第四十一章 5
かつて雪岡研究所で改造された際、護は危うく死にかけた。そして苦しみもがく自分を見ておかしそうに、にこにこと笑っていた純子を見たせいで、すっかり純子に抵抗を感じてしまっているし、もう関わりたくないと思っていた。
しかし雪岡研究所に、ヴァン学園の謎を解く鍵があるかもしれないので、護は気が進まぬまま、誓と共に雪岡研究所を訪れる。
応接間に通され、誓はそわそわしそうになるのを必死に堪える。棚に並んでいるヒーローフィギュアを、近くで拝見したいという欲求に強く駆られる。前に来た時は一人だったので、実験室に並んでいた怪獣の人形を、思う存分観賞できたが、今は護の目を気にして我慢せざるをえない。
「んー、多分、君達の読み通りだと思うよー。それねえ、君達と同じ私のマウスの仕業だよー。暗示をかけたり洗脳したりしている能力が正にそれだしさ」
事情を聞いた純子は思案顔で言った。
「誰だかわかるんなら、教えてよ」
「私にしてみれば、そのマウスだって君達と同じ立場なんだよー? 君達だけに肩入れする理由は無いし、そのマウスが私に敵対したわけでもないんだから、私はできるかぎり中立の立場を取るし、中立の立場でのみ協力するよ。フェアじゃないからねえ。私からすればどっちも同じ、私の貴重な実験協力となってくれたマウスだしねえ」
誓の要求を純子はやんわりと断る。落胆する二人。
「――と、言いたい所だけど、ちょっとオイタが過ぎるかなあ。あまり大きな騒ぎを起こすと、私も叱られちゃうし。これだけで済まない気もするから、君達が解決するつもりでいるなら、君達にほんの少しだけ協力してあげるよー」
(ほんの少し……これは期待薄そう)
(期待させたりがっかりさせたり、こういう人の心をかき回す喋り方、いい感じしない)
純子の言い回しに、護は期待を捨て、誓はげんなりしていた。
「それに……気になる部分があるんだよねえ。ヴァン学園の生徒のマウスの一人には、確かに人の精神に干渉する力があるけど、学校一つを丸々支配するなんて、いくらなんでもそこまで大きな力は無かったよ。私の預かり知らない所で進化したのかなあ……。もしかしたら、別の誰かの力を借りたかもしれないし、力を増幅する方法を得たのかもしれない。いずれにしても注意した方がいいよー」
「その情報と忠告だけでもありがたいけど、その……ほんのちょっとの協力って、具体的にどう力を貸してくれるの?」
まさかその情報と忠告だけではないだろうというニュアンスを込め、誓が問う。
「話は順番にね。まず君達の学校には、君達の他に五人、マウスがいるんだ」
純子の話を聞いて驚く誓と護。
「同じ学校に計七人もマウスがいるって……そんな偶然あるの?」
誓が不審げに純子を見る。
「私が意図的にやったわけじゃないよ。マウスとマウスは、惹かれあうのかもねえ。マウスの位置は全員、体内に埋め込んだGPSで把握できるんだよー。あ、除去しようとしちゃ駄目だよー。取ろうとすると爆発して死ぬようにしてあるから」
にっこりと笑ってとんでもないことを告げる純子に、誓と護は揃って引く。
「でー、学校にいるマウスのうちの二人は間違いなく、君達の敵だと思う。多分その二人が学校を支配しているんだよ。マウスの一人が転校生を呼び寄せている。そういう能力を求めた子がいるんだ。ここに二回目の改造依頼をしにきて、いじめっ子といじめられっ子の選別ができる能力を望み、そうした子を呼び寄せる能力も望んだの。あ……ちょっと喋りすぎちゃったかなあ」
その人物の名前を教えてさえくれれば、一気に解決にもっていけるというのに――と、誓と護は思い、歯がゆさを覚える。
「それと、ここからは君達にとっていい話ね。マウスのうちの二人は、絶対に味方になってくれるよ。ていうか、実はそっちの子達からもすでに相談を受けているし、まずその二人と接触してみてほしいかな」
これは実に有益な話であった。おかしくなった学校に立ち向かう気のある仲間が、二人増えたのだからしかも自分達と同様にマウスであることも心強い。
「もう一人のマウスも、調査した方がいいかもねえ。判断は君達に任せるけどさあ。もし敵だったら不味いけど、もしかしたら偶然いじめられっ子であることで目をつけて、マウスであることも知らないまま、転校生として呼び寄せられたのかもしれない。ちなみに残った一人が君達の敵になるか味方になるかは、私にもわからないよー」
中立と言いつつ、純子はあれこれアドバイスしてくれている。話を聞きながら、こういう揉め事に慣れているのだろうと、誓は判断した。
護と誓は、ある重要な事柄に気付かなかった。
どうして純子にこの話をできたのか、それに疑問すら抱かなかった。
二人は知らなかった。他の生徒達が学校の外部の者に、ヴァン学園の事態を報告しようとしても、できないという事に。今まで彼等はそれを試した事がないし、知らないからこそ、疑問を抱くこともなかった。自分達は純子に、ヴァン学園の内情を伝えることができてしまった事を、不思議とも感じなかった。
***
放課後のヴァン学園校舎の一室。
多くの生徒達は帰宅したが、その部屋には八名の生徒が残っている。
二名は男子。六名は女子だ。女子生徒は皆半裸か、全裸に等しい格好だ。
女子生徒のうちの一人は、肘と膝の先が無くなった状態で、全裸で床に仰向けに寝かされていた。感情は死滅したかのように無表情だ。
他にも、片足の足首から先の無い女子が一人、左手の肘から先の無い女子が一人いる。それ以外の女子はぱっと見た限りでは、五体満足のようである。
「君、下手糞だねえ。ただ舐めればいいってもんじゃないぞ。奉仕するからには、奉仕の精神――愛情と真心が無いと駄目だって、何度も教えたよね?」
股間に頭を埋めた女子に向かって、男子生徒が呆れたように声をかける。女子の動きが止まり、恐怖に身震いする。
「ああはなりたくないだろ? 僕の言うこと、ちゃんと聞こうね?」
男子生徒が指差した先には、四肢切断された女子の姿があった。彼女は最後まで反抗し続け、その結果がこの無惨な有様だ。反抗する者がどうなるかの見せしめのために、スムーズに言うことを聞かすために、このような姿にされてもなお生かされている。
女子は必死で奉仕を再開する。自然には出てこない真心を無理矢理ひり出して。
女子生徒達は全員Cだ。校内の高等部中等部合わせて、Cの中から、二人の男子生徒が特に好みと感じた者を、こうして専属の性奴隷にして、毎日弄んでいる。
「明日の転校生はAが二人、Cが三人かな。流石に減ってきたな」
すでに性処理を済ませているもう一人の男子生徒が、ホログラフィー・ディスプレイを覗きながら報告した。彼の名は
「で、Cの割合が減ってきてる」
続けて口にした九郎の報告に、奉仕をさせている最中の男子生徒が眉間と額に皺を寄せ、口元を歪める。単発の髪、長めの顔、広い額、細い目、突き出た口――と、何となく猿を連想させる容姿の少年である。
「Cを殺しすぎたかな? Cだってこの学校には無くてはならない存在だし、貴重と言えるからなあ。昼の儀式から首は無しにしておこうかな? 授業もなるべく死人は出さないようにした方がいいかも。いや……そうすると、死のスリルが無くなるか。うーん、悩ましいね」
猿顔の少年の名は
武蔵と九郎、それにここにはいないもう一人の計三人で、超常の力を駆使して、ヴァン学園を自分達の理想の世界へと作り変えた。そして彼らにとっての楽園の日々を謳歌し、創造者としての快楽に酔い、支配者としての充足感に浸っている。
「それとさ、Aの意識調査も少しした方がいい。いや、もっとAの生徒には、心地好い毎日が送れるようにした方がいい」
参謀格である九郎が訴える。
「ああ……一昨日の件は不愉快だったね。Aの中にあんな奴がいたなんてさ」
武蔵が沈んだ声で言う。せっかくいじめられっ子としての立場から解放し、逆にいじめっ子達が虐げられる素晴らしい世界を作ったというのに、それを否定して、あげく抗議して自殺をする生徒がいたという事実は、武蔵にとっても九郎にとっても大きな衝撃であり、重く心にのしかかってきた。
「いろんな考えを持つ人がいるんだ。優しすぎるからこそいじめられている子だっている。そういうのをわかってあげないとさ」
優しい声音で訴える九郎。
「そうだな……。でもそんな奴を満足させてやる方法……僕にはわからない」
武蔵が面倒臭そうに顔をしかめる。
「Aは仲間。同胞。そうだろ?」
「うん……」
九郎にたしなめられ、武蔵は頷いた。しかしこの問題はどんなに考えても、どうにもできないような気がしていた。
それに同胞と言われても、実際にはAの生徒も何人か殺している。反逆者は例えAであろうと、芽を摘まねばならない。
(皆僕達みたいに、いじめてた奴等をいじめかえして、それでハッピーでいいじゃないか……。どうしてそうならないのかな。僕には不思議でならない)
真剣に疑問に感じ、首をかしげる武蔵。
「僕にはいい方法思いつかない。また九郎を頼っちゃうけど、何かいい方法思いついたら頼むよ」
「あいよ」
武蔵に頼まれ、頼もしき相棒である九郎は、にっこりと笑って頷いた。
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