第四十三章 26

「お別れ……たまに考えた。皆、いつまでここにいてくれるのかなって」


 寂しそうな顔で、クォは話す。


「嫌だけど……仕方ないのかな……」


 ぽろぽろと涙をこぼし、声まで震わせるクォ。


「一緒に来るか? こっちの星はいろいろと決まり事があるし、お前に適さない環境かもしれない。連れていった結果、お前を苦しめることにもなりかねない。そして戻ることも難しい」


 地球に来たら来たでいろいろ大変だろうし、そこでホームシックになったらどうするのかなど、いろいろ問題はあるが、それもわかっていてあえて、真は誘ってみた。


「俺がいなくなったら母さんが悲しむ。置いてはいけない」


 真の誘いに、クォは首を横に振る。否定や拒絶のジェスチャーも地球人と同じだ。


「母さんはもう動かなくなってしまったけど、それでも一人にしておけない。俺が死ぬまで側にいてあげることに決めたから」

「そうか」

「優しいね、クォ君」


 真と純子が温かい眼差しでクォを見つめる。


「だから……皆と一緒には行けないけど、お別れの時までいっぱい遊んでね」

「うん、わかったー」


 純子が頷く。


「ああ、僕の知ってる技全て教えてやるよ」


 真がいつになく力強い声を出す。もちろんプロレスの技である。


「純子と真と累とひょろひょろ、こうして気持ちを伝えあえるなんて……とても嬉しい」


 涙ぐみながらも嬉しそうに笑うクォ。


「あたしの名はみどりだっつーの。ていうかね、クォのお母さん、そこにいるよォ」

「え?」


 みどりの言葉を聞いて、クォはぽかんと口を開ける。


「クォのお母さん。守護霊になって、クォの後ろにいるんだよね。見せてあげる~」


 みどりが術を唱える。幽霊が霊感の乏しい普通の人間にも見えやすくする術だ。


(ちょっとちょっと……その術かけたら、私が純子の守護霊している事も、真にバレちゃうじゃないの……)


 そう思って焦った杏であったが、杞憂で済んだ。みどりはクォだけにその術をかけたからだ。


「クォ、振り返ってみて」


 みどりに促されてクォが振り返り、そこにいた者を見て大きく目を見開き、しばらく固まっていた。

 クォの住処の壁の中に埋まっていた美少女が、クォに優しい笑顔を向けていた。


「くおおぉぉぉおぉおおぉぉおぉぉっ」


 泣きながら母の霊に向かって抱きつくクォ。みどりの術で、ちゃんと霊にも触れられ、抱擁の感触も味わえるようにしてある。

 母の霊が何か喋っている。クォもしきりに話しているが、その内容は他の四人にはわからない。クォの言葉が無宿相手に向けられている際は、念話による翻訳が働かない。


 真と純子の目には守護霊が見えていなかった。純子は自分の守護霊なら見えるが、他人の場合は見える時と見えない時がある。しかし大抵は見えない。


 やがて話したい事も話し終えたようで、クォは母親から離れて、みどりの方を向いた。


「ひょろひょろ、本当にありがとさままま。まさかまた母さんと会えるなんて思わなかった。しかもずっと俺と一緒にいて、俺のことを後ろから見守ってくれてたなんて……」

「感謝してるってえのに、あくまで名前で呼ばねーで、ひょろひょろで通すつもりかーいっ」


 礼を述べるクォに、みどりが突っ込む。


「やっぱ俺、皆についてく」

「無視かーい。ついていった先でもあたしはひょろひょろかーい」


 クォが宣言し、みどりがさらに食い下がる。


「みどりのお手柄ですね」

 累が微笑みながら言う。


「さっきも言ったけど文化が違っていろいろ大変だぞ。自由に生きてはいけない世界だからな」

「面白そう。それに、大変な世界でも皆と一緒なら、きっと平気だよ。皆いい奴だし」


 真が念押しするも、クォは平然と笑っていた。


***


 つくしは空をゆっくりと飛んで回る。

 地球では空を飛ぶと目立って仕方ないので、夜にこっそりと飛ぶくらいたが、地球外惑星とあって、おおっぴらに昼から飛んで回ることができる。それがつくしには嬉しい。


 ゆっくりと飛び回りながら、つくしはある信号を発していた。


 アルラウネは共鳴しあう。ミルクもそのことを知っていた。そのために何らかの悪影響があるかもしれないとして、アルラウネを移植したバイパーと繭は連れてこなかった。

 飛びながら、アルラウネが放つものと同じ波長の信号を発し、地球人狩りを行うアルラウネ達との遭遇を待つ。


 しばらくして、鳥や遊翼獣達がつくしの周囲へと、四方八方から一斉にやってきて、取り囲んだ。


「七体のアルラウネ宿主と遭遇、降下します」


 声に出して報告しつつ、つくしはゆっくりと降下していく。アルラウネ達はつくしが交戦しようともせず、慌てて逃げようともせず、このような動きを見せたことを訝りつつ、後を追う。

 つくしの行動が不審であることと、アルラウネの反応があることから、すぐに攻撃という行動には出なかった。


 森の中に降り立ったつくしの周囲を、空からアルラウネ達が降りてきて取り囲む。さらには飛べない者達もつくしのいる場所へと集る。


「これよりボディーランゲージを用いて、彼等と会話を試みます」

『その必要は無い。言葉は学習した。進化してそういう能力を会得してな』


 つくしが報告した直後、毛むくじゃらで熊に少し似た動物が、ミルクのように念動力で空気を震わせて喋った。


『あの光の門が開いた際、私達の仲間もそうでない別の種も、何人も君達の惑星へ探査に向かっているし、戻ってきて情報も伝えている』

「理解、納得、そして承知」


 つくしが熊もどきに向かって敬礼する。


「これより用件を伝達。私達と手を組んで欲しいです。用件伝達、達成。なお補足として、地球から来た我々は一枚岩ではないため、あくまで私達の勢力と手を組むことを希望します」

『いいだろう。ただしこちらの条件を先に伝えさせてもらう」


 熊もどきの隣にいる、蛙に似た顔の二足歩行の巨大な鳥が喋りだした。


『もうすぐ週末だ。二つの月が重なる。強い風が吹く』

「無宿の突然変異強個体、週末に吹く強い風と理解」

『そうだ。奴は月の影響で凶暴化する。二つの月が重なる週末には、大暴れする。戦闘力も増す』

『できれば、君達地球人を味方に引き込みたい。この地にいる奴を屠るために。そのために協力してほしい。それが我々の手を組みたいという条件だ。代償は……できうることなら何でも』

『命に関わることは拒否する』

『こちらの条件は述べた。そちらは?』


 蛙ダチョウもどきと熊もどきが交互に喋る。


「こちらの要望は、無宿の回収。故にその条件は好都合。そしてもう一つ。地球で育った貴方達の仲間と、交流を果たしてほしい。仲間に会いたがり、話したがっている」

『お安い御用だ』


 蛙ダチョウもどきの声が笑ったかのように、つくしの耳には聞こえた。


***


 川上流の岩石地帯。


 数えるのが手間と言えるほど、様々な生物の死体で埋め尽くされている。

 その中心で、燕尾服姿の痩せた中年男が、血まみれになって大の字で倒れていた。


「うむ……今度こそ動けん。見事に力を使い果たした」


 ラクィレァとの死闘の後、続けざまに多数のアルラウネと戦闘を行った霧崎は、かすれ声で呟いた。

 再生する力も尽きて、傷口が塞がらず、血が流れ出している。


「せめて二時間程は寝ないとな……。その間にまた襲われないことを祈ろう。ああ、出血多量で死なないこともな」


 そう言い残し、霧崎は目を閉じ、寝息をかきはじめた。

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