第四十三章 2
身に備わった異能の力を駆使し、押し寄せた群集や、それを阻む警察官達の目に留まることなく、彼女は光の中へと入ることができた。
そして異なる惑星に足を踏み入れた瞬間、自分の中で大きな変化が起こったことを実感する。まず欠けていたものが埋まったような、そんな感覚。そして激しく心臓が高鳴り、久美の体内に寄生しているアルラウネが、強く反応している。
アルラウネは常に郷愁のようなものを引きずりながら生きていた。しかしその気持ちの正体が、自分が生まれた
今の久美の表面に現れているのは、体の持ち主である久美ではなく、寄生しているアルラウネの方である。
三ヶ月前、新興宗教団体『享命会』の長となった久美を、アルラウネは新たな宿主にした。
アルラウネには幾つか目的があるが、この三ヶ月間、特にめぼしい進展も無く、ただ久美の活動を見守っていた。
しかし先日、かつて自分の分身達の住処にしていたあの賭源山で、別世界だか他の惑星に繋がる門が開かれたという、眉唾ものの噂でネット上が盛り上っているのを知り、その噂に多大な興味を抱いたアルラウネは、久美の休日に合わせて現場を訪れた次第である。
アルラウネは地球とは異質な光景を目にして、目を細めた。
「嗚呼……これは、間違いない……」
確信を込めて、感慨を込めて、呟く。記憶は依然として戻らない。何も思い出せない。しかし心も体も確かに覚えている。反応している。
この地こそ自分の生まれ故郷であると、アルラウネは実感した。
(賭源山に門が開かれたということは、やはり何かしら関連性があったのか? 縁に引かれただけか? 私もこの山に出現したという話を聞いたからこそ、こうして足を運び……実際大当たりだったわけだが)
運命は存在する。縁に引かれてこういうことはよく起こる。しかし運命で解決してしまうのではなく、物理的な関連性を疑いたいと、アルラウネは考える。この門がいつまでも開いている保障は無い。
アルラウネとしては、故郷と思われるこの場所で、具体的に何が得られるかもわかっていない。何かあればいいなという、漠然とした期待。何より、記憶が取り戻せたらいいという願望だ。
アルラウネが周囲の風景を眺めながら、思索していたその時だった。
突然強風が吹き荒れる。アルラウネは思わず蹲り、顔を片腕で覆う。
謎の強風は三十秒近く続いた。
そして――
『くおぉぉぉぉおぉぉぉおぉ……』
低い叫び声が、周囲一帯に響きわたった。
「週末には強い風が吹く……」
ずっと覚えているフレーズを口にする。この意味はわからない。しかし……生まれた星に関係する何かであることだけは、わかっている。
「これのことかな?」
風が吹いてきた方を見る。透明度の高い綺麗な川が流れ、川の向かいは斜面になっていた。
アルラウネは川を越え、丘の斜面を登っていった。
丘の上に辿りついたその時、さらに激しい共鳴に襲われ、アルラウネは己の胸を押さえる。
丘のさらに向こうは沼沢地帯になっていた。水の中から所々に草木が生えている。手前の門近くにあった森の木々とはまた形状が異なる。
こちら側の草木は淡い緑色だった。しかし木の幹は薄紫だ。沼は空の色を綺麗に写している。
全体的に薄く淡い色が多い世界と感じる。
(知っている? 馴染みが深い?)
水の中に根を下ろしている木々を見て、アルラウネはそう感じ取る。
アルラウネが沼沢地帯へと歩を進めようとしたその時、気配を感じ取り、横を向く。
何者かが自分のいる方へと向かって飛来してくる。
それはアルラウネの前方上空で空中制止した。
シュールな光景であった。地球とは異なる惑星に、園児服姿の四歳か五歳くらいの幼女が空中に浮かび、超然とした面持ちでアルラウネを見下ろしていたのだ。
幼女の右腕には、武骨なクロスボウが装着されていた。さらに両手は、格闘家が試合につけるようなグローブがはめられている。
「人間と思われし者を発見。非常に強いアルラウネ反応有り。推測――アルラウネのオリジナル」
幼女が可愛らしい声で、しかし機械的な口調で口にしたその言葉に、アルラウネは驚いた。
「日本語を喋っているし幼稚園児だし空も飛んでいるし、随分とまたこれは……」
流石のアルラウネもこの展開には面食らっていた。しかもここは地球とは異なる惑星だ。もちろん地球でこんなものと遭遇しても驚くが。
「イエス、マイマスター。これよりアルラウネオリジナルの捕獲に移行する」
「へえ……」
抑揚に欠けた高い声で口にした園児服の幼女の台詞に、アルラウネは感心したような声をあげ、笑みをこぼした。
「私が何者か承知のうえでその発言か。君のマスターとやらはかなりの――」
「警告する。貴女は私の捕縛対象となった。抵抗すれば外傷も禁じえない」
アルラウネの言葉は、幼女の一方的な警告によって遮られた。
「言語は解しても、会話は通じない輩のようだね」
クロスボウを構える幼女を見て、アルラウネは皮肉っぽく笑う。
幼女が左手でクロスボウの弦を引くと、光の矢が生じる。
「エンジェルバリスタ」
武器の名か技の名かは不明だが、幼女が弦から手を離した瞬間、クロスボウから無数の光の矢が放たれた。一本だけ直進し、他は様々な角度から放物線を描いて、アルラウネに降り注ぐ。
光の矢がアルラウネに着弾するのを見届けることなく、幼女は振り返り、拳を振るった。
「何だと……」
幼女の後方へと転移したアルラウネが、振り返った幼女の拳で腹部を打ち抜かれて呻く。
「行動予測、後方への転移による回避と不意打ちの確率は79%。予測――的中」
アルラウネの腹の中で小さな拳をぐりぐりとねじってかき混ぜながら、幼女は機械的に己の予測と結果を告げる。
アルラウネが体のあちこちから、先端が鋭く尖った枝を無数に生やし、幼女の体を串刺しにせんとする。さらには枝の先から腐食性樹液も出したが、幼女は素早く反応して、アルラウネから一気に距離を取り、これらの攻撃をかわした。
「攻撃タイミングの予測――再び的中」
「舐めてくれるものだな」
体から生やした枝をひっこめて、腹部の傷を押さえて回復をはかりつつ、アルラウネは幼女を睨む。以前の体とは違い。再生能力も多少は備えているが、あまり強くは無い。常人よりは丈夫だが、深刻なダメージを受け続ければ、わりとあっさり死ぬので、気をつけないといけない。
「メガトン・デイズ」
クロスボウに光の矢をつがえ、幼女が技名を口にすると、幼女のいる空間が眩い光であふれた。
アルラウネは目を閉じることなく、光を直視したまま、地面に急降下して攻撃を回避する。クロスボウから放たれた一条の光が、途中で爆発的に広がって、光の大奔流となって、アルラウネがいた空間を覆い尽くしていた。
「強欲に踊る奴隷商人」
降下直後、赤黒い光の鎖がアルラウネの手より上空めがけて放たれ、幼女の小さな体に巻きつく。
「回避失敗」
慌てることなく状態を口にした直後、幼女の体が大きく振り回されて、地面へと叩きつけられた。
幼女を地面に叩きつけたとほぼ同時に、アルラウネは幼女の真上に転移し、幼女の顔面を思いっきり踏みつけた。
頭部を砕くつもりで踏みつけたにも関わらず、鉄の塊でも蹴りつけたような感触を覚え、アルラウネは舌を巻く。
「身体能力――膂力は強化型マウスの中の上程度。パンツの色は白」
「それは冗談のつもりなのか真面目なのか……」
平然としている様子の幼女の台詞を聞いて、思わず苦笑するアルラウネ。
「カニバリズムブレイド」
幼女が手をかざして技名を口にしたので、急いで身を引くアルラウネであったが、遅かった。小さな手より黒い三本の湾曲した刃が生じたかと思うと、不規則に舞い踊り、そのうちの一本がアルラウネの肩口をかすめた。
激しい脱力感を覚え、膝をつきそうになるアルラウネ。切られたと思った肩に傷は無い。しかし肩に斬撃を受けた感触は確かにあった。
(肩から……吸われた?)
自分の体に何が起こったのかを理解するアルウラネ。
「メガトン・デイズ」
幼女から再び光の奔流が放たれる。
空間転移で回避し、幼女の側面に現れるアルラウネだが、幼女は超反応してアルラウネの方に体ごと向いた。
「ボーンクラッシュ」
幼女がアルラウネの懐に飛び込み、技名を呟きつつ、小さな拳をアルラウネの胸部めがけて叩き込む。
とても幼女のそれとは思えない強烈な力が叩き込まれる。鉄の玉が高速で打ち込まれたような、そんなイメージがアルラウネの脳裏によぎる。
「喝!」
攻撃を食らいながらも、アルラウネが大声で叫ぶ。アルラウネの体より、全方位に向けて放たれた気合いの衝撃波によって、幼女の体が大きく吹き飛んだ。
幼女が起き上がり、空中に浮き上がる。しかし攻撃しようという気配は無い。アルラウネを油断無く見据えたままだ。
「現時点までに収集されたデータによる推測。戦闘継続による勝利の確率――56%。アルラウネの捕獲成功率――22%。生きたままの捕獲は推奨せず。マイマスターの判断と指示を仰ぐ」
声に出して何者かに報告し、問いかける幼女。
「了解。これよりマイマスターの元へと帰還する」
そう言うなり、幼女は高速で飛翔し、空の彼方へと飛んでいった。
「何だったんだ……今のは……」
呆然として幼女を見送ると、アルラウネはその場に倒れ、意識を失った。
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