第四十一章 3
昼休みのヴァン学園。生徒達が丁度昼食を終えた頃。
「ねえ……ちょっと……いや、すごく大事な話があるの」
いつもクールで、あまり感情を表に出さない誓が、あからさまに思いつめた顔で声をかけてきたので、何だろうと護は身構えてしまう。何かよくない話の予感がしてしまったのだ。
「ここじゃあ話しづらい。屋上まで付き合って」
「わかった」
誓がこんなに神妙な顔をして話そうとしていることだから、よほどのことなのだろうと意識する一方で、自分が何か力になれることであれば、絶対に力になろうと、この時点で決めている護であった。
「いやあぁーっ!」
屋上へと続く階段を上っている最中、上の方から獣じみた金切り声の悲鳴が聞こえた。
何が起こっているのか理解しつつ、誓と護は階段を上る足を速める。
屋上の扉前で、四人の男子生徒が、泣き喚く半裸の女子生徒を取り押さえ、覆いかぶさっている。
護が思わず息を飲む。童貞にはキツい場面である。
「やめろ」
一方で誓は臆する事なく、恐ろしく冷ややかな声を発した。
「な、何だよ。こいつはCだよ。A様の敵だろ」
氷のナイフのような誓の視線を浴び、男子生徒の一人が臆しまくりながらも、誓と護のバッジを見て皮肉っぽく言ってのける。
護は男子生徒のバッジを見て怒りを覚える。Bだった。
「Cには何してもいいって決まってるんだからさ……。それともやめた方がいいのか?」
他の男子生徒が恐る恐る問う。輪姦している男子生徒達は全員Bだったので、Aである二人が静止したなら、その命令には従わなくてはならない。
Cの女子は救いを求める視線を誓と護に向けている。それを見て、誓と護は別の意味で気分が悪くなる。かつていじめをやって喜んでいた奴が、自分が被害者になったら、元いじめられっ子の自分達に助けを求めてくるという構図。ざまあみろと思う者もいるかもしれないが、少なくとも誓と護はそんな受け取り方はしない。形容しがたい不快感を覚えるだけだ。
「やめろって言ったのが聞こえなかった? 何でそっちが質問?」
誓がさらに冷たい声で言い放つと、Bの男子達はそそくさと退散した。後には半裸のCの女子だけが残る。
「あ、ありがとう……」
「とっとと消えて」
礼を述べるC女子にも、すげなく言い放つ誓。
「助けたこと、おかしく思う?」
護の方を向いて、誓は反応を伺う
「思わない。丸米達はともかく……ね。校内であんなこと……いくらなんでも限度越えてるし、しかもやってるのはBだったし。俺、正直Bがあんなことしてるのが許せない。勿論AやCでも嫌な感じだけどさ。傍観者だったBが、Cと同じことをやりだしただけだよ。しかも学校のルールで決められているからって正当化してね。それって凄く卑怯だ」
「私も全く同じこと感じた」
護の言葉を聞き、誓は胸の中に熱いものがこみ上げてきて、自然と笑みがこぼれた。
「あのさ……この学校……このままでいいの? 私達生徒皆……いや……うまい言い方わからないけど……」
屋上に出た所で、誓が話しづらそうに問いかける。
誓が何を言いたいのか、護にはわかってしまった。彼女は元いじめられっ子とは思えないほど、正義感が強いし、意思表示もはっきりとする。いじめをはねのけてから、人間的に大きく変わったようだ。
そしてそんな誓に影響を受けて、さらには力を身につけて自信をつけたことで、護も短期間で変わった。人として大きく成長した。学校でもAとしての立場を利用し、せめて同じクラスのBだけは、教師から不当な暴力を受けないように訴えている。
「よくないと……思う。俺も友引さんもAだけどさ、それでも……今の学校がいいものだなんて感じていない。Aの中には、積極的にCを甚振って喜ぶ奴も多いらしいけど、俺は違う」
可愛らしい小動物のような少年が、今は凛然たる面持ちになって己の考えを述べている事に、誓はどきっとしてしまう。
「友引さんの言いたいことわかるし、俺相手にそんな探るような真似しないで、はっきりと言いたいこと言って大丈夫だよ」
微笑みをこぼし、続けて口にした護の台詞に、誓は恥ずかしくなってしまう。あっさりと見抜かれていた。
同時に、護が自分と同じ気持ちでいた事が、嬉しくてたまらない。涎が出そうになる。多分一人の時なら涎を垂らしている。
「私も君も、かつていじめられていた。やられるままだった」
心の中でげへげへと笑っている自分などおくびも出さず、誓は神妙な面持ちを作って語りだす。
「でも力を得て――決心してはねのけた。今は……いじめられているわけじゃないけど、何者かのせいで学校をこんな風に滅茶苦茶にされて、それに従わされて生きている。これってさ、いじめられてる時とある意味同じじゃない? 逆らえない嫌な奴に、またやられっぱなしになってない? 惨めだよ。前も惨めだったけど、今も同じ」
誓がずっと抱いていた気持ちを、この世でただ一人、心を開ける相手の前で打ち明ける。もし否定されたり拒絶されたりしたらどうしようと、内心恐怖しながらも、淀みなく話す。
「あのね、私職員室での会話、立ち聞きしちゃったの。一組、目をつけられているみたい」
「目をつけられている?」
「赤口君や私がさ、Bをかばってるのが問題だってさ。例えAだろうと、私達に指導が必要なんじゃないかとか、そんな話をしてた。優しい生徒もいるのだから、それを咎めては駄目みたいな感じで落ち着いたけど、教師の中には私達を快く思わない者もいるし、警戒はしておかないとね」
「……」
誓の話を聞いて、護がうつむく。
(迷ってるのかな? それとも……怖がってる?)
うつむく護を見て、反応を伺う誓であったが、護の方から口を開こうとしなかったので、誓はさらに話を続けた。
「話を戻すけど、私はこの学校の今の有様、どうにかしたい。私達には、他の子達が持ってない力、あるじゃない? 雪岡研究所で力を手に入れて、トクベツな子になったじゃない。だからその力で、戦うこと……できない? どうにか……できないかな?」
一番言いたかったことを口にする。誘いをかける。共に戦おう――と。
「俺もそれ、ずっと考えてたよ。先に言わせちゃってごめん……」
護が申し訳なさそうな顔で告げ、頭を下げる。
「いやいや、そんなことで謝られても」
護から返ってきた言葉が嬉しい反面、このリアクションは理解できない誓であった。
「でもさ、女の子から先に言わせるなんて、男としては情けないことだよ……」
(いやいや、可愛ければおっけーだから。ああ、でもこんな赤口君の表情も可愛い……)
憂いを帯びた顔で躊躇いがちに言う護を見て、にやけそうになるのを必死で堪える誓であった。
「どう? 命がけの危険な行為になると思うけど、戦う気はある?」
あくまで表面上はクールビューティーを維持し、誓が問いかける。
「また卑怯の上乗せするけど、友引さんがやるなら俺もやる。一人じゃ怖いけど、二人なら……さ。それに……いや、何でもない」
誓一人を危険な目に合わせておけない――とは、口に出すのが恥ずかしくて言えない護だった。
「卑怯じゃないよ。私だって一人じゃ怖かったし、赤口君とならいいなって思って、声かけたんだしさ」
護が了承してくれたことで、天にも昇る気持ちになりつつ、誓は微笑みながら言った。
(よ、よしっ。こうなったらあれも言っちゃおうかなっ)
もう一つの願望も、誓は実現させることに決める。
「あ、あのさ……私達、これで同じ目的を持った同胞になったんだから、その……名前で呼び合わない?」
恥じらいながら提案する誓。
沈黙する護。
(う~……言わなければよかったかな? 名前で呼び合うとか、正直関係ないことのような……)
護が即答しなかったので、誓は早くも後悔しはじめたが……
「いいよ、誓……。あうう……照れるね……」
「ありがと……護君。う、うん……確かにね。ま、すぐ慣れるでしょ……」
照れ屋属性同士で、互いにうつむき加減になって、もごもごと言い合う護と誓であった。
***
仏滅凡太郎は一応Aであるので、この学校で辛い想いをすることもない。
二週間前に親の都合で突然転校することになった凡太郎は、このヴァン学園を心地好い空間として認識していた。
凡太郎自身は、積極的にCの虐待に加担しようとは思わないが、いじめをしていたような屑共が、毎日嬲られるのを見るのは心地よい。しかし、昼間の儀式はやりすぎであるとも感じている。
昨日のAの生徒の自殺事件を見ても、何事にも度合いや加減が必要ではないかと、凡太郎は思う。この学校のコンセプト自体は気に入っているが、明らかにやりすぎであると。
(学校をこんな風にした何者かがいるはずだけど、Aの自殺を見て、少し改めてくれたらいいな。Aにとっても、人によっては居心地が悪くなってるし、俺も昼のアレだけは抵抗あるし……)
凡太郎はそんな風に考えていた。
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