第四十三章 5

 純子、真、みどりの三名が研究所に帰還すると、美香が待っていた。


「かくかくしかじかというわけだ! あの光の先に私も入りたい! 純子と霧崎はあの中に入れる許可を取ったというので、一緒に入れてほしい!」

「いいよー、でもちょっと待ってねー。常人が生身で入ると、二酸化炭素中毒になっちゃうからねー」


 そう言って純子は、研究室へとこもり、一時的にアルラウネと同じ体質へと変化できる薬品の製作に入った。


「できたよー」


 薬品の製作とやらは五分もかからず終わった。


「細菌及び寄生虫予防効果も兼ねているからね。これを飲んだ後なら、虫とかに触ってもいいよー。ああ、でも毒持ってるのもいるかもしれないから、毒が有りそうな生き物は、触るの控えておいた方がいいかもねえ」

「見てわかるのか、それ」


 純子の注意に、真が突っ込む。


「あとでゆーすけ君にもあげよう。累君もね。ところで、その探している子って、どんな子?」

「これだ! 名前は佐保田学!」


 美香が依頼者の息子の顔を映し出す。


「うっひゃあ、可愛くねーツラの餓鬼。目が死んでるよォ~」


 思ったことをあけすけに口にするみどり。


「もう死んでるんじゃないか?」


 これまた思ったことを容赦なく口にする真。


「依頼内容に、生きて連れ帰れという条件は無い! ただ探して見つけて連れ戻せと言われただけだ! それならそれで仕方ない!」


 真に言われるまでもなく、美香もそれは漠然と考えていた。依頼者である母親とて、その不安は当然あるだろう。


「一応十三号も連れて行くつもりなので、彼女の分の薬も頼む!」

「はいはい」

「二号は?」


 みどりが尋ねる。


「あいつは留守番だ! みどりは二号が来なくて寂しいか!?」

「べっつに~、ありゃみどりの天敵だし、いなくてせいせいだよォ~」


 にやりと笑う美香に、そっぽを向くみどり。


「行くのは明日ね~。他にも一人同行する人いるけどよろしくー。あ、累君も加えてあと二人か」

「応! 準備しておく! しかし楽しみだ! 別の星に宇宙旅行に行くなんてな!」


 わくわくしている様子を隠しもしない美香。息子が戻ってこずに不安でいる依頼者のリリカには悪いが、美香はそれが楽しみでこの仕事を引き受けた面もあった。不謹慎だと自覚もあるが、楽しみなのは仕方ない。


「宇宙旅行って感じはしないけどな。宇宙船に乗って宇宙を渡るわけでもなく、いきなりワープっていう味気なさだ。だからあまり期待しない方がいい」


 真がまた余計なことを言い、美香の顔から笑みが消えた。


「水を差すような発言をするな!」

「真兄、またデリカシーの本買って?」

「悪かったよ……」


 美香とみどりに睨まれ、真は小さく息を吐いて謝った。


***


 賭源山には未だに大勢の人間が、光の塊の前に集まっていた。無論、警察官もいる。

 そこに宇宙服で身を包んだ三人組が現れたので、全員ギョッとする。


「今から調査に入るのかー」

「いいなあ、俺も入りたい」

「異世界転移さえも、選ばれた人間だけの特権とか、現実死ね」

「だからあれは異世界への門じゃなくて、別の惑星へ繋がるワームホールだと言ってるだろうっ」


 群集がざわめく中、三人は光の中へと入っていた。


『透明人間解除』


 双頭の美少女が同時に喋り、宇宙服の三人組の横に現れた。牛村伽耶と麻耶だ。

 姉妹は宇宙服などなくても、この惑星で平気になる魔術をかけてある。そしてここに来るまでの間に、人目につきたくなかったので、透明になって移動していた。


「信じられない。ここが別の惑星なのか……」


 宇宙服に身を包んだ一人が言った。彼の名はネーサン・ポロッキー。貸切油田屋日本支部の兵士である。


「地球とは思えない光景だな。特に空の色は」


 青紫の空を見上げそう言ったのはハヤ・ビトンだ。


「うーむ、素晴らしい。おお、生き物がいるぞっ! 明らかに地球では見ない生き物だ。何だこれはっ!? こっちのこれは、亀の背に葉の羽だと!?」


 興奮しまくって騒いでいるのは、博士と名乗った人物だった。貸切油田屋の構成員であることは確かだが、詳しい素性はビトンもポロッキーも知らない。彼が今貸切油田屋の調査活動の中心人物であり、ビトン達はその補佐と護衛という役割だ。


「立て札がある」


 伽耶が言い、指差した先には、確かに立て札が立てられていた。


「日本語が書いてある」

 目のいい麻耶が言った。


「いきなり気分台無し」「ここ、実は日本じゃない?」


 二人が同時に言いつつ、立て札へと近づいていく。他の宇宙服三人組も立て札へと向かう。


『いつまでも名前無しでは面倒なので、この惑星の名称は『グラス・デュー』に決定。異論は認めない。グラス・デューと呼ぶように。なお、丘の先にある沼地は獰猛な寄生生物が多数生息し、危険なので近づかない方が無難』


 立て札に書かれていた文章を見て、伽耶と麻耶は同時に眉をひそめた。


「誰の仕業?」「勝手すぎて逆らいたくなる」

「純子の仕業とは思えないしなあ……」


 伽耶と麻耶が同時に言い、次にポロッキーが言った。貸切油田屋には秘密にしていたが、ポロッキーはSNSで、純子とよく会話する仲になっていた。


「ここに入った者はそれなりに多いと聞いた。最初に発見した子供達や、その後すぐに訪れたUFOマニア達。そして許可を取って調査に来た者もいれば、無許可でこっそりと入った者もいるだろうね」

 と、ビトン。


「光の門の前にいた警官の目を潜り抜けて入れるとなると、超常の力の持ち主でないと無理だろうがね」

 と、博士。


「丘の先が危険だと、親切に警告してくれているのか。あるいは見せたくないものがあって、それを独り占めしようとして寄せ付けないようにしているのか……」


 ビトンが立て札を見て呟いていると、立て札の裏に何かがくくりつけられている事に気がついた。

 それは今時珍しい、液晶ディスプレイのタブレットだった。おそらくは立て札を立てた者が残していったものだと思われる。


『ここを探索者達の情報交換のチェックポイントの一つとする。見終わったら電源を切ってそのままにしておくように』


 ディスプレイを映すと、まずそのような文章が出てきた。その下に、この惑星の気圧や温度や大気成分や重力などが、こと細かに記されている。


「信じていいのかな?」「親切」

 伽耶と麻耶が呟く。


「一応親切のつもりだと思うが……。探索者同士で相互協力しおうという計らいじゃな。そして二酸化炭素だけが問題なら、宇宙服はいらないかもしれん」

 博士が言った。


『それなら私達が魔術で何とかする』


 牛村姉妹が魔術を発動し、三人も二酸化炭素の濃度も耐えられるようにしてもらい、宇宙服を脱ぐ。


「ふー、すっきり。重くてしんどかった」

「しかし帰る時はまた着ないと……。これも高いものだしな」


 ポロッキーが伸びをし、ビトンも首を鳴らす。


 その時、突風が吹き荒れた。皆思わず顔を腕で覆い、牛村姉妹はスカートの裾を押さえる。ちなみに姉妹は制服姿である。


「くぉおぉぉぅおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉおぉおぅっ!」


 長く尾を引く咆哮がどこからか響き渡った。


「何だ、今のは……」

「どこかに凄い生き物がいて叫んでいるのか?」

『凄くヤバい雰囲気だった』


 ビトン、博士、牛村姉妹がそれぞれ言った。


 それから五人はすぐ側にある森の中へと入る。


 博士が道中でいちいち木や小動物を観察しながら、少しずつ移動していく。ビトン達はいつでも銃を抜けるようにして、警戒を怠らない。


 それから約二時間、調査しながらのゆっくりとした歩みで森の中へと進んでいくと、また立て札が立っていた。


『残念。もうこの辺りは何人も調べている模様』

 立て札にはそんな文が書かれていた。


「誰だよ、この立て札立ててるのは」

「正直イラッとする」「子供の悪戯」


 ポロッキー、伽耶、麻耶が呆れる。


「ここにもタブレットが……」


 ビトンが立て札の裏からタブレットを取り出し、博士へと渡す。


「ここもチェックポイントか」

 博士がディスプレイを映す。


『森の生態系の調査結果報告。ここに記されていないことは、新たに追記しておくべし』


 土中の微生物や最近に至るまで、調査報告が記載されていた。

 記載者の中には、名前を書いている者も一人いた。霧崎剣だ。しかしそれ以外にも調査報告を載せた者がいるようで、霧崎は自分の調査部分だけをちゃんと明記している。


「見えない探索者同士で相互協力していく形というわけか。それはいいが、独占しようという悪意ある者がここに足を踏み入れたら、おじゃんになりそうじゃな」


 そう言って博士が、興味深そうに調査結果を見る。


「いやあ、助かるな、この報告は。しかし一応自分の目でも確認し、照らし合わせていきたい」


 博士も自分の調査結果で、記載されていない情報を書き込んでいく。


「虫とか採取しないんですか?」

 ポロッキーが博士に尋ねる。


「採取できる分は採取したいが、ここが地球と異なる惑星であれば、地球に持ち帰って平気なのかという問題もあるのでな。生命が生存できる惑星といっても、地球とは環境が異なるからのう」


 と、博士が言ったその時であった。


 ポロッキーとビトンの目つきが変わった。気配を感じた。悪意に近い気配の接近を。

 木々の合間から、それは現れた。


「子供……」

 博士がぽつりと呟く。


 現れたのは小学生くらいの子供だった。五人を前にしても、何の感情も表さず、観察するようにじっと見つめてきている。


(最初に光の中に入ってそのまま戻ってこなかったのが、山の中で遊んでいた小学生だったというが、この子が?)


 二酸化炭素の濃度がキツめというこの地で、よく生きていられたものだと、ビトンは不思議に思う。


「はじめまして。俺、佐保田学」


 作り笑いを浮かべ、その子が自己紹介する。


「ちょうどお腹がすいてた所なんだ。ちょっと食べさせて」


 学の口の端が裂ける。大きくぱかっと開いた口の中には大量の牙が何重にも並び、喉の奥からは植物のツルのようなものが何本も伸びて、地面にまで垂れ下がって蠢きだす。両手は大きくふくれあがり、何重もの厚く大きな鱗に覆われている。そのツルと手が武器になることは容易に予想できる。


「あーん!」


 助走も無しに10メートル近く一気に跳躍し、飛びかかる学。狙いは牛村姉妹だった。


 ビトンとポロッキーが同時にサブマシンガンを撃つ。空中にいる学は銃の衝撃によって狙いを狂わされ、牛村姉妹とは大分離れた場所へと落下した。


「いけないんだあ、子供を銃で撃つなんてえ」


 おどけた声をあげ、へらへら笑いながら学が立ち上がる。傷口から緑色の体液が溢れだし、体内の銃弾が一斉に吐き出され、地面へと落ちた。

 落ちた銃弾を一瞥し、ビトンは戦慄した。銃弾の半分ほどが溶けていたからだ。


「体液に触れないようにしろ。溶かされるぞ」

 ポロッキーを意識して注意を促すビトン。


「触らないでいられるかなあ~?」


 学の口からツルが一斉に放たれ、目にも止まらぬ速さで振り回される。

 ポロッキーとビトンの二人はかわしたが、ただツルが振るわれただけではなく、ツルに体液がつたっていて、それらが同時に撒き散らされていた。

 ビトンもポロッキーも体のあちこちに体液を浴び、服が、肌が溶けだす。致命傷には程遠いし、深刻なダメージとも言いがたいが、だからといって食らっていいわけでもない。目に入れば失明しかねない。


「悪い子はねんねしなー」「溶けた部分がもりもりー」


 牛村姉妹が即興の呪文を唱え、魔術を発動させる。伽耶の術で学の動きがあからさまに鈍くなり、やがてその場に崩れ落ちた。麻耶の術は、ビトンのポロッキーの傷を癒して元通りにする。


「すごいな……」


 ポロッキーが呻いた直後、目を閉じたまま眠りこけている学の体が起き上がった。そしてダッシュで逃げ出す。


「ちゃんと寝かしたのに」


 あっという間に小さくなる学の後姿を見つつ、不思議そうに言う伽耶。


「人間部分は寝かしたけど、植物部分には効かなかったんだと思う。あいつは人間と植物が混ざっている」


 一方で麻耶は、学の正体を見抜いていた。


「なるほど。次会ったら気をつけないと」


 麻耶が見抜いて、自分にはわからなかったことに、伽耶は密かに悔しさを覚える。


「人に寄生する植物か。ここも安全ではないということじゃな」


 博士の言葉に、他の四人の表情が引き締まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る