第四十三章 4

「その時、我々はとんでもないものを発見した! 何とそれはセーラー服姿の女の子! あろうことか、遠い宇宙の彼方の未知なる惑星で、セーラー服の女の子が倒れていたのである!」


 みどりがノリノリに実況する。

 倒れている美少女に、純子と霧崎は見覚えがあった。


「アルラウネオリジナルか」


 霧崎が倒れている少女の正体を口にする。


「久美ちゃんだ」

 純子が倒れている少女の名を口にする。


「なるほど、賭源山という縁に引かれたわけかー。つまり……」

「まさかここで彼女と会うとはね。目ざとく嗅ぎつけたか」

「来夢達が追っていた宗教団体の女だな」


 純子、霧崎、真が続け様に言った。


「腹に血が……」


 真が呟く。セーラー服の白い部分が真っ赤に染まっている。


「服も穴だらけだし、激しい戦闘があったみたいだねえ」


 純子がそう言った直後、少女が目を開いた。


「純子……霧崎……。ふふふ、君達にこんな恥ずかしい姿を見られるなんてね」


 少女――アルラウネが微笑み、ゆっくりと身を起こす。


「おやまあ、服がひどいことになっている……。久美に後で文句を言われるな」

「で、何と交戦したのだ? この惑星の生物か? 君を昏倒させるなど只者ではあるまい」


 霧崎が問う。


「あれはこの惑星の生物とは思えない。見た目は人間の女の子だったし、日本語も喋っていた。園児服も着ていた」

「あばばばば、最後の園児服でナニソレって感じ~」


 アルラウネの言葉を聞いて、みどりが笑う。


「ここって、君の生まれ故郷の星なの?」

 純子が質問する。


「そういう期待を込めて、来てみたよ」

 照れくさそうに微笑むアルラウネ。


「記憶は戻らない。でもそうではないかと思わせることがあったし、それに……この辺の風景を見ても、懐かしさのような気持ちで溢れている。だから……私は確信しているよ。ここで私は生まれたと」


 丘の上からの風景を見渡しながら、アルラウネは告げる。この風景を、異質な空の色を見ているだけで、彼女の中にノスタルジックな気持ちが波のように押し寄せてきて、心地よく満たしていく。


「ここが君の故郷なら、アルラウネと同じ体質にすることで、この星での人体への悪影響は回避可能かもねえ。一度帰って備えてくるかなー」


 真をチラ見して純子が言った。


「マスクだけじゃあ不味いのか?」


 真が尋ねる。実はちょっと気に入っていた。


「いや、マスクかぶったままじゃあ不便でしょー」


 単純に真の生顔が見えないのが嫌という理由だけであったが、それは言わないでおく純子であった。


「アルラウネも一緒に探索しないかね?」

 霧崎が誘う。


「いや……今は……その、言いづらいがここでは極力、一人で行動したい。今はそういう気分なんだ。何かあったら門の前に戻って報告する」


 そう言い残すと、アルラウネはそのまま沼沢地帯に下りていく。


「今のは本心じゃないと思う」

「そんな感じだったな。本当は誰かに側についていてもらいたいんじゃないか?」


 純子と真が言う。


「ふむ。確かに何か様子がおかしかったな。アルラウネらしくもなく、気持ちが乱れているようであったぞ」


 腕組みし、小さくなっていくアルラウネの後姿を見送りながら霧崎が言った。


「わりとあの子ってナイーブな所もあるからねえ。故郷に来たことで、ちょっと困惑気味なんだろうねえ」


 純子は特にアルラウネと親しかったので、彼女の事は一番よく知っていた。


「僕達はどうする? すぐ戻るのか?」

 真が純子の方を向いて尋ねた。


「んー、ここいらの虫とか植物をそこそこ採取して、一旦研究所に戻ろっかー」

 と、純子。


「ふむむむ、それなら私も一旦帰還するとしよう。そろそろ自分の足で地に着いているのも、耐え難くなってきた。充電したらまた来るがな。ではお先に失礼するよっ」


 霧崎が手を小さく振ると、アルラウネとは反対側に、丘を降りていく。


「あ、真君、みどりちゃん、虫や植物には直接触らないで、手袋してねー。毒とか寄生虫とか病原菌とか、何があるからわからないから」


 純子が真とみどりに、手袋とピンセットと採取したものを入れるケースを渡す。


「環境が地球と違うのにぃ……。地球に持ち込んだら、虫とかすぐ死んじゃわね?」


 みどりが疑問を口にする。一応純子は、動物実験はしない主義だ。


「このケース内にいる限りは大丈夫だよー。ここと同じ環境に固定できる仕組みだから」

「どういう仕組み~」

「私が速攻で作ったんだよ」


 みどりの突っ込みに、純子はさらりと答えた。


「それより虫同士で共食いの危険性もあるぞ」

「んー……それは問題だねえ。虫は一種類だけにしといてー。ケースは三つしかないしねえ」


 真に指摘され、純子が言った。


 それから丘を降りてまた川を渡ると、森の中へと入る三人。


「ふわぁぁ~、どの虫にしよっかなァ。一種類限定だと、わりと寂しく感じちゃうよォ~」


 森の中には結構多くの虫が目についたので、いろいろと目移りさせるみどりであった。


「虫というカテゴリーに入るのかどうか、よくわからないのがいるな。このウミウシみたいなのとか」


 翼の生えたウミウシのような生き物を掌に乗せる真。このウミウシもどきが気に入って、ケースの中へと入れる。


「自分で入れておいてなんだけど、飛んでいる虫をこんな狭いケースにいれるのも、可哀想な気もしてきた」


 ケースの中のウミウシもどきを覗き込み、真が言う。


「でも中で大人しくしてるじゃーん。ていうか……その時、異変が起こった。純姉隊長が突如姿をくらましたのであるっ」

「いないな……。どこ行ったんだろ」


 みどりに指摘され、真が周囲を見渡す。確かに純子の姿が無い。


「ここだよー」


 直後、純子の声が上からかかる。見上げるとかなり高い木の上に、純子がコアラよろしく幹にしがみついているのが見えた。


「木の上に虫じゃあないっぽい生き物がいたからさ。ほら、これ」


 降りてきた純子が見せた、その奇怪な生物を見て、真とみどりは驚いた。


 それは全身短い体毛で覆われ、フサフサした大きな尻尾があり、一見してリスのような小動物であったが、大きな違いが一つある。頭部から花が生え、背中からは細長い葉が無数に生えて後方に伸びていたのだ。

 純子の掌の上に乗って、全く怯えることも逃げ出そうとすることもなく、大人しくしているそれは、植物と動物が混ざったような生き物だった。


「寄生されている? それとも一体化?」


 リスのようなその生き物の頭に、みどりが人差し指を近づけると、口からアリクイのような細長い舌を一瞬ペロンと出して、みどりの指をなめた。リスとは微妙に違うようだと、その舌を見て思うみどり。


「あるいはこれで一つの生き物って可能性もあるねー」


 リスもどきの頭を指で撫でながら、純子が言った。


***


 アルラウネは沼地を歩きながら、共鳴が激しくなっていくのを感じ取っていた。


 この共鳴は、アルラウネ同士が近づくと発生するものだ。しかしリコピーやコピーと接近したときに感じるそれとは、かなり違うようにアルラウネには感じられた。波長もどことなくおかしいし、何よりコピーやリコピーに比べて弱い。しかし激しいと感じるのは、弱いながらも複数鳴り響いているが故だ。


(まさか……この沼地のどこかにいるのか?)


 そんな期待を込め、広い沼沢地帯を見渡す。小さな池が複数有り、木々が転々と生え、丘との向かい側には巨大な沼が広がっている。

 ふと池の中を覗くと、池の中に魚を発見する。しかし地球の魚とは激しく異なる部分がある。


 魚を捕まえて観察する。

 魚の体表には、数多くの水草が変えていた。いや、体の中から水草が生えているのだ。表面に草をつけているというわけではない。少し引っ張って手ごたえを確かめてみてわかったが、明らかに体内から生えている。体の奥まで根付いている。

 その魚から――いや、魚と一体化している植物との、微かな共鳴を感じ取る。


「そういうことか……」

 アルラウネは理解した。


 この沼地一帯に、おそらくは自分に近い種の寄生植物が、数多く群生しているという事に。それに共鳴していたのだ。


「同じ種は……いないのか?」


 会ったところでどうなるかわからないが、それでも会いたいと切に思う。


(いろんな人間達と親しくなったが、どうしても壁を感じていた。自分は彼等とは違うという意識ばかり募らせて、孤独を引きずり続けていた。しかし……私は今こうして実に唐突に、生まれ故郷に帰ってこれた。どうしても期待してしまう。具体的に何を望むではない。ただ、会いたいだけだ)


 会ったとしても、意外と何も感じないかもしれないが、それならそれでいいし、とにかく今は、ただ同族に会いたいという想いだけに捉われていた。

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