第四十章 19

 シャルルが近接攻撃範囲内に入った事が何を意味するか、真が理解していないはずがない。だが真は慌てる事は無く、それどころか頭の中で笑う自分すら思い浮かべながら、透明の長針を抜いて、受けて達構えを見せた。


(おやおや、嬉しいなー。俺に合わせてくれるわけか)


 にやりと笑い、シャルルも長針を抜く。


(あれ? 俺の方が短い?)


 自分と真の針の長さの違いに気付き、ふと嫌な予感を覚えるシャルル。


(ま、いっか……俺の方が手は長いし)


 そう言い聞かせる一方、また違いを見つけた。

 シャルルは針を小指側から出すように逆手に持っているが、真は親指と人差し指側から出すように持つ。


(んん? 俺が教えたのと違う持ち方してるし)


 スタイルが変わってしまったのか、あるいはあえて変えてきたのかわからないが、これまた気になるシャルルであった。


 互いに跳びかかり、ほぼ同じタイミングで喉を狙って突き出す。

 互いに狙いを読み、ほぼ同じタイミングで首を傾けてかわす。


 シャルルは首を傾けてかわした直後、腕を引き、針を持った腕とは反対側の脚を軸にして回転し、後ろ回し蹴りを真に見舞わんとする。


 身長差によるリーチはシャルルに分がある。それを活かしてみたつもりであったが、真は避けようとせず、頭部への蹴りを手でガードする。


 シャルルが体勢を立て直した時、蹴りを放った脚に違和感を覚えた。


「ええええ? いつの間に……」


 超音波震動鋼線が、脚に巻きつけられている。これまたシャルルがかつて真に扱い方を教えたものである。


「蹴りが来ると何となくわかっていたから、予め大き目の輪を作っておいて、それを持って手でガードした。って、別にわざわざ解説しなくてもいいな」


 真が解説する。確かに蹴りを食らった手から、鋼線は伸びている。


「どうする? 脚一本犠牲にしてでも、いちかばちかの勝負を続けてみるか?」

「そんなわけないでしょー。降参するよ」


 真に問われ、シャルルはがっくりと肩を落とす。


「う~ん……悔しいなあ。あっさりと決められちゃってさー。ちょっと最初からもう一度やってみない? 今のはたまたま運悪く、真の策にハマっちゃった気もするしさ」

「いいぞ」


 冗談めかして言うシャルルに、真はあっさりと承諾する。


「あはは、そりゃそうだよな。駄目に……え? いい?」

「いいぞ」


 真が本気で頷いているようなので、シャルルは苦笑いを浮かべる。


「いやあ、悔しいけど負けは負けだし、今日の所は潔く退くさー。あー、でも悔しい。自分を出しきれず、真の成長も一部しか見られず勝負決まった感じだしさー」

「僕もそんな感じだ。だからもう一回と言ったんだけどな」

「ただでさえ降参してお情け貰ってるのに、お情け二回分なんて、ちょっとね……。あはは、こんな俺でもその程度のプライドはあるし、今日は精一杯悔しさを味わっておくとするよ」

「そうか」


 バツの悪そうな顔で頬をかくシャルルに、真は小さく息を吐いて頷いた。


***


「ていうか今更だけど、何で裸なの? 裸じゃないといけない能力なの? 何か変な板とか羽衣みたいなのが生えてるし、空飛んでるし。よかったら後学のために聞かせて?」


 場所を移動して向かい合うなり、正美は来夢に質問攻撃をぶつける。


「この翼が邪魔ってのもあるけど、翼も通せる服も一応ある。でも今日は着てこなかったから裸。これで満足?」


 冷めた目で正美を見ながらも、一応答える来夢。最後の一言は侮蔑を込めて言い放った。


「ふーん。でもそれなら下まで脱ぐことなくない? ていうかあなた、女の子だったの?」

「服がそもそも嫌いだし、上だけ脱ぐのも何となく気持ち悪い。男でも女でもない。どっちの性器も無いし、子供は作れない。はい、答えたよ。満足?」

「あ……何かひょっとして悪いこと聞いた? 何かすごく不機嫌そうだし。悪いこと聞いたならごめんね。謝る。でもそんな体なんだ。ちょっとショッキング。でもある種の美も感じちゃう。男とか女とか超越した者っていうか――」

「そろそろ戦わない? 俺のことに興味を持ってくれるのは、ちょっと嬉しい気もするけど敵同士だし、質問の仕方がデリカシー無さ過ぎて、すごくムカつく。真よりひどい」


 正美のお喋りを遮る来夢。実は正美が質問している間に、こっそりと重力弾を無数に作り、空高く打ち上げていた。そして準備は整った。


「え? 私のどこがデリカシー無いっていうの? 私はいつも人に質問する時、すっごく気を遣ってるよ? デリカシー無いとか、そんな風に感じる方がおかしいのに、それを私が悪いなんて風に言うとか、頭にきちゃう。プンプンだよ。第一こんな場所で堂々とはだっ!?」


 喋っている最中に、重力弾の一つが落下し、正美を地面へと押し付けた。


(ぎりぎりで直撃はかわされたか)


 来夢は確かに見た。重力弾の重力に巻き込まれて倒れはしたが、正美は重力弾の直撃そのものは避けている。直撃していたら、そのまま潰れて即死しているはずだ。それだけの威力は込めた。


「これ……さっきの重くする……こう……げき……」


 直撃を避けたとはいえ、今なお働く重力弾の影響によって、正美は立ち上がる事ができない。

 しかし全く動けないわけではない。正美はコンセントをポケットから取り出し、一錠飲む。予め三錠服用していたために、これで四錠目だ。


 コンセントは集中力や鋭敏さが増す薬物であるが、複数の服用で、それ以上の効果を発揮できることを、正美は知っている。人間は持てる能力の大半を未使用の状態であるが、コンセントを四錠以上服用すると、集中力が増した結果、その未使用の潜在能力をある程度引き出す事も出来ると。

 余談だが真は、コンセントの服用無しでも、極限集中により、瞬間的にのみ、潜在能力を引き出すことが可能である。


「お喋りしてもいいよ? もう一つ落とすけど」


 二つ目が来ると聞き、正美は上へと意識を集中した。元々不可視の攻撃であるが、肌で、そして第六感で、それを感じ取ろうとする。


 正美は全身の力を漲らせ、重力に抗って、その場から転がって離れようとした。


「あ、またか」


 再び重力弾の直撃を避けられて、来夢は思わず呟く。


 しかし重力弾の効果は二重になり、正美へかかるGも、より強くなる。

 正美は必死にポケットをまさぐり、コンセントをさらに一錠追加し、五錠に増やす。


(駄目……これだけじゃ足りない。これに加えて、また降ってきたら……どうにもならない……)


 コンセントの効果が現れるのを実感しつつ、正美はそう判断した。


 重力という単純攻撃。しかし一度食らってしまえば、それだけでどうにもならなくなる。最初の攻撃を受けるべきではなかった。油断していたわけではなかったが、これだけ厄介な代物だと知っていれば、正美はもっと大きく距離を取って回避を試みていただろう。銃弾を避ける程度の距離で回避してしまったのが、失敗だった。


(こっからは未知の領域だけど、私、大丈夫かなー。多分大丈夫っていうか、それくらいしないとこの子には勝てないな。芦屋ほどじゃないけど、芦屋を抜けば、今まで私が戦ってきた相手の中じゃあ最強っぽいもん)


 そう思いつつ、正美はさらにコンセントを追加する。五錠一気に追加して、合計十錠にした。


 かつてないほど明朗な気分になり、正美の頭がクリアーに澄み渡る。そして体の隅々までもが自由自在に動かせるような感覚を味わう。何より、力が漲っている。


 コンセントに筋力を増加させるような効果は無い。これは単純に正美が全身の神経を集中し、自分が持つ力をフルに引き出しているに過ぎない。

 二錠一度に飲めば常人なら間違いなく廃人となるコンセントを、十錠服用という暴挙が可能な、正美だけが行き着ける境地であり特権。

 しかし潜在能力を全て引き出すということは、人間が常に無意識下でセーブしている力を強引に使うという事である。それは所謂火事場の馬鹿力というものであり、命が危険に晒された時等の、非常時のために抑えられている代物だ。何故抑えられているのかと言えば、それは己の肉体にも激しい負担を強いるからである。


 残った全ての重力弾を、正美に向けて落下させる来夢。今度は転がった程度では逃げられないように、配置場所と着弾タイミングをバラつかせて落とした。


「でやーっ!」


 正美が威勢よく叫び、立ち上がった。そして重力弾を受け止めようと、天を仰ぐようにして両腕を頭上に突き出す。


「まさか……」


 直撃されれば人間など容易にぺちゃんこにする重力弾を、正美は受け止めた。しかも重力弾は一つではない。他の重力弾の影響で、正美のいる場所には途轍も無いGがかかっているはずなのに、正美は立っている。


「オンドレイさんには及ばないかもだけど、私も気合いで何とかするっ……! これぐらいのことできないと、これくらいのピンチ乗り越えないと、リヴァイアサンは斃せないもん!」


 叫びながら正美は、気合いで重力弾を打ち消さんとする。


 オンドレイが気合いで打ち消したのと同じ原理で、正美も抱えた重力弾を見事消滅させた。それどころか、正美の周囲にも強烈な気が放たれまくり、周囲の全ての重力弾を消滅させる。


 コンセントは二錠飲めば、銃の弾道と撃つタイミングを完璧に読み、撃たれた銃弾めがけて銃弾を撃ち込んで落とすという芸当すら可能になる。ただしその後、100%廃人になるが。

 そんなコンセントを十錠飲めばどうなるか? 極限まで高まった集中力は、己の肉体を完璧に自由自在な操作を可能としてしまう。今披露してみせたように、気孔の操作すらも可能とするほどに。今の正美なら、妖術や魔術の類すらも、瞬時に習得してしまうであろうと思われる。


「そんな……」

 流石の来夢も絶句した。


 正美が全身ぼろほろになり、体のあちこちから血を噴出しながら、来夢を睨む。

 来夢は恐怖する。しかし恐怖する一方で、別の感情にも捉われていた。


「綺麗だね。絵になるよ」


 ぼろぼろになった血まみれの女が、気合いたっぷりに自分に駆け寄るという光景に、来夢は見とれてしまった。

 正美が大きく跳躍し、来夢の顔面に拳を打ちつける。来夢は防御しようともしなかった。無駄だとわかっていたし、ここは潔く負けておいた方がいいような、そんな気がしてしまって。


「え? 綺麗?」


 地面に落ちて、仰向けに倒れて気絶した来夢に目もくれず、来夢の台詞が気になって、鏡を取り出して自分の姿を確認する。


「うわっ、髪乱れまくってるし、血まみれ埃まみれだし服もぼろぼろだし、どこが綺麗!? 何でそんな嘘つくの? すっごくムカつくんですけどっ! ムカつかせるために嘘ついたの!?」


 重力のせいで割れた鏡に映る自分を見て、正美は倒れた来夢に向かって激しく抗議したが、意識を失った来夢の耳には、届いていなかった。

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