第四十四章 20

 南米での仕事は結局二度だけで終わった。雇い主にあたるローガンの都合で、これ以上傭兵を雇っておくのが不味いとなったからだ。


 次の戦場へと飛行機で移動中、真は悪夢を見ていた。

 自分が殺した子供達が、泣きながらまとわりついてくる夢。銃を手に取ろうとしても、手元に銃がない。一方で、自分が殺した銃を自分が殺した子供達全員が手にし、自分に銃口を向けている。


 目が覚め、辺りを見回す。左隣ではジョニーが寝ていた。右隣には新居がいる。


「お、何かいい夢でも見てたのか?」


 にやにや笑いながらこちらを見る新居。この男はどうも苦手な真である。


「どんな夢を見ていたか、当ててやろうか。殺した子らが死霊になって、お前を地獄に引きずり込もうとする夢だ。ビンゴだろ?」

「つまりあんたも見たってことか」


 てっきり心臓に毛が生えている男だと思っていた真だが、人並みにそうした心もあったようだ。


「まあな……。つーかさ、子供を殺した件に限った話じゃなく、これまでいろいろ嫌な夢を見たよ。サイモンも李磊もシャルルも、そういった悪夢を散々見たって話だ。これからも見続ける。多分一生逃げられない。でもそれも仕方ないさ。好きでやってる仕事だし、これが俺らの職業病だ」


 そこまで喋って新居は目を逸らし、一瞬だが寂しそうな顔になった。


「まあ、今は延長戦しているだけだがなー」

「延長戦?」


 新居が口にしたその言葉が引っかかる真。


「いずれわかるわ」


 いずれ――ではなく、この時点で、真には何となくわかってしまったが、それ以上この話題に触れるのは避けておく。


「次の仕事はまた政府側?」


 真が尋ねる。大抵、次の仕事も決めたうえで移動している。


「ああ……。次の仕事はちょっと俺の私怨も入ってる」

「私怨?」

「それもいずれわかるわ」


 表情に変化は無いが、新居から確かな怒りのオーラが放たれているのを、真は感じ取った。


***


 真達がやってきたのは、中東の小国だった。今回の仕事は、大規模なテロを繰り返す悪質な反政府ゲリラ集団、『モーマイム』の討伐任務である。

 最近まで戦っていた、中南米の名も無き反政府ゲリラとの違いは、テロ集団であろうと一部の民衆の支持を強く受けているということだ。


 石造りの家が並ぶ都市。わりと活気があるが、稀に破壊された建物が見受けられた。あれがテロの痕なのだろうと、車で横目に見ながら真は思っていたが、そうではないとすぐに知ることになる。


「来る前にも告げたが、今回の仕事は短い。反政府ゲリラの幹部一人とその部下共をとっちめたら、さっさとこの国からずらかる。長い滞在はこちらの身を危険にする。戦争というよりも戦闘。むしろ暗殺に近い。ま、たまにはこんな仕事もいいだろ」


 雇い主である将校が滞在用にと用意してくれたホテルにて、新居は傭兵達に改めて説明をする。


「反政府ゲリラ幹部が潜伏している建物は、幾つか候補があがっている」

「候補?」


 新居の言葉を訝る李磊。


「ああ。怪しいだけで、いるかどうかわからん建物も幾つか含まれているが、全部ブチ壊せば問題無いって寸法で、イギリスやアメリカが空爆してるんだ。ここに来るまでにも見ただろう? しかし成果はあがらず、非難の声が高まってきて、仕方なくアメリカが陸軍特殊部隊を投入したが、あっさり返り討ちにされたってよ。その事実は未公表だが、反政府ゲリラ側は意気揚々と返り討ちにしたアメリカ兵の死体の記念写真撮って、ネットに晒してるよ」

「空爆された建物って……あれか。テロリストの仕業じゃなかったのか」


 ここに来るまでに、爆破されて倒壊した建物が幾つかあったのを思い出す真。テロではなく、空爆だったのだ。


「ビルとかアパートとかスーパーとかいろいろだな。反政府ゲリラのテロは、高級住宅街やら政府の施設に限られている。だから持たざる者達からのウケはいい」

「スーパーとかアパートって、一般市民もいるんだろ?」

「そりゃいるさ。でも仕方ない」


 真の問いに、新居は肩をすくめた。


「まさか、アメリカ軍を非難している連中みたいに、市民を巻き添えにするのは悪いことだと思いますとか、最高にアホなこと言うんじゃないだろうな? 戦争してるんだよ。民間人だってそりゃ死ぬわ。つーか米軍だって民間人を殺したくて殺してるわけじゃねえし、できるだけ巻き添えは避ける努力をしている。それでも殺さざるえない事もあれば、誤射で殺すこともあるんだ」


 不機嫌そうに語る新居には、何か私情のようなものが混ざっているよう、真には感じられた。ここに来る前に彼が、私怨もあると口にしていたことを思い出す。


「平和ボケした善良で御立派な方々が、戦争のせの字もない平和な場所から、偉そうに口だけだして非難して、胸糞悪いわ。じゃあそのご立派な方々が、代わりにもっといい方法で、街中を市民に化けてちょろちょろ逃げまわる、糞ったれなテロリストだけ、ピンポイントで殺してみろっての。奴等を野放しにしとけば、今、奴等を巻き添えにして非戦闘者を殺すより、何十倍以上もの人間が殺されるってのによ」

「テロリスト共が米軍基地や上級国民だけ狙い撃ちにしていると言っても、上級国民の邸宅で、低賃金で働いているメイドやらの方が多く死んでいるしな。巻き添えはお互い様だ」


 新居がまくしたてた後、サイモンが付け加えた。 


「空爆を非難されまくって、米軍が仕方なく特殊部隊を投入したら、その特殊部隊が殺されたってのは、空爆を非難した連中に殺されたとも受け取れるね」


 李磊が渋い顔で言いつつ、煙草を咥えて火をつける。


「そんな決定をした馬鹿大統領も、責任者として該当するな。安全に空爆だけしておけばよかったのによ。似非平和主義者の糞世論なんか気にして、映画と違う軟弱なアメリカ陸軍の兵士を実戦投入なんて、やめとけばよかったんだ。今のアメリカ大統領は糞すぎるわっ。この無能っぷりは許せねーなー」


 新居が忌々しげに吐き捨てる。いつになく不機嫌な様子に、傭兵達も彼の様子がおかしいことに気がついていた。


「別にアメリカの軍人が弱いんじゃない。いや、俺達に比べれば弱いだろうが、単純に敵の方が上手なんだ。奴等の大半が子供の頃からゲリラ活動をしながら育った、市街地戦の申し子だ。そのうえ士気も極めて高いときた。これはどう考えても相手が悪い」


 やんわりと擁護するサイモン。


 真は飛行機の中での会話に触れてみることにした。


「私怨て、もしかして――」

「その全滅した特殊部隊の中に俺のダチがいた。その事も知っている米軍のお偉いさんが、俺の所に直接依頼に来たよ。信じられないほど高額のギャラもちらつかせてな。俺等も偉くなったもんだ」


 新居の台詞を聞いてふと思った。そんな所に友人がいるということは、新居も元々は軍関係者なのだろうと。傭兵の多くがそうではあるが。


「そこかしこで功績あげて、私達も有名になっちゃったしね~」

「汚れ仕事を外部にこっそり依頼するのは、アメリカもよくやっているが、それは信用できると判断した相手だけだ」

「うまくいけば手柄は米軍に。失敗してもまた別口を探すだけ、か」


 アンドリュー、サイモン、シャルルがそれぞれ喋る。


「その背景を今になって話すのはどうなんだ? 前もって言っておけよ」

「前もって言うより、今このタイミングで言った方が盛りあがるだろっ」


 李磊が文句を口にするが、新居は悪びれることなく胸を張って言い切った。


「凄い理由だ」

 ジョニーが笑う。


「まあ、足運ばせてからで悪いが、気に入らないってんなら抜けてくれ」

(ここまできて抜ける奴がいないと見越して、確信犯じゃないか。って、この確信犯の使い方は間違っている方か)


 真顔で告げる新居に対し、真は思った。抜ける者はいないだろうと見ていたし、実際に抜ける者はいなかった。抜ける理由も無い。

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