第四十四章 11

 前線基地に着いた翌日、傭兵達はゲリラの補給基地へと向かって、ジャングルの中を歩いていた。

 目的は補給基地への奇襲と、補給基地にさらわれたという村人達の救出だ。


「そんな大事な任務を傭兵である俺達に依頼するって、どーなんだろーね」


 ジャングルの中を歩きながら、シャルルが疑問を口にする。いろいろな事情があることは理解している。


 今度は道など無い。歩きやすい場所を選んで、草と葉を踏みしめ、草木の合間を歩いている。

 高く伸びた草をかきわける際に、虫が振ってきて顔につきそうになるのを、真は慌てて避けた。昨日、サソリに刺されたジョニーのことを嫌でも思い出す。

 様々な鳥の鳴き声と虫の鳴き声が、演奏でも奏でているかのように聞こえてしまう。いかにも熱帯雨林のジャングルという雰囲気だ。


 どこまで行っても草木が続く森。先頭を歩く新居やサイモン達は、ちゃんと行き先をわかっているのだろうかと、そんな不安が真の中によぎる。

 真はサイモンのことは信じているが、新居は全く信じられない。昨日のおかしな言動や、いきなりサソリを投げる行動など、イカれてるという言葉がピッタリとハマる男だ。しかしそんな男が、歴戦のつわもの達にリーダーとして認められているのもまた事実だ。


「いつまで歩くんだか……」


 真の隣でジョニーがぼやく。前線基地に到着するまでも歩き詰めだったが、そこでは文句も言わなかった。しかし今度は歩きづらいが故に、大荷物を抱えての移動が余計に体力を消費するため、とうとう文句メーターに触れたようだ。


「よし、ここいらでキャンプしよう」


 日が落ちかけた所で、新居が足を止めて言い、本日の行軍は終わった。


 ジャングルで野宿する際は必ず蚊帳つきのハンモックだった。地面に寝ていたら、サソリやムカデや蜘蛛や蟻や蛇が寝袋に忍び込む可能性がある。寝袋にくるまって安全ということはない。特に大百足は顎が強く、防刃繊維も噛み切るという、嘘か本当かわからない話も聞かされた。また、地面からの寝冷えの防止にもなる。


「おう、これが噂の大百足だー」


 キャンプで皆が休んでいると、新居がムカデを捕まえて、得意げに見せびらかせてきた。


「おいっ、まだ生きてるじゃねーかっ!」


 サイモンが引きつった顔で距離を置く。新居が手にしたムカデは全長30センチを優に越えており、激しく抵抗して暴れている。


「当たり前だろ。死んだもん持ってきても面白くないから、生きたまま捕まえてきたんだ」

 さも当然という口調で新居。


「世界最大のムカデ、ペルビアンジャイアントオオムカデだぜ。プラスチックも噛み砕く顎の持ち主だってよ。噛まれて子供が死んだ例もあるから、真は話のネタに噛み付かれてみようとか、そんなことするなよ」

「しない……」


 真顔で注意してくる新居に、真がどうでもよさそうに呟く。


 新居が真を見たままにんまりと笑う。この笑顔は、少し前までよく見ていた。幼馴染の田代仁が、何か悪戯する前に浮かべていた笑みだ。猛烈に嫌な予感がした。


「ほーれっ」


 手にしたムカデを真めがけて放り投げる新居であったが、真は直前でその行為を予想し、手刀でムカデを切断する。


「あーっ、何て残酷なことを! ムカデだって生きてるんだぞっ。それを食うわけでもないのに無駄に殺しやがってっ。罰としてお前、そのムカデ食えよ。上官命令だぞ」

「真、無視だからねー」


 遠くからシャルルが声をかける。正直すごく助かる。


「嗚呼、可哀想なムカデちゃん」

「お前が持ってきたからこうなったんじゃねーか。可哀想ならお前が食えよ」


 オオムカデの死体を見下ろして合唱する新居に、ジョニーが嘲りたっぷりに挑発する。


「ふざけんな、このやろー。何で俺がまた、ムカデなんか食わなきゃいけねーんだよっ。あんな不味いもんっ」

「え……食ったことあんの?」


 ジョニーの嘲笑が引きつった笑いに変わる。


「この世のものとも思えない不味さだ。それでも話のネタと罰ゲームのために、吐き出さずに食ったんだぜ。ちなみにウーパールーパーも食ったことがあるっ」

「ウーパールーパー?」


 自慢する新居であったが、ウーパールーパーなるものが何であるか、ジョニーはその名称を知らなかった。


「UFOからやってきた愛の使者だ。これな」


 新居がホログラフィー・ディスプレイを投影すると、微笑を浮かべたような愛らしい顔つきの、全身淡いピンクに、ちょっと濃いピンクのエラが生えた、トカゲのようなフォルムの生き物が、水の中を泳いでいた。


「うおおぉ……まるで妖精だな……。世界にはこんな可愛い生き物がいるのか。つーか……こんな物凄く可愛い生き物を……食ったのか? どうしてこれを食う気になれるんだよ……」


 理解しがたいという目で、ジョニーは新居を見る。


 ウーパールーパーとは、メキシコサラマンダーという両生類の幼生である、アホロートルのことを指す。サラマンダーと言っても、火をまとったトカゲではない。サンショウウオのことだ。このアホロートルのアルビノ個体が、ウーパールーパーという呼称で、1980年代の日本で爆発的な人気となった。

 そしてアホロートルは、幼形成熟ネオテニーという、幼生の姿や性質を保ったまま成熟した個体である。さらにわかりやすく例えるならば、オタマジャクシの姿が変わらないカエルのようなものだ。


「傭兵学校の洞窟訓練でな。食用のウーパールーパーが離されてた。で、他にもコウモリとかバッタとかカマドウマとかいろいろ捕まえてきたけど、誰が何を食うかを決めるために、あまり思い出したくないゲームをして、そのゲームの結果、俺はウーパールーパー食うことになったんだよ。ちなみにわりと美味かった」


 ちなみにこのアホロートルは、一応食用でもある。再生能力が強いため、実験動物としてもよく利用される。

 生体であるメキシコサラマンダーは、原産地のメキシコにおいて、乱獲や環境破壊のために数が減り、絶滅危惧種として指定されている。日本他の国にいるアホロートルは、それぞれの国で繁殖されたものだ。


「その思い出したくないゲームを考案したのも、新居だけどな」

 と、サイモン。


「どんなゲームしたんだ?」

 真が尋ねる。


「グーパーって知ってるか?」

 サイモンに逆に問われ、頷く真。


「そのグーパーをして、グーを出した奴はグーで、パーを出した奴を誰でもいいから殴る。パーを出したらパーでグーの奴を殴る。殴られてノックアウトした奴は、取ってきた食料を選ぶ権利は後回し。グーとパーで多数派になった奴も、選ぶ権利後回し。最も少数な奴を決めながら殴りあう。勝ち残った奴が、まともな食料を選べる。ノックアウトした奴は、目覚めたら再びグーパーして殴りあう。そうして食い物を取る順番を決めていく。最後に残った二人はただのジャンケンで勝負する。うん、非常に不毛なゲームだったな」

「俺は真っ先にパー出して、少数派としては勝ったけど、他の奴等が全員グー出しやがって、ぼこぼこに殴られたわ……。で、何度も殴りあいした結果、ウーパールーバーだ」


 サイモンの説明の後で、新居が苦い思い出を述懐する。


(そのゲームの内容そのものが破綻しているような……)


 サイモンの説明を受けて、真は思った。パーを出しても相手をKOは難しいし、皆グーを出し続けて、ゲームにならないのではないかと。


「いいか? 俺はムカデを食ったこともある。ウーパールーパーも食ったことがある。即ち、その行為は実績であり、人間としての経験値が加算されている。お前はムカデもウーパールーパーも食ったことがないだろう? 俺は食った! つまり俺の方がずっと人としてお前より上なんだ! 敬意を払って接しろ!」


 新居がジョニーに向かって高圧的な口調でまくしたてると、転がっているムカデを指差した。


「経験を馬鹿にするな。お前も少しでも人としての経験を積みたいと思うなら、俺みたいになりたいと憧れるなら、このムカデをすぐにでも食うべきなんだ。それができないのなら、いつまで経ってもお前は半人前だ!」

「半人前でいいわ……」


 付き合ってられんという顔で、ジョニーは新居に背を向けた。


「はい、完全論破。また勝ってしまった。敗北を知りたい」


 ジョニーの背に向かってふんぞり返る新居。今の話を聞いた限り、そのウーパールーパーを食べるに至るまでの経緯で、すでに負けているのではないかと真は思ったが、面倒なので突っ込まないでおく。


 食事前に、サイモンがしばらく席を外していたが、やがて山菜やキノコをどっさりと両腕に抱えて戻ってきた。背負ったリュックにも詰めてある。


携帯食料レーションだけじゃあ味気ないと思ってな」


 にっこりと屈託の無い笑みを広げてみせるサイモン。


「キノコ食べても大丈夫なのか?」

 ジョニーが恐る恐る問う。


「サイモンは山菜やキノコの知識は凄いからな。キノコ一目見ただけで、毒があるかどうかわかるみてーだし」

 新居が保障する。


「そんなわけで料理の仕度だ。全員で三食分くらいは取ってきたぞ」


 サイモンに促され、全員でキノコや山菜を煮る準備を始める。


「ちょっと気が晴れた感があるな。ピクニック気分というか」


 真がジョニーに声をかける。


「ああ、流石はサイモンて感じだわ。でも……このキノコ本当に食べられるのか?」


 ジョニーも微笑むが、毒々しい色のキノコをナイフで切りながら、未だに疑っていた。

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