第四十四章 9
強くなるためにと、純子に傭兵として経験を積めと、戦場に送られた。
強くなりたい理由は全て、他ならぬ純子のためだ。純子を守り、純子を改心させ、純子と自分に害を成した者への復讐のために、強くなる。
「カイゾーッ! カイゾーッ! てっとり早く、とっとと改造ーっ」
雪岡研究所にいた時は、事ある毎にやかましく促していた純子であったが、真は一切無視し、地道に強くなっていくことを望んだ。
人間の領域を出なければ、それらの目的は果たせないことも、真はわかっている。しかしそれらの力を得るとしたら、純子の知らない所で得ようと決めていた。そして秘密にしておくつもりでいた。
(あいつのために強くなる。でも、あいつといずれ戦うことも考えれば、全てをあいつに依存するわけにもいかない)
それ故に、改造手術を是としないという理由もある。
***
仕事を終えた傭兵達は、真が最初に訪れた宿へと戻っていた。宿主は傭兵達がお払い箱になっても、気前よく宿を貸してくれたし、激戦を生き抜いて帰還した傭兵達に、豪勢な御馳走まで振舞ってくれた。
それからしばらく休暇に入った。皆、だらけたり遊んだりして、思い思いの時間を過ごしている。
真は一日休んだら、その後はトレーニングを行っていた。
「お前は真面目な奴だなー。皆しばらく休んでるんだからお前も休めよ。誰に真面目アピールしてるんだよ」
そんな真に、ジョニーが呆れて声をかける。
「皆も明後日からトレーニングするって言ってたじゃないか。僕はまだ体もできてないし、二日早めにやって、余分に鍛えておきたい」
真が思うところを正直に述べる。
「お前と相部屋だから、お前が真面目に運動してて、俺はさぼってるって意識しちまうじゃねーか。糞っ、こうなったら俺もやってやるっ」
そう言って同室でジョニーもトレーニングを始める。
「今日一日して、明日は休むよ。明後日から皆でトレーニングするって話だし」
「なるほど。そういうプランか。しっかし一日くらい余分にしただけで、そんなに変わるもんかねー」
軽口を叩きあいながらトレーニングを行う二人。一人で黙々としているよりは楽しいと、真は感じる。
ジョニーは相変わらず口が悪く、威勢ばかり張りたがり、癇癪持ちでもあった。しかし感情にストレートで、義に厚く、自分が悪いと思ったことは即座に謝るという美点もあった。
ジョニーの発言はズレている事が多かったが、それ故に場を和ませ、受け入れられていった。しかし傭兵学校十一期主席班の四人は、それ以上に何かあるような目でジョニーのことを見ているように、真には感じられた。
「あいつは俺達の仲間の一人にそっくりなんだよ。同じ十一期主席班にいた奴のな」
サイモンに尋ねてみると、サイモンは懐かしむような遠い目で語った。
「馬鹿な奴でよー。しかもドジっ子属性持ちで、いっつも俺らの足を引っ張ってやがった。根拠の無い自信やら、やたら虚勢張る所や、ひがみ根性の強さやら、調子の良さやら、天然コメディアンかって感じだったな。ま、ジョニーはあいつに比べれば随分とマシだが、それでもどうしても皆、思い出しちまうんだわ」
その仲間がどうなったのかは、真は聞かなかった。聞かなくてもサイモンの喋り方で、何となく察せられる。
***
傭兵全員でトレーニングを行う日になり、真はサイモンに様々なことを手取り足取り教授してもらった。
ジョニーはというと、李磊とアンドリューの二人がかりで面倒を見てもらっている。アンドリューがやたらべたべたとジョニーに触っては、ジョニーが喚いている。真はそれを横目に見て、心の中で合掌する自分を思い浮かべる。
サイモンは全てにおいて突出していると真は感じていたが、教え方も的確であった。丁寧でわかりやすい。失敗した際にはどうして失敗したかを言い当てたうえで、どうすれば成功に結びつくかも指南してくれる。
その日一日だけで、純子から教わらなかったことで、新たに学ぶことは非常に多かった。
(戦うだけではなくて、教え方も一流か。選ばれた人っていうのかな。それにしても凄い身体能力と集中力だ)
戦っている際のサイモンを真は思い出す。全てにおいて、自分では到底追いつかない領域にいるよう感じられる。
暫定的とはいえ、リーダーを務めているのも頷ける。他の傭兵達からも信頼され、尊敬されているのも頷ける。
「あいつは何をやらせても一番だったからな。指揮以外は」
サイモンと離れている時に、李磊がやってきて、サイモンの方を向いて言った。
「おかげで傭兵学校時代は、いつも俺が成績二番だった。たまに三番とか四番の時もあったが、サイモンがいたせいで、一度として一番にはなれなかったよ」
渋面で語る李磊。
「おい、真。タトゥー入れに行くぞ、タトゥー」
トレーニングが終わって皆して休んでいる際に、真の首に手を回してきて、藪から棒な誘いをかけるジョニー。
「いきなり何だよ……」
「お前の顔なあ、そんな軟弱プリティーな顔じゃ駄目だ。男は顔が命だろ。もっと雄々しくしねーと。顔にタトゥー入れれば、少しはハクがつくってもんさ。お前の場合、顔全部タトゥーで埋めるのがいいと思うんだ。それと俺を見習って。頭も丸刈りにしてツルツルにしろ。そうすりゃ少しは男らしくなる」
「一人で行って来いよ……」
禿頭になったうえに、顔全部タトゥーで埋まった、物凄く嫌な自分を想像してしまい、げんなりする真。
「ああ? せっかく俺が誘ってやったのによ。後悔すんなよテメー」
ジョニーが舌打ちする。誰が後悔するかと真は思う。
「ああ、それとさ……」
少し真面目な顔になるジョニー。
「お前も日本の軍隊にいたのか?」
「いいや……でも基礎的な訓練は積んである」
「そうか……。何かここ、思ってたのと違うっていうか、話聞いて回ったら皆大抵、どっかの軍隊に所属していて、基礎的なもんは身につけてるのが当たり前って空気だったからさ」
ジョニーが難しい顔で、心情を語る。
「俺、ギャングの抗争は経験あるけど、あんな小銃ぶっ放しあうようなことはなかったし、最初の戦場はちょっとびびっちまった。ギャング時代よりもずっと命の危険を感じた。おまけに死にかけるわ、また俺のせいで他人を死なせちまうわ……」
(また……か)
その言葉に、ジョニーが泣いていた時のことを思い出す。
「悪いな、愚痴っちまって……。俺、本当にここにいていいのか、わからなくなってきた。いや、怖くて逃げ出したいんじゃねーよ。場違いだと思われるのが嫌だし、足手まといになるのも嫌なだけだ」
「勝手にお前がそう思ってるだけだろう。もし不要なら、さっさと切り捨てられてるさ」
「お、餓鬼のくせに言ってくれるねえ」
ジョニーの顔に明るさが戻る。
「ジョニーはわりと繊細な面もあるみたいね」
ジョニーがいなくなったら、また李磊がやってきて真に話しかけてきた。
「あんたは僕を気に入らないんじゃなかったのか? そんな風に見えたけど」
「うん。正直、お前さんのことは最初気に入らなかったけど、今はちょっと見直した」
「何で気に入らなかったんだ?」
「妙な気負いみたいなのが見えたからな。何か別の目的のために戦場を利用するみたいな事情があって、それが気負いになってると。んで、ニヒルになってる感じのタイプ。俺はそういうのって嫌い。厭世的な奴も嫌い。ハードボイルド気取りな奴はもっと嫌い。そういうのってわりと早死にするよ。お前も早死にしないで、他人を観察していればわかるけどさ。意外なことだけど、生き残るのは天然タイプが多いし。でもまあ……お前さんは俺の勘違いだったみたい」
この時の李磊の話は、真の心に焼きついた。そして李磊の言葉が正しかったと思える場面も、何度も見ることになり、彼の持論はそのまま真の持論になった。
「僕は天然だったのか」
と、真。
「生き残るイコール天然とも言ってないよ」
李磊が煙草を咥えて微笑む。
(俺は一目見て感じたんだ。こいつは何か持ってる奴だって。俺より優れた、言い表せない何か。素質? 強運? それにちょっと嫉妬している部分もある)
真を見ながら、李磊は思う。
***
さらに何日かして、次の戦場が決まった。
行き先を決定したのはサイモン達、傭兵学校十一期主席班であったが、多くの傭兵達がそのまま着いてきた。
傭兵学校十一期主席班に着いていけば、熱く激しい戦場にも不自由しない。彼等は好きで戦っているのだ。それに加えて、傭兵学校十一期主席班と一緒にいれば生き延びられそうだという、矛盾した打算もあったようだ。傭兵学校十一期主席班と行動を共にすれば、一際しんどい戦場に行くというのに。
また、もっと現実的な打算もあった。傭兵学校の息がかかった死の商人との接触である。
傭兵学校卒の兵士は、傭兵学校の様々なバックアップを受けられる。そしてそんな傭兵学校卒の傭兵についていけば、そのバックアップのおこぼれにも預かれるし、バックアップする側も元傭兵達なので、卒業生以外でも、相手が傭兵とあれば可能な限り協力してくれる。
例えば傭兵学校の手が回っている武器商人と接触した際には、品質の良い銃器や兵器を、値引きして販売し、さらには届けてもくれる。
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