第四十三章 30
朝。巨大ナマコ上。
アルラウネのロメットシの話では、今日から二つの月が重なる週末となり、週末に吹く強い風の脅威がいよいよ顕在化するという。
アルラウネ達は昨日、つくしが霧崎や累と週末に吹く強い風が交戦する様をこっそり見学し、映像に収めていた。そしてそれをミルク達に見せる。
『クォが純子らに懐いた理由は、この父親――ラクィレァですかね。真に少し顔立ちが似ている』
つくしが撮ってきた映像を何度も見直した後、ミルクが言う。
『週末に吹く強い風ラクィレァの息子クォも、できれば奪取したいもんだ』
「二兎を追う者は一兎をも逃すってね」
『ケースバイケースだ。欲張りはダメだが、狙える機会があれば狙った方がいいってもんです』
茶化す春日だったが、ミルクは真面目にそう返した。
『何とかしてもう一度奴等を噛み合わせて、弱ったところを私達が取り囲んでふるっぼっこにして、漁夫の利したい所』
「セコいにぅ」
都合のよい展開を期待するミルクに、ナルが肩をすくめる。
『ナル、精神世界から奴を誘導しろ』
期待だけしていても仕方ないので、理想の結果になるよう動くことを考え、ミルクは命じた。
「えー……そんな、まるで悪役みたいなこと、したくないにぅ」
『悪役上等だ。やれ』
「うー……」
不服げに唸るナル。
『決戦の時刻が決まったら、我々の仲間にも声をかけてくる。その時はまた運んでくれ』
「了解」
ロメットシが要望し、つくしが敬礼ポーズで返事をする。
(その前に他のアルラウネ達とも会って、いろいろと話をしたかったがな)
久美は思う。ロメットシとの会話だけでも、十分に楽しかったが、まだ物足りないと感じている。もっと多くの仲間達と接したい。
***
ラクィレァの襲撃より一晩明けて、森のキャンプ。
朝からクォは浮かない顔をしていた。純子の作る料理をいつも心待ちにしていて、美味しい美味しいと言って大喜びで食べているクォだが、今朝の朝食ではその様子は見られない。
「大丈夫だ」
真がクォの頭に手を乗せ、声をかける。
「本当にわからんじんなら、あそこで引くことも無い」
「ふと気になりましたが、わからんじんてどこの方言でしょうか? 意味はわかりますが」
真の言葉を聞いて、累が質問する。
「転校生がよく使ってて、覚えたな。どこだかはわからない」
「山梨の方だよォ~。あたしもその辺に転生したことあるから知ってる」
真が答えた後で、みどりが教える。
「真の言うとおりだと信じたい」
「いや、信じたいも何も、僕の言うことが正しいだろ」
曖昧な笑みをこぼして呟くクォに、押しの強い真だった。
「皆、迷惑かけちゃってごめんね。あ、朝御飯きた」
にっこりと笑って謝るクォ。その直後に純子が食事を持ってきたので、クォは目を輝かせた。
「あのですね、クォ。少しお父さんを懲らしめてもいいですか? もちろん殺さないように手加減しますが。このままでは埒が明かないと思うんです」
食事をしながら累が提案する。
「一旦叩きのめして、それで言うことを聞かす形か」
真は累が何を言わんとしているか理解した。
「僕の経験からすると、話の通じないタイプにはそれしかないんですよ。それが最良……いや、唯一の方法です」
「わかった。それでいい。そのとき、俺も協力する」
覚悟を決めた顔で、クォは宣言する。
「ドロップキックしてブレーンバスターしてジャーマンスープレックスする。綺麗に決める」
「そうか。頑張れ。僕が撮影してやるよ。ブレーンバスターは省いて、ドロップキックしてひるんだ所に、エルボーを何発か入れてさらにひるませ、DDTを決めてそれなりにダメージを稼いだ所で、後ろに回りこんで、相手が立ち上がる前に、一気にぶっこぬきジャーマンだ。所詮素人だから、技の繋ぎ方はこんな感じでいいだろう」
「わかった。じゃあ真、練習しよう。累、純子、ひょろひょろ、ひょろひょろマークⅡも協力して」
「何かわからないけど、すごいことになってきた気がする」
真とクォのやりとりを聞き、純子が微笑みながら言った。
「ひょろひょろマークⅡとは私のことかね? 私はプロレスなど見たことがないから、よく知らんし、練習にはならんし、参加したくはないな」
未だテントに寝たきりな霧崎が口を挟む。昨日の戦闘のダメージは深刻で、一晩寝ても回復しきらなかった。
「今日から二つの月が重なる週末だ」
霧崎を無視して、クォが青紫の空を見上げる。
「俺も伸び角の血を引いているから、この時期になると力が漲るし、すごく好戦的になる。父さんはずっと怒りを抱いているから、輪をかけておっかない。暴れまくり。そんな姿を見せたくないって言って、父さんは俺と距離を置いた」
最後の言葉で、クォの表情が少し曇る。
「何か変わるといいな」
真が口にしたその台詞に、クォがきょとんとした顔になる。
「お前からすれば、僕らとの出会いという変化が有った。そしてお前と離れた、わからんじんな父親とぶつかる機会を得た。それで親子関係にも、何かよい変化があるといいなってことだよ」
「うん、あると……いいな。ありがとう、真」
目をこすらながら、クォは朗らかな笑みを浮かべる。
「真は父さん母さんと仲いいの?」
「二人共死んだよ。二人共殺された。だからお前とも少しは似ているかな」
「そっか……」
何げない質問でいきなり地雷を踏んでしまって、クォは申し訳なさそうにうつむいた。
「お前だって親を殺されてるんだから、そんなリアクションしなくていいだろ」
真が優しげな微笑を浮かべてみせる。
「う、うん……」
いつも無表情の真が微笑みをこぼしたので、クォはますます動揺していた。
***
目が覚めたラクィレァがまず思うのは、失った最愛の女性と、離れた最愛の息子のことだった。
昨夜の思い出が鮮烈に記憶に焼きついている。もう二度と会えないと思った伴侶が、目の前に出てきて笑いかけてくれた。感情が腹の中から、胸の内から、噴水のごとく噴き出して、忘れていた涙がまたこぼれそうになった。
クォと妻が
ラクィレァは他所の無宿の手伝いに駆り出されていた。アルラウネがそちらでも暴れていたので、鎮圧の手伝いだ。
危険を感じつつも、付き合いを断れず家を空けた自分。それを知りながらも、アルラウネを見くびって家族を守ろうとしなかった仲間。その両方に責があるとラクィレァは断定し、仲間達の大半を殺した。
自分も死のうとしたが、死にきれなかった。代わりに、根人とアルラウネをこれまで以上に殺して殺して殺しまくることを決めた。
悲しみは怒りに全て変え、八つ当たりのように復讐し続ける生。怒りはいくらでも沸いてくる。故に殺し続ける。殺しても殺しても怒りは収まらない、苦痛に満ちた虚しい日々。
伸び角は週末になると極めて凶暴になるため、この星の多くの生き物から恐れられているが、ラクィレァは妻を失ってからというもの、その凶暴性はさらに強くなった。
流石に根人達の本体がいる場所には手出しをしないが、目に付く生き物は片っ端から殺してまわった。この辺一帯の生態系が崩れないように、根人やアルラウネ達が上手いことラクィレァの目につかないよう、生き物を誘導してはいたが、それでも週末になるとかなりの犠牲が出る。
このままずっと死ぬまで暴れてやろうと考えていたラクィレァであったが、その心が大きく揺らいだ。遠い地からやってきた者達と、それに懐くクォによって。
あのクォが、自分に向かって必死に叫ぶ様が、脳裏に焼きついて離れない。
息子はきっと騙されているに違いない。そう言い聞かせる。
しかしあの見かけない者達は、全て悪というわけでもなさそうだ。自分を癒してくれた雌もいる
息子と一緒にいる者達も、ひょっとしたら本当に息子と親しくしているだけなのではないかと、疑い始めていた。
『騙されているかどうかはともかく、助けてあげないとダメにぅ。放っておいたらダメにぅ』
突然頭の中に声が響き、ラクィレァは驚愕する。
『一人ぼっちで寂しいに違いなぃにぅ。君が助けてあげるんだにぅ』
声はラクィレァの気持ちと重なった。いや、ラクィレァの中にある愛情と使命感が掘り起こされ、怒よりも強い感情となって溢れていた。
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