第四十四章 25

 真、ジョニー、シャルルの三人は、町に買い物へと向かった。主に今夜の夕食が目当てだ。


「食料品支給ではなく、食費やるから買ってこいってのは珍しいね」

 歩きながらシャルルが言う。


「きっとあれだ。この町の飯は美味いから食ってみろっていう粋な計らいだわ」

「そうだといいけどねー」


 ジョニーが微笑みながら言ったが、シャルルは嫌な予感を覚えて微苦笑をこぼしていた。


 果たしてシャルルの予感は当たった。

 食料品売り場に行くと、ありとあらゆる臭いが漂ってきた。路上には露店が並び、ありとあらゆる食料品が売られているが、食欲がそそられるものはない。


「肉の臭いがぷんぷん漂ってきてすごいな」

「たかっている蝿の数も凄まじいねー」

「焼いて調味料かけて食えば一緒だろう。買おうぜ……」


 真、シャルル、ジョニーが言う。特に食欲を失わせるのはこの異常な数の蝿だ。

 肉も野菜も、くたびれた印象がある。瑞々しく映る果物もあったが、見たことのない得体の知れない形状の代物ばかりで、手を出しづらい。


「あ、これ知ってる。バオバブだ」


 真が薄汚れた黄緑の大きな実を指して言った。昔テレビで見たことがある。


「片手じゃ収まりきらないでかさだな」


 ジョニーがバオバブの実を手に取って呟く。


「ジョニーが気に入ったみたいだし、これも幾つか買っていこう」

「別に気に入ってねーよ」


 真の言葉を聞いて、ジョニーが笑いながら、バオバブの実で真の頭をこつんと軽く叩く。


「どれもこれも安いのは助かるな」

 と、真。


「あれを見ろよ。何してやがんだ、あれは」


 ジョニーが指差した方向では、首を切り落とし、毛を刈り取った羊が逆さに吊るされて、バーナーであぶられていた。


「ああ、あれは俺知ってる。スモーキーって言ってね。老いた羊の毛を刈り、表面をバーナーで焼いて黒こげにする料理だ」

 シャルルが解説する。


「焼く時に内臓は抜き取らない。肉に煙の風味がつくんだ。もちろん黒こげは後で洗うよ。ヨーロッパじゃ禁止されてるけどね。だからヨーロッパにいるアフリカからの移民は、スモーキーを恋しがってたりするんだよー」

「何で禁止されてるんだ?」


 ジョニーが尋ねる。


「羊の表面にいろんな病原菌がいて、その中には致死性の高いヤバいのもいる。バーナーの火で大抵死ぬけど、バクテリアが死滅しきらない可能性もあるんだってさ。内蔵も最初に取り除かないから、ここにも細菌が残っているかもしれないし」

「なるほど……」


 なるほどとは言ってみたものの、ジョニーにはあまりその理屈が理解できなかった。


 帰る途中、ドンパチがまた始まったようで、どこからか銃声が響いてくる。

 武器は持ってきたが、三人で戦うかどうかは躊躇する所だ。敵の数もわからない。


「一応、行くだけ行ってみよう」

 真が言う。


「そうだね。危なくなったら逃げればいいし」

「おうよ。買った物も死守しねーとな」


 シャルルとジョニーが応じて、銃声のした場所へ向かおうとしたが――


「あっちは行かない方がいい。今兵隊さん達が行っても、もうどうにもならない。後の祭りだし、兵隊さんの姿がやつらに確認されれば、奴等が引き返してまた暴れるかもしれない。だからこの先には行かないでくれ」


 老人が手を上げて真達を制する。


「何があったんだ?」

 真が老人に尋ねる。


「賊軍がバイクを走らせながら、住宅に片っ端から手榴弾を投げ込んでいるんだ。奴等の常套手段だよ。あいつらが走り去った後は、何軒もの住宅が吹っ飛んでいる。中にいる家族ごとな」


 物悲しそうに語る老人に、シャルルとジョニーが渋い表情になる。


「すげー町だな。俺が育った街でもドンパチはたまに起こったが、だがよ……」

「言いたいことはわかるよ。僕が育った安楽市も似たようなもんだったが、それはあくまで筋者同士での抗争だ」

「ああ……ここの賊軍とやらは、積極的に市民を狙って殺しにかかってるもんなあ」

「そこまでするに至る感覚がわからない」


 ジョニーと真が話している所に、シャルルは「漫画ではよくあること」と言いたかったが、言える雰囲気ではないので自重しておいた。


「街中を走っているかもしれないし、見つからないように、裏路地を通って近道して帰ろう」


 シャルルに促され、三人は裏通りへと入る。


 裏通りに入ると、胸が軋む光景を目にした。道の隅に、まだ三歳か四歳の子供が、体の三分の一くらいを失って転がっている。もちろん死んでいる。大量の蝿がたかり、蛆も沸きまくっている。


「おーう……真と俺が今まで回った中で、ここが一番ひでーんじゃねーか? シャルルはもっと酷いのは見たことあるか?」


 ジョニーがシャルルに尋ねる。


「メキシコで四ヶ月ほど自警団に雇われた時かなあ。自警団と麻薬カルテルとの戦闘が激しくなって、カルテルは報復に女子供まで殺しまくったよ。正直ここより酷かったねえ。何しろ女子供を惨たらしく殺す様を、笑いながら撮影して、その様子をネットに上げまくってたからね」

「ああ……それ少し見た。あまり言いたくねーけど、俺が所属していた組織も、その辺の麻薬カルテルと繋がってたぜ」


 シャルルの話を聞いて、ジョニーが顔をしかめた。


「メキシコでは警察や軍だけではどうにもならなくて、自警団が組織され、傭兵まで雇われるほどになったけど、その自警団が新たな麻薬組織になりだしかねないとか、麻薬カルテルと繋がっているとか、そんな報道がされてねー。自警団も叩かれだした。で、その報道したテレビ局の社長はちゃっかり麻薬カルテルと癒着してて、それがバレたからさあ大変。一家で亡命しようと空港に向かった所を、そこら中の町の自警団が何百人も集まって包囲して、あっさり捕まって、一家まとめて皆殺しにあったよー」

「ははっ、すかっとする話だな」

「そいつだけ殺すならまだしも、家族も殺されて、すかっとしたのか?」


 シャルルの話を聞いて、ジョニーが朗らかに笑うが、真が咎めるように言った。


「ああん? 同罪だと思うぜ? そいつの稼いだ汚い金で贅沢な暮らしをしていたんだし。法的に無罪でも、人の心はそれが許されざる罪とされたからこそ、罰が下ったんだろうよっ」

「その家族がどういう人間かはわからないだろうに。家族全員、そのテレビ局の社長と同様の屑なら、殺されてもいいけど、ただ家族だからという理由で巻き添えにされたんだろ」

「うーん……言われてみればそうか……。でもやっばりすかっとする話だわっ。それが俺の正直な気持ちだっ」


 真の理屈も理解したうえで、感情に正直になるジョニー。


「俺に言わせれば、家族を殺したのは自警団ではなく、その馬鹿社長だけどねー」


 シャルルが皮肉っぽく言う。


「それはともかく、二人共さ、今回はずっと気を抜かないよう気をつけておいてよ。街そのものが戦闘発生地帯のド真ん中だからね。戦場と、戦場から離れた安全区域、この違いはわかるよね? ここは前者だよ。街中にいるとうっかり忘れちゃいそうだけど、くれぐれも意識し続けておいてね」

「この前もこの前もそうだった気がするけどな。まあ今回はさらに酷いと受け取っておく」


 シャルルの注意を聞いて、真が言った。


***


 傭兵達に与えられた最初の任務は、一ヶ月間のNGOの護衛だった。


「たった一ヶ月でいいのか」

「空白の時間の穴埋め要員だからな」

「俺達の仕事は元々護衛だったわけじゃないだろう。人手が足りなくてそっちにあてたんだな」

「一ヶ月後には国連治安維持部隊がやってきて、護衛を引き継ぐってよ」

「最近じゃあ国連軍が、NGOの護衛もするようになったのかー」


 任務を聞いた傭兵達が喋りあう。


「コレラを持ち込んで一万人以上もの犠牲者を出したり、物資の支援と引き換えに被災者のレイプを楽しんだりする、あの国連軍が守ってくれるわけだ。まったくもって頼もしいよなっ。なっ? あははははっ」


 新居が場違いな不謹慎ジョークを飛ばして一人で笑い、空気を重くしていた。


 NGOは各地の集落や村に行くので、移動の際も、診療や食料の配布の際にも護衛をする。


「君達の評判をあてにして任す重要な任務だ。彼等を絶対に守り通してくれ」


 傭兵達を前にして、指揮官が告げる。


「了解。NGOまで狙うなんてとことん屑だな。その任務が終わったら賊軍の頭目ブババとやらを殺す任務を与えてくれ。それが一番てっとり早いだろ」


 新居が言うと、指揮官は困り顔になる。


「どこにいるかわかればな。巧みに隠れ続けているし、現時点では無理な話だ」


 頭目に依存しきったワンマン運営であるが故、頭目さえ殺害してしまえば組織も崩壊するように思えたが、頭目自身もそれはわかっているから、人前には出ることなく、隠れ続けるというわけだ。


「賊軍は一枚岩の組織とは言いがたい。刹那的かつ即物的な連中が集まって、ウサ晴らしに暴れているという面もあるし、賊軍をそんな状態にしたことを、快く思っていない者もいるという話だ」

「ふーむ……」


 指揮官のその話を聞いて、新居は思案する。

 そして何やら指揮官に耳打ちをしはじめる。


「大丈夫か?」

「任せろって」


 懐疑的な指揮官に、にやりと笑う新居。何を話したのか、傭兵達には当然わからない。


「あのさ、俺今から何日かサボらせてもらうわ。指揮はサイモンに任す」


 傭兵達の方を向いて新居が言った。


「何を企んでるんだ?」

 サイモンが問う。


「秘密。上手くいったら、俺を褒めることを許してつかわす」


 尊大な口調で告げる新居に、傭兵達は不安を覚えていた。

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