第四十三章 31

 朝食が終わってしばらくしてから、また根人による純子の精神への接触があった。


『伝えておいた方が……よいかと思って。あの白い小さな生き物と、そちらの星で育った下位根人達が、この星の下位根人と接触し、共闘する構えを見せている』


 少し陰気な喋り方で報告する。


『陰気なのは許してくれ。君の星だって、いろんな人がいるだろ……?』


 純子の考えを読み取り、三番目の根人が言った。


(ありがとさままま。その報告だけ?)

『ああ……。私達が表立って協力できることが、あまりない……。申し訳なく思っている。それに週末は、週末に吹く強い風の脅威から、この辺の動物達を守る作業がある。彼らをできるだけ誘導し、隠さないといけない。いつもは下位根人達も協力してくれる……が、今回彼等は、週末に吹く強い風の討伐に注力するようで、こちらには力を割かないようだ』


 根人達の事情を聞いて、ふと思い至ることがあった。


『そちらから何か質問は……あるかな?』

「嘘ついてないかな?」


 声に出して問う純子に、根人は押し黙る。


(念話で会話だろうと、精神をリンクさせようと、秘密は作れる。嘘もつける。ある程度ね。でも感情がダイレクトに伝わるから、嘘も見破りやすいよー)

『そうだな。偽りだ。手を貸す余裕はある。しかし……もし手を貸して失敗した際、根人に被害が及ばないとも限らない。それを警戒して、傍観の構えを取る決定だ……。へっぴり腰で申し訳ない』

(んー、情報くれただけでも助かるよー)

『そうか……。他に質問は?』

(ないよー)

『では……』


 根人との交信は途切れた。


「今、根人の人から連絡あったけど、ミルクがアルラウネ達と共闘するみたいだよ。一応警戒しておこう」

「根人は力貸してくれないのか?」


 空飛ぶウミウシをいじりながら、真は純子ではなく、ウミウシに向かって話しかけるかのように、ウミウシをじっと見て問う。


(ああ、真君もわかってるんだ)


 真がウミウシに視線を落としているのを見て、純子は思った。


 真と純子は気づいている。このウミウシも根人に寄生されているのであろうと。動き方からして、人に懐きすぎているというか、高い知性を持つ者の振る舞いが感じられるからだ。

 ウミウシは困ったようにぴょんぴょんと飛んだかと思うと、真の頭の上をくるくると回りだした。わかりやすい反応だ。


「アルラウネを味方につけたミルクが、どれだけの規模の勢力となったか、計り知れないですね」

「いや、比較はできるよ」


 累の言葉を聞き、純子は微笑みながら言った。


「アルラウネだけではラクィレァ君を撃退はできない。最大でも、その程度の力ってことだからさ」

「なるほど。考えが足りなかったですね」


 照れくさそうに微笑む累。


「ミルクには地球育ちアルラウネの久美と、春日とかいう変人もついていて、それにこの星のこの地域のアルラウネが味方につくとなれば、油断できない勢力になると思うけどな」

 と、真。


「ふわぁあ~、クォの父ちゃんがこっち狙ってきて、あたし達と戦闘の末に、こっちは戦力ダウン。そこを漁夫の利とか、そんな展開を狙ってるんじゃね?」

「そう仕向けようとするかもねえ」


 みどりに同意する純子。


「ラクィレァ君と戦う時も、その辺をちゃんと考慮して戦わないとダメってことだね」

「最後は俺が体で説得するよ。純子達と父さんとが、ボロボロになる前に割って入る」


 クォが勇み立つ。


「で、父さんも味方につければ問題ない。そうだろ?」

「期待してるよー」


 茶目っ気に満ちた笑みを広げるクォに、純子も微笑んでみせた。


***


 ラクィレァは己の精神状態がおかしいことを意識していた。

 週末となると好戦的になり、しかもラクィレァの場合は激しい怒りに支配されるが、それらの感情がいまいち乏しい。それよりも、クォのことばかり考えている。


 気晴らしの飛翔をする。


 この地にいる生物全てに恐怖を伝えるために、逃げられるとわかっていても、咆哮を上げつつ強風を吹かして飛ぶのが常であるが、今はそれをする気にもなれない。


 クォを取り戻したくても、クォは異邦人達の味方をする始末。強引に引き離したとしても、息子の心に傷をつけるだけな気がしてならない。


 ふと地上に目を落とすと、昨日自分の怪我を癒してくれた二つ頭の雌がいた場所が目についた。

 彼等が作ったであろう粗末で小さな建物の周囲に、彼等の姿がある。こちらにも気がついて、指差している。

 異邦人達の中でも、彼等は少し違う感じがする。そして自分を癒してくれたあの頭二つの雌は、相当な力を持っている気がする


 ふと、思い立ち、ラクィレァは彼等の前へと降りた。


『おはよう』


 牛村姉妹だけが、物怖じせずラクィレァに挨拶する。ビトン、ポロッキー、博士は警戒している。


「クアァアァ、クァアァ」


 自分の現在の悩みを語り、彼等の手を借りようと思ったラクィレァは、声をあげつつ、ボディーランゲージを始める。


「何か相談?」「何か困った事でもあるのかな?」


 牛村姉妹は、ラクィレアの動きと訴えるような眼差しを見て、そう判断した。


「クゥアァァ」


 腰を振ったり、地面に尻をついて股を広げて苦しげな顔をしてみたりして、子作りと出産を表現し、自分に子供がいるということをアピールする。


「ちょっと……」「只今宇宙人からセクハラ攻撃を食らい中」


 同時に苦笑いを浮かべる伽耶と麻耶。


「クウゥウウゥア」


 そして両腕でぐるぐる回して、クォが反抗期で駄々っ子であるということを表現する。


「クアァア」


 仲直りして無事解決という表現のために、笑顔で両手を斜め上に高々と上げる。


 これで通じたかと、牛村姉妹ビトンポロッキー博士の顔色を伺うラクィレア。


「うーん……」「う~む……」

 難しい顔で唸る伽耶と麻耶。


「これはやっぱりあれだ。性的なアピールじゃよ。牛村君と結ばれたいと、口説いているのじゃ」

「私にもそう見えた」


 博士が言い、ビトンも同意して頷いた。

 伽耶と麻耶にもそう見えた。だから困ってしまう。


 一方でラクィレアの視点からすると、どうも自分の言いたかったことが通じていなかったようだと理解し、落胆する。


「この間みたいに翻訳の術かければ?」

 ポロッキーが言う。


「正直……それは避けたいんだけど?」

「余計なこと言わないでよ。わからなかったという事にしておいた方が平和なのに」

「ご、ごめん……」


 伽耶と麻耶に抗議の視線で睨みつけられ、ポロッキーは頭をかく。


『早く助けに行くにぅ。いつまでもクォを放っておいたらダメにぅ』


 その時、またラクィレアの頭の中で声が響いた。


 ラクィレァの心に、また大きく揺らいだ。使命感にも似た強い欲求に捉われる。クォを取り戻さねば――助けねばならないという気持ち。無理矢理救おうとしたら、クォが反発してややこしいことになるという懸念も、どこかへ吹っ飛んでいった。


「どうしたの?」

 呆然としているラクィレアに声をかける伽耶。


「心ここに在らずという顔」

 麻耶も不審げな顔で呟く。


 ラクィレアは反応せず、そのまま飛び去っていった。


「何か様子がおかしかった」「嫌な予感」


 小さくなっていくラクィレアの後姿を見送りつつ、姉妹は同時に呟いた。


***


 久美はロメットシから、生物の在り方、この星でのアルラウネの生涯、進化の目指す先といったことを聞いていた。

 久美も地球でのアルラウネにまつわる事件や、自分がどう生きてきたかなどを語る。


『根人達も私達も、寄生した相手の進化を促し、生命の可能性の先を見るという目的は同じだ。しかしそこから先はまったく違う』


 この星のもう一種類の寄生植物にして知的生命体、根人について語るロメットシ。


『根人も元々一種類ではなかった。多種多様な寄生植物が存在したが、やがて根人の思想に同調して一つになった。私達は混じらず、別の道を歩き出した。彼等は私達を下位の存在のように見ているというが、価値観の違いでしかない』

「無宿は?」

『無宿からすれば我々も根人も悪魔のような邪悪で穢らわしい存在のようだ。思想上の問題であるから仕方ないが。我々の見たところ、無宿の方が地球人達に近い生物だな』


 あんな地球人いるかと、聞き耳を立てていたミルクは思う。


『ナル、首尾は?』


 瞑目状態だったナルが目を開いたので、ミルクが声をかけた。


「怒りや憎しみを増幅するとか、そういうことは絶対やりたくなかったから、しなかったにぅ。あの人、いろいろと可哀想にぅ」


 悲しげな表情で、ナルは告げる。


「代わりに息子さんを助けたいという気持ちを増幅させといたにぅ」

『上出来』

「精神分裂体で週末に吹く強い風を追っているにゃ」

『みどりや累に悟られるかもしれないからな、純子達が見えたら、精神分裂体も引っ込めろ。私達も現場へ向かおう』


 ミルクの指示を聞き、ロメットシも仲間達に連絡を取った。サイズの問題だけではなく、念話で仲間のアルラウネと話せる能力があったからこそ、ロメットシはつくしと共にここに来たのだ。


***


「もう来ましたか」


 累が呟く。精神の根をキャンプ周囲に張り巡らしているみどりよりも早く、累が真っ先に、強大な力を持つ者が接近する気配を感じ取った。

 真とクォが、累の向く方を見上げる。空から一つの影が、こちらに迫ってくるのを確認できた。

 テントの中にいたみどりと純子も出てくる。霧崎は男性陣用テントの中で寝たままだ。


 咆哮も強風も無く、ラクィレアが空より静かに現れ、純子達のキャンブの前へと降り立つ。


「くぅぅ……」


 真っ先に戦闘体勢を取ったのはクォだった。それを見て、ラクィレアは悲しさで胸が張り裂けそうになる。

 やはり彼等に操られているのだろうと思い、ラクィレアは改めて、息子を取り戻すと固く誓った。

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