第四十三章 32

「くぉおぉ……クォ……」


 クォが何かを訴えるが、ラクィレアは静かに微笑み、首を横に振る。


(みどりちゃんの言ったとおり、やっぱりミルクが仕組んでるみたいだねえ。互いを弱らせておいてから、この子を奪取するつもりなんだ)


 ラクィレァが昨夜と様子が違うのを感じ取り、純子は思う。随分と静かで、確固たる決意のようなものが見受けられる。


「クォ、下がっていてください。クォはもう少し経ってからの切り札です」

「くぅ」


 累がクォに横に進み出て、妖刀妾松を中段に構える。クォは一声発して頷き、素直に下がる。


「昨日の続きをしましょう」


 累が微笑みかけると、ラクィレアも嬉しそうに微笑み返した。


 ラクィレアから先に仕掛けた。轟音と共に雷が累めがけて降り注ぐ。


 転移して回避した累は、ラクィレアの目の前に現れて、至近距離から突きを繰り出す。

 累が瞬間移動することは予測していた。しかし後ろか横を警戒していたのに目の前に現われて、意表をつかれたラクィレアは咄嗟に体が動かなかった。


 黒い刀身がラクィレアの喉を貫き、切っ先が後頭部まで突き抜ける。


「加減しろよ」


 無駄だとわかりつつも、真が声をかける。


 ラクィレアは他の生物に比べれば頑丈であるし、そこそこ再生能力もあるが、オーバーライフほどではないことを、累は獣之帝との戦闘で知っている。これでかなりのダメージは与えたはずだ。


 しかしラクィレアは平然とした顔で後方へと飛び、剣を抜く。

 ある程度後方に下がると、斜め前方上空へと飛び上がり、さらに右斜め下前、左上、右斜め前方と、めまぐるしく動き回り、気がつくと累の真上まで来ていた。


 目で追いきれない。無理して目で追うのも危険と判断した累は、視覚に頼るのは最低限にして、肌と直感頼りに回避を試みる。


 ラクィレアが真上から、縦向きに高速回転して累に攻撃する。

 累はかなり危ういタイミングで回避した。

 自分の体を振り回すようにして回転したラクィレァの両腕によって、地面が大きくえぐられる。


 えぐられた地面の上に立ったラクィレァは、隙だらけだった。累は仕掛けなかった。誘っているような気配を感じて。

 ラクィレァの周囲に、巨大な霜の壁が突き上げた。累が攻撃してくることを想定し、カウンターを仕掛けるつもりで、攻撃地点周囲に能力を仕掛けておいたのだが、空振りに終わった。


「そろそろいっていい?」

「まだ早いよ」


 逸るクォだが、真が静止をかける。


 ラクィレァが後方に跳び、累と距離を取る。霜はすぐに溶けた。


 喉の穴に手を当てると、手と喉に力を込める。再生はあまり得意ではないが、止血できるまで再生を促さんとする。

 それを見て累は術を唱えた。また誘っているのかもしれないが、見過ごせない。そしてカウンターを警戒し、遠距離攻撃での術を試みる。


「虹蚯蚓」


 累の両手より、半透明かつ虹色に輝くものが溢れでて、ラクィレアに向かってふわふわと伸びていく。直径は50センチほどだが、輪郭が微妙に歪みぼやけているので、太さは統一していない。

 速度が遅いので、ラクィレァは余裕をもってかわしたが、そのラクィレァの周囲を円状に囲むようにして虹色半透明の何かはさらに伸びていく。

 不気味に思いつつ、ラクィレァが飛び上がって囲みを突破しようとした、その時であった。


 虹色の長く伸びた何かが激しく光ったかと思うと、全身から全方位に向けて七色のレーザービームのようなものを放ったのである。

 流石にラクィレァもこれには対応しきれず、体中のあちこちをレーザービームで貫かれ、地面へと背中から落下する。


 累がラクィレァの落下地点へと転移し、剣を振り上げ、とどめをさそうとする。

 その累の背後に転移したみどりが、後ろから累の背中を蹴り飛ばした。


「ふわぁ~、殺してどーすんのよォ、御先祖様」

「ついうっかり……でもまだ死んでませんし、彼には十分な余力がありますよ」

「いつか殺しそうだから、あたしと交代!」


 薙刀を構え、有無を言わせぬ声で要求するみどり。

 累は諦めたように引き下がる。


「そろそろいっていい? そろそろいいよね?」

「もう少し待て」


 さらに逸るクォだが、真はまだ静止をかける。


「イェアッ、クォの父ちゃんよォ~。今度はみどりと遊んでよォ。御先祖様とばかり遊んでんの、ズルいじゃーん」

「くぅあぁぁぁあ……」


 みどりが笑いながら出てきて立ち塞がり、累が引っ込んだ時点で、それが何を意味するかラクィレァは理解した。

 目の前の細い雌も、相当な戦闘力の持ち主だと、ラクィレァは肌で感じる。自分はダメージを負っているにも関わらず、敵側が途中で交代した事にも、別に卑怯とも感じない。それどころか、いろんな強い相手と戦えて楽しいと感じている。


 みどりがその場で薙刀を振るう。薙刀の切っ先だけが転移し、ラクィレァの側頭部をしたたかに打ちつけた。

 ラクィレァがひるんだ隙に、みどりが術を唱える。


「黒蜜蝋」


 みどりの地につきそうなほど長い髪から、コールタールのような黒い液状のものがこぼれおち、地面に着くなり平面状になって、ラクィレァに向かっていく。

 ラクィレァは地を伝って攻撃が来ることを察知し、飛び上がって回避した。


「あぶあぶぶぶ、勘のいいやっちゃ」


 笑うみどりに、ラクィレァが一直線に突っ込む。


 みどりが横っ飛びにかわすが、ラクィレァはそのみどりの動きに合わせて、急停止して直角に飛ぶ。

 ぎょっとするみどりに、ラクィレァが正面から手刀を突き入れる。


「げふっ」


 みどりは回避できず、鳩尾に手刀を突き入れられ、呻き声と共に血を吐き出した。


 回避はできなかったし攻撃も食らったが、みどりは後方に半歩下がり、至近距離から薙刀の石突をはね上げ、ラクィレァの腹部に石突をめりこませる。


「人喰い蛍」


 ラクィレァが近距離にいる時点で、みどりはこの術を行使した。光の明滅がラクィレァの背後と上空と左横を覆い尽くしていた。

 様々な角度と軌道で、一斉に襲い掛かる光。ラクィレァは手薄な右横に気がついていたが、罠があると読んで、左横へと逃れる。


(確かに勘が鋭いなあ。御先祖様の言うとおり、百戦錬磨だわ)


 わざと手薄にした左横に飛んだ直後を狙って、その動きに合わせて薙刀を振るい、切っ先転移で打ちのめしてやろうと思ったみどりであったが、あっさり見破られていたことに、思わず笑ってしまう。

 みどりの狙いは見切ったものの、ラクィレァは人喰い蛍の光で体中を撃ち抜かれ、全身血みどろになり、荒い息をついて、地に膝を着く。


「よし、今だ。行け」

「クゥウウオオォオォォォォオッ!」


 真に背中を軽く叩かれ、クォは咆哮をあげながら、弾かれたようにラクィレァに向かってダッシュした。

 クォのこの行動に、ラクィレァが目を剥いて驚いた。


 嬉しさのあまり、胸に熱いものがこみあげるラクィレァ。自分がピンチと見て、息子が助けに向かってきてくれたと思い込んだのだ。しかしその一方で妙にも感じた。何で飛ばないで、わざわざ走っているのかと。

 そしてさらに妙なことに気づく、クォはみどりに向かっているのではなく、自分に向かって走ってきている。


 クォが跳躍し、怪訝に思っているラクィレァの顔面に、綺麗なドロップキックをお見舞いした。

 まさかクォが自分に攻撃を仕掛けるとは、夢にも思っていなかったラクィレァであったが故、普通ならかわせるこの無邪気な攻撃を、かわす事ができなかった。


 大きくよろけて、よろけた姿勢のままで硬直するラクィレァの顔に、立ち上がったクォが激しくビンタをかます。さらに膝蹴りも食らわすと、クォはラクィレァの背後に素早く回りこんで、後ろから体に密着して両腕を腹の方へとまわしてしっかりと固定し、ラクィレァの体を抱きしめたまま、大きく体を後方にそらした。

 ラクィレァの後頭部が、地面に打ち付けられる。そのままクォは体をそらしたまま固定する。


「レフリー、カウント!」

 クォが叫ぶ。


「あたしかーい。はいはい。ワンツースリー!」


 みどりが地面を平手で叩き、カウントを取った。しかもカウントがやたら高速で、お約束であるツーとスリーの間も、全然間を開けていない。逆にクォがフォールを取られていたら、非常にゆっくりカウントを取ったであろう。


「真、どう? 綺麗だった? 芸術的だった?」


 みどりに片腕を上げられながら、クォが快活な笑顔で、真の反応を伺う。


「ドロップキックは高い打点で綺麗だったけど、ジャーマンスープレックスはいまいちだな」

「そっかー」


 真の評価に、嬉しいのとがっくりなのが半々のクォ。


 クォの突然の強襲を受けたラクィレァは、肉体的ダメージこそ大したことがないが、精神的なダメージがキツく、大の字に寝そべって呆然としたまま、動けなかった。クォが自分を助けてくれにきたのかと感動していたら、怒涛の勢いで自分を攻撃してきたので、心がぽっきりと折れてしまった。


「みどりちゃん、もう一度クォ君のお母さん呼んでっ」

「ヘーイ、がってんでーい」


 純子に言われ、みどりが術を唱え、再びラクィレァにクォの守護霊となった妻が見えるようにする。


「くぅおぉおぉおっ」


 クォが何やら呼びかける。クォの母親も何やらラクィレァを説得しているように、みどりと累の目には映った。

 近くにいたみどりが、ラクィレァの側に寄ってしゃがみ、そっとその手を握る。累も同様に近寄り、しゃがんでもう片方の手を握ってみせた。敵意の無さと、強者との戦いの称賛の意を込めて。


「クァア……」


 ラクィレァはここでようやく理解したようで、笑顔でクォを見上げ、何かを語りかけた。するとクォがぽろぽろと涙を流しはじめ、やがて泣き顔でぐちゃぐちゃになる。


「一件落着だが……一難去ってまた一難だぞ」


 テントからうつ伏せで上体だけ出した霧崎が告げる。


『そのとーりっ』


 機械音声めいた聞き覚えのある声が、森の中に響いた。

 あらゆる方向から様々な生き物がぞろぞろと出てくる。


「クァアァァ……」


 ラクィレァが起き上がり、牙を剥いて唸る。クォも泣くのを止め、父親の横に立ち、戦闘体勢を取る。


「この動物達、全部アルラウネの宿主みたいだねえ」

 純子が言った。


 アルラウネ達から少し遅れて、ミルク、ナル、つくし、久美、春日も姿を現す。


『意外な形で終わったが、見物してて楽しかった』

 笑い声でミルクが言った。


「なるほどー、アルラウネと手を組んだのかー」


 漁夫の利狙いは根人から教えられて知ってはいたが、あえて知らなかった風に装ってみせる純子。


「いや、知ってただろうに」


 真、累、みどりは純子の意図が大体わかっていたが、霧崎は読み取れず、突っ込んでしまう。


「えっとねー……教授。引っかかった振りして油断させた後で、勝った後で、実は知ってましたーとやりたかっのた……」

「おお……そうだったのか。余計なことを口にしてすまない」


 慌てて謝罪する霧崎。


「こちらの動きも知っていて予測済み。故に漁夫の利狙いも崩されたな」


 久美がミルクを見下ろして声をかける。


「僕のマインドコントロールも裏目に出たけど、親子で和解できたみたいでよかったにぅ」

 ほっとした顔のナル。


『それでもある程度力の削りあいをしたのは事実でしょ。さーて、舞台も役者も整ったし、お待ちかねの全面戦争といこうか』


 楽しげに言い放つミルクであったが、こっちは全然待ってないと、純子、真、累、みどり、霧崎が同時に思った。

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