第四十三章 1

 純子と真とみどりは、賭源山へと訪れた。

 賭源山と言えば、三ヶ月前の火災騒動があったり、UFOや宇宙人の目撃情報があったりと、ここ最近いろいろ話題にあがっている場所だ。


 二日前より各メディアで、賭源山に謎の発光物体が現れたと取り沙汰されている。最初に見つけた子供が、光の中に入って消えたなどという話もあり、異世界に通じる扉が現れたのではないかと、ネット上ではそんな噂が流れている。


「予想以上に人が多かったな」


 真が呟く。普段はどう考えても人気など無いであろう山岳地帯に、人が溢れかえっていた。車道にもあちこちに車やバイクが止められ、テントを立てている者までいる始末だ。かなりの数の警察官の姿が見受けられたが、場所が場所、事態が事態なだけに、違法駐車をいちいち取り締まる気は無いようであった。

 舗装された車道の脇から、山へと続く剥きだしの道に入っても、人だらけである。さほど隙間がなく、二列ほどのペースになって歩いていく。


 見物しに来た者達はUFOマニアも多いが、それ以外の者達もいた。本気で異世界の門が開いたと信じて、日頃から異世界に逃避して俺ツエーする妄想ばかり考え、その手のラノベばかり読んでいる者達が、とうとう現実と空想の見境がつかなくなって、「ついに来た!」と喜び、「光に飛び込めば異世界に入れる!」「勇者になって俺ツエーできる!」「ライターつけただけで凄い凄いと言われる!」「むしろ瞬きしただけで大絶賛で伝説の英雄扱い」「出会った女全てに惚れられてハーレム余裕!」と信じこみ、大挙して押し寄せているという話だ。


 やがて三人は山道から逸れて、綺麗さっぱり焼かれて禿げ上がった山へと入っていった。火災は三ヶ月前だったので、それなりに草も生えだしているが、木々の類は無いので、すこぶる見晴らしはよい。

 山にもそこら中に人がいて、一箇所に向かって歩いている。自然と純子達もそれに沿って歩く。

 やがて人だかりが見えてきた。目的のものが近い。


「入らせろーっ! 先に入った奴もいるってのにズルいぞーっ!」

「そうだそうだ!」


 三人が人だかりに近づくと、無数の怒号が交錯しているのが耳に入る。


「お願いだっ! その光の扉は僕のために開いたんだよっ。異世界むこうでは救世主の僕が来るのを待っているんだよっ!」

「ふざけんなっ、これは異世界の扉なんかじゃないっ。宇宙人が残した、別の惑星へと繋がるゲートだ!」

「ひっこめUFOオタク! 貴方疲れてるのよ!」

「そうだっ。あれは断じて異世界転移の門だっ。俺はこの時が来るのをずっと待ってたんだ! 毎日ずっとずっと待っていたんだっ! だから入れてくれえっ!」

「お前らこそ帰れよ! あれは断じて宇宙人が開いたゲートだ! 異世界じゃなくて別の惑星への呼び水だ!」

「つーか転移に頼って異世界行こうとしないで、ちゃんとトラックにはねられて転生してきたら~?」


 宇宙人が開いた他の惑星に繋がる門派と、異世界へ繋がる扉派で、激しく言い争っている。


 人ごみをかきわけて中を見ると、警察官達が何人も並び、ロープを張っていた。警察官とロープのさらに奥には、光の塊のようなものが見える。


「おお、相沢真、おっひさしぶりー。それに雪岡純子も」


 明るい声がかかり、振り返ると、真の知る顔が会った。卸売り組織『踊る心臓』の幹部にして戦士、自称怪奇現象ハンターこと、春日祐助だ。


「おひさー」

「面識会ったのか?」


 春日に屈託無く微笑んで手を振る純子に、真が尋ねる。


「真君と会うより昔、何度か一緒に行動したことがあったよー」

「昔、純子はオイラと一緒によく怪奇現象探しに行ったのさ。ツンドラ探索した時は大変だったー。捜し求めていた怪人トナカイ男が、怪奇現象ではなくてただの変人だったのは残念無念だったけど、いいネタになったからよしっ」


 上機嫌でべらべらと喋りだす春日。


「一人称オイラの奴って、根明で変わり者が多いっていう印象だな」


 幼馴染の親友その他を思い出しつつ、真がぽつりと呟く。


「おいおいひどい偏見だなボーイ。オイラは当たってるだけど、そういう目で他のオイラ使いを見ちゃ駄目だぜ」

「ふわぁ~、意外とまともなこと言ってるよォ~」


 春日の発言を聞いて、みどりがおかしそうに笑う。


「ゆーすけ君もあの中に入りたくて来たんだよねー?」

「いえ~っス。まあ見てのとおり立ち往生してたけどねー。怪奇現象ぶっぱなして、強引に入ろうかと迷ってた所さ」


 純子に確認され、春日は肩をすくめる。


「これじゃ僕等も入れそうにないな」

 と、真。


「いや、ちゃんと調査の許可は取ってあるから大丈夫だよー。おまわりさーん、すまんこー」


 純子が警察官の一人に声をかけ、身元を明かすと、警察官がローブを一部ほどき、純子達に中へと入るように促す。


「お、俺も一緒に入れてよっ」

「んー……」


 春日が申し出るが、純子が難色を示す。


「入る前にあれ、つけてね」

「オッケイ、純姉」


 純子に促され、真とみどりがガスマスクをかぶる。純子も一応つける。


「マスクを三人分しか持ってきてないんだよねー。来るのは今回だけじゃないと思うから、次でよければ一緒に行く? その時ゆーすけ君のマスクも用意するけど」

「うぐぐぐ……マスクがいるのかっ。その次とやらが上手く空いていたら、頼んまッス」


 がっくりと肩を落とす春日。近々大きな仕事が入っているので、来られるかどうか微妙な所だ。

 光の中へ入っていける者が現れたので、羨望の眼差しが注がれる。年齢的にはともかく、純子が白衣を着ているし、ガスマスクなどを装着しているので、調査の許可を取った特別な者が入るのだろうということは、ギャラリーからも理解できた。


「それじゃー、行こっかー」

「うっひゃあ、何かわくわくしてきたー」


 みどりが弾んだ声をあげる。みどりも別の惑星の門を開く術は使えるが、流石に暗黒惑星などには入りたくない。生命が生存できる環境ではないことは知っている。


 光を抜けた先は、風景が一変していた。薄紫の大地と植物、透明度の高い川、そして淡い青紫の空。


「ファンタスティックな光景だわさ。もう明らかに地球じゃない風な……」

 みどりがまず感想を口にする。


「体が軽い。地球より重力が小さい星ってことか」


 真が足元を見つつ、足を踏み鳴らし、さらには垂直にジャンプしてみる。あっさりと1メートル近く飛ぶことができたうえに、落下の速度も明らかに地球と違う。


「んー……これは……」


 一方、純子は別のことに気を取られていた。

 川の向かい側には丘がある。その丘の向こうから、純子がよく知る気配がほのかに漂ってくる。


「生き物がいる。これは虫かな? 本当にここが別の惑星なんて、現実味が無いけど、こんな風景自体、地球ではちょっと考えられないな」


 細長い羽をせわしなくはためかせて、体節が無数にある長い虫を見て、真が言った。脚は一切無い。先端に目のようなものはある。


「虫っぽいの、あたしらが近づいても逃げないねえ。つまりこれって、天敵のようなものがいないってことォ~?」


 ゆったりと舞う、綿のような虫に手をかざすみどり。一応触るのは避けておく。綿の下部分には脚が生えていて、頭部らしきものも見受けられた。


「多分、ここらへんにはこの虫を捕食する大きな動物がいないから、無警戒なんじゃないかなあ。あるいは自分達を襲う事はないと理解しているのかも。それに、虫同士では捕食があるみたいだよー」


 と、純子が足元を指す。頭部だけやたら肥大化した小人のような虫(?)が、小さな粒のような黒い虫(?)複数に襲われ、悶えている。


「とりあえず虫はおいといて、みどりちゃん、解析アナライズの補佐をおねがーい」

「オッケイ、純姉。でもその前に精神世界から、位置情報を探るわ~」


 純子が先に解析アナライズを開始する。


 一方、みどりはまず精神世界経由で、ここが本当に地球ではない別の惑星かどうかを確かめる。

 精神世界は物質的な位置概念と距離を超越している。物質世界でどんなに距離が離れていようと、精神世界における他者との精神との接触は容易にできる。今回の場合、研究所で留守番している累の精神とリンクし、精神世界側から物質世界のおおよその距離も測れる。あくまでおおよそであり、正確な距離の計測は不可能だ。

 それでも途轍も無く距離が離れていれば、その感覚は伝わってくる。


「こっちの計測は終わり~。ふぇぇ~……どんだけ距離があるのかはわかんないけど、ここが地球じゃないことだけは確かだわさ。じゃあ純姉の方を手伝うわ~」

「僕はやることないから、ちょっと散策してくるよ」


 真が川の方へと向かう。


「こっちの解析が完了した部分に間違いが無いか……みどりちゃんで確かめてみて」


 言いつつ純子がホログラフィー・ディスプレイに、自分の解析結果を並べていく。


・大気の成分はやや異なる。窒素、酸素は人間が呼吸できる分だけ存在するが、二酸化炭素の濃度が高めで、3%に及ぶ。このため、頭痛や眩暈や吐き気を催す。

・大気圧は門が開いた周辺においては、日本よりやや低いと思われる。湿度はその分低め。惑星全体の大気の密度は不明だが、さほど違いは無いと思われる。

・重力は地球より小さい。体感できるほど体が軽くなる。

・紫外線に関しては地球とほぼ同じ。ただし太陽光そのものが太陽のそれとは異なる。光に含まれる色の割合からして異なるが故に、空が青紫になっていると推測される。現時点で放射線の悪影響は無し。

・気温は26度。

・アルラウネの体内に存在した物質と同一の粒子を大気中に計測。


「最後のアルラウネ云々はあたしにはわかんないけど、ここってアルラウネの母星だとでも言うん?」

 みどりが尋ねる。


「断定するのは早計だけど、その可能性は高いんだよねえ。私はここに来てすぐに、その気配を感じたよー」


 顎に手をあてて、悪巧みポーズで言う純子。


「へーい、純姉、オリジナルアルラウネがざっくざくとか、そんなこと考えてなーい?」

「うん、すっごく考えてるー」


 みどりの指摘を受け、にやりと笑って正直に頷く純子。


「ふははは、残念だったね、雪岡君、君より一日早くここを訪れた私だが、アルラウネの痕跡など全く見つからなかったぞ」


 森の方から聞き覚えのある声がかかり、振り返ると、燕尾服姿の痩せ細った顔色の悪い男が、二人のいる方に歩いてきた。


「あれ? 霧崎教授、女の子達は?」


 現れたのはマッドサイエンティスト三狂が一人、霧崎剣であったが、自分の足で歩いているのを見て純子は少し驚いた。常に女の上にいないと気がすまない性分だというのに。


「ふっ、わからないのかね、雪岡君。私は紳士なのだよ」

「ああ、危険かもしれないから、女の子達は置いてきたってことだねー」


 得意気に微笑む霧崎に、純子が言う。


「そういうことだ。しかし昨日から丸一日夢中で調査していたので、そろそろ禁断症状が……。そういうわけで、雪岡君、すまんっ。とうっ」


 霧崎が謝罪と共に人間離れした跳躍を行い、純子の上に乗らんとする。

 純子はあっさりとかわす。


「むむむ、殺生な……助けると思ってだな……」


 地面に尻餅をついた状態で懇願する霧崎。


「教授、真君に見られたら殺されるよー。ところで教授はマスク無くて平気なんだねー」

「君はまだここの解析を行っていないのかね? 二酸化炭素が多少多くて、厄介な寄生虫や寄生植物がいる程度だから、オーバーライフならマスクは不要だぞ」

「ありがとさままま。ていうか、寄生虫は不味いねー。私達は平気でも、真君が対策してないし」


 言いつつ純子はガスマスクを脱ぐ。みどりもそれにならって外した。


「行方不明者は見つかったー?」


 純子が尋ねるが、霧崎は首を横に振る。光の門の中に入る許可を取った霧崎と純子は、光の中へ入ったまま出てこない者達の捜索も、引き受けていた。最初に発見した子供達と、その後にも何名かUFOマニアが入っていったらしい。 


「門がどれくらい持つかはすでに調査してある。維持できると思われる日数は決まっているので、その間に調査を済ませる必要があるぞ。おそらく一週間前後はもつと思う。一週間も維持できる門というのは、かなり強い力を込められているな。オーバーライフ級だ。いや、オーバーライフでもさらに上位クラスに並ぶ力を持つ者が、関与していそうであるぞ」

「自然発生ではなくて人為的な術なの?」


 霧崎の話を聞いて、純子が問う。


「おやおや、君は門そのものを調べなかったのかね。その痕跡は腐るほどあったよ。自然発生ではないな」


 霧崎が断言する。


「誰かが開けた門なら、また同じ惑星に開くことができるっしょー」


 と、みどり。暗黒惑星に繋ぐ門を開く黒いカーテンという術は、必ず暗黒惑星にのみ開くことから、ここにまた門を開くことも可能と思われた。


「同じ惑星にゲートを開くことはできるかもしれないが、惑星内の同じ場所に開けられる保障は無いだろう。そもそもそれができるのは、この門を開いた者だけだ」

「ああ、そういうことか~」


 霧崎に説明され、みどりも理解した。


「おーい、ちょっと来てくれ。って、霧崎いるし、マスク取ってるし」


 真が川岸の先の丘の上から声をかける。そして自らもガスマスクを取ろうとする。


「あー、真君は取っちゃ駄目だよー。何があったの?」

 マスクを取ろうとする真を止める純子。


「いいから来てくれよ。見ればわかる」

 そう言って真は再び斜面を登っていった。


「真兄、どうやって川渡ったのォ~? 浅いから歩いて渡れないこともないけどさァ」


 みどりが靴と靴下を脱ぎだす。


「みどりちゃん、そんなことしなくてもいいよー」


 純子がそう言って川の水面に手をつけると、向かい岸近くまで氷の道が出来上がった。川が完全にせき止められてもどうかと思い、水の通り道を少し残しておいた。温度も高いので、氷はすぐに溶けると思われる。

 三人で氷の橋を渡り、丘を登りきった所で、すぐにそれが視界内に飛び込んできた。


 丘の上には、セーラー服姿の少女が仰向けに倒れていた。

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