第四十四章 19

 芥子畑を焼却し、帰還した傭兵達はまた街で休暇となった。

 傭兵達が相変わらず昼間から、酒場の一階で飲んでいると、地元住人である老人達が管を巻いており、真とサイモンとシャルルの三人だけがその会話を聞いていた。同じテーブルの席にいるジョニーとアンドリューは酔いが回って、耳に入っていない。李磊はトイレだった。新居は元からいない。


「タバコだけじゃねー。医者に酒まで禁止されちまったよ。何を楽しみに生きていけってんだよ」

「そう言いつつも、生きていくためにはやめざるをえないだろ。死ぬわけにもいかねーし。って、禁止されているってえのに、こんな所に来てしっかり飲んでるじゃねーか」

「一杯だけだよ。一杯だけ」

「それ、二杯目だぞ」

「二杯までなら平気だよ」


 老人の会話を聞いたサイモンが、小さく息を吐く。


「断ち切る意志の強さを持っている奴はそう多くない」


 サイモンがぽつりと呟き、グラスを呷る。


「ほーら、真ももっと飲みなさいよ~」

「ほどほどにしとくよ」


 アンドリューが空になった真のグラスにテキーラを注ごうとしたが、真はグラスを引っ込めてやんわりと拒絶した。


「何よー。ここは無礼講よ~」

「未成年の酒の飲みすぎは不味い。何でどこの国でも未成年の飲酒を禁じているのか、わからないのか? 習ってないのか?」


 トイレから帰ってきた李磊が、アンドリューをたしなめる。


「知らないわ~ん」

「体が成長期だから、脳にも内臓にも悪影響が強いから、酒は控えめにしないといけない」


 真の言葉は純子の受け売りであったが、それは守るつもりでいる。


「そういうことだな。倫理以前の問題さ。依存症にもなりやすい。そして分量の判断もできない。餓鬼だからってチヤホヤ甘やかす傾向は嫌いだが、飲酒喫煙に関しては厳しくしておいた方がいいんだよ」


 真の方を見て、李磊が顎を撫でながら微笑む。


「それなら何で今は飲ませてるのよ~」

 アンドリューが問う。


「分量さえ守れば、未成年の飲酒も構わないし、俺達が保護者代わりで監視も出来てるでしょ。監視下の飲酒なら構わないさ。融通の利かない倫理馬鹿と正義馬鹿は、小便と一緒に流しておけばいいよ」

 と、李磊。


「小便が嫌がるね。そんなもんと一緒にされるのは」

「違いない」


 サイモンが冗談めかすと、李磊が笑顔でグラスを呷った。


「まあ真面目な話、酒の飲ませ方は親でも教師でもいいから、ちゃんと未成年のうちに、監督下に置いたうえで、教えた方がいいと思うねー。そうすりゃ俺のダチみたいに、急性アルコール中毒で死ぬ馬鹿もいないだろうし」

 シャルルが言った。


「そいつも東洋人だったが、どうも東洋人は体質的に酒に弱いみたいだわ。それなのに十六になって飲酒解禁で、はしゃいで飲みまくり、死んじまったよ」

「フランスは十六歳でいいのか……」


 驚く真。


「ヨーロッパは大体そうだよ。ネグロイドとコーカソイドで酒に弱い奴は少ないよ。全然いないってこともないけど。モンゴロイドだけ、酒に弱い人が凄く多いらしいね」


 と、シャルル。後で知ったが、日本人の四割が酒に弱いということだ。遺伝的に代謝能力が乏しいのだとか。


「ジョニーは……昼間から飲みすぎじゃないか?」


 李磊が、真の隣で無言で飲みまくっているジョニーに声をかける。いくら酒に強いといっても、かなりのペースで、アルコール度数の強いウォツカを飲んでいる。


「昨夜も飲みまくってたのにな。やっぱりお前、子供殺しのあれが響いているんじゃないか?」

 サイモンが声をかける。


「ああ。昨日夢に見ちまった。泣きながら飛び起きちまったよ。ははは。真にはばっちりと見られちまったがな」


 酔いも手伝って、ジョニーは突っ伏したまま言った。


「結局俺、弱いままなのか……。屑のままなのか……」

 悔しげに涙声を漏らすジョニー。


「初日にノーマンが俺を助けようとして死んだ。似たようなことがここに来る前にもあった。餓鬼の頃から俺に目をかけてくれた古参幹部の爺さんがよ……。俺はそれでギャングに嫌気がさして、本物の男になりたくて、戦場に来たってのに、しょっぱなから似たようなことがあった。うんざりだぜ……」

「明日、サイモンとシャルルに鍛えてもらう予定なんだが、ジョニーも一緒にどうだ?」


 愚痴るジョニーに、真が誘う。


「少しは気分転換になるだろ。ああ、サイモンとシャルルがよければ、だけど」

「そんな言われ方してジョニーだけ駄目とか、そんなイジメみたいなことできないでしょー」


 シャルルが微苦笑を浮かべる。


「お、おう……こんな餓鬼に気遣われちまって……。へへへ……どういうリアクションしたらいいかわかんねー……」


 テーブルに突っ伏したまま、ジョニーが照れ笑いを浮かべる。

 ふと真は、先日の占い師の話を思い出した。ジョニーの占い結果を。


(あれのせいで、僕のジョニーに対する見方が変な方向にシフトしてしまっている)


 そういう扱いをした方がいいのではないかと、そんな風に考えている真であった。


「ローガン大尉、少佐に昇進できそうなんだとよ」


 そこに新居がやってきて報告する。


「そりゃめでたい。ああいう公明正大な人こそ、どんどん偉くなってほしいもんだよねー。下の者も安心して働けるし」


 シャルルの発言はもちろん嫌味であり皮肉だった。


「出世欲の強い狸ではあるが、公明正大なのも確かみたいだ。正規軍の兵士にいろいろ聞いたよ。結構下の者達から慕われているらしい」


 一方新居は、ローガンへの認識を大分改めていた。


「もっとも、どこの世界でも、ああいう御仁は下手に出世せず、現場に近いポジションの方が助かる面もあるけどな」

「だな」


 新居の言葉に、李磊が同意した。


***


 翌日、真とジョニーは、シャルルとサイモンから訓練を施されるため、町外れの空き地に来ていた。

 シャルルには、バトルクリーチャーをも屠った超音波振動鋼線の扱いを教わることになった。


「つーかさ、シャルルはこれをどこで教わったんだ?」

 ジョニーが尋ねる。


「独学だよー。漫画でよくあるじゃない。切れる糸使い」

「漫画……」

「俺はいろんな技や能力身につけてるけど、それらは全部漫画を見て我流で会得した代物なんだよねー。子供の頃からバトルマンガが大好きで、必死になって真似しまくって、覚えようとしたら実際覚えちゃったんだ」

「いろいろとすげえ……」


 呆れと驚きと感心がごちゃ混ぜになるジョニー。真も表面にこそ出さないが、ジョニーと同じ印象を受けていた。


 三時間ほど、鋼線を扱うコツを教わっていた二人であるが、ジョニーは中々コツを覚えなかった。


「ジョニーは手の振りがいつも速すぎるんだよね。緩急をつけるんだ。ボクシングやってたんでしょー?」

「お、おう……」


 シャルルの指示に従い、必死に鋼線の先についた錘を振り回すが、上手く行かない。


「ジョニーはこっちの方がいいかなあ」


 諦め気味に、シャルルが長く透明な針を出してみせる。


「これで瞬間的に急所を突く。ジョニーには合ってると思う」

「お、おう。やってみる」


 シャルルの見立て通り、針の使い方はすぐに習得したジョニーであった。真も同様に針の扱いを倣ったが、互いに針を使った真との模擬戦では、真に勝る動きをしていた。


「おっし、真に勝ったぜっ」

「真に勝つと嬉しいのか?」


 拳を握り締めるジョニーに、それまで読書をして出番まで時間を潰していたサイモンが、笑顔で声をかける。


「そりゃ同期だし、いつもつるんでるし、なのにこいつはいろいろと目かけられているみたいで、ちょっとコンプレックスな感じだったし、事実優秀だし、対抗心あるに決まってるぜ」


 強面にやんちゃな笑みを広げて言い切るジョニー。


「そろそろ昼御飯行こうかー」

 シャルルが言った。


「飯の後は俺な。俺、四時間以上待ちぼうけだし、そろそろ交代してくれ」

「ごめんごめん。終わったら呼び出す形の方がよかったね」


 サイモンの要求に、シャルルが申し訳無さそうに言った。


 昼食後はサイモンの指導となった。


「瞬間的に潜在能力のリミッターを外す技を教えてやろう」

「何それ? 超能力?」


 サイモンの言葉を受け、ジョニーが胡散臭そうな顔になる。


「こいつは別に特殊能力でも術でもない。純粋な技だ。とりあえず見せてやるかな」


 言うなりサイモンが高速でダッシュをかけ、真、ジョニーの前を通り過ぎるなり、二人を吹き飛ばした。


「は?」


 仰向けに倒れたジョニーは、何が起こったかわからなかった。


「俺は見ての通り小さい体だからな。それを補おうといろいろ苦心している間に、こいつを習得していたのさ」


 倒れた真とジョニーを見下ろして、サイモンが告げた。


「人間はもてる力をフルに発揮できないように、リミッターがついているって知ってるか? 潜在能力って奴だが、それは危機的状況に陥った際にリミッターが外れるようになっている。いわゆる火事場のクソ力だな」


 サイモンが解説しながら真に手を差し伸べる。真は自分で起き上がろうとしたが、彼は無理矢理真の二の腕を掴むと、一気に真の体を引き起こした。


「それを自由に引き出す技か。それこそ漫画みたいだな」


 ジョニーは自分で起き上がりながら言った。


「科学的に利にかなった技だ。ほんの数秒だし、続けて使うことはできんがな。それをよりコントロールするには訓練がいるな。ちと覚悟がいるぞ? 少し加減を誤れば死ぬかもしれん。やらなければよかったと後悔するかもな」

「修練で習得できる純粋な技というのなら大歓迎だよ。おかしな能力やら術やら改造手術でなければな」


 真が言いながら、頭の中で不敵な笑みを浮かべる自分を想像する。


「トリガーはイメージであり、精神だ。火事場の馬鹿力は危機的状況に反応して発生する。そのイメージのトリガーと重ね、体とリンクさせろ」


 サイモンがそう前置きした後、通常に組み手を行う。組み手の中で、サイモンが真やジョニーを追い詰めることで、覚醒させる狙いだった。


 一時間後、真があっさりと会得したのを見て、サイモンとジョニーは真の想像力と飲み込みの速さに舌を巻く。


 ジョニーはというと、結局サイモンの技は会得できずに一日を終えた。


「ま、俺の針だけでも扱いこなせるようになったんだからさー」


 シャルルが落ち込んでいるジョニーを慰める。


「俺も昔は才能をやっかまれる立場だったのに、今はやっかむ立場かよ」


 真を見てジョニーは笑いながら言う。言葉とは裏腹に、本気で嫉妬しているというわけでもない。


 真にとってはこの一日は、非常に有意義なものであり、己の運命をも左右するほどの代物となった。その後、シャルルとサイモンに教わった技で、幾度となく窮地を切り抜ける事ができたのだから。

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