第四十三章 27

 久美、ミルク、春日、ナルの四名がいる草原の巨大ナマコの上に、つくしが空から帰還を果たす。

 つくしの両手には、50センチほどの大きな白い甲羅で覆われた生き物が抱かれていた。甲羅の表面には真っ白な短い毛が生えている。甲羅の下に目だけは確認できるが、手足も頭も見受けられない。


『よりによって根人の本体とは。よく根人が黙って見過ごすものだな』


 つくしが連れてきたアルラウネが、空気を震わせてやや訛りのある日本語で、呆れたように言う。


 互いに自己紹介を行い、会話を始める。白い甲羅を持つ生き物に寄生したアルラウネは、名をロメットシと名乗った。


『最初に確認したいことがあるですよ。お前ら、集団で地球人を襲っていたらしいが、ありゃどういうことだ?』

 ミルクが質問する。


『寄生するためではない。我々は互いの合意がないと寄生はできない。しかし地球人を解剖して、君達の力の謎を解明したいと考えた。寄生せずとも力を取り込めるかもしれないしな』

『そりゃまたいい根性してるわ。マッドサイエンティストの素質があるですね』


 ロメットシの言葉を聞いて、ミルクが皮肉っぽい笑い声を発する。


『我々はより大きな力を欲している。それは我々の本能でもあり、相対する無宿との戦いを勝ち抜くためでもある』

『そりゃまたいい根性してるわ。マッドサイエンティストの素質があるですね』


 同じ台詞を繰り返すミルクに、ロメットシは押し黙る。


『ん? どうした? 何か気に障ったか?』

『それが地球人の正常な会話運びではないことは、私は知っているぞ? 一応光の門を通って、地球に何日か滞在して学習した。私をからかっているのか?』


 しばらく黙っていたロメットシだが、ミルクに声をかけられ、真面目な声で問いかける。


『ちょっとしたジョークですよ』

『真面目に聞いてほしい』

『いいから続きを話せ。それで?』

『それで? とは?』


 ロメットシが怪訝な声をあげる。


『成果は出たのか? 一人もさらえてないってことはないよな?』

『一人としてさらえていない』


 ミルクの問いに、即座に答えるロメットシ。


『無宿の討伐だけではなく、地球人の拉致も、私が力を貸してやってもいいんですけどねー。まあそれにはこちらも見返りが欲しい。ま、私のことは後でいいとして、まずこいつと話をしてくれ』


 言いつつミルクは、久美の方を向いた。


「いいのか?」

『よくねーけど、私は親切だから』


 確認する久美に、ミルクは真面目な声で言い切った。


『確かに君は私達の仲間だ。地球に渡り、地球の生き物に寄生しているとは、興味深い』


 甲羅の隙間から目だけを光らせ、久美を見たロメットシが言う。

 もちろん久美もロメットシが同じアルラウネ持ちだということはわかっている。どんな生物に入っていても、接近すれば互いに共鳴するからだ。いや、アルラウネ同士ではなく、無宿に対してもまた別の反応をする。


「私の仲間は皆、週末に吹く強い風に殺された。週末に吹く強い風というフレーズと、その場面だけを覚えている。しかし私が地球へとわたった経緯も含め、他は何も覚えていない」

『記憶を戻す能力を芽生えさせることはできないか?』

「試してみたが無理だった。コピーにそうした能力を目覚めさせることも試したが……」


 様々な実験を繰り返し、無駄に命を弄んでしまったことを思い出し、久美は言葉を詰まらせる。コピーを作って、それを死に追いやるような真似も何度かしたが、あまり気分のいいものではない。しかし気分がよくなくても、己のエゴを優先し、やめようともしない。


『我々に頼ろうというのか? もっと難しいぞ。進化の願望はあくまで自分のためだ。そもそも君がどこの地の下位根人であるかも、我々は知らない』

「二つの惑星を開く門が開いたのは、私にとっても縁の地だった。故に、ここは私が生まれた場所か、それに近しいのではないかと、希望的観測を抱いているよ」

『我々に望むことがあるのなら、可能なことであれば協力する。ただ、君のことも調べたい。非常に興味深い』


 ロメットシの言葉に、久美は微苦笑をこぼした。自分から協力したとはいえ、日中合同研究チームにも散々研究調査をされまくり、生まれ故郷に帰ってもまた研究調査されるというのかと。つくづくそういう運命なのかと思う。


「それは喜んで。ただし、何か面白いことがわかったら、私にも教えてほしい」

『もちろんだ。何なら君も我々を調べてくれて構わない。解剖などは無しでな』

『自分は地球人を捕まえて解剖しようとしたくせに、何ぬかしてやがるですか』


 ミルクが茶々を入れたが、久美もロメットシも黙殺した。


「この星の私の同胞達は、進化の先の何を目指している? その思想を知りたい。私は命の探求だ。生命の可能性を探り続けている。君達もそうなのか?」

『そうだな。それ以外にはない。そんなことを……確認したかったのか? 我々のアイデンティティーそのものだぞ』


 少し意外そうな声を発するロメットシ。


「そんなこととは言ってくれるよ。私にしてみれば、大事なことだ。記憶を失くし、はるか宇宙の果てへと流れ着き、地球に一人しかいないという孤独を意識して、耐えて生きてきたんだ。私のアンデンティティーはいつもぐらついていたし、この先もアイデンティティーを保つのは、私にとって大事なことだ」

『なるほど……納得した』


 ロメットシが甲羅の中から覗く光る目を、ミルクへと向ける。


『君だけではなく、そちらの猫も調べさせてくれ。地球の猫は皆喋らなかったというのに、何故か高度な知性と超常の力を持っている様子。私だけではなく、他の仲間も君達の研究調査に協力するぞ』

『悪くない取引だな。しかし私がお前らに要求するのは、生体情報の提供だけじゃないですよ』

『他に何が望みだ?』

『無宿のサンプルだけではなく、週末に吹く強い風とやらのサンプルも欲しい』


 ミルクの要求に、ロメットシは絶句する。


『無宿の子だけならばともかく、週末に吹く強い風を簡単に捕獲できるようなら、苦労しない。我々がどれだけ犠牲を払って、彼奴とやりあっていると思っているんだ』

『そりゃお前らだけじゃあ貧弱でかなわんかもしれんが、私達が手を貸せば、勝利できるかもしれないぞっと。それに加えて、私の見たところ同じアルラウネでも、ここにいる久美はお前よりずっと力が上みたいだしな』

『そもそも私には高い戦闘力が無い。こうして接しているだけで、久美という彼女が相当強い力を身につけていることは、伝わってくるが』


 今度は久美の方に目を向けて、ロメットシが言う。


「ところでさー。何で週末に吹く強い風なんていう、おかしなネーミングなん?」

 春日が質問する。


『名前の由来か。この星は一週間が二十日と定められ、この二十日は、二つの衛星が交差して重なる周期でもある。二つの月が重なった際、重力の影響の変化で、週末に吹く強い風は、能力が最大限に上昇し、極めて危険な状態になる。本人達もそれを知っているのか、あるいはただ凶暴性が増すのか、週末には必ず大暴れをする。根人もアルラウネも、それ故に週末を恐れている。何千年も前からずっと……な』


 語るロメットシのトーンが下がった。彼もまた恐れているのであろうことが伺える。


『明日がまさにその週末だ。明日から明明後日までの三日間、各地で強い風が吹く。無論、この地でも』

『そいつは好都合』


 ロメットシの話を聞いて、ミルクはほくそ笑んだ。


***


 この星を訪れてから何度目かの、神秘的な青い夕方。今日は群雲に青い光が反射し、いつにも増して美しく壮大な光景となっている。

 みどり累は夕焼け空を撮影するために、見晴らしのいい場所を目指し、森を出ていた。


 真はクォと共に動画を見ている。

 バーチャフォンで投影されたプロレスの試合。もう何時間もずっと夢中で見ているクォである。


「ほら、この打点の高いドロップキック。これはもう一つの芸術と言ってもいい。そしてここだ。鮮やかに決まったジャーマン。これも芸術的だろう」

「うんうん、すごく綺麗だしカッコいい」


 一緒に観戦しつつ、プロレスの芸術性や素晴らしさをしきりに説く真と、それに頷くクォ。ちなみにクォは、みどりと累が近くにいなくても会話ができる術をかけられている。


「この試合を見終わった後でやってみよう」

「やるやる。あ、この技もしたい。ひょろひょろを実験台にしたい。ひょろひょろは真より技をかけやすい。技をかけられるのが上手いと感じたよ」

「それは聞き捨てならないな。僕だって結構上手いはずだぞ」


 おかしな所でむきになる真。


「また事故とか起こさないといいんだけどねえ……」


 食事の用意をしていた純子は、心配そうに呟いた。真とみどりがプロレスごっこをした際に、真が首の骨を折るという重体になってから、研究所でプロレス禁止令を出した純子であるが、ここは研究所ではないから、その範囲外であるし、あまりあれは駄目これも駄目と、がみがみ言うのは性分ではないので、はらはらしつつ見守っている。


***


 川の上流の丘陵地帯までやってきた累とみどり。

 森も見渡せるここからなら、いい絵が撮れると思い、わざわざこんな場所まで移動して、そこで奇妙なものを発見した。いや、奇妙な霊気を感じとった。


「御先祖様……あっちから大量の霊が……」

「冥界に旅立つ所ですね。行ってみましょう」


 不審に思った雫野の妖術師二名は、岩石地帯の中へと入っていく。

 しばらく歩くと、岩の合間を埋め尽くす何十匹もの動物達の死体と、その死体の中心で倒れている、血まみれでぼろぼろの霧崎を発見した。


「まだ生きてますね」


 霧崎の体に霊が宿っているのを見て、累が言った。


「うっひゃあ、これだけの数のアルラウネに襲われたんだね。それを全部返り討ちとは、大したもんだわ」


 一帯を埋め尽くす様々な生物の死体郡を見渡し、感心するみどり。この生物全てにアルラウネのコピーなりオリジナルが寄生しており、特殊な進化や超常の能力を身につけている。それらを一人で全て退けるなど、尋常ではない。


「それもありますが……」


 累は周辺を見渡した。落雷の跡、半ば溶けた巨大な霜、これらの痕跡を見て、累は、かつて戦った獣之帝を、どうしても連想してしまう。

 そして獣之帝の正体こそが、この星の生態系の頂点に立つ、無宿の突然変異、週末に吹く強い風である。霧崎はそれとも交戦したのではないかと、累は推測していた。

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