第四十一章 4

 中学時代からずっと、護をいじめていた三人組。丸米実まるこめみのる駒虫元太こまむしげんた盛高祐一朗もりたかゆういちろう


 この中で、祐一朗だけは、護をいじめる時に少しも楽しそうな顔をしていなかった。それどころか、いじめの後、いつもこっそりと護の耳元で謝罪をしていた。

 護にはそれが何を意味するかわかっていたし、そのため、祐一朗だけは恨む気になれなかった。


 三人のリーダー格であり、最も積極的にいじめを行った実は、雪岡研究所で力を手に入れた護の逆襲にあった際、泣きながら土下座して許しを請うていたし、その後はいじめを行うことも無かったが、本気で反省しているわけでもないという事は、護にもわかっていた。それでも護は、実も元太も許すことにした。


 学校がおかしくなってから、この三人組は当然の如くCとなり、実は運悪く儀式の抽選に当たり、耳を切られた。耳で済んだのは、不幸中の幸いだったと言える。

 それからというもの、実は何かと護に当てつけるようになった。もちろんいじめ行為はしてこないが、皮肉や悪態をつきまくる。実の立場が立場なので、護はこれを真に受けることもなく、無視していた。


 実と元太はともかく、祐一朗までもがCになり、授業で虐待されているのを見るのは、護の心が痛む。しかもその際、祐一朗が救いを求めるような視線をいつも自分に向けてきている。


 誓と護がこの学校の謎を解き明かし、学校を正常な状態に戻すと決め、互いに下の名で呼び合うことにしたその翌日の出来事であった。


 盛高祐一朗が、昼の儀式で名を呼ばれたのだ。

 実も元太も、護も、当然祐一朗自身も、マシな部位が選ばれることを祈る。


『首! 久しぶりにきたーっ! 首! やったね! 古賀先生のチェーンソー捌きが見れるぞーっ! 皆さん、拍手―っ!』


 しかしルーレットは最悪の結果となり、祐一朗は壇上で蒼白な顔になる。


 教師達は全員、満面の笑顔で拍手をしていた。BとCの生徒達もそれに合わせて拍手をする。拍手の手抜きをしたら、生贄と同じ目に合わせられるので、必死に拍手をする。

 護達のクラスの副担任である体育教師が、嬉しそうな笑顔でチェーンソーを手に、壇上に上がる。


 超常の力をもって助けることを考えた護であったが、それは絶望的に無理であることもわかっている。

 学校をこんな風にした者も、間違いなく超常の力の持ち主であろう。ここで今、自分が祐一朗を助けようとしたら、目をつけられる可能性大だ。そして今度は自分が殺される番になる。こんな大勢の場所で、敵の戦力もろくにわからないのに、反逆行為をおおっぴらに行えるわけがない。


(漫画の主人公なら、何も考えずに助けに走って、都合よくピンチも切り抜けられるだろうけど、現実はそうはいかない。自分の立場を危うくして、最悪、殺されるだけだ)


 我が身可愛さに助けられない自分を恨めしく、そして情けなく思いながら、現実的な言い訳を己に言い聞かせる護。それもまた、情けなく感じる。


「バチがあたった……」


 壇上の祐一朗が泣きながら、ぽつりと呟いた。

 祐一朗はいつものように、護に視線を向けていた。しかしいつものように救いを求める視線ではない。許しを請う視線であった。


「来世ではもうこんなことしたくない。本当だよっ。信じてよ、赤口……俺のこと、許してよ……。悪かったと思ってたよ……」


 大勢の前でもって、名指しで許しを請う祐一朗。生徒達の視線が護に集中するが、護はうろたえることもなく、祐一朗を真っ直ぐ見続ける。


(罪悪感で、ずっと苦しみ続けてたんだろ。知ってるよ)


 届かぬ声で語りかける護。


 やがて祐一朗の体が縛りあげられ、跪かされる。後ろから教師に背中を踏みつけられて、その教師がにたにた笑って、チェーンソーを起動させる。


「赤口……ごめんな」

 それが祐一朗の最期の言葉となった。


 祐一朗の謝罪に反応するように、護は祐一朗に向かって小さく頷いた。とっくに許しているという気持ちを込めて。

 祐一朗の目にもそれがしっかりと映り、伝わったようで、安堵の微笑を浮かべる。


 普段は目を背けている護だったが、祐一朗の首がチェーンソーで切断される様は、目を逸らすことなく、しっかりと見届けた。


***


 教室に戻った護は、昼食を無理矢理詰め込むように口にしていた。祐一朗が殺される様を見て、食欲など全く無いが、こんなことでへこたれてたまるかという気分が勝った。

 そんな護を見ていて、誓は痛々しく思う。


「今後のことだけどさ……」


 昼食を終えた所で、護の方から誓の元へとやってきて、声をかけた。先程の件で、護が相当やる気になっているのが、誓にもよくわかる。


「教師をあたるってのはどうかな?」

「教師達は洗脳されているみたいだし、まともな会話もできなくなってるでしょ。それに、もし教師が黒幕と直接繋がっているとしたら、私達の動きも察知されちゃいそうだし、それは危ないから保留にしておいた方がいいんじゃないかなあ」


 護の提案を、誓は冷静かつ穏やかに却下する。


「護君、焦らなくていいよ。今は混乱してるんじゃない?」


 誓が先程の件に触れ、護をいたわる。


「盛高はさ……自分がいじめられたくないもんだから、必死に丸米達に合わせていただけなんだよ。何もあいつが殺されなくても……」


 悔しげに話す護。それは誓も以前に護から聞いて知っていたし、確かに護の言うとおり、祐一朗を見る限り、いじめを積極的にするようなタイプにも見えなかった。


 護と誓が話している所に、丸米実と駒虫元太の二人がやってきた。


「お前……祐一朗が殺される所を見るのが、そんなに楽しかったのかよ。あいつはお前に謝ってたってのによっ。いつもは目を瞑ってるくせによっ」


 実が大声で護に噛みつき、クラスの注目を浴びる。元太は後ろでおろおろしている。


「しかも平然と飯食ってやがった。美味いかよっ。祐一朗が死んで飯が美味いかよっ!」


 ストレートに怒りをぶつける実であったが、護は心底呆れたように溜息をついた。


「俺のことをよく観察してるくせに、何もわかってないんだね」

「何だと……」


 冷めた声で告げる護に、実の顔が怒りでさらに歪む。


「盛高は君に殺されたようなもんだ。いや、君が殺したんだ。君と関わらなければ、盛高は死ぬこともなかったよ」


 護のその台詞に、誓も元太も驚いた。見た目も言動もいつも温和で優しい護が、こんな台詞を口にしたことが、信じられなかった。


「てめえっ!」

「よせっ、実!」


 激昂する実を、元太が後ろから羽交い絞めにして止める。CがAに手出しをしようものなら、問答無用で殺される。それも数日がかりでたっぷりと嬲られ続けて。


「俺さ、盛高は嫌いになれなかったよ。あいつも弱かったんだ。イジメに加わらないと自分がいじめられると脅えてた。盛高も君等の被害者だと思って、俺は許してたよ」


 護が口にした言葉を聴き、実は全身から力が抜け、護への怒りも消えた。しかし友人が殺されたことと、自分の無力さへの怒りと悔しさは消えていない。


「だから何だよ……。お前、特別な力があるだろ。その力で、この学校……なんとかしろよ。祐一朗の仇取れよ……。仇……取ってくれよ……」


 実の要求は、途中から悔しさいっぱいの懇願へと変わっていた。


 かつて実達のいじめをはねのけた時、護は能力を行使している。実達は護が超常の力を宿していることも当然知っている。


(そのつもりでいるよ)

 声には出さずに答える護。


(変な騒ぎ起こして注目浴びちゃってる。昼休みの時も、殺される際に盛高が護君の名を呼んでいたし、ただでさえ目をつけられているのに、余計に不味いことにならないかな……)


 一方で誓は危惧していた。


 実と元太が消えた後、誓と護は場所を校舎裏に移し、引き続き相談していた。流石に教室であのまま喋るのは不味い。


「絶対とは言わないけど、私はほぼ九割な確率で、学園をこんな風にしちゃった奴は、生徒の中にいると思うんだ。で、この状況を楽しんでる」


 誓が考えを述べる。


「病気でも無理矢理学校に来させたりとか、そういうのも超常の力なのかな。もしかして……雪岡研究所で力を身につけて?」

「その可能性はおおいにあると思うよ。最初に探ってみるべき場所、決まったね」


 護の言葉を聞いて、誓はにやりと笑った。しかし護の顔は浮かなかった。もう雪岡研究所には行きたくなかったからだ。

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