第四十四章 8
丁度戦闘が終了した所で、正規軍兵士達が到着する。
「こいつらあまり見ないタイプや新型が多いね。結構性能いい奴らだよ」
死体となって転がるバトルクリーチャーを見渡し、シャルルが言った。
「お前さんはバトルクリーチャー相手だと、無類の強さを発揮するよね。いつも嬉々として戦ってるしさ」
「あははは、俺の場合、銃よりも近接戦が活きる相手だし」
李磊に言われ、シャルルが朗らかに笑う。
「ところで、本当にここは重要拠点なのか? バトルクリーチャーは確かに厄介だったが、それにしても手薄だ」
不審に思う李磊。未だに罠の可能性も考慮している。
「たとえ重要拠点ではなくても、重要拠点を攻略したという事にする。そうすれば我々の士気も上がる」
正規軍の指揮官が、李磊に向かって言った。
「予定とは随分違う結果になったものだな」
正規軍が来る前に拠点が制圧されている有様を見て、指揮官が皮肉っぽく笑う。
「罠を張ってはいなかったようだな」
そして心なしか後ろめたそうに呟く指揮官。安堵しているようにも見受けられる。
「あんたらを無駄足にしちまって悪かったな。こちらも戦わざるえない事情があったんだ」
サイモンが指揮官の前に立ち、そう前置きをしておいて、敵に発見されてなし崩し的に戦闘になったと、嘘八百を並べ立てる。
「嗚呼……サイモンは一番新居の遺伝子を受け継いじゃってるな」
「新居との付き合いが一番長いのはサイモンだしねー。子供の頃からだろ」
その様子を見て、李磊とシャルルが囁きあう。
「君達はついてきてくれ。ここはもういい。正規軍を半数置いて引き上げる」
「半数足らずでいいのか?」
指揮官の言葉にサイモンが眉をひそめる。
「ここに来るまでの間に、いろいろと情報が入った。それを確かめに戻る。情報が真実なら、この拠点は潰した時点で、政府軍からすれば取り返す価値は低い。ああ、攻略が無駄だったわけでは断じてないぞ」
そう言って指揮官が踵を返す。サイモン達もそれに従うようにして、歩き出した。
***
指揮官と連れて行った正規軍半数と傭兵達が、拠点にまで帰還する。
拠点には他の将校数名がいて、指揮官と何やら話しこんでいたが、やがてくつろいでいたサイモン達の前に、指揮官がやってきた。
「あの場に大量に仕入れた新型バトリクリーチャーが、あいつらの切り札の一つだったらしい」
「全部殺しちゃったねー」
指揮官の報告を聞いて、シャルルがくすくすと笑う。
「どうやら大きな変化があるかもしれない。政府軍には停戦派もいる。今、明らかに政府軍は押されていて、奴等にとっていいニュースは何一つ無いからな」
「それだけじゃない。こちらに新しい味方も現れるのではないかという話だ」
指揮官の後ろから、将校の一人がやってきて声をかけた。初めて見る顔だ。
「新しい味方~?」
将校を見て目を輝かせて問うアンドリュー。かなり好みの髭面の男だった。胸元から伸びる胸毛も、アンドリューの心を射止めた。
「この国の政府が弾圧している少数民族は、我々だけではない。他にも複数いる。武器を手に取ったのは我々だけだがね」
と、将校。
「なるほど、政府が劣勢と見るや、他の臆病者も立ち上がるわけか。散々あんたらに血を流させた後でね」
「そういう言い方はやめてくれ。それでも味方が増えるのはありがたいんだ」
李磊の皮肉に、指揮官が顔をしかめた。
***
翌日、傭兵達は再び、真とジョニーが最初に戦った拠点の防衛へと向かった。
到着した時にはすでに戦闘が始まっていた。政府軍の軍勢が一気呵成に攻めてきている。
「おかしいね。こんな激しい攻勢、今までになかった。敵の内部がゴタゴタしているとは聞いたが、それ以外にも何か理由がありそう」
「無理矢理でもうちらを攻め滅ぼさなくちゃならない理由って、何だろうねえ」
李磊とシャルルが言う。
「サイモンにはわかる~?」
「俺は新居じゃないから、これ以上はわからないよ」
アンドリューに振られ、サイモンは笑顔で肩をすくめる。
「確かにリーダーはこういう時の読みは凄いのよね~。でもあの人の脳みそは悪魔的すぎて、羨ましいとも感じな~い」
「同感」
アンドリューの言葉に、李磊が頷いた。
その後、傭兵達も戦闘へと加わった。
敵は殺しても殺しても、次から次へとやってくる。遮蔽物の乏しい空間を堂々と突撃してくる。
敵の方がこちらの何倍も死んでいるが、それでも味方陣営の被害も着実に増していく。傭兵達も、少しずつ死者が増えていく。
(皆怖くないのかな? 僕は……多少怖いけど、不思議と絶望感は無い。物凄く怖いってほどでもない)
もう数時間も銃を撃ちまくりながら、真は思う。
「お前、よく堪えてるなー」
隣にいた名も知らぬ仲間の一人が、真に声をかけてくる。
「皆がいるから安心しているのかも。一人じゃキツかったかも」
正直に答える真。
「そうか? 俺もさ、お前くらいの歳に兵士になったばかりだったけど、ブルって体が動かなくてパニくって、散々だったぜ」
真も恐怖で硬直していたが、この兵士はその時はいなかった。
「少しは怖いよ。でも……何か楽しいんだ。その恐怖が楽しい」
「俺らもそうだよ。怖いけど楽しんでいる。だからこんなことしてるんだろうね」
笑みをこぼしつつ兵士はまた銃を撃ちだす。
数秒後、その兵士の頭を銃弾が貫き、兵士は銃を握り締めたまま、横向きに倒れた。途端に真の中で、小さくなっていたはずの恐怖が、巨大に膨れ上がる。
(戦場での生き死には、運の要素も相当大きそうだ。自分の強運を信じないと)
つい数秒前まで自分と喋っていた男の死体を横目に、真は恐怖に押し潰されまいと、気を強く持つ。
「娑婆における最近の戦争のイメージは、アメリカやロシアが、ミサイルや空爆で一方的に終わらせる代物らしい。歩兵の戦いはこうしてそこら中で行われているのに」
隣の男の死体をまさぐりながら、いつの間にかやってきたサイモンが、真に話しかける。
「お前は気張りすぎだ。少し手を抜いて休め。今はまだ余裕があるから、今のうちに休め」
サイモンの言葉に驚く真。これで余裕があるというのかと、叫びたくなった。少しでも手を抜いたら、敵があっという間に押し寄せてきそうなイメージがあったので、必死に撃ち続けていたというのに。
真はその後、サイモンの言葉の通りだったと思い知る。
***
三週間に及び、激しい攻防が続いた。その間、一日として休みは無かった。
相変わらず敵は殺しても殺しても沸いてくる。こちらの兵士の数は限られているうえに、援軍など稀にしか来ない。
次々と沸き続ける敵とは違い、こちらは数が一人減ればその分キツさも増す。
「守りの戦いは俺が得意とする所だからね」
李磊が得意げに笑って主張し、アリアダ人の指揮官やサイモンに代わって戦闘指揮の実権を握り、防衛戦を展開していたから何とかなったようなものだ。そうでなければとっくに全滅していたかもしれないと、真は思う。
真達は政府軍の猛攻が途切れたタイミングを見計らい、全員で岩山の上へと陣営を移動させて、そこから撃ちまくったのである。これはいちかばちかの賭けでもあった。その岩山は巨大であり、数万以上の兵士がいない限り、包囲などできそうにない。しかし裏からこっそりと別働隊に登られて、奇襲されたら厄介だ。
敵に至ってはさらに過酷な戦いとなった。これまでは大量にある岩陰を巧みに利用して戦っていたというのに、遮蔽物が完全に無くなってしまい、険しい山の斜面を、無防備で登らなければならなくなった。
それに対し、真達が行ったのは、無防備で鈍足で士気も乏しくなった敵兵隊達を、一方的に撃ち殺す作業だ。それでもごく稀に飛来する迫撃砲やグレネードランチャーで、真達の部隊にも犠牲者は出た。
そもそもまともな指揮官なら、見晴らしがよく斜面の急な岩山に登って攻撃しろなどと、そんな馬鹿ことを部下に命じることはない。
それでもなお、兵士達の命を消耗品のように扱ってでも、攻め続けなければならない事情が、敵にはあるようだ。李磊はそれを見抜いたうえで、この場に陣取ったのである。もちろん事情そのものまではわからないが。
敵にとっては絶望的といえるほど、アリアダ側は地形的に有利な状況にあったが、それでも真達はひっきりなしに戦い続け、日に日に心身共に疲労が蓄積されていった。数だけは、敵の方が圧倒的だ。気が休まる時が無い。敵を寄せ付けまいと、ひたすら殺して殺して殺し続ける。
この三週間は、人生で一番長く辛い時間のように、真には感じられた。来る日も来る日も銃を撃ち、死の恐怖と戦っていた。どんなに殺しても、時間が経てばまた新たな敵が現れ、押し寄せてくるのだ。そして毎晩当然のように夜襲をかけられたので、ろくに寝ることもできない。
傭兵を辞めて裏通りで生きるようになった真が、四年以上の裏通りの生活でさえ、これほどまでにずっと戦い続け、殺し続けた経験など無かった。
***
ある日、敵の動きはぴたりと止まった。岩山の斜面と麓が大量の死体で埋め尽くされ、待ちわびた静寂が訪れた。
やってきた援軍から情報がもたらされて、敵が必死な攻勢に出た理由が判明した。
この間の敵拠点襲撃の成功によって、アリアダ人が攻勢にあると見なし、アリアダ以外の少数民族が二つも、アリアダ人と共に戦列に加わるという情報が、政府軍の耳にも入ったのである。故に、アリアダを無理矢理にでも徹底的に叩きのめして、他の民族の参戦の意欲をくじかんとしていたのだ。
しかし政府軍の必死の抵抗は失敗に終わり、二つの民族がアリアダ人と共に戦う声明を発表し、さらにその尻馬に乗る形で、他の少数民族達が一斉に反旗を翻したのである。
そしてその日、傭兵達はお払い箱になった。
三週間前の拠点制圧も、アリアダ人の手柄ということになった。傭兵の手柄では士気に繋がらないし、他の民族達への説得力も低くなる。傭兵などいなかったという事にしなくてはならなかった。もう傭兵の存在自体が邪魔になったというわけだ。
苦楽を共にして戦ったアリアダの指揮官は、傭兵達に感謝と謝罪を口にし、敬礼していたが、真もジョニーも冷めた目で見ていた。
「ま、いつものことだよ。こんなもんさー」
シャルルが軽い口調でなだめてくる。
「そしてこの先もずっとこんなもんだけど、まだ着いてくるか?」
李磊が真とジョニーの方を見て問いかける。二人共、頷きもしないし、首を横にも振らない。ふてぶてしいまでに無表情で、強く光を宿した目で、ただじっと李磊を見る。それが答えになっていた。
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