第四十四章 18

 迫撃砲を撃っているのは敵ゲリラだけではない。正規軍兵士と傭兵達も撃っている。


 辺り一面には、子供達の無残な死体が転がっている。いや、中には散らばっているものもある。

 死体の幾つかは、人間の死体というよりも、大きなゴム人形のように、真の目には映っていた。爆風によって吹き飛ばされ、体のあちこちがちぎれて、おかしな角度にぐにゃぐにゃと捻じ曲がっているおかげで、ついさっきまで生きていた人間の子供とは思えない有様なのだ。


(一人残らず殺してやる。お前達をこんな風に死なせた奴等を)


 冷たく静かな怒りが、真を支配していた。誓いと決意と殺意が一緒くたになり、真はひたすら小銃を撃ち続け、殺し続ける。向かってくる子供達を殺す一方で、何とか隙をついて、たまに岩陰から見える、ゲリラの兵士に銃を当てようとするが、中々上手くいかない。


 敵味方の被害が増えていく中、敵の攻撃が次第に弱まってきたと、真は感じる。


(このままもう少し頑張ればいけるか?)


 そう思った矢先、正規軍兵士達を凍りつかせる音が、空に響いた。

 それはかつて、歩兵にとっては悪夢の存在であった。装甲に守られ、空を高速で飛びまわり、地上に向かって一方的に弾を吐き出して、死体の山を作る存在。


「ヘリか。馬鹿じゃねーの」


 空を舞う戦闘ヘリコプターを見上げ、新居が嘲笑と共に吐き捨てる。


 前世紀においては、歩兵にとって死神のような存在であった戦闘ヘリであるが、地対空ミサイルの性能がどんどん発達し、簡単に落とされてしまうようになってからというもの、戦闘ヘリ自体が戦場から次第に消えていった。

 何しろ製造にひどく金はかかるのに、簡単に落とされてしまうのだから話にならない。今世紀初頭に流行った、プレデターのような攻撃型ドローンの台頭も、戦闘ヘリの出番の喪失に拍車をかけた。

 時代錯誤な兵器として出番を失くした戦闘ヘリであるが、安値で売り飛ばされ、貧しい小国内で発生する紛争地帯において、バトルクリーチャーと共に、貧者の兵器の一つとして活躍する事もままある。

 また、ドローン規制の風潮を作ったアメリカは、一周回って再びアパッチを飛ばすようになっているようだ。しかしこれは世界の潮流からは外れているし、米軍とて積極的に用いることもない。


 戦闘ヘリの登場に、地対空ミサイルなど持ってきていない正規軍兵士達は成す術が無いため、恐怖していたが、傭兵達は別だった。今までにも何度も御目にかかっているので、携帯式対空ミサイルも持ち運んでいる。


 戦闘ヘリが攻撃に移るより先に、新居がスティンガーミサイルを発射し、ヘリをあっさりと撃ち落とした。正規軍兵士達から歓声が上がる。


 その後は総崩れだった。突撃させられている子供の兵士達もいなくなり、岩陰に潜んだゲリラ兵達も迫撃砲の直撃を受け、少しずつ数を減らしていく。

 やがて残ったゲリラ達はシャツを銃の先につけて白旗代わりにして振り回し、武器を捨てて投降してきた。傭兵と正規軍の銃撃も止む。


「こいつら、どうするつもりだ?」


 頭に両手を回して膝をつく投降兵六名を前にして、新居がローガンに伺う。


「君はどうしたい?」


 怒りを押し殺した冷たい眼差しをゲリラ兵に注ぎながら、ローガンは逆に問い返す。


 新居は無言でゲリラの一人の頭を撃った。横向きに倒れる同胞を見て、他の五人が硬直する。


「こうしたい」


 ローガンを見て、静かに言い放つ新居。


「奇遇だな。私もそうするつもりだった」


 眉一つ動かさずにローガンが言うと、他のゲリラ達を一人ずつ撃ち殺していく。


「苦しめて殺すような悪趣味さは持ち合わせてないんでね。悪いがさっさと殺させてもらったよ」

「そりゃあな、指揮官がサディストとか部下が引いちまうもんな」


 ローガンの言葉を聞いて、新居は皮肉っぽく笑う。


「ひどすぎる……あんまりだ」

「あいつら人間じゃない」


 そこかしこに散らばる子供達の遺体を前にして、正規軍兵士達は怒りに身を震わせていた。泣いている者もいる。子供達を死地に追いやったのは敵ゲリラだが、実際に引き金を引いて殺したのは自分達という事を、強く意識してしまっている者も多いようだ。


「あんたの部下――PTSDになりそうな奴も結構いるだろうし、時間を潰してでも、後で対処した方がいいかもな」

「そうだな。気遣い感謝する」


 新居の言葉を受け、ローガンは短く礼を述べると、兵士達に声をかけた。


「この子達を野晒しにしておくのは胸が痛むが、今は時間が無い。任務の達成を優先する。任務を終えたら、この子達を埋葬しにここに戻る」


 ローガンの言葉を受け、正規軍兵士達の表情が引き締まる。


「埋葬しただけで心の傷は埋まるか?」

「まあ何人かは当分メンタルクリニック通いだろ。重傷ならそのまま引退コースかな」


 ひそひそと囁きあうサイモンと新居。ふと、その二人の視線が真の方へと向かう。


「お前もPTSDになるか?」


 真の側にやってきたサイモンが、笑顔でからかう。


「大丈夫だ」


 いつも通りの無表情で答える真であったが、内心は穏やかではない。この間の人間畑といい、無理矢理戦わされている子供の兵士といい、敵ゲリラのやり口に対し、怒りと――そして同じ人間の所業であるという事に対する、絶望にも似た感情が渦巻いていた。


「お前もお子ちゃまだけど、餓鬼の兵士なんて特に珍しいもんでもないぞ。こういうことは今後もあると思っておいた方がいい」


 真の肩に手を置き、サイモンが優しい声音で言う。


「珍しくないってのかよ……これが」


 サイモンの台詞を聞いたジョニーが、思いっきり顔をしかめて呻く。


「結構キツいぜ、これ」

「辞めたくなったか? 辞めても別にチキンとは思わんぞ。キツいのは事実だ」


 ジョニーの方を見てサイモンが告げる。相変わらずの優しい声音で。


「はっ、ヘタれてんのかー? とっとと辞めろチキン野郎」


 少し離れた所から、新居がジョニーをからかう。


「俺は平気だけど、真は大丈夫なのかなーって、ちょっと心配だわ」

「僕は大丈夫だよ。ジョニーは顔が青いから、帰ったらクリニック行った方がいいと思うけど」

「言うようになったじゃねーか」


 ジョニーが真を見下ろして言ったので、真が言い返してやると、ジョニーは小さく微笑んだ。


***


 その後も道沿いに岩山を移動していくと、山の向こう側に芥子畑が広がっていた。

 兵士達は警戒したが、襲撃されるようなことはなかった。納屋やプレハブ小屋などもあったが、中には誰もいない。


「拠点の兵隊らはさっきの戦闘で皆殺しにしちまったっぽいな。しかしいつまでもここにいると、補充が来るかもしれない」

 と、新居。


「その前に畑を全部潰してずらかるとしよう」


 ローガン大尉が言う。そのための道具は持ってきてある。


 兵士達は風上から火を放っていく。


「これさあ、急に風向きが変わったらどうするんよ?」

 作業中、心配そうに李磊が言った。


「そしたら俺達全員ヤク中になるだけの話だろ。昔マジでそういう事件があったぞ。馬鹿な警官が、押収した麻薬を街中で燃やして処分していたら、その煙を吸った一般人が何人もラリラリになったって」

「うわあ……」


 新居の話を聞いて、李磊が苦笑いを浮かべる。


 幸運にも風向きが変わるようなこともなく、兵士達は無事ミッションを達成し、帰還する流れとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る