第四十一章 6

 朝。実と元太はいつも以上に暗い面持ちで、通学路を歩いていた。

 いつもは三人で歩いていた。しかしそのうちの一人がいない。もう永遠に一緒に歩くことは無い。

 喪失感は悔しさとなり、悔しさは怒りへと変わる。だがその怒りをぶつけることはできない。


 二人は無言で歩いていた。元太は実の隣で、先程からずっとディスプレイをミニサイズで開いて、そちらを読みふけりながら歩いている。元太にしては珍しいと実は思う。歩きディスプレイなど、今までしたことがない。会話が無いせいかとも考える。


 校門まで来た所で、実は目を剥いた。

 今日もまた、校門前に死体が吊るされている。我が子の様子がおかしいと悟り、学校に乗り込んできた保護者は、無惨に殺されて死体となる。そして晒される。見慣れた光景だ。しかし問題なのは、吊るされている人物もまた、実の見覚えのある人物だったということだ。


「おい、元太。見ろ」


 実が元太の肩を叩き、校門の死体を指す。

 吊るされた中年女性の死体を見て、元太は絶句した。知っている人物だった。


「糞っ……祐一朗の……母親まで……」


 拳を握り締め、実が唸る。帰らない我が子を不審に思い、学校を訪れて、息子の後を追わされたのだろう。いつものことだ。


「うんざりだ……。うんざりだよっ。祐一朗の仇を討ちてえ……。こんな所で嬲られ続けるのも、もうっ、うんざりだ……」


 血を吐くような想いで、実が憤怒の形相で唸り続ける。


「仇、討てるかもしれない」


 元太がそう言って、コピペしたディスプレイを実の前へと飛ばした。


「雪岡研究所?」


 映し出されたサイトを見て、怪訝な声を発する実。

 サイトを読んでいるうちに、元太がどういうつもりでこれを自分に見せたか、理解できた。


「もしかしなくても、ここで赤口は力を身につけたんじゃねーか?」

 元太が言う。


「そして、学校をこんな風にした奴も、もしかしたら……な」


 決意と期待と暗い復讐心が、実の中で嵐のように吹き荒れる。


「学校が終わったら、俺達も行こうぜ。赤口と同じように、力を身につけるんだ」


 元太が力強く促し、実は覚悟を決めた顔で頷いた。


***


 誓と護が雪岡研究所を訪れた翌日の昼休み。

 味方になってくれるらしいマウスとは、放課後に会う予定である。できれば校内での接触は避けた方がいいと判断した。


「向こうは何かいい情報持ってるかな?」

「私達より先に調査していたら、あるいはね。私達はまだ何の調査もしてないし」


 校舎裏――ゴミ焼却場の側で、護と誓は会話をしていた。


「どういう人が来るのか、ちょっと心配だな」

 不安げな面持ちで護が言う。


(いいなあ、この不安げな表情……。可愛すぎぃっ。こっそり撮りたい)


 そんな護の顔を見て、内心うっとりとしてそんなことを思う誓。もちろん表面上は真面目な顔を維持している。


(私、本当に赤口君……護君のことがつくづく好きなんだなあ)


 初恋というわけではないが、ここまで入れ込んだのは初めてだ。今まで好きになった異性とは、会話すらした事がなかった。いや、一方的にちょっと気になっていた程度だ。恋愛感情と呼べたかどうかもわからない、気になるレベルだったような気もする。


「相手も二人組だっていうけど……」

 護の台詞は途中で止まった。


 護の視線の先が気になり、誓が振り返ると、そこによく知る人物がいた。

 ひょろひょろの細身の体に、頬はこけ、目の下にはクマができた、青白い顔の中年男。誓と護のクラスの担任教師だ。


「うほっ、探してたんだよぉ~ん。君達に大事な話があってね~」


 笑顔に揉み手で、気色の悪い裏声をあげる担任に、誓も護も嫌な予感を覚えて身構える。


「君達ね、自覚あるかな? いろいろと目つけられてるよ? 以前からBをかばっていたことが問題化していたしね」


 担任教師からはっきりと告げられた内容に、しかし二人共別段驚かなかった。それは自覚があった事だ。目をつけられる覚悟も承知したうえで、かばっていた。


「それだけじゃない。昨日の昼の儀式に死んだ、うちのクラスの盛高祐一朗がさあ、赤口護君に、しきりに何か訴えていた件さ、あれ、随分と目立ってたよねえ。あれでもうね、他の先生達の間でも、か~な~り、不審が増しちゃって、担当教師である私も疑われているんだよねえ。いやあ、これは不味いよ~」

「で、用件は?」


 ねちっこい声で言い続ける担任教師に、誓は氷の刃物のような視線をぶつけ、視線に負けるとも劣らない冷ややかな声で問う。


「そりゃもちろん、教育ですヨぉ~? 赤口君はAだけどね……。でも、例えAでも問題児は教育するのが、ここのルールですからね~。何より、私の立場のために……」


 殺気を放ちながら、担任教師がじりじりと迫ってくる。

 誓の前に、護が進み出た。


「いいよ、誓は手出ししないで。これは俺の不始末だから、俺が始末をつける。幸い、周囲には誰もいないしね」


 護が誓に向かって軽く手を上げ、涼やかに言い放つ。


(ふんぬーっ、今、護君どんな顔してるんだろ。ここからじゃ見えないぃぃ~)


 自分の前方に立つ護の背中を見つつ、心の中で激しくじたんだを踏む誓。


「おやあ? まさかまさかかさまかまさまかさまかまささかまさか、教師に手をあげるつもりぃ~? いけませんぬぅぇ~。いくらA様でも、それはいけますぇん。目上の人間に、しかも生徒が教師に手をあげるなど、絶対にいけまっせえぇええぇぇん!」


 弾かれたように担任教師が跳躍し、空中から護に襲いかかった。どう見ても2メートル以上飛び上がっている。

 前方回転踵落としを見舞わんとする担任教師だが、護は冷静に横に移動して、担任教師の空中からの派手な攻撃をかわした。

 担任は空中で三回転はしていた。着地と同時に踵蹴りがアスファルトをえぐりとる。


(相変わらず、動きも……パワーも人のそれじゃない。洗脳されているせい? それとも教師も超常の力が付与されているの?)


 人間離れした力を見せる担任教師に、誓が息を飲む。教師達のこの恐るべきパワーは、常日頃から生徒達はよく見ている。素手でCの生徒の体を容易く破壊している。

 実際には教師が超常の力を備えたのではなく、洗脳効果によって、潜在能力フルに解放しているが故である。


「逃げてといいと誰が言いましたあぁぁ~!? 教師が死ねと言ったら、生徒は大人しく殺されなくちゃ駄目でしょーにいぃーっ!」


 喚きながら、護めがけて拳を振るう担任。

 しかしその拳は護に当たる事はなかった。代わりに、全く別のものに当たり、鈍い音を立てた。


「はあ~っ?」


 砕かれた己の拳と、前方に突如として現れたものを見比べ、担任教師が顔をひきつらせる。

 何も無い空間に突如として現れたのは、ロングソードを携えたフルプレートアーマーの騎士だった。

 いや、騎士ではない。ただの鎧だ。中の人はいない。


「いけませえぇぇん! プレートアーマーとロングソードなんて、校舎に持ちこむのは断じていけませええぇぇぇん!」


 ごもっともなことを叫びながら、担任は鎧が持つ剣を蹴り落とさんとする。


 担任の蹴りは空を切った。

 鎧も剣もその場から消えた。いや、頭上に浮き上がっていた。


 見上げた担任が驚愕する。鎧はばらばらに分解して宙を漂っている。そして――

 一斉に担任の頭上に降り注いだ。


「いだだだだばふっ!?」


 降り注ぐ甲冑から頭部を守ろうと頭を抱える担任。その後頭部に、甲冑から少し遅れて降ってきたロングソードの切っ先が刺さり、そのまま喉まで突き抜ける。


 担任教師は口から血を吐き出し、恨めしそうな視線を護に向けたかと思うと、白目を剥いて崩れ落ちた。

 ばらばらの甲冑が、剣が、消失する。この鎧と剣は、雪岡研究所に置かれていた、呪われた魔道具の一つである。護はそれを召喚して扱いこなす適正を、改造手術で後天的に植えつけられたのである。


「俺、人殺しになっちゃった……」


 護は担任の亡骸を見下ろし、震えながら呟いた。

 誓が護の横に来て、震える手を握り締める。


「殺さなければ殺されてたし、仕方ないよ。それに……これからこの異常な学校と戦う決断をしたんだから、また人を殺すこともあると思う。でも……次こういう機会があったら私が戦うから。君にだけ手を汚させはしない」


 凛然たる口調で言い放つ誓の言葉が、護にはありがたかったし、心強かったし、勇気が奮い起こされた。恐怖が吹き飛んだ。そして、そんな台詞を口にできる誓のことが、女の子なのにやたら格好よく思えて、尊敬の念すら沸いた。


(よっしゃ、私決まったっ。我ながら格好いいっ。護君の好感度、今ので相当アップしたかな~?)


 一方誓はというと、頭の中ではへらへらと笑って、自分に酔っていた。


***


 ヴァン学園の知られざる支配者である大安武蔵と先負九郎は、一つのミステリーに直面していた。


 学校にやってきた部外者――特に生徒の親族は、残酷な方法で殺して、校門に吊るしておくことにしている。

 しかしここ毎日、校門に吊るされた死体が、知らぬ間になくなっているのだ。


 生徒達は疑問を抱いていない。誰かが片付けたのだろうと勝手に解釈している。しかし事実はそうではない。吊るした側さえも片付けられている理由がわからない。何者の仕業かもわからない。


「朝に消えることもあれば、下校時刻まで吊るされている事もあるよ」


 と、難しい顔で報告する九郎。


「誰かが……叛逆の意志の元に片付けているというのか? 僕達の目も出し抜いて……。ふふふふふ……ようやく敵が現れたといった所かな。何もかも順調じゃあつまらない」


 不敵に笑ってうそぶく武蔵であったが、実の所恐怖している。自分達の楽園を脅かす者が現れて、いいわけがない。


「カメラを仕掛けておいた。今朝、登校時刻に消える瞬間もばっちり映っている。しかも生徒達がいる前で消えている」


 そう言って九郎がディスプレイを映す。


「何だ、こりゃ……」


 カメラに映っていた校門前の映像を見て、武蔵は啞然とする。文字通り消失している。吊るされた死体が突然消えている。


「さっき新しく死体を吊るしておいた。何かわかるかもしれない」

 と、九郎。


「超常の力を持つ者の仕業か。でも……死体だけ消して何のつもりだろう? 僕達を意識してからかっているのか?」


 額を押さえる武蔵。考えても答えは何も出ない。


***


「ああ、またですかあ。朝も消したのに」


 校門に吊るされた無惨な死体を見上げて、その女子生徒は溜息をついた。

 死体を一瞥すると、死体が嘘のように消える。


「目障りなのはわかるけど、消したら遺族とかが困らねーか?」


 スタイルがよく、女子にしてはかなり上背のある、セミロングの女子生徒が笑う。


「そうなんですけどねえ。遺族の方もこんなひどい死体見たくないと思いますし、もうそんなこと言ってる問題でもないと思うんですよねえ」


 緩いウェーブのかかったふわふわしたロングヘアーと、くりくりした大きな目が特徴的な女子生徒が、のんびりした口調で言った。


「しかし、これって進展……になりそう? マウスで協力者になりそうな奴とだけ言われてもね」

「純子さんが言うのですから、信じていいと思いますよう。それに仲間は多い方がいいですしい。あ、来ましたあ」


 二人の女子生徒の前に、一年生の男女が現れる。


「えーっと、はじめまして……。雪岡純子さんが言ってたマウス……ですよね? 赤口護です」

「友引誓です」


 待ち合わせていた相手の一人が二年生だったので、一応敬語で話す護と誓。


「暁優ですう」

「橋野冴子よ。別に敬語使わなくてもいいから」


 優がぺこりと頭を下げ、冴子は気さくに笑ってみせた。

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