弾へと伸びた手が撃ち抜かれる。
ラシッドの執念もそこで途絶えた。血を吐きながら体が痙攣しだす。白目を剥き、苦悶の形相で果てた。
「まだか」
横目で真とジョニーとオマルの戦いを見て、サイモンは呟く。あえて手出しはしないでおく。その必要も無い。真とジョニーが勝つとわかっていた。
***
(こいつはいつになく殺る気満々だな)
隣の真の殺気にあてられて、ジョニーは少し鼻白む。
(俺は後ろから支援に回った方がいいか。こいつの方が俺よリ腕が立つんだし)
言葉を交わさずとも、自然と己の適したポジションを決め、移動するジョニー。真もそんなジョニーの動きを意識して、自分もそれに合わせて動くつもりでいる。
オマルは依然として巨大な盾を持ち、盾に潜んで撃ってくる。真とジョニーからの銃撃も防がれてしまう一方で、オマルの盾から突き出た銃身は、狙いを定めるにも一苦労のように真達の目には映った。
銃身の向きがわかりやすいので、真は銃撃を避けながら、大きく横にそれて、オマルの側面へと回りこもうとする。
「むむっ!?」
オマルが真の動きに合わせて盾を動かす。
「あっ!?」
一方でジョニーが動いていないので、オマルは盾から露出した半身をジョニーに晒すことになる。
ジョニーがオマルを撃つ。オマルは盾を捨てて、慌てて転がりまわって回避する。
「馬鹿なのか……こいつ」
呆れながら呟くジョニー。
回避した直後の立ちあがろうとしたオマルに、真が銃口を向ける。
オマルはそれに反応し、中腰から一気にジャンプする。
「むっぐおぉっ!」
真の銃から撃たれた弾を肩と脇腹に食らい、オマルは悲痛な叫び声をあげた。
オマルは銃弾の衝撃にのけぞりながらも、真に向けて銃を撃つ。ほとんど苦し紛れの反撃だ。
そんなオマルに対し、真は冷静に銃口と撃つタイミングと殺気を見て避けていく。
ジョニーがさらにオマルに撃つ。真も撃つ。
オマルの足にジョニーの銃弾が当たる。防弾繊維は突き抜けなかったが、オマルは流石に分が悪いと見て、逃走を図った。
屋上の上から飛び降りるオマル。下にはジープが止まっているのも確認済みだ。車体に激しく体を打ちつけられるが、地面に激突よりはいい。
ジープが走り出す。ジーブがモーマイムと関係有るかどうかまではわからないので、真は撃つのを躊躇い、オマルの逃亡をそのまま見送った。
「はっ、上手くいったなァ、おい」
ジョニーが真に向かって手を伸ばし、拳を握って笑ってみせる。
真も無言で同様に拳を出し、ジョニーの拳と軽くかち合わせた。
真がサイモンとラシッドの方を向くと、すでに勝負はついていた。ラシッドはうつ伏せに倒れ、首を撃ちぬかれて死んでいる。
「下でも派手にドンパチしているようだし、援護するぞ」
「おうっ」
サイモンに促され、ジョニーと真は屋上からかすかに身を乗り出し、ホテル前で銃撃戦を行っているモーマイムの兵士達を撃ち始めた。サイモンは二人と少しずれた場所から、同様に射撃を開始した。
***
モーマイムとの戦闘はそう長くは続かなかった。
モーマイムの兵士達と戦ってみて、前回の南米のゲリラよりもはるかに熟練された動きをすると、傭兵達は感じていた。
しかし傭兵側が地の利を先に取った事が大きく作用し、戦いは一方的な展開となった。
モーマイムは無理な交戦を避け、犠牲が多く出ないうちに素早く撤退の判断を下して逃げていった。
「勝つには勝ったが、中々油断できない奴等だ。歴戦の兵と言っても過言じゃない」
「流石に米軍を退けただけはあるねー。何十年もここで戦い続けているってのも伊達じゃないよ」
戦闘終了後、ホテルのロビーにいる新居とシャルルは、自然と敵に対する称賛の言葉を口にしていた。
「名前挙げられて気をつけろと言われた二人組は、逆にがっかりする奴等だったぞ」
そこにサイモンがやってきて言う。真とジョニーも後ろにいる。
「あの六本腕、俺がやりたかったのになー」
「だから大したことなかったって」
「そりゃサイモンからすればそうなのかもしれないけどさー」
シャルルとサイモンが会話している最中に、新居はホテルの従業員を見つけ、捕まえに行く。
「オーナーを出せ!」
精一杯ドスを利かせたつもりの声を発する新居だが、地声が高いのでいまいちだ。しかし従業員は、相手が先程まで銃撃戦を展開していた傭兵だと知っているため、震えながらインターホンでオーナーを呼ぶ。
「アンドリュー、取り押さえろ」
新居の指示に従い、アンドリューは現れたオーナーを後ろから羽交い絞めにした。
「あ~ん、このおじさま、体臭がとてもかぐわしいわ~ん。体毛も程よく濃いし~」
首筋を嗅ぎながら気持ちの悪いことを口にするアンドリューに、オーナーが震え上がる。
「お前がここの場所をチクったんだよな。いや、お前もモーマイムの一員なのかな?」
「な、何の話だっ!」
険悪な表情で問う新居に、オーナーは恐怖を露にする。
「テロ上等な奴等が、さっさとグレネードなり無反動砲なりぶちこんで片付ければよかったのに、お行儀よく銃を引っさげて乗り込んできて交戦てのは、そういうことだ。ホテルを破壊されたくなかったからだ。流石に同志には気遣うってわけだ」
新居の言葉を聞き、オーナーは息を飲む。
「正直に吐け。さもないと、今お前を押さえている奴が、お前のズボンを脱がし、お前のイチモツを生で貪り食う。そいつはおペニペニ喰らいのアンドリューといって、これまで何十人もの男根を食いちぎってきた変態魔人だ」
「ちょっと~、いくらなんでもひどいわよ~。私そんなことしないから~」
「人がせっかく脅迫してるのに、お前は少し話を合わせる努力をしろっ!」
抗議して否定するアンドリューに、新居が苛立たしげに喚いた。
「とりあえず、素直に認めたうえで、こちらの言うことに従うなら、殺しはしねーよ。シラを切るなら……」
新居が大振りのサバイバルナイフを抜く。刃に光がぎらぎらと反射し、オーナーは冷や汗を垂らす。
「そ、そうだ……。私が通報した。しかし私はモーマイムの者ではない。あくまでシンパの一人だ」
観念したオーナーが認める。
「俺達、あっさりと正体バレてたわけか。現地人に変装するかね?」
李磊が言ったが、新居は首を横に振る。
「面倒臭いし必要ねーわ。どうせこっちも奴等の居場所を知ってるし、今からさっさと攻め込めばいい。それより……こいつは使えるな」
新居がオーナーを見たまま、意地悪い笑みを広げた。
「俺達が拠点に着いた所で、こいつに偽情報流させよう。二人ほどここに残して、こいつの見張りだ」
「じゃあ私が見張りをするわ~ん。オーナーをこのまま抱っこして、見張り続けておくわ~ん」
「俺も負傷して動けそうにないから見張りに回る」
アンドリューと、足を撃たれた傭兵カールが申し出た。
「そんなわけで、行くぞ」
新居の命に従い、傭兵達は武器を取り、モーマイムの幹部が潜伏する場所へと向かうため、ホテルを後にした。
***
モーマイムの幹部であるハザムは、傭兵達が潜伏しているホテルへの襲撃が失敗した報告を受け、次の手をどうするか思索していた。
ただ敗走しただけではなく、オマルが負傷し、ラシッドが殺されたという事実を、ハザムは重く受け止める。敵は相当な手練だ。生半可な手では通じない。
いろいろ考えていると、傭兵らが泊まっていたホテルのオーナーから電話があった。
『奴等の会話を盗み聞きしたところ、そちらの拠点の場所も把握しているようです。別働隊がビルに爆弾を仕掛け、倒壊させるつもりだとか』
「空爆が駄目なら、爆弾を仕掛けてビルを破壊はありだというのか。馬鹿馬鹿しいっ」
オーナーの報告を聞いて、ハザムは見当違いなことを吐き捨てていた。
『彼等の会話は断片的にしか耳に入らなかったので、もう爆弾を仕掛けられている可能性もあります』
「わかった。情報の提供を感謝する」
いつ爆殺されてもおかしくない危険な状況であると認め、ハザムは部下達にこの話を伝えると、全員に速やかにアジトを引き払うことを命じた。
ハザム他何名かの兵士達がアジトを出て、車に乗り込もうとした所で、一斉に射撃が開始された。
ハザム以外の全ての兵士が倒れる。ハザムがアジトに戻ろうと振り返った瞬間、ハザムの両脚の膝の裏を、同じタイミングで撃たれ、ハザムは転倒する。
アジトにまだ残っている兵士達は、迂闊に出ようとはしない。ハザムより先に出た兵士達は、車を走らせてしばらくした所で、車が爆破されていた。
「あっさりひっかかりやがって。馬鹿は扱いが楽で助かるわ」
うつ伏せに倒れたハザムの前に、一人の男がニヤニヤと笑いながら現れる。新居だった。
しゃがみこみ、ハザムの頭に拳銃を押し当てる新居。
「俺のダチを殺したらしいし、こいつは許せねーなー。私怨で俺が直にブッ殺してやんよ」
「ふっ……ふふふふ、あははははっ!」
新居のその台詞を聞いて、ハザムは精一杯強がって笑ってみせた。
殺されたダチとやらはきっと、自分が部屋に飾っている髑髏の誰かであろうと、ハザムはそう直感した。それがおかしくて――いや、せめてもの負け惜しみで、それがおかしいことにして、虚勢を張るかのように笑ってやった。
「お前のダチの名は?」
ハザムが問うが、新居は答えない。
「ははははは、俺の部屋を見てみろよ。きっとお前のダチがいるぞ。俺のコレクショ……」
言葉途中に新居がハザムの頭を撃ちぬいた。
「糞虫の言葉なんてわかんねーや。俺は人間様なんでね」
吐き捨てると、新居は立ち上がる。
「任務達成だ。標的は仕留めたが、この国にはまだまだモーマイムとそのシンパが数多く潜んでいる。いつ報復にあってもおかしくないし、さっさとこの国を出る。この間の中南米の反政府ゲリラよりずっとヤバい。この国そのものが敵だらけみたいなもんだ」
新居が傭兵達に向かって告げる。元々幹部拠点一個潰したら、すぐに出るつもりでいた。そういう契約でもあった。
傭兵達が一斉に車に乗り込み、移動を開始する。ただし、車ごとにルートは別々だ。一箇所に固まって移動して一網打尽にすることも警戒していた。
「それにしてもここん所、やたらあちこちに移動しまくるね」
車を運転しながらシャルルが言う。
「だよな。もっと腰据えて、同じ場所で戦ってもいいんじゃない? もちろんずーっと同じ場所でも飽きるけど。ここ最近は移動しすぎなような」
助手席の李磊が同意し、後部座席にいる新居をバックミラー越しに見る。
「前回はローガン大尉の都合もあったし、今回のモーマイムはまあ移動が早くても仕方なかったけどねー」
と、シャルル。
「ちゃんと理由がある。ま、そのうち理由は話す」
新居が気の抜けた声で言った。
「何よ~。理由を教えてよ~」
ホテルに寄った途中で回収したアンドリューが不満げな声を出す。
「しゃーない……教えるか……」
新居の口から発せられた、短期間にやたらころころ戦場を変える理由を聞いて、シャルルとアンドリューは絶句した。李磊は何となくだが、そうではないかと思っていたので、あまり驚かなかった。
「もっと早くに言ってほしかったねえ。あの時、あいつが死んだ時点でさ」
「まったくよ~」
「すまんこ」
文句を口にするシャルルとアンドリューに、新居は珍しく素直に謝罪した。
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