第四十四章 10

 真達は南米某国のジャングルの側にある町へとやってきた。


 前回とは逆になり、今回は国側に雇われる立場となる。敵が反政府ゲリラだ。

 ゲリラはマフィアと繋がっているうえに、市民も盾に取る外道とのこと。テロも頻繁に行っている。民族独立を旗に抱えれば何でもやっていいと思っている狂信集団である。旗印にされた民族からも支持されていない。


「やっぱりどっちがワルモンかイイモンかは考えてつくわけか」


 酒場にて、ジョニーが十一期主席班を前にして言う。


「ま、どちらにつくか、それは前もってよーく調べて考えたうえで、決めたいもんだよね」

「戦争に正義も悪も無い、それぞれに正義があってどうこうっていう、中二イズム全開な考えは、俺からすれば痛々しいしねー」


 李磊とシャルルが語る。


「そんな乱暴で思考停止した相対化でまとめられるほど、浅くは無いよ。勝った方が正義を作るけど、戦っている最中はどうかな? 戦いに至った理由は? わりと善悪ははっきりと決まってる事の方が多いんだな、これが。悪い方にはつきたくないもんだよ。勝った側が正義になっちゃうから、悪い方を勝たせて正義にしたくもないしー」


 いろいろと思う所のあるシャルルが持論を展開する。


「それぞれに正義がある戦争もあるし、善悪の境界が曖昧なケースだってある。でもまあ、今回ははっきりとしているがな」

 と、サイモン。


「偏った一つの思想にとらわれるんじゃないぞって話か……」


 ジョニーが唸る。昔住んでいた家の近所に、おかしな思想に捉われて、おかしな運動を始めたおばさんがいた。その自分の運動によって、家庭を崩壊させる様もジョニーは見ていたので、その理屈もわかる。


「んも~、そんなことよりっ、いつになったら私は、理想のナイスガイと巡りあえて結ばれるのよ~。私の正義はそれだけっ。毛深くてムキムキのタフガイだけよ~」


 アンドリューが全然関係ないことを口にする。ジョニーも反応したくなくて黙殺していた。


「ああ、それとな」


 ジョニーと真を交互に見やり、サイモンが真顔で口を開く。


「ここはもう戦場と認識しろ。民兵も潜んでいる。俺達が政府に雇われた傭兵だと知られたら厄介だぞ」


 声のトーンを落として話すサイモンに、ジョニーは息を飲む。


「女子供が親しげに近づいてきたら用心しろよ。女子供が爆弾を抱えて兵士に接近するのは、映画の世界だけじゃない。身内を殺されて、一人でも多く敵兵士を道連れにして復讐を果たした後で、あの世で身内と再開しようなんて思っている、狂った奴等だからな」

「嫌な話だな」


 顔をしかめるジョニー。


 一方で真は複雑な気持ちだった。自分も復讐を望む者である。しかし、自らの命を放り投げてまで復讐したいとも思わない。そこまでの想いは無い。そこまでの想いに至った人間の精神状態というのは、理解しがたいし、理解したくもない。


「自分の命を捨ててかかってくる奴等は面倒だね。でもなあ、哀しい話ではあるけど、そんな命がけの復讐を果たそうっていうイカれた連中に、くれてやる安い命もねーよ」


 李磊が肩をすくめて微笑む。その言葉には全員同感であった。


「ところでサイモン、新居から連絡は?」


 シャルルが尋ねる。今回の戦場から復帰するという傭兵学校十一期主席班のリーダーと、現地で合流することになっている。


「それがな……」

 サイモンが渋い顔をする。


「話の行き違いがあったようで、あいつ、一人で先に行っちまったってさ。現地っつーからこの町かと思ったら、前線基地のつもりだったらしい。まあ俺の解釈が悪かった」

「それってサイモンの失敗じゃなくてリーダーがおかしいのよ~」


 申し訳無さそうに言うサイモンに、アンドリューがフォローのつもりで言った。


***


 傭兵達はジャングルの中に続く小道を四日かけて40キロ移動し、前線基地へと向かう。

 ジャングルの中と行っても、道無き道というわけではないので、比較的移動としてはマシである。人が何度も歩いているうちに、自然と舗装されたような道だ。もちろんアスファルトで舗装されているわけではない。


 夜は交代で寝る。ここら辺は政府の陣地であるが、反政府ゲリラも稀に出没するというので、油断できない。


「寝られるんだからいいよなあ」


 夜、キャンプを張ってハンモックに寝転びながら、李磊が言った。


「傭兵学校はひどかったよねえ。五日間不眠不休で山道行進させる訓練あったからさ。実戦の方が楽っていう」

 見張り役のシャルルが言う。


「多分あれは、実戦で楽できるように、わざと実戦以上のめちゃくちゃな訓練させたんだ」

 と、李磊。


「極端にキツい経験すれば、それだけ気持ちに余裕できるのは確かだわー」

「一番ヤバいのはあの洞窟訓練だったけどね」

「あれは新居がいなかったらヤバかったな……」


 シャルルと李磊の会話に、サイモンが混ざる。


「ああ……俺はあの時心底、新居は常人とは違う奴なんだと思ったわ。あんな劣悪な環境下で、皆へばってるのに、一人だけずっとピンピンしてるんだもんよ」


 苦笑いを浮かべて言う李磊の言葉に、真とジョニーは反応した。彼等のリーダーである新居とは、やはりそれなりの人物のようだ。


「ずーっと一人でペラペラ喋ってるし、そのおかげで俺達も結果的に救われたけどねー」


 シャルルも微苦笑をこぼす。


「体力の問題じゃなくてこっちの問題だな」


 サイモンが自分の頭を指してくるくると指を回す。


「暗闇の中に一人で三週間監禁されていても、あいつは平気だからな。以前新居は、とある宗教国家に捕まって、暗闇刑っていう拷問刑罰を食らったんだ。一週間もすれば大抵頭がおかしくなるらしいが、新居は平然としていた」


 真やジョニー、それにまだ新居と会ってはいない新兵数名を意識して、サイモンが語る。


「俺達でいろいろ手続きして助けたんだけど、釈放された時にけろっとして出てきたんで、役人達が化け物を見るような目で見ていたよ」

「役人達にどうやって耐えたんだって聞かれたら、ずっとオナってたとか、真顔で答えてたしねえ……」

「『お前達の神様を妄想の中で美少女化して犯し続けてやった』とか、余計なことほざいて、もう一度ブチこまれそうになってたっけ」


 サイモン、シャルル、李磊の順に喋り、最後の李磊の話で何人かが笑っていた。引いていた者もいたが。


***


 ジャングルの中にあった政府軍の前線基地は、基地とは名ばかりの、スペースはそれなりに広いが、造りは雑な簡素なプレハブの建物であった。しかし堡塁はしっかりと築かれていたし、兵士もそれなりの数がいるため、攻め込まれたとしても、そう簡単には落ちそうに無い。


「おっせ-んだよ、てめーら。俺がノロマのてめーらを待ってる間に、何回シコってたと思ってんだ」


 到着したサイモン達を前にして、一人の日本人が立ちはだかり、不機嫌そうに告げる。

 二十代半ばほどの、精悍かつ綺麗な顔立ちの男だった。癖っ毛だらけの長髪で、横髪と後ろ髪が背中まで伸びている。日本人にしては顔の彫りが深い。鼻が高く、目も大きい。しかし口がずっとぽかんと半開きのままで、気の抜けた表情をしているので、整った容姿も魅力が半減している。

 この男が新居なのだろうと、真とジョニーを含めた初見の傭兵達も一目でわかった。


「戻ってこなくてよかったのに~。ずっとサイモンがリーダーのままの方がよかったわ~ん。この際だからリーダー変更しましょうよ~」


 アンドリューが嫌そうな顔で訴える。


「残念だったな、カマ野郎。これからも未熟なお前らを俺がびっしびしコキ使ってやるから、覚悟して感謝しとけ。それとカマ野郎、テメーはムカつくことぬかしたから、他の奴の五十七倍くらい厳しくいくわ」

「ほらね~、この通り理不尽なひどい人だから、真とジョニーも気をつけてね~ん」


 アンドリューが真とジョニーの方を向いて声をかける。すると新居も真とジョニーへと視線を向ける。真もジョニーも、アンドリューが凄く余計なことをしてくれたような、そんな感覚を覚えてしまう。


「おい、何でこんな餓鬼がいるんだよ。しかも何だ、この美少年面。まあ俺がこのくらいの歳だった頃には、劣るけどな。かつて絶世の美少年だった俺と比べようとはおこがましいわ」

「いや、誰も比べてないからね」


 勝手に比べて勝手に勝ち誇る新居に、シャルルが突っ込む。


「純子から話は聞いてるぜ。いろいろとな」

 真に近づき、意味深に耳打ちする新居。


(どこまで聞いてるんだ……)


 わざわざいろいろとなどと言ったあたり、相当に知ってそうな気もする。それを話せるくらい、純子とは親密な仲なのだろうかとも、真は勘ぐってしまった。


「うーん、中々いい感じだな」


 顔を寄せてきてまじまじと自分を見る新居に、真は気色悪さを覚えて顔を引く。


「どうしのた? アンドリューと同じ趣味になった?」

 サイモンが新居に声をかける。


「ならねーよ。俺は至ってノーマルだ。だからこいつがこのままじゃヌケない。でもこいつのこの顔なら、女装させればいけると思ってさ」

「女装させて何がいけるのさ……」


 突っ込むシャルルだが、突っ込んでからちょっと後悔した。


「ズリネタに決まってる。売春宿で金をすらなくても、こいつに女装させて性欲処理班を任して済ますってのは、我ながらいい案だと思うんだよ。もちろん本気でカマ掘るとかじゃねーぞ。いや、抱きつくくらいはありでもいいが、それには妄想パワーがいる。お前達は妄想力が劣るから、難しいかな。ふふっ」


 気色の悪いことを口走り、新居が勝ち誇った笑みを浮かべる。その間全員、呆然としているか、諦めきっているかのどちらかだった。


「じゃ、そっちの頭悪そうな新入り」

 と、今度はジョニーの方を向く新居。


「ああんっ!? 頭悪そうなだとっ! てめえっ!」

「お前一人町まで戻って、こいつに似合いそうな女の子用の服買って来い。化粧用品も一緒にな。俺が気に入らないものだったら、また買いに行かせるからそう思え」


 噛み付くジョニーに、新居が尊大な口調で命じる。


「ジョニー、相手しなくていいからね。それとそいつに噛み付くのはやめた方がいい。いちいち怒ってたら身が持たない」


 李磊がジョニーに忠告する。ジョニーも何となくわかった気がした。


「おら、上官命令だ。さっさと行け。真は今から女の子っぽい表情の作り方を練習しようか。アンドリューに習え」


 真顔で話を続ける新居を見て、真とジョニーは理解せざるをえなかった。冗談というわけではなく、真面目に言っていると。


「真、相手にしなくていいから。ジョニーもね」

 シャルルが言った。


「おい、俺がリーダーなのに、それを差し置いて勝手なこと言いやがって、こいつは許せねーなー。新参の教育は初めが肝心だろーが。おい新参共、俺に逆らったら肛門に根性焼きしてやるから、そのつもりでいろよ」


 散々威張りくさった後で、新居は背を向け、プレハブの中へと入った。


「あれが本当におたくらのリーダーなの……? 完全に頭のおかしな子じゃねーかよ。糞下品だし……」


 ジョニーが呆れながら吐き捨てる。


「イカれてるのは間違いないが、ただイカれてるだけなら、うちらのリーダーは務まらない。それに、俺はあいつの不在にあいつの真似事をしていただけだ」


 呆れるジョニーに、サイモンが苦笑いを浮かべて言った。


「信じらんねー。無茶苦茶ぬかして威張り散らしてるだけの糞野郎じゃねーか」


 わざと新居に聞こえる声で言うジョニー。真も黙っていたが同感だったし、サイモンほどの男が認めている事が理解しがたい。


「ふーん、随分と声のでけー奴がいるね。上官様への文句を愚痴るなら、もっと声潜めたらどーだ?」


 プレハブの中に入ったはずの新居が戻ってきて、ジョニーの方へと近づき、目を細めて口をだらしなく緩め、にやにやと意地悪い笑みを浮かべる。せっかく顔の造りはいいのに、表情で物凄く台無しだと、真は新居の顔を見て思う。


「嫌だね。俺は言いたいことは言う性分だし、間違ったことも言ったつもりはない。あんたはふざけきった糞野郎だろ。俺は糞野郎に敬意は払わねーし、上にいて欲しいとも思わんぜ。つーか、リーダーならもう少しリーダーらしい振る舞い見せてくれよ」

「お前の理想のリーダー観なんて、俺は知らねーよ。知っててもその通りにする気はねーよ。嫌ならここで帰ればいいし、お前は喧嘩の売り方がおかしいわ」


 新居がポケットに突っ込んでいた手を抜き、ファイティングポーズを取って笑う。


「へー、喧嘩の売り方も講座してくれるのか。いいリーダーさんだ。俺はサイモンや李磊やシャルルは認めてる。そいつらがあんたをリーダーとして認めている理由に、興味もあるんだ」


 しかしジョニーは挑発にのって構えようとはせず、悠然と笑いながら言ってのけた。真は少しだけジョニーを見直す。


 ここで新居がどう出るかに、真も他の面々も注目する。


 新居はにやりと笑い、構えた右手をジョニーめがけて繰り出した。

 ジョニーはスウェーバックでかわしつつ、新居のアクションに訝る。新居の拳は途中で開かれていた。それどころか、かわすまでもなく手は届いていなかった。それ以前に引っ込んでいた。


「え?」


 額に何かついて、かさかさと動き出したのを見て、ジョニーは反射的に額に手をやった。

 そしてそれを掴み取り、自分の目で確認して絶句し、その直後、手に強烈な痛みを覚えた。

 サソリだった。


「ギャアァアァッ!」


 サソリに手を刺され、悲鳴をあげて手を払うジョニー。


「こんなこともあろうかと、マダラサソリをポケットに入れておいたんだ」

「どんな想定よ……。つーか結構でかいサソリなのに、よくポケットに入れておくことできたね」


 得意げに言う新居に、シャルルが突っ込む。


「俺に逆らうとどうなるかわかったな? ちゃんと次からは敬意を払って接しろよ。ふっ、また勝ってしまった。敗北が知りたい」


 手を押さえて睨みつけるジョニーに、勝ち誇った笑顔で告げると、新居はプレハブの中へと引っ込んでいった。


「大丈夫だ。そのサソリは毒性の弱い奴だから。しかし皆も言ってるが、あいつには楯突かないようにしろ。こんなのはまだ、あいつにしては加減している方だからな」


 サイモンがジョニーの手を取り、薬を塗る。ジョニーは新居が消えた後のプレハブを睨みつけていた。


 とりあえず真の新居に対する第一印象は、限りなく悪かった。そして新居に対しての性格面でのイメージの悪さは、その後もずっと払拭されていない。

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