第四十三章 6

 最初に純子と真とみどり三人で、光の門の先の惑星へと訪れたその翌日。今度は純子、真、累、みどり、美香、十三号、春日の七人組で賭源山へと向かった。

 純子の頼みで、研究用機材を幾つか持ち込む。さらにテント寝袋他アウトドアセット一式その他、長期間滞在できる荷物を大量に運んだ。


「持ってくるのも大変だったけど、これ、後でもう一回運ぶんだろう?」

「山の中の持ち運びがキツかったな!」


 真と美香がくたびれ気味に言う。


「すまんこー。私の体がこんなじゃなければ……げほげほ」

「へーい、おとっつぁんは図々しいから少し自重の約束な」


 虚弱アピールをする純子に、みどりがこちらも疲れ気味の声で突っ込む。


 光の門の中に入る。

 光を潜り抜けると、風景が一変する。紫がかった青い空、薄紫や青紫の木々、淡い水色の地面。


「おおおおっ、地球の外にまで来ちゃったよオイラ!」

「夢の世界に足を踏み入れたみたいです……」

「形は変だが地球と同じように木が生えているぞ!」

「色合いがちょっとどうか思いますね。寒色系で統一された世界みたいで冷たい感じがします」


 春日、十三号、美香が素直に感動している一方で、累は不満を口にしていた。 


「この看板は?」


 十三号が門近くに立っている立て札を裏から指した。裏にはタブレットがぶら下がっている。


「昨日まで立っていなかったな」


 真が後ろから立て札を回り込んで、書かれている文章を読む。他の者達も続く。


「勝手に名前決めるとか随分一方的だが、チェックポイントの設置はありがたいな」


 頭の中で苦笑する自分を思い浮かべながら、真が言った。


(グラス・デュー……そっか、あの子も来てるわけね)


 純子はその惑星名を見ただけで、看板を立てたりダブレットを置いたりしたのが何者か、わかってしまった。純子だけではない。累と真にもわかった。


 純子がタブレットを映す。


「あ、教授がつい最近の情報を書き込んでくれてる。この星の自転――一日の時間と日没までの時間だね」


 霧崎の書き込みには、書き込み時刻も記されていた。二十分前と、八時間前に書き込みがある。

 グラス・デューの一日は30時間。そのうち日が出ている時間は約十四時間で、夜の方がやや長いという。そして次の日没の時刻も、地球時間で記されている。


「三時間後に日没だってさー」

 純子が他の者に報告する。


「このつくしってのは?」


 真が純子の後ろからタブレットを覗き込んで言う。


 霧崎以外にも、自分の名を明記して書き込んでいる者はいた。貸切油田屋の調査隊と、つくしなる人物だ。そしてつくしという人物は霧崎の次に新しく報告を書いている。

 つくしの報告は、ここ以外のチェックポイントのある場所だった。


『門の前(つまり現在地)、森の中、沼沢地帯、川の上流の岩石地帯、森を抜けた先の盆地前。この五つにチェックポイント有り。なお沼沢地帯と川の上流の岩石地帯には、危険生物が多数出現するので用心を。詳細は沼沢地帯のチェックポイントに記載』

「一日経過しただけで、いろんな人に、結構広範囲に探索されている感じだねえ」


 つくしの報告を見て、純子が言う。


 その後全員でタブレットに目を通す。


「相互協力路線っぽいから、研究機材はチェックポイントに置いていくことにしよう。他の人達にも自由に使ってもらう形でさ。霧崎教授とか活用してくれそうだし」


 そう決定し、純子がタブレットに『機材は皆で仲良く使ってね。by雪岡純子』と書き記しておく。


 研究機材は置いていくものの、テントや寝袋などは無論持っていく。


「で、どこへ行く?」

 真が尋ねる。


「危険生物見てみてー。戦いてーっ。沼地とかでっ」

「昨日の森を抜けて、盆地行ってみようか」


 春日が主張したが、純子は異なる決定をした。


「いじけるわけじゃないけど、オイラ一人で自由行動していいかなー? 怪奇現象ハンターの直感で、あっちの方角からびんびん感じるものがあるんだ」


 と、川の向こうの斜面を指す春日。


「あんまりおすすめしないけど……気をつけてねー」

「はいはーい。何かあったらそっち行くわー」


 軽く手を振ると、春日は川を渡って、丘を登っていった。


 春日と別れた六人は、森の中へと入り、しばらく歩き続けると、そこでもチェックポイントの立て札とタブレットを見つけた。

 純子がまずタブレットの内容を確認する。


「ちょっと美香ちゃん」


 記されていた内容を見た純子が、美香を呼び、タブレットを見せる。

 報告を記していたのは、貸切油田屋のハヤ・ビトンであった。森の中で人間の子供と遭遇し、化け物となって襲いかかってきたと。その子供の名は、佐保田学であると。


「いきなりビンゴ! つまりこの森の中にいれば会える確率は高いな!」


 拳を握り締め、にやりと笑う美香。


「怪物化しているうえに正気も無さそうだが、どうするんだ?」

 真が問う。


「もちろん純子に何とかしてもらう! 純子はこういう時のためにいるものだ! そうだろう!?」

「う、うん……」


 眩しい笑顔で力強く同意を求めてくる美香に、純子は曖昧な微笑をこぼして、躊躇いがちに頷く。


「純子達が森を抜けた先へ行くなら、私と十三号は森の中で待機しておく! 私達のターゲットが現れる可能性が濃厚だ!」


 美香の主張に、純子はあまりいい顔をしなかった。


「それもどうかと……ゆーすけ君一人ならまだしも、そんなにばらばらになっちゃってもねえ。今はここを拠点にしようよ。あらかた調べたような書き方されてるけど、これだけ広い森だし、数日で調べきれるものでもないと思うんだよねえ」

「しかし私の都合で……!」

「それと、テント二つしかないし、美香ちゃん達にテント置いていくと、私達は男女二名ずつの四人でテント入ることになるんだよねえ。私はそれでニヘニヘウハウハだけど、みどりちゃんはそうでもないと思うし」

「そうか!」


 テント無しで寝るほどの覚悟は無かったので、甘えることにした。


「別にあたし構わないけどォ~。野郎っつっても、所詮は真兄と御先祖様だし」

「雪岡も一応気遣いできるんだな」

「真兄に言われちゃおしまいでしょ~」


 みどりの言葉に少しむっとする真。


「あ、すっかり言い忘れてたけど、昨日捕まえた虫は逃がしてあげてねー」


 純子に言われ、真達は捕まえた虫のケースを取り出す。


「結構気に入ってたんだが」


 真がケースの中のウミウシもどきを名残惜しそうに覗き込む。


「綺麗ですね」

「神秘的だ! これは飼いたいな!」


 鮮やかなブルーの体色のウミウシもどきを見て、十三号と美香が瞳を輝かす。


「ケース越しとはいえ、真兄に懐いてる感じだったよね~、そのフライングウミウシ。ひょっとして虫じゃなくて、もっと知能高い動物なんじゃね?」

「そうですね。反応が虫や魚のそれとは違う気がしました。もっと愛嬌があるというか」


 みどりと累が言う。


 真がケースの蓋を開いたが、逃げようとしないウミウシもどき。逆さにして外に出したら、翼のようなものをはためかせて飛び上がり、真の肩の上に乗る。


「うっひゃあ、完全に懐かれてるじゃんよ。あたしが捕まえた変な虫はさっさと逃げていきやがったってぇのに~」

「宇宙ウミウシのくせに生意気ですね……」


 ウムウシもどきの動きを見て、みどりは苦笑し、累は憮然とする。


「ウミウシに嫉妬する御先祖様ってどうなのよォ~。次はウミウシに転生したら~?」


 みどりにからかわれ、累はぷいっとそっぽを向く。


「というわけだが、このままでいいかな?」

「懐かれてるなら仕方ないねー」


 一応確認する真に、純子はいつもの屈託無い笑みを広げてみせた。


「とりあえずここで休憩しよう。チェックポイントにもいろいろ情報記されているし、私が研究所に持ち帰って調べたことも、書き込んでおくよ」


 そう言って純子がテントを組み立て始める。


「持ち帰った虫調べて、何かわかったん?」


 テントの組み立てを手伝いつつ、みどりが尋ねる。


「うん、地球の虫とはいろいろ違ったからね。内部構造とか。何よりも興味深いのは、三匹共が体内に、光合成を行う別の生物を取り込んで、一体化していたんだよー。ようするに植物ね」

「動物が植物と一体化するって、アルラウネと同じ……?」


 純子の話を聞いて、累が真の肩のウミウシもどきを見た。ぱっと見ではわからないが、この生き物も内部に植物が寄生しているということだ。


「まあ、つまりそういうことなのかなーと。謎が多いけど、この星ではそれがデフォな可能性が高いねー。怪物になったっていう子も、報告見る限りは、植物に寄生された結果なんじゃないかなー」


 喋りながら純子は、今頃アルラウネもそれに気づいているだろうと、考えていた。


***


 丘を越えた春日は、沼沢地帯へと降り立った。


「うっひょー、生き物が豊富だなー、ここは」


 池の中を覗いたり、木々の根元や幹を見て回ったりしながら、春日は嬉しそうに呟く。怪奇現象だけではなく、虫や動物も好きで、その手のテレビ番組はかかさず見ているし、ネットでもアニマル動画や昆虫動画をよく見る。


「見た事も無いもんばかりだ。魚も。虫も。これはリスか?」


 池の淵にいた、水に濡れたリスのような生き物を見て、しゃがみこみ、手を伸ばす。

 するとリスがキーキーと声をあげて鳴きだし、春日に何かを訴え始めた。


「何?」


 嫌な予感を覚え、春日は池から離れる。ほのかに殺気も感じ取る。


 池の中から、全身が鱗に覆われ、尾びれと胸びれを持ち、しかし口には嘴、胴からは長く伸びた足、背からは翼の生えた、魚と鳥が混ざったような生き物が飛び出てきた。翼の羽根は全て葉っぱだ。

 その大きさは人と同じ程度であったが、翼を広げれば明らかに人より大きい。


 春日を捕食するつもりなのか、巨大鳥魚は翼をはためかせて水を飛ばし、春日に飛び掛ってきた。


「都市伝説型怪奇現象発動! 集団ダッシュ噛み付きお歯黒婆!」


 春日の叫びに応じて、何も無い空間に突如として十人以上の人影が現れ、一斉に猛スピードで巨大鳥魚へと殺到する。

 黒い着物に、お歯黒を塗った老婆達が、笑いながら鳥魚に食らいつく。鳥魚は抵抗虚しく、あっという間に体中を噛み千切られ、絶命した。


「よし、ここでもちゃんと俺の能力使えるな」


 異星だからといって使えなくなる道理というのも無いが、それでも春日は安堵する。


 その直後、水の中からさらに同じ巨大鳥魚が三体、追加で飛び出てきた。


「マジかよ~……。怪奇現象発動! トイレの中から出てくる白い手!」


 巨大魚が攻撃に移る前に、春日が能力を発動した。白く長い手が現れ、巨大鳥魚の一匹の足を掴む。

 残る二匹が動き出す直前に、白い手が掴んだ巨大鳥魚を振り回して、二匹のうちの一匹をおもいっきり殴りつける。


 残る一匹に対しては銃を撃って対処する春日。頭に銃弾を受けた巨大鳥魚は、あっさりと死んだ。


 残りの二匹も銃で始末し、能力を使うまでもなかったと思っていたその時――


「キーキキーッ!」


 リス? が鋭い声をあげる。春日は後になって思う。あれは油断するなと叫んでいたのではないかと。あのリスは自分を助けようとしていたのではないかと。


 一体どこに潜んでいたのか、背後から巨大鳥魚が春日に襲いかかり、そのまま春日の背中に体当たりして、押し倒した。

 長く伸びた脚でもって、想像以上に強い力で、春日を押さえつけてくる。嘴が後頭部めがけて突き出されれば、それで終わりだ。春日は死の恐怖を覚える。


「強欲に踊る奴隷商人」


 明らかに日本語による声――それも女の声がしたかと思うと、春日の体が軽くなった。


 起き上がって後ろを見ると、巨大鳥魚の全身に、赤黒く光る太い鎖が巻かれている。巨大鳥魚は必死にもがいている。


「早く撃つんだ」


 鎖を手元から伸ばしている、血で汚れたセーラー服姿の美少女が、静かに促した。


 春日が巨大鳥魚の頭を撃ち抜くと、鎖も消えた。


「ふぃ~、助けてくれてありがと~。オイラ、春日祐助。怪奇現象ハンターさ」

「わけのわからない自己紹介ね。じゃあ私ももっとわけのわからない自己紹介しておくとするか。私はアルラウネ・オリジナル。この星で生まれたらしいけど、気がついたら地球にいて記憶喪失で、あの光の門が開いたから、里帰りした所」

「ああ、純子の知り合い? 純子もよくアルラウネがどーとか言ってたし。オイラ一緒に来たんだよー」

「知り合いだ。君もか」


 アルラウネが横を向いて歩き出す。


「どこ行くの?」

「ここいらのチェックポイントだ。君もよかったら来い」

「はいはい、行く行く」


 アルラウネに呼ばれ、軽い足取りでついていく春日。


「チェックポイントに戦闘が合ったことも書き記しておこう。興味があったらチェックポイントを見てくれ。私が一日以上かけて、この辺の情報をいろいろと記している」

「あいよー。拝見させてもらいまーす」

「門前のチェックポイントの情報も、そろそろ増えているかな……。後で見てこよう。ところで君は、純子とはぐれたのか?」

「いやあ、こっちに怪奇現象の気配が色濃く漂っていたから、あえて別行動しただけだよ。君は?」

「似たようなものだ」


 曖昧な答えを返し、小さく息を吐くアルラウネ。


「私はここと門前しかまだ見て回ってない。この沼地の生態系の調査だけでも一苦労だし、門が閉じるまでの間に、果たしてどれだけの調査ができるのか……。しかもこの辺はこいつらのように、大型の肉食動物が多い」


 何より、自分の仲間と都合よく会えるのか、アルラウネはそのことを一番心配していた。

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