第四十三章 3

 月那美香の裏通り用の事務所に、一人の女性が訪れた。

 歳は三十代後半ほど。わりと美人であるが、険のある顔だった。女は男以上に、歳を取るほどに人間性が表面に現れると、いろんな人を見て美香は結論づけているので、一目見ただけであまりいい印象を覚えなかった。十代半ばの小娘であると自覚しつつも、人物観察眼には絶対の自信を持っている。

 そしてその女性から、やっかみと敵意と侮蔑とが複雑に混じった視線を感じていた。こういう視線を浴びせられるのも、美香は敏感に感じ取る。慣れている。


 依頼者の女性の名は佐保田リリカ。専業主婦だという。


「賭源山の騒動は御存知? ネット上だけで、テレビや新聞では一切報道されていませんが」

「知っている!」


 美香が叫ぶと、リリカは露骨に眉をひそめる。


「本当に日頃からそんな風なんですね」

 苛立ちを隠そうともせず、リリカは告げる。


「気に障ったなら失礼! で、依頼は!?」

「気に障っているとわかっていても、改めませんのね。実はあの光の門の中に、私の息子が入ってしまい、行方知れずとなっています。息子とよく遊んでいるタチの悪い友達の話によると、賭源山に現れた光の、最初の発見者が息子とその友達の子供達で、その中の何人かが光の中に入って行きましたが、出てこれた者とそうでない者がいるとのことです。この件、警察に話しても、現地には行かないようにという、そんなおかしな答えしか返ってきませんでした」

「それで仕方なくここに来たわけか!」

「わかっていることまでいちいち叫ばなくてよろしくてよ」

「重ね重ね失礼!」

「失礼なのはあのババアだろ……」


 応接室の外でこっそり様子を伺っていた二号が、忌々しげに呟く。


「失礼とわかっていても態度は改めず。見くびられているのかしら? あるいは素でおかしいの? 貴女、裏通りと芸能界という、普通ではない世界に首を突っ込んでいるようですけど、学校にはちゃんと行ってらっしゃるの?」

「中学もろくに行ってないが、同世代よりはずっと博識で聡明だぞ!」


 特に誇るわけでも奢るわけでもなく、事実として認識していることを口にする美香。しかしそんな美香の物言いと態度は、リリカに傲慢で恥知らずとしか映らなかった。


「何を言うかと思えば……学校にも通っていない子が、ちゃんと学校に通っている子より頭がいいわけがありません」


 ぴしゃりと言い切るリリカ。二号が歯軋りして扉を爪で研ぎだす。しかし美香は全く顔色を変えない。


「何つー気分の悪い女だ。依頼しにきて喧嘩売るとか、こんな馬鹿な女の依頼なんて断っちまえってんだ」

「しーっ……二号、声が大きいですよ」


 十三号が二号の後ろにやってきて注意する。


「うちの息子もおかしな友達作ってしまっているせいで、こんなトラブルに巻き込まれて……。だから私は友達なんか作るのは反対だったのに。子供は勉強だけしていればいいんです。そのための学校や塾なのに」

「てめーの息子は不幸だなァ。てめーみたいな母親を持って」


 とうとう我慢できなくなった二号が、十三号の静止を振り切って、部屋に乱入し、怒りに満ちた低い声を発する。


「何なの、あな……」

「黙って聞いてりゃいい気になりやがって……。いい歳こいて、てめーみたいな非常識でド低脳で礼儀知らずで差別的な馬鹿女が、人の親になっちまってる事が悲劇だわ。子供超カワイソー。きっと苦しい思いしてるぜー? むしろ死んでたら、馬鹿親から解放されてよかったくらいまである。来世に期待できますしー」

「礼儀知らずはお前も同じだろう!」


 思わず笑いながら突っ込んでしまう美香であった。


「つーか劣等感の裏返しだろばーか! カタにハマって糞みたいな人生送ってるから、うちらの生き方がうらやましいんだろばーか!」

「馬鹿者! そのカタにハマっている人達が、社会を支えているんだ! さらに言えば、私達のファンの中にもそうした人達がいるんだぞ! それらもまとめて見下すような言い方は許さんぞ!」


 流石に二号のこの罵倒は見過ごせず、笑みを消して怒号を発する美香。


「うぐぐぐ……オリジナルをかばったつもりだったのに……そのオリジナルに叱られた~。うわ~ん」


 わざとらしい泣き声をあげ、部屋から退散する二号。


「私の方もちょっと感情的になりすぎましたね。あの子の言ってること、少しは当たってましたし。ごめんなさい」


 小さく息を吐き、リリカは謝罪する。


「他に頼るところもないので、どうかよろしくお願いします」

「了解した!」


 リリカが帰った所で、美香はリビングへと向かい、十三号と顔を合わせる。


「二号はどうした!?」

「塩を撒きに行きました」

「しょうがない奴だな!」

「あー、胸糞ワリーッ!」


 二号が肩をいからせながらリビングに入ってくる。


「オリジナル、あんな失礼千万な奴相手に、全然動じないっていうか……いつもならストレートに怒ってるのに、今日は大人な感じだったのは何でよ?」 


 不思議に思って尋ねる二号。


「いろいろ考えさせられるというか、身近な存在だったからな」


 ソファーに座り、声のトーンを落として語りだす美香。


「親となった者の中に、果たしてどれだけまともな大人がいるか? 私は昔からよく考えていた。頭の中が子供のまま歳だけとって、ろくでもない大人、ろくでもない親になってしまった者が多いのではないかと。少なくともうちの親はそうだった」


 憂いを帯びた表情でそこまで語ったところで、美香の口元に微笑がこぼれる。


「そんな馬鹿親の元に産まれた子は不幸か? 苦労するのは間違いないだろうな。でもな、それでも私は今、この世に生を受けてよかったと思える。私を作ってくれたことに感謝もしている。馬鹿親に苦しめられている子も、いつか何かのきっかけで親を許せる時がくる事もあると、私は知ってしまった。逆に子を苦しめている馬鹿親も、自分の愚かしさに気付くケースもあるという事もな。もちろん全てがそうなるとは限らないが」

「オリジナルは……親御さんと打ち解けたのですか? この間実家に帰っていたようですが」

「ああ、だからこんなことを言えるのだ!」


 十三号に問われ、美香はいつもの調子に戻って、快活に答えた。


「真もそうだったらしい! というか、真に勧められてな! しばらく離れていたら、うちの武術馬鹿の頑固親父も、大分柔らかくなっていたし、私の苦しみや努力にも理解を示してくれた! 嬉しかったし、救われた気分だったぞ!」

「へっ、だからっつっても、今の感じ悪い非常識糞女だって、必ず改心するわけじゃねーじゃんよー」


 まだ怒りの収まらない二号が、憎まれ口をたたく。


「それはそうだがな! しかしそういったことを経験したが故、私は今の依頼者の態度や物言いにも、頭にくるということができなかった! ああ、幼いままなんだな程度で、哀れとしか感じられなかった! 何かきっかけがあって自分の愚かしさに気づき、子を苦しめるのをやめればいいなと、自然に思えた!」

「オリジナルも人見下してるじゃんかー。それなのにあたしのことは悪者扱いかよ。ぺっぺっ」


 爽やかな笑顔で話す美香に、二号はさらなる不満を募らせるのであった。


***


 魔術教団コンプレックスデビル本部。シャーリー・マクニールの私室。


「シャーリーさん……わりと大変なことになっちゃってますけど、放っておいていいんですかねー?」


 ネットで賭源山に現れた光の塊について読み漁りながら、竜二郎がシャーリーに声をかける。


「私達が発端だけど、こうなるともう、私達にもどうにもできないじゃない……」


 アンティークドールの手入れをしていたシャーリーが、アンニュイな顔で言った。ちなみに、部屋中あちこちに人形が置かれている。


「行方不明者も出てるって」

「あんなのに勝手に入るのもどうかと……」


 伽耶と麻耶が言ったその時、受付からのインターホンが鳴った。


「『貸切油田屋』日本支部のおえらいさんが私に用事だって……」


 シャーリーが受付からの連絡を聞いて、訝しげな表情で報告する。


「変なところに目つけられましたねー。どんな悪いことしたんですかー?」

「光の門の件」「きっとあれ」


 竜二郎が茶化し、牛村姉妹が真顔で同時に言う。


 やがて部屋に二人の人物が通された。一人は精悍で屈強そうな白人男性。歳は壮年と中年の間程と思われる。もう一人は、三歳児か四歳児くらいの可愛らしい白人の幼児だった。


「『貸切油田屋』日本支部のハヤ・ビトンといいます」

「単刀直入に用件を告げるが、穴の先の調査に協力してほしい。あの光の穴の先が別惑星に繋がっている事も知っているし、あの穴を開けたのが貴方達であることは、調べがついている」


 ビトンが自己紹介した後、ビトンの隣にいた三歳くらいの幼児が、幼児らしからぬしっかりとした口調で要求した。


 シャーリー側に、疑問は幾つかあった。何故それらの情報を知りえたか。彼等が何故そのような調査に挑もうとしているのか。この幼児は何者なのか。


「きっと教団内のリーク」「どうしてわかったの?」

「リークか」


 伽耶が真相に気付いて呟くと同時に、麻耶が尋ねたが、伽耶の言葉を聞いて納得した。


 コンプレックスデビル内には、シャーリーを快く思っていない者も多く、その行動を監視している者がいても不思議ではない。それでなくとも、賭源山に出向いた当日は、シャーリーの弟子達が全員揃って出かけていたのだ。どうしても目立つ。


「貸切油田屋としては、繋がった惑星を調査したいと考えている。儲けのためにね」


 敬語をやめ、自分達の目論見をぶっちゃけるビトン。


「穴の先の調査に協力してほしい。日本の支配者層にはすでに許可を取ってある」

 幼児が告げた。


「私達はそういう専門家ではありませんよ」

 と、額を押さえてシャーリー。


「しかしあのワームホールを繋いだからには、強力な術士なんだろうし、あの門がいつまで持続するか等も、計測できるだろう? どちらの意味でも力を借りたい。ギャラは弾む」

 幼児が食い下がる。


「行きたい」「私行っていい?」

 伽耶と麻耶が同時に申し出る。


「貴女達、学校はどうするのよ……」

 呆れるシャーリー。


「麻耶、学校と宇宙探検、どっちが大事?」

 伽耶が問う。


「愚問。学校の方が大事とか言う人は、脳がどうかしてる。きっと脳に柿の種がいっぱい詰まってる」

 麻耶が答える。


「じゃあこの二人を付き添いで……」


 答えは決まったので、シャーリーが溜息混じりに許可した。


***


 とある和風邸宅。


「奴等に力を与える結果になるかもしれないが、いいのか、な?」


 縁側に腰掛けて茶をすすりながら、朽縄正和が確認する。


「敵対関係から一変して友好関係になったことを考えると、断りづらいんだよう。勝手に調べに行ってもいいのに、わざわざうちらに許可を取りに来た事も、無碍にしづらい理由~」


 池の鯉に餌をばらまきながら、白狐弦螺が答えた。

 貸切油田屋が賭源山に現れたという光に興味を抱き、先ほど、弦螺の元に、調査の許可を取りに来たという。


「行方不明者の捜査はどうなってるんだ、な?」

「霧崎教授と純子に任せたよう。でも真面目にやってくれるかどうかわかんないよう」

「最初からそんな奴等に任せるんじゃないんだ、な」

「あははは、もっともすぎるるるる」


 呆れる正和に、弦螺は無邪気に笑った。

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