第四十二章 30
ギャラリーもいるので、ヴァンダムはまず説明から入る。
「十四発の弾と拳銃一挺を使う。まず片方のプレイヤーが、最低一発、最大四発までの間から、弾数を選んで銃に込める。何発弾を込めたかをちゃんと見せたうえで、相手のプレイヤーに銃を手渡す。渡された側はシリンダーを回し、込められた弾の数によって、決められた部位を撃つ。一発なら頭。二発なら脇腹。三発なら脚。四発なら腕か肩を撃つ。それを交互に繰り返す。一度手渡されて引き金を引いたら、その際の弾は全て銃から抜いて、使用済みという扱いにする。最初に三発使ったら、残りは十一発、次に二発使ったら、残りは九発という形だ。そして弾の残りが四発を切った場合、残りの弾を全て込めて頭を撃つことになる」
「全部弾を使ったら、また十四発からやり直しだな。弾が足りればいいが」
犬飼が説明の補足をするように言った。犬飼の書いた小説内では長期戦になり、互いに腕や脚や腹を撃ちあう消耗戦となっていた。
「予備の弾はたっぷりと用意したから心配しなくてよろしい。足りなくなったら、普通にロシアンルーレットでも構わんだろう」
と、ヴァンダム。
「ふえぇ~……それにしても、残り四発な状態で、自分が撃つターンになったら、脅威じゃね? 通常は頭を撃つ場合が弾一発なのに、四発ある状態で頭を撃つわけだしさあァ」
ヴァンダムの説明を聞いて、みどりは最後に頭を撃つルールに触れた。
「その通り。故に調整が必要というわけだ」
みどりの方を向いて、にやりと意味深に笑うヴァンダム。
(最初の順番だけで勝負決まるとも言えなくねーか、これは……)
バイパーもそのからくりに気がついていた。
残りの弾が四発以下になった場合、撃つ側は全ての弾を込めて頭を撃つ事になる。つまり残りの弾を四発の状態にして、相手が撃つターンにして銃を渡せば、三分の二の確率で、相手に死をもたらすことができる。その調整は、早い段階から可能だ。
(うーん……勝負つくまで俺はもつのか? 現時点でぶっ倒れそうなんだが……)
一方で犬飼は全く別のことを考えている。
(もしかして、それが狙いで会話長引かせたとか? いや…そんなセコいことする奴でもねーと思うけど……)
そして犬飼にもこのゲームの重要な部分はわかっていた。ゲームを考えた張本人であるし、わからないはずがない。
(四発目以内までをどうコントロールするかが肝だ。残りの弾が四発になった時点で、問答無用で頭を撃つ事になる。終盤になったら、残り四発以内の状態で攻めのターンになる方が――手元に銃がある状態が望ましい。このゲームの最も重要なポイントだ。ヴァンダムも当然理解しているわけで……)
そしてこれは、四発以内という危険地帯に行く事を想定したら、先攻か後攻かで死命を分けかねない。
「先攻と後攻はどう決める? 先攻が先に弾を選ぶ方な」
「じゃんけんでいいだろう」
「じゃんけんで勝った方が、好きな方を選ぶ……でいいよな?」
「普通はそうではないかね?」
「いや、念のためな……」
後から物言いをされて嫌な目を見ると、人は用心深くなり、前もってしつこく確認をするようになる。犬飼もそうだし、ヴァンダムとてそれは理解している。
(弾を選ぶのは、先攻が有利だ。相手がどんな数を出しても、残り五発にして相手に渡すことで、最後のターンは必ず攻めを選べる。つまり最後のターンを相手が撃つ側にできる。加えて、相手が残り五発になって渡された時点で、四発を選ぶしかなくなる。もしも自分が守りになる形で四発ゾーンに入ったら、弾の数は少ない方がいいからな)
以下が、犬飼が頭の中で描いた、残りの弾を四つ以内にして相手に渡す図式だった。
先攻後攻は弾の選択権利。先攻が弾を選んだ際は、後攻が己を撃つ。
1ターン目の図
先攻 選択弾数4(残弾10)
→ 後攻 選択弾数1(残弾9)
→ 後攻 選択弾数2(残弾8)
→ 後攻 選択弾数3(残弾7)
→ 後攻 選択弾数4(残弾6)
2ターン目の図
先攻 残弾9の場合、選択弾数4(残弾5) → 後攻 選択弾数1(残弾4)
先攻 残弾8の場合、選択弾数3(残弾5) → 後攻 選択弾数2(残弾3)
先攻 残弾7の場合、選択弾数2(残弾5) → 後攻 選択弾数3(残弾2)
先攻 残弾6の場合、選択弾数1(残弾5) → 後攻 選択弾数4(残弾1)
これによって、3ターン目に後攻が撃つ際には、必ず残弾四発を切った状態になる。そして先行が選択するまでもなく、残りの弾を全て頭に撃ち込める。
つまり2ターン目に残弾5で渡された後攻は、安全策としては、4の選択をして、残りを1にして危険を最小限に抑えるだろう。
仮に後攻になった場合は次のようになる。
1ターン目
先攻 選択弾数4(残弾10) → アウト
先攻 選択弾数3(残弾11) → 後攻 選択弾数1(残弾10)
先攻 選択弾数2(残弾12) → 後攻 選択弾数2(残弾10)
先攻 選択弾数1(残弾13) → 後攻 選択弾数3(残弾10)
ようするに、相手に渡す際に残弾10にすればよい。そこから必ず選択権の際に残弾5となるように調整できる。
ただし先行が4を選んだら、後攻はもうその時点で、ラスト四発が切ったゾーンで自分が撃つのは避けられない。
残弾5で渡された時点で選択権のある側は4発を選んで、残り一発にするしか無くなる。
(つまり、このじゃんけんで勝って、先攻を取ることが大事。もうこのじゃんけんが大きな勝ち筋と言ってもいい)
それが犬飼の出した結論だ。
「じゃーんけーん……って、ちゃんと言えよ」
ヴァンダムが無言なうえにじゃんけんの構えすら取らないので、犬飼は途中で止めて物言いをつける。
「そういうキャラじゃないからな、私は。しかも妻の見ている前で……」
「私ハ気にしませんヨ」
「ほら、気にしないってよ」
ケイトの余計な口出しに嘆息し、ヴァンダムは諦めたように手を上げて構える。
『じゃーんけーんほいっ』
二人の声がハモる。そして犬飼が出したのはパー。ヴァンダムはチョキだった。
あっさりと負けて、血の気が引く犬飼。
「先攻だ。先攻がわずかに有利だしな」
予想通り先攻を取るヴァンダム。
ヴァンダムはゆっくりとした動作で、銃に弾を1発だけ入れて、犬飼に差し出した。
銃弾1発の場合、撃つ部位は頭だ。
「え……?」
ヴァンダムの選択に、犬飼は目を疑う。
(まさか……どういうつもりだ? さっきこいつは数の調整が必要だと自分で言っていたし、気がついていないはずがない)
テーブルに置かれた銃を取ろうともせず、必死で頭をめぐらせる犬飼。
「君が驚き戸惑っている理由を当ててやろうか?」
ヴァンダムが肩をすくめて笑う。
「君は先攻になって、残弾5発の状態にして相手に渡す計算を働かせていただろう? 残り4発を切れば、選択の余地も無く、残った全ての弾を頭に撃ちこむルール。残り10発にした状態で相手に渡せれば、残り5発というギリギリの安全領域で相手に渡すことができる。最初の数字が偶数の場合、先攻ならそれをコントロールできる。弾のスタートが15なら、後攻がそのコントロールをできるが」
弾が15という設定だった場合、先攻はどうやっても相手に渡した際の残弾を10にできないうえに、後攻は確実に10にできる。
「君はあまり保身を考えないタイプだな。つまり賭け事には向かない。そんな小賢しい計算以前に、死を避けることを考えたらどうかね?」
「いや、保身を考えているからこそだろ……」
ヴァンダムの言葉を聞き、意味不明なことを言うと犬飼は思う。
「この場合、相手を殺すことを第一に考えることこそ、死を避ける事に繋がるね」
「何が言いたいんだよ。もったいぶらずに言えよ」
「先攻を取るという事はそれだけで、相手を殺す権利を先に得たという事だぞ。先攻を取られたという事はそれだけで、成す術も無く死ぬ可能性が出来たということだ」
そこまで言われて、ようやく犬飼は理解した。ヴァンダムの言いたいことを理解し、そしてヴァンダムという人間を理解した。犬飼が想像していた以上にアグレッシブな男だ。
「ははは、それにしても最初から殺りにくるとはね……」
笑えないが笑ってしまう犬飼であった。
「私はこれが最良の選択だと思う。先攻後攻を選べたら、先攻を取り、確実に殺せる一発に賭ける」
「それを毎回続ける気か?」
「さあ、それはどうかな?」
犬飼の問いに、とぼけた答えを返すヴァンダム。
「毎回も何も、この一発で早々に終わるかもしれんぞ?」
「あんたがこんな博打を好むとは思わなかったよ」
「心外だな。私はあまり博打が好きでは無いが、一つの組織を経営して大きくするに当たって、博打は避けられなかった。何度も運頼みをしたよ。全く運に頼らない成功者などこの世にいない。出生の環境と才能までも含めてね。ここは安全策を小賢しく弄する局面ではない。博打を打つ局面だ。君にはそれがわからなかったようだね」
ヴァンダムの物言いに、犬飼は憮然として銃を取った。
「ふぇぇ~……あの犬飼さんが言い負けちゃってるよォ~」
みどりが感心と驚きの混ざった声をあげる。
「ああ、見物ではあるが、それにしたってあいつもこのまま黙ってはいねーだろうよ」
みどりの横に座るバイパーが言った。
犬飼がシリンダーを回転させる。そして、頭に銃口を当てると、躊躇うことなくさっさと引き金を引いた。
空打ちの音がやけに大きく響いたように、その場にいる者達の耳には聞こえた。
「ま、六分の一だしなあ……あんまりひやひやしないね」
銃弾を抜き、使用済みの場へと置く。そのままにしておくとややこしいので、一応わかりやすく、いちいち弾を抜いては入れを繰り返していくルールだ。
次は1ターン目後半。犬飼が弾の数を選んで、ヴァンダムに手渡す番だ。
犬飼も一発だけ弾を込め、銃をテーブルの上に置いた。
「ほう? 君の予定とは違うのではないか?」
興味深そうに笑い、眉を片方だけつりあげるヴァンダム。
「あんたの言うとおりのことを考えてたけどね、見抜かれていたうえに、あんたはそのやり方を選ばず、勝負をかけてきたからさ。こっちも一発は1発でお返ししてやりたくなった」
「これまでのゲームを見ていてもわかったが、飄々としてシニカルを気取っているようで、君はわりと熱い男だ」
言いつつ、ヴァンダムは銃を手に取った。
ケイトが両手を合わせ、祈る。
「愛する奥さんの見ている前で凄いシーンを見せるわけか。楽しみだなあ」
意地悪い声で恐怖を煽る犬飼であったが、ヴァンダムは不敵な笑みを張り付かせたまま、引き金を引いた。
空打ちの音。深く息を吐くケイト。しかしケイトの手は未だ震えたままだ。
(何て奴等だ……。恐怖が無いのか?)
さっさと引き金を引く二人を見て、遥善は驚き呆れていた。恐怖を誤魔化すためにすぐに引き金を引いているというわけでもない。スリルを楽しんでいる風も無い。淡々と作業をこなしているように見えた。
(さっき犬飼が言ってたな。デスゲームでさえ、もう楽しめないと。死の恐怖も麻痺してスリルが無くなったと。しかし恐怖が完全に無くなったら、そりゃ欠陥人間だろ。命を粗末にしてあっさり死にかねない)
二人の様子を見てバイパーは思う。犬飼もヴァンダムも、常人より優れた能力を持つ一方で、常人に備わっているものがいろいろと欠落している。
「いずれにせよ、人が死ぬ場面は見せてしまうのだ。君か、私か。どちらにしてもケイトは心を痛めるよ」
言いつつヴァンダムは銃弾を抜き、使用済みの場へと置くと、新たな銃弾を二発込めた。
「ケイトさんが心を痛めることも承知のうえで、こんなことをケイトさんの目の前でしているとか、心底ろくでなしだな、あんたは」
「そうだな。しかしそんなろくでなしだからこそ、伴侶となる者には、聖らかな心の持ち主が必要だった。そういう者でなければ、伴侶にできなかった。ケイトは聖女などではなかったが、それでも私の妻であることに変わりは無い」
真面目に心情を吐露し、ヴァンダムは銃を犬飼の方へ差し出す。
「毎回1発でも面白くないから、多少は緩急をつけるとしよう。次は2発だ。六分の一ならかなり運が悪くなければ当たらないが、三分の一なら、話が違ってくる。そのうえ君は元々腹に穴を開けているし、腹の穴が二つになるな。そのまま致命傷に繋がる可能性もあるぞ」
にやにや笑いながら恐怖を煽ってくるヴァンダムだが、犬飼は動じることなく笑顔のまま銃を受けとり、脇腹へと突きつけた。
先程と同様に全く躊躇無く、さっさと引き金を引く犬飼。
直後、銃声がロビーに谺した。
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