第四十一章 7
「アンティノーラシャーベットとマクスウェルの悪魔が沸かしたコーヒーで」
「無常の果実ジュースを」
「コトリバコココアくださあい」
「デウスエクスマキナミルク」
夜叉踊神社の中にある和風喫茶、『暗黒魔神龍庵』に入った誓、護、優、冴子が、それぞれ注文する。
「む、私だけ飲み物以外注文か。皆ダイエットでもしてるの?」
誓が冗談めかして微笑む。
「改めて確認するのも何だけど、ヴァン学園を正常に戻したいっていう意志があって、そのためには危険な戦いもする覚悟があるってことで、いいのよね?」
誓が早速本題に入り、確認する。
「ふふーん、おありまくりっていうか、こう見えても私達、命がけの戦いは何度も経験済みなんだよねー」
「そういう世界の住人だと思ってくださあい」
冴子が得意気に笑い、優はのんびりした口調で言った。
(裏通りの住人てことかな? それなら正直頼もしくはある。私達の方が素人かー)
頼もしく思う一方で気後れも感じる誓。
「こちらからもお二人に聞きたいのですが、純子さん以外に、学校の外にこのことを知らせようとしてみましたあ?」
「してないよ。こんなこと言っても、絶対信じないだろうし……」
優の質問に、誓は言葉を濁した。家族という、誓にとって最も忌わしいものを思い浮かべてしまったからだ。
「他に伝える相手もいないよ。警察だって来るとすぐ帰っちゃうから、あてにならないしさ」
こちらはすらすらと答える護。
「そうですかあ。じゃあ御存知ないかもですねえ。ヴァン学園で起こっていることは、外には一切伝えられないんですよう。これも生徒全員にかかっている催眠暗示の一種だと思います。私と冴子さんで何度も、外の人に学園の現状を伝えようとしましたが、無理でしたあ。できないよう暗示がかけられちゃってるんですねえ。他の生徒も皆そうみたいですよう」
優の話を聞いて、誓と護は驚いて顔を見合わせる。全然知らなかった。しかし同時に納得もした。
「たまに学校に来て殺される親とかは、子供の様子がおかしくて、自発的にやってきてるみたいよ。子供の口からは何も聞きだせてはいない。報告したくてもできないよう、精神をいじられちゃってるからね」
と、冴子。
しかしここで誓はその話がおかしいことに気がつく。
「ちょっと待って……。それはおかしいでしょ。私達は純子に報告できた。君達だって……」
「そう、そこが最大の謎ポイントなんですよう」
誓の指摘に対し、優が言った。
「学園全体にかけられている催眠効果は、効かない人もいるんですよう。そして私は推測しましたあ。
間延びした声で喋る優の話の内容を聞き、この少女が超常関係の知識も相当明るいという事を、誓と護は理解する。
「で、私は試してみましたあ。純子さん以外で、生徒達にかけられた催眠を、はねのけることができそうな人に、全て打ち明けてみたんです。そうしたら、大当たりでした。その人にも全部伝えることができたんですよう」
優がそこまで喋った所で、ウェイトレスが飲み物とシャーベットを持ってくる。
「ちなみにその人に打ち明けた後、私と冴子さんの学校絶対行く暗示は、雪岡研究所で解いてもらいましたが、学校に行くとまた暗示にかかってしまいましたあ。外部に喋れなくなる暗示も復活ですう。つまり、校舎に足を踏み入れると、暗示にかかってしまうようなんです。校舎そのものにそういう力が働いているんでしょうねえ」
暗示を解くことができるなら、暗示を解いて学校に近づかなければ、自分達の身の安全だけは保障できる。しかし優と冴子はあえて学校の皆を救おうとしている。
誓も護も、この時点で目の前の二人を全面的に信用していいと感じられた。
「変なこと聞くけど、二人もいじめられてたの?」
護が尋ねる。二人はAのバッジをつけている。しかし自分や誓と同族の雰囲気は感じない。
「私達はいじめられたことないけど、A判定みたいよ。いじめを咎めたり、いじめられっ子を助けたりしても、Aになるルールみたいね」
にやりと笑ってみせる冴子。誓は冴子のその笑みを見て、獰猛な肉食獣のような印象を受ける。
「正直私は、Cの人が殺されても同情してませえん。Cなら殺されても別にいいかなあって思ってましたけど、このままでいいわけがありません。BもAも殺されることがありますし、その家族も危険です。私と冴子さんは、ちょっと特殊な事情があって、このまま欠席できない状況も困りますしい、暗示を解いて学校に通えなくなるのも何だかなあって思います」
と、優。
「もう一人外部から協力者がほしいですけど、純子さんは中立とか言って、あまり協力的じゃあないですしねえ。だから別の人を雇いましたあ」
「別の人?」
誓が怪訝な声をあげる。無関係の人間を巻き込んで平気だろうかと、危惧する。
「さっき言ってた、学園に蔓延している催眠効果にかからない人ですよう。その人には全て伝えてありますので。あ、私ばかり喋ってごめんなさあい」
優が気恥ずかしそうに微笑み、ココアを口につける。
「で、そちらで何か掴んだ情報はある?」
冴子が尋ねた。
「ごめん……こっちは調査しだしたばかりで、同じ夢を見る事以外何もわかってないの」
「そんなの、謝るこっちゃないよ。気にしない気にしない」
誓の言葉を聞いて、冴子は笑顔で手を振ってみせる。
「担任が襲ってきたことは?」
護が誓の方を見て伺う。
「それは……」
誓が逡巡する。
「言わないと駄目なことだよ。大事なことだ。これから仲間になる人なんだしさ」
「そうだね……」
力強い眼差しと声できっぱりと言う護を、微笑ましく感じる誓。かつての気弱ないじめられっ子が、人として随分と強くなった。
(私も負けないようにしないと……)
弱さは一度経験すればそれで十分だ。それで弱者の気持ちもわかるようになる。しかし弱いままでは悪である。あとはひたすら強くならないといけないと、誓は常々思っている。
「昼の儀式のアレでさ……殺された子が、元々俺をいじめていたんだけど、仲間の顔色伺って嫌々いじめてたんだ。だから殺される前、あんな風に俺に謝って……。でもあの時俺を名指しだったし、それ以前から俺は、Bをかばうような言動とっていたから、担任教師に目をつけられて……それで、さっき襲われた。返り討ちにしたけどね」
「死体はどうしましたあ? ちゃんと処理しましたあ? 処理がまだなら手伝いますよう」
可愛い顔して、平然ととんでもない質問と申し出をしてくる優に、護と誓は若干引く。
「隠しておいたけど、正直不安だったから、処分を手伝ってもらえると……」
「わかりましたあ。放っておくと見つかる可能性が高いですから、飲み物飲んだらすぐ行きましょう」
優の言葉を聞き、自分だけおやつを注文したことを意識し、後悔する誓。
「優の能力見せちゃって平気なの?」
冴子が口出しすると、優は無言で頷いた。
「お手伝いする代わりに、私の能力は人に話さないでくださいねえ」
「それはもちろん」
優のお願いに誓は頷くと、大急ぎでシャーベットを平らげた。
***
仏滅凡太郎は友人も作らず、ただ漠然と他人を観察する日々を送っている。
友人など作っても、どうせ自分が原因で、すぐにぎくしゃくすることはわかっている。だから諦めている。
しかしその一方で、他人と触れ合いたいという欲求も強い。好きで孤独でいるわけでもない。
(そう……例えば、この学校をこんな風にした奴は、どんな奴なんだろう)
凡太郎が興味を抱いているのは、見も知りもしない人物であった。
「ん……?」
放課後、あてどなくふらふらと校内を歩いているうちに、凡太郎は奇妙なものを発見した。
校舎裏の、不良と用務員くらいしか立ち寄らない場所。植木の草むらの中に、オレンジ色のシートに包まれた何かが置かれている。
しかもそれをよく見ると人型だ。
(まさか本当に死体だったりして)
興味が沸いて、草むらの中へと入り、シートを開けてみる。
中から出てきたのは、本当に血まみれの死体だった。凡太郎は一瞬呼吸が止まるほど驚いた。
そしてこの死体に、凡太郎は見覚えがある。
(教師の死体? この学校で死人なんて珍しくないけど、教師ってのは……。しかもこれ、明らかに隠されていたし、まさか……生徒の誰かが殺した? でもここの教師は……わけのわからんパワーアップをしているから、殺すのは容易ではないはず)
死体を見下ろしていろいろと考えていたら、複数の話し声と共に、何人かが接近してくる気配を感じ取り、凡太郎はシートを閉ざして、慌ててその場を離れる。
(第一発見者ってことで、変な疑いをかけられたらたまらない)
逃げようとした先が袋小路で、鍵のついた用具入れ室だったので、木陰に身を隠す。
やってきたのは、誓、護、優、冴子の四名だった。
「これで隠したって言うの? すぐ見つかっちゃいそうじゃない」
植木の中のシートを見て冴子が苦笑する。
「これですかあ。じゃあ消しますねえ」
シートを開き、死体を見てもまるで顔色を変えず、マイペースな優がそう宣言する。
直後、死体が消失した。
「え?」
「えっ?」
(えええ?)
誓、護、そして隠れて様子を伺っていた凡太郎が呆気に取られる。
「もう私には見慣れた反応だわ」
誓と護を見て、冴子がくすくすと笑う。
「どうやって消したの?」
「文字通り見て消しましたあ。バラしちゃいますと、私の能力は、見たものを消すという能力ですう」
事も無げに言う優に、誓と護は息を飲む。
「ちょっと優……そこまでバラしちゃうのは……」
「ああ……消す能力だけと言っておけばよかったですねえ。でも二人共口外しない約束は守ってくれると思いますし、大丈夫ですよう」
冴子が注意するが、優は微笑みながら言った。
「生きている人間も消せる?」
「はい」
護の質問に、あっさりと頷く優。つまり、実際に消したこともあるのだろうと察し、余計に怖くなる。
冴子の目を気にして、
(いくらなんでもチートすぎない? そんな能力)
(凄すぎる。この子が敵じゃなくてよかった……)
味方ながら戦慄する誓と護。
「誰かいる?」
冴子が振り返り、警戒の眼差しで声をかける。
明らかに隠れている自分の方を向いてきたので、凡太郎の鼓動が早まる。
(相手は四人……。しかもそのうち一人は見ただけで相手を消すとか、そんなのが相手では、流石にキツいな)
凡太郎も一応、超常の力を備えているが、優の能力を見て、自分ではとても勝てないと判断した。
「確かに今、気配を感じたんだけど……」
「ではよく探してみましょう」
(まずい……)
冴子と優が、凡太郎の潜む木陰へと近づいてくる。
「オイコラー、お前ら……いや、Aが四人か。君達、そこで何をしているのかな?」
凡太郎危機一髪の所に、素晴らしいタイミングで教師が現れ、四人に声をかけた。
(気配はこいつかな? それとも……)
冴子が勘繰る。もしかしたら別に潜んで様子を伺っていた者がいたかもしれない。いや、今もいるかもしれないと。
(今のうちにいちかばちか逃げよう)
凡太郎は四人の生徒の視線が教師に向いている隙に、駆け出した。
「あ、いたっ」
冴子が声をあげる。一瞬だが、逃げ出していく凡太郎の姿をとらえた。
「いたって何がいたんだ? あ、おい」
駆け出す冴子に不審がる教師。
曲がり角を曲がる冴子。そこでは数人の生徒が行き交っている。これでは流石にわからない。完全に見失った。逃げたのは男子生徒としかわからない。
「ごめん、見失った」
教師がいなくなってから、渋い顔で報告する冴子。
「不味いね……。今の会話も聞かれたし、見られたと思う」
額を押さえる冴子
「もうちょっと用心すべきでしたねえ。でも隠れる場所なんてあそこしかありませんでしたし、わざわざ隠れている人がいたなんて、想像しにくかったですし、今隠れていた人は、私達が来る前に偶然死体を見つけて、そこに私達が来て隠れた可能性がありますねえ」
慌てる様子も無く、優は冷静に推測した。
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