第四十三章 25
桃色の肌の少年一人に、取り囲むアルラウネの宿主達がひるみ、一斉に後ずさっている。
週末に吹く強い風という名も存在も、霧崎はすでに純子から聞いている。
「ふむふむ。圧倒的な存在感だな」
霧崎はその少年を見ただけで、その力の水準が大体わかった。
「そして……凶暴な怒りを感じる。闘争心が有り余っているというだけではない。やり場のない怒りが、闘争を望んでいる。そういうタイプはよくいるが、地球以外の星の者でも、そのパターンは存在するわけか」
少年を見据え、にやにやと笑いながら霧崎は語る。
「私でよければお相手しようか? それとも、このような雑魚相手にウサ晴らしする方がよいかね?」
問いかけながら、霧崎も闘気を放つ。少年がそれに反応し、霧崎を睨んだ。
「霧崎剣」
自分を指差し、名乗る。
「キリサキケン。キ・リ・サ・キ・ケ・ン。さて、伝わるかな? クォの方は伝わったが?」
言ってから、霧崎は少年を指した。
「ラクィレァ……」
通じたようで、少年は低く唸るように名乗る。
「ラキレア……ラクィレァか?」
「キリサキケン」
少年を指して確認する霧崎に、少年――ラクィレァも霧崎を指し、同様に名を確認する。
「いいぞ。うまいこと伝わった。知能が低いということはないようだ。さて……」
霧崎がより闘気を強くし、胸ポケットからハンカチをつまみあげて抜き取った。
「ちょっと遊ぼうか。私が勝ったら、私の研究対象となってもらうぞ?」
霧崎がハンカチを放す。
ハンカチが地面にまで落ちるのを、ラクィレァは確認できなかった。
「クァぁァアァ!?」
突然、頭上から巨大な布が落下して、ラクィレァの全身を覆った。布の中でラクィレァは悲鳴をあげてもがく。
霧崎の細い体が大きく跳躍する。布にくるまれた頭の上から、霧崎が落下し、怒涛の勢いで何度も蹴りつける。蹴りつけた反動で体のバランスを保ち、落ちることなく蹴り続ける。
「クウァアァアァ! クぅアアァァゥウゥアァアァァアアアアァ!」
怒号と共に、ラクィレァの体を中心として突風が吹き荒れ、布が回転して上空へと巻き上がる。
風はたちまち竜巻と化し、霧崎を吸い込む。周囲にいたアルラウネを宿した生き物達も何匹か吸い込んで、空中へと巻き上げた。
難を逃れたアルラウネ達が一目散に逃げていく。
「竜巻遊泳も楽しかったがね」
竜巻に飲み込まれて飛ばされた霧崎であったが、すぐに転移で脱出し、竜巻から少し離れた位置で腕組みして、竜巻を見上げながら呟く。
直後、竜巻の中からラクィレァが超高速で地面すれすれに飛翔し、霧崎めがけて突っ込んだ。
「クァウ!」
短く叫びながら、ラクィレァは拳を突き出す。霧崎はラクィレアの速度に反応できなかった。
ラクィレアの腕が霧崎の腹部を突き刺し、肘まで背中に抜ける。さらに腕を突き刺したまま霧崎ごと水平に飛び続ける。
飛んでいる間に、前方を阻む巨岩が確認できると、ラクィレァは霧崎を貫いた腕を振り回し、
霧崎の体を頭から岩に叩きつけた。振り回したはずみに、ラクィレァの腕から霧崎の体は抜けている。
ラクィレァ自身は、時速数百キロにも及ぶであろう速度で飛翔していたにも関わらず、急停止をかけて岩の直前で止まっていた。
「トンボと同じだな。その急停止も、ホバリングの仕方も」
口から上の頭部が木っ端微塵に砕けてなくなり、腹に大穴の開いた霧崎が、顔にかろうじて残った口を笑みの形にして語りだす。
「羽の形状は微妙に違うが、大まかな原理は同じだろう。蜘蛛の巣へと突っ込み、蜘蛛の網にかかることなく急停止をかけ、蜘蛛を捕食するというアオヤンマやネアカヨシヤンマを彷彿とさせる。トンボやハチドリの飛行を
喋っている間に、霧崎の腹の穴は塞がり、失われた頭部も再生されて元通りになった。
超回復を目の当たりにし、ラクィレァは目を剥いて驚いていた。アルラウネが宿った生き物達の、様々な超常の能力を目にしてきたし、その中には強力な再生能力持ちもいた。ラクィレァ自身にも再生能力はある。だが、ラクィレァからしてみれば、ここまで強力な再生能力は見たことがない。
「くァアァァあッ!」
だがラクィレァは臆することなく、さらなる追撃へと入る。天高く右腕を上げ、人差し指を伸ばす。
暗雲が空の一部だけに浮かぶ。そして一条の光が空を縫うようにして駆け、霧崎めがけて降り注いだ。
雷鳴が響きわたる。霧崎の体はすでにその場には無かった。ただ、一枚のハンカチが不自然に舞っているだけだ。
ラクィレァはハンカチめがけて突風を叩きつける。ハンカチから霧崎の気配を感じた。
ハンカチは風によって吹き飛ばされたかのように見えた――が……
どこかへと消えたと思われたハンカチが、突然ラクィレァの目の前にひらひらと舞い、ゆっくりと落ちてきた。
驚いたラクィレァが危険を感じて反射的に飛びのこうとしたが、遅かった。
ハンカチが大きく広がったかと思うと、ラクィレァの視界を覆ったハンカチの向こう側から霧崎が飛び出し、手を鉤爪状にして突き出す。
先程霧崎がやられたように、ラクィレァの腹部を貫いたかと思えたが、霧崎の手はわずかに指先が筋肉にめりこんだだけで、止まっていた。
「中々硬いな」
霧崎が呟き、右手を一旦引くと、もう一度力を込めてラクィレァの腹部を攻撃した。
「くぅああぁっ!」
ラクィレァが苦悶の形相となり、悲鳴をあげた。今度は霧先の手が手首まで、ラクィレァの腹に埋まっていた。
「ふんっ」
小さく気合の叫びを発し、霧崎が腹の中で手をかきまぜる。
「クアァァアァアアァァっ!」
悲鳴をあげるなり、ラクィレァは自分と霧崎の合間から二方向に向けて風を発生させた。霧崎に向けてと、己に向けて。
「器用なことをする」
至近距離から、二方向への風によって距離を離すという芸当に、霧崎が感心する。
感心したのも束の間、足が凍結して地面に張り付いていることに気がつく。
(吹き飛ばす前に仕掛けていたのか?)
周囲の地面一帯が凍結して、霜に覆われているのを確認する霧崎。
霧崎が動きを止めるほんの一瞬のタイミングを見計らって、轟音と共に雷が落ちた。転移で逃げる暇も与えぬ、流れるような連続攻撃だ。
風で吹き飛ばした時点で、この三連続攻撃を頭の中で構築していたのだろうと、霧崎は判断する。
(この子は、とんでもなく戦い慣れている。おそらくずっと……一人で戦い続けていたのだろう)
もはや霧崎はラクィレァに対し、感心どころか称賛したい気分になっていた。
数億ボルトの直雷撃を食らい、焼け焦げた霧崎がゆっくりと倒れる。
「くあぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
咆哮があがる。勝利の雄叫びなどではない。ラクィレァはわかっている。これで勝負がついたわけではないと。
ラクィレァがこれまでに戦った敵なら、雷を浴びせた時点で勝負がついている。しかし霧崎はこれまでの人生の中で、自分が戦った最強の敵だと認識し、さらに追撃を行う。
「くぅうっ」
ラクィレァの口が大きく開き、口から放たれたビームが、霧崎の体をばらばらの肉片へと変えた。
「くくく……まだまだ」
口だけを先に再生させ、笑いながら呟く。
服も復元し、急速再生を果たす霧崎を見て、ラクィレァは恐怖する。不死身なのではないかと疑ってしまう。
実際のところ、霧崎も急激な再生に体力を消費しまくっている。無限の再生など物理的に有り得ない。エネルギーを吸収しながらの再生なら、限りなく不死身にも近づけようが、それとて限界がある。エネルギーの吸収と消化と循環にも体力を費やすからだ。
「クアァァ!」
恐怖を闘志で吹き飛ばし、霧崎に高速飛翔して突っ込んでいくラクィレァ。
「この星にも手品はあるかね?」
霧崎が呟き、トランプのカードを服の袖から出し、シャッフルしだす。
霧崎の手から放たれたカードが空中でぴったりと並んで、長方形の壁となってラクィレァの視界を防いだ。
ラクィレァは構わず突っ込んだが、霧崎の姿は消えていた。そのうえカードが全て自分の体のあらゆる場所に張り付いている。
霧崎の姿を探る途中に、カードが膨らんで破裂し、液体を撒きちらした。液体は溶肉液だ。ラクィレァの体を溶かしていく。
しかしラクィレァは自身の体を熱気で包み、液体を瞬時に蒸発させると、頭上を仰ぐ。
霧崎が振ってきて、蹴りをラクィレァの顔面へと見舞う。
「クゥッ!」
熱気をそのまま霧崎の体にまで及ばす。霧崎はさらに跳躍して避けたが、ノーダメージとはいかなかった。胸の辺りまで大火傷を負った。
「自身もあの熱にあてられているというのにな。熱には強いということかな」
霧崎が呟き、蝶ネクタイを外して手の中でぎゅっと握り締める。
霧崎が手を開くと、色とりどりの無数の光の蝶が飛び立ち、ラクィレァへと向かっていく。
蝶が色とりどりの鱗粉を撒き散らす。小さな粉の一つ一つが激しい痛みをラクィレァに与えた。
ラクィレァは全速力で飛翔し、蝶を振り払った。そしてそのまま霧崎から離れ、飛んでいく。
あのまま戦ってケリをつけたかった。しかしラクィレァはそれをしてはならないと判断した。たとえ霧崎に勝てたとしても、その後が不味い。これ以上あの場で力を消費するわけにはいかない。
「ふふふ、不味いな。この状態は……そしてこの状況は……」
深刻なダメージが重なり、体力を大幅に消耗した霧崎がその場にダウンした。
霧崎は何故ラクィレァが逃げたか、察していた。
(やはり彼は百戦錬磨だ。こうなる展開を知っていた。だからこそ余裕があるうちに先に退いた)
それまで離れて戦いを静観していたアルラウネ達が、また霧崎の周囲を取り囲む。
あのまま戦い続ければ、例え勝つ事ができても、さらに力を消費し、弱ったところを襲いかかってくるアルラウネの群を凌げないと、ラクィレァは判断したのだ。
「はははは、よもやこの私が、このような深刻極まる生命の危機に晒されようとはな。実に愉快だ」
倒れたまま霧崎は、心底おかしそうに笑った。
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