第四十一章 8

 誓は小さい頃から、自分がおかしい子という自覚はあった。


 幼稚園から小学生の低学年頃まで、ずっと男子とばかり遊んでいた。それもおかしいという自覚はあったし、親からも変な目で見られて疎まれていた。


 両親は誓のことを、親の思い通りにならない子というだけで、愛情を注ぐのをやめた。それは誓も幼くして感じていたし、己の家族に幻想を向けたり愛情を求めたりするのはすぐに諦めた。

 その一方で、家族という存在への幻想自体は、捨て切れなかったし、愛に飢えていたからこそ、一人でいる時に人形遊びに没頭していたという面もある。家族に構って欲しいという気持ちも、この時は少しだけ残っていた。


 誓が周囲と深刻にズレ始めたのは、小学五年生になってからだ。男子とも遊ばなくなり、女子の友人もできないまま、孤独になった。話がどうにも合わない。自分のノリが周囲と一致しない。

 はっきり言ってしまうと、小学生の低学年から成長していない。嗜好もノリも全て。そして自分の感情にストレートすぎる。高学年になってそれではキツい。しかも女子でありながら、感性が男子のそれに近いうえに、同性と混じらず異性に混じりたがる事も、次第に変な目で見られるようになっていった。


 その結果、否定されるのが怖くて、からかわれるのが怖くて、誰にも心を開けなくなり、孤独になった。


 中学になってからは、一人でびくびくしている誓の振る舞いが、同じクラスの不細工な女子達の目にとまり、あっさりといじめの標的となった。

 誓が美少女でありながら、いじめられっ子の条件を満たしている事が、余計にいじめを加速させた。教師も見て見ぬ振りを決め込み、クラスの誰も助けてくれなかった。


 親は誓がいじめられていると知った時、いつものように面倒臭がるリアクションしかなかった。そもそも娘への愛情が両親共に無いのだから、それも当然だ。

 娘がいじめにあって辛いことを知りつつも、娘の気持ちを知ろうともせず、面倒臭がってまともに向き合おうとしない。何事もトラブル無く済ませたいのに、何で余計なトラブルを持ってくるんだという感じの言動を平然と浴びせられ、誓の中でわずかに残っていた、親への気持ちも、完全に消えた。


 だが誓は一つだけ、親に感謝している事がある。


「いじめはいじめられるのが悪い。お前が弱いから悪いんだよ。いじめられたくなければ強く振舞えばいい」


 ダルそうに言った父親のこの言葉。非常に無責任でいい加減で冷たい言葉であったが、誓の心には強く響いた。


 いじめられている現状を脱出するために、思い切って雪岡研究所を訪れ、そこで手に入れた力を使って解決した時、誓は世界が変わったと実感した。

 いや、変わったのは自分だ。極めて当たり前のことを今更悟った。弱いままではいいようにやられてしまう。強くならなくてはいけないのだと。父親の言うとおりだったと。


 家族やクラスメイトの態度を見て、弱者を虐げる者だけではなく、弱者を見て見ぬふりをする者や、弱者を厄介者扱いする者にも、もう絶対に心を開けなくなった。弱いままではいけない。だが弱い者の気持ちがわからない者は弱者にも劣るし、同じ人間として見ることさえできない。


 今の誓は家族にすっかり愛想を尽かしている。学業を終えて家を出たら、すっぱり縁を切るつもりでいる。

 友人を作ることもできない。弱者を見て見ぬふりする者なのか、あるいは疎ましく思う者であるかどうか、わからないからだ。


 しかし高校にあがってから、誓は知ってしまった。いじめというものが、世の役に立つ事もあるケースを。

 いじめがあるから弱者がわかる。いじめが発生するから、いじめられた者の気持ちがわかる。


 高校に入って、いじめられている生徒を目にして、彼の気持ちがよくわかった。彼に話しかける事も自然とできた。


 その少年――護には悪いが、彼がいじめられていてよかったと、誓は思っていた。だからこそ心を許せる。だらかこそ好きにもなった。

 しかし自分が安易に助けるわけにもいかない。それでは強くなれない。また同じことの繰り返しだ。故に、護に雪岡研究所の存在を勧め、あとは祈った。護が自分の意志で運命に立ち向かい、強くなる事を。


***


 実と元太は雪岡研究所に訪れた。


 二人共、ヴァン学園の現状の話は、できないものだと思い込んでいる。外部に伝えようとしても伝えられなくなるし、最悪、研究所に来た理由も忘れかねないので、触れないことにしようと決めてある。

 故に、ただ戦う力が欲しいとだけ要求することにした。


(こんな……俺等と同年代かあるいは下くらいの女が、科学者? でもこんな地下研究所持ってるくらいだし……噂は本当だったと見ていいのか?)


 実験室に通され、神秘的な赤い瞳を持つ白衣の美少女と向かい合い、実は未だ半信半疑でいる。


「戦う力って言われてもねえ。具体的に何と戦うのかわからないしー」

「事情は言えないんだ。言おうとすると言えなくなる変な催眠をかけられてて……」


 困ったように言う純子に、元太が正直に言ってしまう。


「お前……それは言えたからよかったけど、気をつけろよ。あまり言い過ぎると、途中で記憶を失って、何言おうとしたかとか、どうしてここに来たかまで、忘れちまうこともあるんだぞ」

「いやいや、実もそれを口にしている時点で……」


 注意したら、元太に苦笑しながら逆に突っ込まれて、しまったと口元を押さえる実。


 実は純子からすれば、二人がヴァン学園の生徒という時点で、どういう目的で来たか大体察している。しかし誓や護には親切にあれこれと喋って、優と冴子に引き合わせもしたが、この二人に同じことをするつもりは無かった。

 純子からすれば、一目で二人がどういう人間かわかっていたからだ。自分の好みのタイブには親切にもするが、そうでない者は、実験台として使い潰すだけである。


「どっちが先に手術するー?」


 にこにこ笑いながら問う純子に、元太と実が顔を見合わせる。


「俺、先に行くよ。そもそも誘ったのは俺の方だし」

 元太が申し出た。


 実は部屋の外に出て待機した。そして一時間が過ぎた。


「成功だよー。じゃあ次は実君だねー」


 お次は実の改造手術へと移り、三時間後――


「うぐぐ……気分が悪い……。頭が割れるように痛む……」


 意識を戻し、麻酔の切れた実が、苦悶の表情で喘ぐ。


「すまんこ。改造は成功したけど、つい面白くてノリノリでサービスしすぎちゃったせいで、脳がどんどん溶けていって近いうちに死ぬと思うから、戦う相手がいるなら急いで戦ってきた方がいいよー」


 照れ笑いを浮かべて頬をかきながら、純子は弾んだ声で言った。


***


 帰宅後、誓は護へと電話をかける。


「あの二人、信じてもいいよね? 私は信じられると感じた」


 誓が口にするあの二人とは、当然優と冴子のことである。


『うん、俺も信じていいと思えたよ』


 護も同意見だったので、誓は片手で戦隊レッド人形を弄びながら、笑みをこぼす。


 二人がしばらく他愛無い会話をしていると、優からメールが届いた。

 メールをディスプレイに映し、そこに書かれていた文を見て啞然としてしまう。


(あんな可愛い顔して、どうしてこんなこと思いつくんだろ……)


 そのギャップが面白いと思う。同性で人間的に魅力を感じたのは、ひょっとしたら優が初めてかもしれない。


「優からメールきた。明日から早速活動するみたい」

『見てみる』

「結構とんでもない内容よ……」


 大胆すぎる作戦だったので、誓は思わず苦笑いを浮かべてしまう。


『教師を一人さらって、雪岡研究所に連れていって、洗脳を解いてもらいましょう』


 優からのメールにはそう書かれていた。

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